砂漠を数時間走ったあと、空が次第に夜へと変わろうとしていた
砂漠の昼夜の気温差は非常に大きく、太陽が沈んでからは気温はマイナス十数度まで下がる。夕暮れの境界線と競いながら、一刻も早く保全エリアへと向かわなければならない
砂嵐が終わった直後、視界はとても悪く、ワタナベは僅かに見える灯りと熟知した砂漠での経験を頼りに方向を判断していた
一方で車内のレジスタンスたちには、当初の災害から逃げおおせた喜びにとって代わって、現実に直面する怯えが芽生え始めていた
逃げ出せたのはいいけど、これから刑務所暮らしだと思うとあまり喜べないな……
文句言わないの。自分で選んだ道なんだから、歯を食いしばって受け入れるしかないわ
しょうがない、自分のやったことだし受け入れるしかない。助けてもらったことにも感謝してる。でも牢屋での生活って、怖くないか?
もちろん怖いわよ……でも一時の衝動で悪事に手を染めたのは事実だし、自業自得。今更文句を言ったって仕方ないわ
無駄話はやめなさい。明日も大変なんだから、早く寝なさいよ
荷台の後部に座る難民たちのつぶやきが、次第に小さくなった。ほとんどの者は眠りについたようだ
パタン――
ワタナベの運転の邪魔にならないよう、手をそっと伸ばして荷台の小窓を閉めた
話し声くらい問題ない
人というものは常にこうだからな。彼らも普通の欲や感情を持つ人間だ。助けられたからといって、すぐに気持ちを入れ替えて悟りを開ける訳がない
私は感謝されたい訳でも、恩人になりたい訳でもない……彼らが正しい道に戻れば、それでいい
こんな大変なことに巻き込んでしまって、本当にすまなかった
ワタナベはすでに数時間も休むことなく運転し続けている。車のヘッドライトの光が弱々しく彼の顔を照らしているが、その表情ははっきりと見えない
しかしワタナベの口調に一切の疲れは感じられず、今日の出来事をあたかも普通の1日であったかのように話している
感謝されるなら、あなたのような戦友からの感謝が一番嬉しい
たとえ彼らが感謝してくれたとしても、それが本心なのか表面的な礼儀なのかはわからないだろう
彼らを助けたのは自分の良心に従ったまでだ。彼らがどう思おうと私には関係ない
だけどあなたは……あなたたちは違う。私を信じて、危険を承知で来てくれた
あなたたちが私を信じて、私のすることに意味があると思ってくれる限り、私自身もこの努力には意味があると思える
そうだな……彼らがこのチャンスを掴めることを願うよ
もう夜になってしまったな。急いで彼らを保全エリアに送り届けないと
夜の砂漠は冷え込みが厳しい。寒さに思わず肩をすくめた
毛布がある。羽織っておくといい
ワタナベは運転席横の収納スペースから毛布を取り出し、そっとこちらの体にかけてくれた。毛布からは微かに煙草の匂いがする
148号保全エリアまではまだ遠い。先に寝ておくといい
忘れたのか?私は構造体だ。休息は必要ない
ひとりで任務にあたるのは初めてじゃない。別に辛くはない
車内は一瞬沈黙に包まれたが、次に口を開いたワタナベの口調は、どこか子供をあやすような甘さを帯びていた
仕方ないな……何を話したい?
車窓の外に広がる星空は数億年前からの銀河の輝きを反射し、頭上に浮かぶ月は大地の万物に白いヴェールをそっと纏わせている
遥か遠くの地平線に人工物は存在しない。ここは自然が支配する領域であり、人類の干渉を無言で拒絶していた
遠くの砂丘は水墨画の陰影のように一層また一層と重なり、近いようで遠いようにも感じられる
装甲トラックのヘッドライトは、丘陵を流星のように走り抜けた。見ることができるのは照らされた狭い範囲のみで、砂漠の全貌は見れない。その感覚は実に不思議だった
この砂漠か?
ワタナベが車の窓を少し下げると、瞬時にキンと冷たい夜風が車内に舞い込んできた
……そういうことを言う人は今までいなかったな
だが、言っていることには同感だ。砂漠の夜は……確かに昼間とは少し違う
はは……気に入ったのならオブリビオンに来れば、毎日見ることができる
変えるべき場所であり逃げ場ではない、そうだろう?心配しなくていい、ちゃんと覚えているさ
だから、この話は戦争が終わったらまた話そう
暖かい毛布に包まれていると、次第に眠気が襲ってきた
[player name]?
まぶたがだんだん重くなり、ゆっくりと目が閉じていった
ワタナベと話していると、不思議と胸中に安心感が広がる
彼の側にいるだけで、漠然とした夢がすぐにでも叶うような気がするのだ
その暖かい安心感に包まれながら、助手席のシートにもたれたままゆっくりと睡魔に全てを委ねていく
柔らかな夢の中に落ちる寸前、優しい声が聞こえた
いい夢を、[player name]
眩しい日差しで夢から覚めた。目を開くと、すでに保全エリアに到着していた
運転席は空っぽだった。ワタナベはここに着いてもわざとこちらを起こさなかったようだ
車から降りると、シュナイダーたちを連れたワタナベが保全エリアの入り口の兵士と話しているのが見えた
ワタナベさん、148号保全エリアの平和維持に貢献してくださり感謝します。彼らは法政部門へ引き渡し、法の裁きを受けさせます
当然のことをしたまでだ
そうだ。今回の任務はグレイレイヴン指揮官[player name]の尽力を得ている。報告書にそう書き加えてくれ
[player name]指揮官ですか、承知しました。空中庭園にそのように報告しておきますね
引き渡しも大体終わったようだ
ワタナベが保全エリアを離れようとした時、これまでひと言も話さなかったシュナイダーが突然彼を呼び止めた
ワタナベ!バラードに従う者は俺だけじゃない。俺を捕まえたからって、これで全てが終わると思うな
お前じゃ全員は救えない。世界がこんなザマである限り、「レジスタンス」はどんどん湧いてくるぞ!
おい!何を言ってる!ここへ来てまだそんな口を!
保全エリアの兵士たちは急いでシュナイダーを制止しようとしたが、ワタナベは手を振り、気にしていないことを示した
構わない。何人現れようと、私がやるべきことは変わらない
我々が目指している理想はそんなに脆いものではないということを、行動で証明するだけだ
ワタナベは振り返らず、反対方向へと歩いていく。太陽の下、彼の影は少しずつシュナイダーの影から離れ、最後は完全に交わることはなくなった
ああ、[player name]。もう起きていたのか
大丈夫だ。昨日は疲れただろう、もう少し休むといい
148号保全エリアを通じて空中庭園から連絡があった。新しい接続地点を指定されたから、そこまで車で送ろう
ワタナベは車のエンジンをかけた。低い轟音が響き、ふたりは再び旅路に着いた
車の外では太陽が輝いている。澄み切った青空と黄色に煌めく大地が、完璧なまでの境界線を描いている
爽やかな風が車内に吹き込み、知らず識らずのうちに気持ちが明るくなった
ふと、昨日の約束を思い出す
冗談をと笑って流されるかと思ったが、意外にもワタナベは頷いた
彼はハンドルを握りしめ、ゆっくりと車のスピードを上げた。強い加速感が、ふたりの背中をシートに押しつけている
そいつはいい、我々のオアシスを探しに行こう