もう3時間ほど走ったが、オアシスがありそうな気配すらないな……
窓から見える変わらない砂の風景に少し飽きてきて、背もたれにゆっくりと背を預け、目を閉じて休んだ
空中庭園に戻ったら何をするんだ?
それもいいだろう。今回の旅の疲れをしっかり癒すといい
……空中庭園では仕事がそんなに忙しいのか?
今回はあなたのお陰で、シュナイダーたちの件を無事に解決できた
オブリビオンはいつでもあなたを歓迎するぞ
いいや、基本的に休む時間はない
ああ。今、あなたがグレイレイヴンの皆を心配し始めているのと同じだ
ワタナベはフッと笑い、少し冗談めかした口調で言った
やっぱり、お互い戦場にいるのが性に合っている
……待て、あれは何だ?
ずっと一定の速度で走り続けていた車が突然止まって、よく目を凝らした。遠くの地平線上に緑色の尖ったものが微かに見えている
蜃気楼は水面に浮かぶように見える、高さが変わることはないんだ
確かめに行ってみよう
ワタナベはハンドルを切り、緑色が見える方向へまっすぐに車を走らせた
視界が近付くにつれ、その緑色はますます鮮明で具体的になっていき、ついには目の前に砂漠の中に佇むオアシスが現れた
車を降りると、新鮮な木々の香りが鼻先をなでた
数匹のコサックギツネが草むらで静かに横たわり、低木が天女の衣のように湖の周りを取り巻いている。翠緑の湖面は巨大な宝石のように透き通り、星の煌めきのようだ
オアシスに近付くと数羽の白い鳥が驚いて飛び立ち、青空を横切って木立の中へと消えた
ワタナベは湖面に手を伸ばした。黒い鋼でできた掌が穏やかな水面をくぐり、湖面に波紋が広がった
今回は本物だったようだ
ここで少し休んでいくか?意外に綺麗な水だ
しゃがみこんでワタナベのように湖水に手を伸ばす。体に染み入るひんやりとした感触に、疲れが吹き飛んだ
それなら、少しここで休もう。少しくらいゆっくりする時間があってもいいだろう
ワタナベと一緒に水辺に腰を下ろし、静かに砂漠の中の仙境を眺めた
コサックギツネたちは新しく楽園を訪れた友人を気怠げに一瞥しただけで、茂みの中で昼寝を続けている
人間に驚いて逃げた小魚たちも徐々に戻ってきた。透明な空気の中を飛ぶようにして泳ぎ、湖の底にぼんやりとした輪郭だけを映している
騒がしい戦場に長く身を置くと、世界の片隅にこんなにも静かな場所があることを忘れてしまう
ここにはパニシングの侵蝕も、人間同士の策略も、今日一日が保証されないという不安もない。大自然の最も原始的な法則だけが静かに働いている
荒れ果てた黄砂の中であっても、生命はこんなにも育まれているのだ
[player name]。あの時あなたが無事に戻ってきてくれて、本当によかった
振り返ってみると、真剣に自分を見つめてくるワタナベと視線を交えた。そこには、言葉では表せない複雑な思いが込められていた
私は長い道のりを歩いてきた。多くの人と出会い、多くの人に別れを告げてきた
より多くの人を救おうとオブリビオンのリーダーになることを選んだ。しかしリーダーになって初めて、その代償として更に多くの選択を迫られることに気がついた
皆が私に寄せているのは命をかけた信頼だ。だから、常に自分に問いかけている。この選択は本当に正しいのか?私は本当に彼らの期待に応えられているだろうか?
私は本当に……彼らの犠牲に値するのか?と
喪失の悲しみに飲み込まれるな、ワタナベ
前だけを見ろ
1時間で戻る
……大丈夫だ、ワタナベ。きっと上手くいく
お前はせがれの死を目の当たりにしたんだろ?親友だったんだろう?あいつのために戦うんじゃないのか?こいつらを許せるのか!?
……俺の希望は……?俺のように見捨てられた兵士や、地球に置き去りにされる人間の希望は?
