Story Reader / Affection / ワタナベ·塵銘·その6 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ワタナベ·塵銘·その3

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次の日の早朝、空が僅かに明るくなり始めた頃、「レジスタンス」キャンプ内に起床を促す笛が鳴り響いた

起きろ起きろ、輸送部隊の肥えた豚どもは俺たちに休む暇なんてくれないんだ。物資輸送車の強奪だ、飯が食いたいやつは俺についてこい!

行きます!行かせてください!

私も行きたい。力はありますから、絶対に足は引っ張りません!

新しい補給物資が到着したと聞いた途端、寝ぼけ眼の平民たちは興奮し、輸送車襲撃に参加しようと必死に次々と手を挙げた

輸送車を襲う?そんな危険なことに軍歴もない一般人の私たちが参加できるのですか?

ああ、お前たちは来たばかりだから知らないんだな。俺たちが襲う輸送車は限定されているんだ

保全エリアの物資輸送車は2種類ある。ひとつは空中庭園の武装輸送部隊。やつらは実弾を所持したプロの軍人だから、真っ向からやり合っても勝ち目はない

もうひとつは保全エリアが自分たちで雇ったアディレの輸送部隊だ。やつらのほとんどは俺たちと同じ平民だから、成功率もそこそこだ。命懸けでやれば何かは手に入る

俺たちが襲うのはいつも後者なんだよ。だからボスが特別ルールを決めた。キャンプに貢献している者だけが襲撃に参加する資格があるんだ

例えば、あの若いのはキャンプの医者なんだ。病気や怪我になったらあいつが皆を治療する。だから強奪に参加しなくたって、俺たちが彼の分を取ってくることになってる

だからこっちの心配はしなくていい。お前たちは自分の仕事に専念しろ

今回の物資は大量だ。成功すれば、今夜はキャンプの全員が追加の食事にありつけるぞ

大量?もしかして隣の148号保全エリアですか?

へえ、さすが148から逃げてきただけあるな。古巣のことをよくわかってるじゃないか

言いふらしたり余計なことはするなよ。ボスは計画を探られるのを一番嫌がるんだ。そういうのをなんて言ったっけ……アブ……ヤブ……

藪をつついて蛇を出す、ですか

そうそう。148から逃げてきただけあってインテリだな。勉強嫌いだった俺とはやっぱり違う

じゃあ俺は先に行くぞ。見張りはお前たちに任せたからな

兵士は背を向けて去ろうとしてもう一度振り返り、ポケットからボロボロの包装紙に包まれたサボテンの花風味のビスケットを取り出した

そうだ。昨日お前たちには厳しいことを言ったが気にしないでくれ。このビスケットは詫びだ

味は……ちょっと変だが食べられないことはない。澱粉質も多少はとれる

……ありがとうございます

遠慮するな。ここじゃ皆兄弟、互いに支え合うのは当然だ

兵士は手を振り、今度は振り返ることなくテントを出ていった

低い監視塔に上がり遠くを眺めると、無尽蔵にある砂だけが見える。ここに長く立っていると、時々この星にはもう植物が存在しないのではないかとすら疑ってしまう

一方、ワタナベはビスケットを受け取ってからずっと何かを考え込んで、黙り込んだまま塔の上に座っていた

ああ……今頃、保全エリアへ向かう輸送車を攻撃し始めているだろう

ああ……今頃、保全エリアへ向かう輸送車が襲われているのだろう

これ以上こんな殺し合いに人々が利用されないよう、ここでシュナイダーの計画を完全に終わらせる必要がある

ワタナベがつぶやいたその言葉は、自分に言い聞かせているようであり、誰かとの約束のようにも聞こえた

今はどんな慰めや励ましも色褪せてしまうだろう。しばらく黙っておくことにして、視線を遠くへ向ける

頭上には照りつける太陽が存在感を表し、一向に姿を隠す気配はない。砂漠と空の間には実体を持たない結界のような陽炎が浮かんでいる

その結界の中にあるのは、ねじれた赤い岩とすでに枯れた樹、トゲだらけのサボテンがぼんやりと見えるだけだ

数匹のコサックギツネが黄砂の上を素早く駆け抜け、小さな足跡を残して茂みの中へと消えていった

……

…………

どうした?

