培養液を交換……温室の温度調節……生長状態の記録……
Todoリストに次々とチェックが入り、今朝の仕事も終わりが見えてきた
端末を戻し、温室から出ようとした時、自動ドアが開いた
やっと見つけました、グレイレイヴン指揮官
現れたのは、焦った顔をした温室の責任者だった。額にはうっすらと汗が浮かんでいる。ここまで走ってきたようだ
仕事のお邪魔ではありませんか?
あら、この花、まだ咲いてませんね?木から培養土に移植したものは、やはりなかなか花が咲きないんですね。もう少し環境のパラメータを調整して……あはは……
彼女はちらりとこちらを見て、視線を白い蕾に移すと、饒舌に話し出した。緊張を和らげようとしているのだろう
数日間にわたり彼女と一緒に働いたが、彼女はずっと空中庭園にいて、執行部隊と接する機会がなかったらしい。そのせいかいまだに初対面の時のように変わらず緊張している
ああ……そうですか……ははは……
実は、その……あの……ちょっと追加の仕事をお願いしたくて……
言い淀む彼女の様子は、大変な葛藤の中にいるのが明らかだった
……やっぱり、やめておきます……迷惑をかけてばかりで悪いですし
2日ほど、私はここを離れます。何か質問があったら、他の責任者にお訊きください……
散々悩んだあげく、彼女は諦めることにしたらしい。覚悟を決めた表情でそう言った
はい、清浄地の建設計画は聞いたことがありますよね?
地上温室も計画の一部で、とても重要な戦略的計画なんです。侮れませんよ
私たちがずっと抱えている問題はズバリ、人手不足なんですよ……オートメーションプログラムのテストが終わるまでに、どこかから人員を調達しないといけません
セリカはこちらを向いて、「ねっ、わかるでしょ?」という表情を作った
温室の責任者は一度も地上に降りたことがありませんし、部隊の人と関わったこともありません。それに少し……人見知りで……
だから、サポートスタッフは優しい人がいいかなって思いまして
場の雰囲気をやわらかくするためなんです、お願いします、グレイレイヴン指揮官!
出発前のセリカの言葉を思い出し、思わず彼女を呼び止めた
はい……?
……うぅ、すみません……執行部隊の人たちは皆、クールな戦士なのかと……だから、あなたにお願いしたら嫌がられるんじゃないかって、ずっと悩んでて……
彼女は突然泣き出すと、少しどもりながら話してきた
まさか手伝いを申し出てくださるなんて。ありがとうございます
同僚が教えてくれたんです……とりあえず、歩きながら話しましょうか
まだ建設中の施設の廊下を通りながら、責任者とともにオフィスへと向かった
はい、ご存知の通り、今の人数では温室を維持するのが精一杯です
土壌サンプルや植物の採取、生態記録等のフィールドワークを行う余裕のあるスタッフはいません
ですから、温室のメンテナンスに増援を申請したんです。そうすれば、フィールドワークに出る余裕も出るでしょうから
温室のプログラムさえ完成したら、貴重なサンプルをすぐ処理できるようになります
でも……申請を出して……許可が下りて……協力者が来たのはいいんですが……
そう言いながら、彼女は唾を飲み、何かに怯えている様子だった
来たのは、あの無慈悲で残忍で……人の骨までしゃぶり尽くすというケルベロスだったんです
ケルベロスがいつも破天荒な行為をしているのは事実だが、そこまで大袈裟な噂が流れているとは……さすがに話が盛られすぎている
それについて説明しようと口を開いた時、急に彼女が興奮した様子で叫んだ
彼らは、彼らは気に入らなかったら、ナイフで相手の首を切るんですよね!?
逃げる間も与えず、規定量以上の爆薬を使った時限爆弾を設置したりするんですよね?
あと、幼少期から殺戮兵器として育てられ、鬼のように不気味に笑う白い野獣がいるんでしょう?
どうやら、この責任者が聞いた噂は、ある意味では現実とそれほど大差がない
そんな野蛮な人たちと一緒に仕事なんて、とてもできません!私、退職したら公共教育センターの教師になろうと思っているんです!
ですから……同じく執行部隊のあなたにお願いしようと思ったんですが、迷惑じゃないかって心配で……
だって、いくら執行部隊の方とはいっても、彼らは怖いでしょう?
責任者はオフィスの前で立ち止まった。もはやびっしょりと冷や汗をかいている
今なら……まだ前言撤回できます。私が扉を開けたら、もう何を言われても受けてもらいますからね……じゃ、3つ数えますから……
3……
自分はケルベロスとは知り合いなのだと説明しようとした時、突然、目の前の扉が内側から勢いよく開いた
キャアァッ!い、命だけは!
その責任者は突然開いた鉄の扉を避けようとして反射的に後ろへ下がったため、バランスを崩して倒れそうになった
すると小さな姿が素早く背後に周り、倒れかけた責任者を支えた
あ……ありがとう……
支えられたのに気付き、責任者はほっと胸をなで下ろした
彼女がゆっくりと振り返ると、まるで砕けた雪の花が入っているような片方の義眼を持つ真っ白い顔が見えた
責任者、命ごいしてた
敵?21号、検知できない
21号は威嚇する表情を浮かべて、周囲を見回し、存在しない敵を探し始めた
自分の首のすぐ近くにある小さな犬歯を見て、責任者は涙目でこちらに助けを求めてきた
……た、助けて……
?
21号の横で腰を抜かす責任者をしっかり立たせると、彼女はすぐさまこちらの後ろへと隠れた
クンクン……
こちらの言葉を聞いて、21号は独自の方法で周囲の安全を確認し出した
警戒、解除
21号は振り返って、自分の後ろに隠れている責任者を見つめた。視線を感じた責任者は大慌てで顔を引っ込める
21号、謝る
知っている匂いだった。他の人だと思わなかった
今度は、21号しない
いえいえいえ、私はその辺の道端の雑草、タンポポみたいなもんですから!どうか無視してください!
「人見知り」の責任者は、先ほどのファーストコンタクトで怯え上がってしまった
21号、了解。タンポポさん
いや、その名前ってことじゃなくて……
責任者はこちらの後ろから小声で抗議している
自分で仕事してこい、隊長が言った。だから、21号、ここに来た
えっと……おふた方は……お知り合い?じゃあ、私のあの覚悟はなんだったんですか?
なんで裏切られたみたいに言われてるんだろうか……
よく知ってる
ふたりは同じタイミングで言葉を発した。彼女と答えが被っていることに気付き、思わず21号を見た
純白だった服が黒い服になり、耳、尻尾、どれも21号が変わったことを象徴しているように見えた
今の21号は、もはや何にも染まっていない白ではない。自分の色を持っているのだ
よく知ってる
ふたりは同時に返事をした。自分と異なるこちらの答えを聞いて、21号はこちらに向かってグルルルと牙を剥いた
慌ててフォローを入れた
[player name]の匂い、変わってない。21号、覚えてる
21号、強くなった。[player name]、前のまま
21号はどこか自慢げにそう言った
21号、[player name]をよく知ってる。だから、[player name]も21号のことをよく知らないとだめ
任務、一緒にやる
暖かい日差しが差し込む中、あどけない幼獣から光栄にも指名された
その時、やっと21号の大きな変化に気付いた
能動的で、積極性がある。この特徴は、前にはなかった
じゃあ……
背後から責任者のか細い声が聞こえてきた
まず、おふたりに今回の任務の詳細を話さなくちゃ