風車塔を離れると、辺りにはすでに雷鳴が轟き、空は重く曇り、土砂降りの雨が降りしきっていた
リーフの意識海の揺らぎを察知し、即座に深層リンクを行ったが、リーフ本人は黙ったまま深い悲しみに沈んでいるようだった
…………
雨は更に激しさを増し、視界を覆い尽くしていく
目に映る全てがぼやけ、光も影も、人の姿すらも溶け合い、幻のように揺らめいていた
狂風はまるで神の巨大な手のように体を容赦なく揺さぶる。視界は暗くなり、足は前進を阻まれ、制御を失って後退した
風をかき分け、懸命に前へ進むと夢の中のような光景が広がった。荒廃した町が灯りに包まれ、かつての賑わいを取り戻していた
そして、そこにリーフの姿はなかった
風があの少女を攫ってしまったのだろうか。その場を探し回っても手がかりは見つからず、とりあえず彼女の家へ向かうことにした
雨に打たれながらリーフの家の庭へ足を踏み入れると、ガーデンライトが無機質に灯り、家の中からは賑やかな声が聞こえてきた
今、参ります――
お待ちしておりました。ちょうどパーティの準備が整うところでして……
……ところで、どちら様ですか?
私はこの家の主人ですが……何かご用でも?
彼女は飛びっきりのジョークでも聞いたかのように、腹を抱えて笑い始めた
アハハハハ!私は一応、リーフの「母」ですが……リーフを訪ねていらしたの?あなた、あの子とどういう関係で?
指揮官?変わった肩書だこと。リーフが軍に入ったなんて初耳だわ
ふふっ、あの子にそんな人がいたのね。一度も聞いたことがないわ
突然家に押しかけてきて、名乗りもせずに娘に会いたいですって?礼儀というものがあるでしょう?
まあいいわ、あなたたちに構ってる時間はないの。今呼ぶわね
リーフ、リーフ――
部屋の中は依然として騒がしく、彼女は眉をひそめて更に2回呼んだが、返事はなかった
おかしいわね、寝ているのかしら?それか、出かけてるか……
あなたには関係ないでしょう。リーフはあなたの娘でもないんだから
リーフに用か?この嵐だ、まずは中に入りなさい
あなた、見ず知らずの人を家に入れるなんて……
リーフは昔から人付き合いが苦手だろう?せっかくの友人なんだ、歓迎しようじゃないか
急ぎ足で玄関に歩いてきたスーツ姿の中年男性とすれ違った。その手にはブリーフケースを持っている
このあと会議があってね。私はパーティには出ないが、ゆっくり楽しんでくれ
彼は数歩進んだところで何か思い出したように立ち止まり、振り返った
リーフのことを、よろしく頼むよ
彼はこちらをじっと見つめてから深々と一礼し、迎えの黒い車に乗り込んだ
頼んでおいた風船が10個足りないんだけど
リーフが全部準備してくれたじゃない。なんの10個?
忘れたのか?僕たちは州立中学に合格したけど、僕はお前より10点高かった。だからその分、10個追加だ
はぁ……リーフに手伝わせよう
……え?誰?
リーフに?へぇ、珍しい。お友達がいるなんて初耳!
まぁ、彼女はいわゆる僕たちの妹だから
あ……あの子は誰かの役に立つのが好きなの。今日は進学のお祝いがあるから、お母さんがリーフにお手伝いをお願いしたの
僕たち、州立中学に合格したんだ。聞いたことあるでしょ?そこの先輩には科学理事会のメンバーもいるんだよ
今日は、あの子の本当のお母さんの命日なの。それで、落ち込んでたけど……どこに行ったのかはわからない
待って!外はすごい嵐よ?ここで一緒に待ちましょう。もしかしたら、すぐ帰ってくるかもしれないし
未来の人類の希望が目の前にいるってのに。それよりも間抜けなリーフを探しに行くなんて……
……いや、そういう意味じゃなくて
その……つまりさ、リーフみたいな子は大した大人にはなれない。だから、あなたも僕たちと友達になった方がいいってこと
なんでそう言い切れるの?もし違ってたら?