俺には許せんのだ……いや、一番許せなかったのは俺自身だったのかもな……
戻れ、若造……俺たちのことを、誰かが伝えなければ……
俺たちが戦ったこと……どうかこの地に刻みつけてくれ……
オブリビオン、ただちに撤退だ!
了解!
ワタナベさん、撤退ルートは送信済みです!
…………
最後に、ひとつだけいいですか?
ワタナベさんに伝えてください。あの時あんなに迷惑をかけた泣き虫が……
今じゃ誰かを守れるように……
まだこっちに来るのは早いぞ、若造!
あの時、私を信じてくれてありがとう。そして最後は……無事に戻ってきてくれた
想像にすぎないが、もし私が再び過ちを犯し、その結果をあなたひとりに背負わせることになっていたら……
そんな結末は、きっと私には耐えられない
古い認識票を握るワタナベの手は微かに震えていた
「ワタナベ」の名が彫られた認識票の表面は錆びついており、最近のものでないことがわかる
彼は必死に平静を装っていたが、その表情の下に隠された僅かな不安を見逃しようがない。そっと手を伸ばして彼の手を握る
宇宙ステーションから墜落する戦闘機、プリア森林公園跡で燃える炎、異災区森林地帯の端で戦う兵士たち……かつて歩んできた光景が脳裏に浮かんできた
その力強い言葉を聞いて、ワタナベの金色の瞳の厚い氷が溶けだした。まるで長い間氷に閉ざされていた湖面に春が訪れ、再び温度を取り戻したかのように
彼の心の震えを音もなく代弁しているのだろう、ワタナベの掌はとても温かかった
ワタナベの手を取って、彼の手の中にある認識票に手を重ねた
彼がした全ての決断が孤独なものではないと、わかってほしい――
彼ひとりに全ての責任を背負わせたくない――
そうだな、いつの間にか忘れていた
ワタナベもこちらの手を優しく、そしてしっかりと握り返した
我々は終始、進退をともにする共同体だ。誰もがその命に他人から託されたものを刻む
我々は……孤独じゃない
もう二度と同じ質問はしない。この悲しみそのものも……実は命の重さだから
彼はこちらのマントについた砂埃を払うように、優しく肩を叩いてきた
彼の眼差しは、かつて見たことがないような慈愛に満ちている
[player name]、我々は絶対に生き延びなければならない
私はこの悲しみを心に刻む。生存者の義務として、彼らが戦った姿を忘れてはならない
彼らの信頼を裏切らないよう、地球を彼らの記憶の中にある元の姿に戻す
陽の光が木々の葉の隙間からこぼれ落ち、ワタナベの体に不規則な光の玉を散りばめた
ワタナベの体が柔らかな光の輪郭をまとい、降り注ぐ陽光の下で彼の髪にも命の輝きが宿っている
この約束を実現するためにも、我々はこの場所を守らなければ
……そうだな。迷うことなど何もない。我々がこれまでやってきたように
ワタナベは何かを決心したように立ち上がり、果てしなく広がる荒野の向こうをもう一度見つめた
彼は振り返り、水辺に座っているこちらを見つめてきた。その目にはもう、先ほどまでの迷いはない。彼は古い認識票を水の中へと投げ入れた
行こう、[player name]。次の目的地へ
車はゆっくりとオアシスを離れていった。はっきりと見えていた緑の影は地平線に取り残され、やがて見えないほどの小さな点となった
広大な砂漠の上、ふたりが通った痕跡はすぐに砂塵に覆われてしまった
ふたりともがわかっていた。あのオアシスは奇跡の発見であり、この短い休息の後、もう二度と訪れることはないということを
だとしても、新しい旅路は新しい終点を探すためのものだ
過去への全ての想いをあのオアシスに託し、あの緑に散らばっていた光の玉とともに、湖底で永遠に眠り続ける記憶に昇華するのだ
かつて約束した明日へたどり着くために。砂漠の旅人たちは再び冒険を始めた