ワタナベは即座に立ち上がり、こちらが指差した方向を見た

幻ではない。波のない穏やかな湖面に鮮やかな緑の茂み、水辺で追いかけっこをするコサックギツネたち。それは、荒れ果てた砂漠にぽっかりと現れた桃源郷のようだった

不自然なのはそれが地平線に浮かぶ孤島のように、遥か遠くの空中に浮かんでいることだ

緑の島の端をぼんやりとした白い霧が取り巻き、空中に浮かぶ白いヴェールのように緑の島と黄砂の間を漂っている

その白い霧はまるで夢と現実を隔てる境界線だ。その霧の中に入ることは夢境に入ることに等しいと思われた

蜃気楼だな。安心していい、目がどうにかしてる訳じゃない

ここは砂漠の中心に近い。今日のように気温の高い日は特に、鮮明な蜃気楼が出やすい

気をつけてくれ。前に数名の新兵が蜃気楼のオアシスを現実と信じ、興奮して向かっていった。夕方になってそれが幻だったと気付き、凍死しかけて戻ってきたよ

幸運なら蜃気楼が現れた場所の数十km内に、幻影の本体が存在している場合がある

ワタナベは何か面白いことを思い出したようで、つい先ほどまで緊張していた顔には次第に笑みが見え出した

興味があるなら、今度来た時に連れていこう

蜃気楼を探したことはないが……砂漠の旅は何度か楽しんだことがある

若い頃は傭兵の訓練兵だった。休日には仲間と車に乗って、砂漠で化石探しをしたものだ

砂漠の多くはもともと、数億年前は古代の海底だった。少し掘れば古代の貝がたくさん出てくるし、巨大なイソギンチャクの化石を掘り出したことだってある

草一本生えない荒れ地が数億年前は海の最深部だったと思うと、人類の歴史なんて本当に取るに足らないな

理論的ではないが、その考え方は私は好きだ

今の我々が何を考え何に悩んでいるのかを、数千年後の人類が知ったらどう思うのだろうな

我々がどう考えあぐねようが、答えの出ようのない仮定だな

とにかく今直面している大問題を解決して、この世界を次の世代に引き継ぐのが先決だ

ワタナベは監視塔の低い壁に寄りかかり、遠くの幻影を眺めながら砂漠の季節風に髪をなびかせていた

乾いた風に運ばれるようにして、過去の残響がワタナベの髪に名残惜しそうに絡まり、しばらく経ってからようやく消えていった

壁に寄りかかって遠くを見つめているワタナベは、なぜか感傷的に見えた

[player name]、あなたのことをずっと尊敬していた

長い沈黙のあと、彼は長い間心に押し込めていた思いを解放するように、再び口を開いた

どんなに理不尽なことに遭遇しても、あなたはいつも文句を言わずにそれを引き受け、本来背負うべきではない責任を背負い、皆を導いてきている

パニシングが存在する限り、この争いが根底からなくなることはないだろう。今後もシュナイダーのような策略家が出現する、それを防ぐ手段もない

人類の歴史は争いの歴史だ。我々がどれだけ努力しても同じことが繰り返される。だが、それでも……

ワタナベは兵士から受け取ったビスケットを掌に包んだ。風の中で薄いホイルの包装がカサカサと音を立てる

それでも、私は何度でも挑戦する。彼らが本当に生き残る道を見つけるために導くことを

人類の生存への意志を、誰かの欲望を満たすための道具にするべきではない

そう言うだろうと思っていた

ワタナベは大きく息をついて振り返り、こちらからの真っ直ぐな視線を受け止めた

……そう言うと知っているからこそ、あなたに頼りたくなかった

全てを自分の責任にして、ひとりで背負い込んでしまうだろう

……まったく、あなたには敵わないな

ワタナベは仕方ないという風にそう言ったが、その顔には安堵の表情が浮かんでいた

ともにこの難題を解決しよう。私の「協力者」の席は、ずっと専用席として空けておく

だが必ず私の指示に従ってほしい。絶対に無茶をしないでもらいたい

……あなたが危険な目に遭うのはもうこりごりだ

ワタナベ

絶対に守ってくれ

大柄の構造体は釘を刺すようにその点を強調した

ふたりはそれ以上言葉を交わすことなく、監視塔のてっぺんに座ってひと時の貴重かつ穏やかな静寂を味わった

言葉を交わさなくてもお互い理解していた。それぞれの胸に秘めた思いや信頼の深さ……

そしてこの混沌とした世界で、身分や立場を越えた心の交流がいかに貴重なものであるかを

遠くに漂っていた蜃気楼はいつの間にか静かに消えていた。束の間のオアシスは夢のような光景を見せてくれたが、広大な砂の海に没した。今は何の痕跡も残っていない

短い休息を終えたふたりは壁際から監視塔内部へと戻り、今夜の対策について話し合った

もし輸送車の強奪に成功すれば、シュナイダーも今夜の祝宴に来るだろう。なるべく顔を合わせないようにしなければ

状況が悪化したら私に脅されたと言ってくれ。私は自分で隙を見て逃げられる、その点は心配無用だ

今はまだシュナイダーが交渉に前向きなのかもわからない。もし彼らが自ら自首するなら、保全エリア側としても――

そこまで言って、ワタナベは突然ぴたりと言葉を止めた

すぐに、風の流れの変化に気付いた。砂の斜面を軽く吹き抜けていた風が、今は砂を巻き上げて唸る雄叫びに変わっている

絶えず顔に吹きつけてくる小さな砂粒を手で擦ると、その手に血痕が現れた

瞬時に事態を察したワタナベは顔色を変え、こちらを引っ張って素早く監視塔から走り出した

遠い地平線の向こうからから、巨人が歩くかのように巨大な褐色の暗雲が、この小さなキャンプへとゆっくり迫ってきている

地面に強風を吹きつけてくる暗雲は、無数の黄砂を巻き上げながら大きな天幕へと姿を変え、僅かに残されていた日光を完全に遮ってしまった

分別のある人間なら、この光景を目の当たりして巨大な天災の前の人類の無力さを悟るだろう。この渦に巻き込まれれば、あとは壊滅に向かうだけだ

ワタナベが腕を強く握ってきた。この巨大な砂嵐の前に立つふたりは、まるで地球上に残された2匹のカマキリだ

彼はなんとか口を開いたが、その声はすぐに唸る風の音に引き裂かれ、途切れ途切れになってしまった

……砂漠の嵐が来た