リーフの家を離れると、風の咆哮で鼓膜が破けそうになった
体を低くして進もうとするも足下がふわりと浮き、体が木に激しく叩きつけられた
大自然に翻弄されながら必死に巨木にしがみついたが、頭には激突の眩暈が残っていた
その時、どこからか柔らかく光るものがふわふわと風に逆らって飛んできた
――それは、紙飛行機だった
ひとつ、またひとつと乱気流の中から次々と現れ、輝く紙飛行機たち
それが傍に集まってくる
「一緒に来て?」――幼い子供のような声が聞こえた
狂風に逆らい、紙飛行機たちは自分を囲むようにして森の中の空き地へと導いた。そこに、木造の小屋がぽつんと建っていた
窓の隙間から揺れるランプの灯りに照らされた、幼い少女の顔が見えた
…………
やっぱり……誰も来ない……
まだ距離があるせいか、彼女には声が届いていないようだった。激しい風雨を押しのけて彼女へと近付いていく
リーフは窓辺の机で白い紙を折り続けていた。紙飛行機の形をひとつずつ、静かに――彼女はその紙飛行機に語りかけていた
今、私の傍にいてくれるのは、あなたたちだけ
お母さんが言ってたの。紙飛行機は風の精霊だって。リーフのことをずっと守ってくれるって
足を速め、風に吹き飛ばされそうになりながらも、必死に彼女へ駆け寄る。けれど、彼女に近付けば近付くほど風が荒れ狂う
お母さんがいなくなってから、私はずっとひとりなの。でもいつか必ず、お母さんみたいに守ってくれる人が現れるって信じてる
だから、リーフも
だって、リーフが
自分に寄り添う紙飛行機を雨が濡らし、ひとつ、またひとつと地面に落ちていく。そこへ突然、背後から強い引力が襲いかかってきた。まるで世界から引き離そうとするように
引力はますます強くなり、ついには1歩も進めなくなった。 「お前は彼女の過去にいなかった。だから現れてはならない」と警告されているかのようだった
小さな精霊さん、どうか私の代わりに
どうか
そして彼女は紙飛行機をそっと手の平に乗せ、窓を開けて飛ばそうとした――その時、光が現れ、彼女は動きを止めた
その光は暴風に阻まれながらも、必死に彼女に近付こうとしていた
闇が四方からじわじわと視界を侵食する。やがて、ただひとつの細い裂け目から、小さなリーフの姿を覗き見ることしかできなくなった
叫び続けたが、リーフには届かなかった。嵐に揉まれた言葉は、ただの啜り泣きのように響いた
泣かないで……
小さなリーフは慌ててドアを開け、雨の中へ飛び出した
目の前で小さくなっていく光が、雨に溶けそうになっていた
彼女は駆け寄り、両腕を広げて、その光を抱きしめようとした
その瞬間、彼女の腕の中で「パンッ」と音を立て、光は白い紙飛行機へと変わった
……え?
まるで雪が舞うように、紙飛行機が次から次へと空から降り注いできた
リーフはそのままの姿勢で、地面に膝をつき、動けずにいた
泣かないで……
彼女は独り言を呟いた
あの日、リーフは秘密基地でひとりで紙飛行機を折っていた
母親はすでに亡くなり、誰も彼女が家を抜け出したことに気付かなかった
もしかしたら、嵐に震えるその小さな体が、誰かが迎えに来てくれることを願っていたのかもしれない
けれど、現実には誰も現れなかった
その日、彼女は一生愛してくれる人と出会うことはなかった
それが彼女の願いだったのに、嵐が運んできたのは、ただの壊れた幻だった
彼女は、ずっと待っている。どれほど長くなるかわからないけれど
意識が薄れゆく中、彼女は母親の声を聞いたような気がした
記憶の中で、彼女は母親と一緒に飛行機に乗っていた
……この町は風の神様に祝福されているの。愛する人と一緒に風に乗れば、風の神様に祝福されて、一生一緒にいられるのよ
リーフ、もう行かなくちゃ
アンソニアは立ち上がって飛行機を後にした
あなたもきっといつか、愛する人に出会えるわ。
あなたたちに風の神様のご加護があらんことを
しかし、母親と[player name]の姿は、風の中で次第に消えていった
彼女は高くそびえる風車塔を見上げた。伝説では風の神様は最上階の教会にいると言われている。それが今、嵐の咆哮の中で崩れそうに揺れていた
このままでは崩れてしまう。そうなったら町の建物が巻き込まれ、ウェンキスの難民たちは壊滅的な被害を受けることになる
もうこれ以上、嵐に大切なものを奪われたくない。塔を守れたら、この小さな町も、自分自身も、そして[player name]も、風の神様の祝福を受けられるかもしれない
彼女は静かに、決意を固めた
