ガード犬の追跡は、ある建物の廃墟にたどり着いて終わった。犬はその身を震わせて毛についた雫をふるい落とすと、崩れた壁の中に向かって再び吠えた
ワン!
ここです!
スカベンジャーは廃墟に身を隠し、警戒した目でこちらをじっと見つめている――もうこれ以上逃げる体力が残っていないようだ
お前ら……それ以上、近寄るな!
落ち着いてください。私たちに敵意はありません
……
彼は息を呑み、何も答えなかった。ただ警戒したままこちらを凝視し続けている
この森は危険です。赤潮の蔓延が加速しています。あなたたちもここを離れなければ……
クソが!そのセリフは聞き飽きた、もういい加減にしろ、俺たちを放っておいてくれ!
ルシアが言い終わらない内にそのスカベンジャーは怒りを露わにして、彼女の言葉を遮った。その表情には絶望の色が浮かんでいる
俺らは衣食住に不自由なく暮らしてるんだ。そこへ突然お前らがやってきてここは危険だのなんだの、俺らを追い出そうとする。クソったれが、一体何が狙いなんだよ!
皆さんには保護が必要なんです
お前らの保護なんて必要ねぇよ!!
俺たちはうまくやってる!畑で食べ物も作ってる。今の時代、こんな場所を見つけるのがどれだけ難しいかわかってるか!?でも危険だから出て行けって?ふざけんな!
お前らは食べる物も着る物も十分あるってのに、まだ足りずに俺らの小さな場所まで奪いたいのかよ?
保護なんて必要ない!自分たちのことは自分で守る!唯一脅威があるとすれば、お前らみたいな遠いところから押しかけてくる連中なんだよ!
彼の疲れ切った顔に、非難の色が加わった
ルシアに音声装置を出すように合図すると、スカベンジャーは一瞬驚いた様子を見せた
お……お前ら?
確かに音声装置が発する低周波は、野獣の襲撃の回避には役立つだろう。しかし同時に、意識を持たない侵蝕体が人間の位置を特定するのにも役立ってしまう
そんな……まさか……
でも、この辺で赤潮なんて見たことないぞ!デマはよせ!
現在の赤潮の蔓延スピードからすると、まもなくこの森も飲み込まれるだろう
保全エリア向けに空中庭園が作成した地図には、周囲のパニシングの濃度が明確に示されていた。スカベンジャーは後ずさって、よろよろと地面に座り込んだ
近くの保全エリアにいる警備隊長が、警報を発しているはずです
あ……あれは、やつらがここを独占したいからじゃないのか……
保全エリアは、この森の資源を必要としていません
ほとんどの保全エリアは浄化塔のカバー範囲内に農地を持っている。予期せぬ事態が起こった際も、最低限の食糧を確保できるようにだ
なら、俺らはどうしたら……
彼は力なく宙に浮かんだ地図を眺めていた
……
彼は困惑に満ちた表情で、よろめきながら立ち上がった
もし俺らが生活していけなくなったら、どうすればいいんだ。俺らの全て……最後の食糧の種を全部、この森に蒔いちまった
……
それって、またゼロからのスタートってことだろ……俺らの財産、俺らの全て……
廃墟の中には、スカベンジャーがここで生活してきた痕跡が垣間見えた。簡易の雨よけを作り、花が咲く植物まで植えている……
彼らは生きようと、必死にもがいていただけだ
でも、それは同時に、新しい希望も意味します
希望……
保全エリアはこの森よりもずっと安全です。保全エリアでは新しいテントや食料がもらえますし、今までの経験次第では、仕事だって見つかるかもしれません
し……仕事?
運送ドライバーに優遇措置がある保全エリアもあれば、警備隊員を募集している保全エリアもある。各保全エリアはさながら小さな村で、さまざまな職業が存在する
もしかしたら将来的には、今よりも素晴らしい生活を手に入れることができるかもしれません
それに、あなただってずっとひとりきりで生きてきたんじゃないはずです……そうですよね?
少女は無意識に隣にいる人間の指揮官の手をぎゅっとつかんだ
……そうだな、俺はひとりじゃない……
彼は独り言をつぶやいた。指揮官とルシアが伝えた保全エリアの状況に、少しは希望を見出せたようだ
俺にはキャプテンや友達、それに兄と妹もいる……
皆、隠れちまった。誰も追い出されたくないからな……へへ
彼は少し気まずそうに頭をかいた
お、俺、皆を呼んでくるよ!
彼の呼びかけで、多くのスカベンジャーが集まってきた。ほとんどの者はこのふたりの訪問者を半信半疑といった風に眺めていたが、少なくとも拒絶は感じられない
スカベンジャーたちの疑問にひとつひとつ丁寧に答えて、喉がカラカラになったころ、ようやく連絡を受けた警備隊員が慌てた様子でやってきた
ワン!
周囲を警備していたガード犬が、一目散に飼い主である隊員に飛びついた
も——申し訳ありません!侵蝕体を見つけて撃退するうちに、知らない場所に行き着いてしまって……
ゴホッ……ご迷惑をおかけいたしました……ランプ、無事か?
この子は私たちの案内人として、しっかり働いてくれました
ここの皆さんを保全エリアに案内していただけますか。別のエリアにまだ回収できていない音声装置が残っているので……
……すみません、俺らが余計な迷惑をかけてしまった……
警備隊員たちの慌てっぷりを見て、スカベンジャーはようやく音声装置が侵蝕体を引き寄せているという事実を受け入れたようだ
気にしないで。あなたたちも、生き延びるのに必死だっただけですから
警備隊員はこのスカベンジャーたちの案内を快く承諾してくれた
こちらこそ感謝いたします。たったふたりで、3つのエリアの回収作業を担当するとは、さすが精鋭小隊!
じゃあ、まずはこの仲間を連れて帰りますね。ランプのことは……
ああ、ランプってのはこの犬の名前です。ところで、おふたりは以前に犬を飼っていましたか?こいつ、あなたたちのことをかなり気に入ったみたいだ
子犬をお世話したことならあります
当時の子犬の姿が頭に浮かび、ルシアがその子犬をなでている場面が思い出された
今目の前では、ランプという名のガード犬が少女に親しげにすり寄っている
そういえば、ランプは子犬の頃は迷い犬だったっけ……
ははっ、さすがにそんな偶然はないか
もしよければ、ここからの任務はランプを同行させましょうか?
こいつは追跡がすごく得意なんです。きっと、役に立ちますよ
ワンワン!
おいおい、またそんなドヤ顔して!俺が優しく訓練したお陰だろ!
彼は愛情たっぷりにガード犬の頭をなでている
ルシアは頷き、ランプがちょいと差し出した前足を握った
それでは、よろしくお願いしますね。ランプ
ワン!