森の中でαが武装集団に囲まれていた。彼女は冷たい視線でリーダーと思われる人物をじっと見つめている
構造体!?あのボロボロの保全エリアなんか、とっくに見捨てたんじゃなかったのか!?
愚問に答える必要などないといわんばかりに、αは刀に手を添えた
ブツを出して、すぐ去りなさい
……それで、あんたは?何をくれるってんだ?
これをあの保全エリアから持ち出すのに、結構苦労したんだぜ……
生きて逃してやる
……
リーダーが陰湿な目でαを見ている。お互いの戦闘力の差を計算しているようだ
考えても無駄
刀を持つ手に力を込め、冷たく鋭い刃を光らせながら、αは眉根を寄せた。見るからに不機嫌といった様子だ
「バン!」
予想外に、そのリーダーは銃を抜くと、αに向かって発砲した
……チッ
彼女は刀を振って銃弾をかわすと、その後から襲ってくる発煙弾を素早く切り裂いた。暴徒たちが期待していた煙は噴出しなかった
つまらない小細工ね
散れ!逃げろ!散るんだ!
ブツを持ち出せ!報酬は全員で山分けだ!
リーダーが大きく腕を振って叫んだ。素早く横に転がってαの一撃から逃がれ、隙をついて斜面を転がっていく
命令とともに、武装集団がわぁっと声を挙げて散らばり、四方八方に向かって走り出した
それを見たαがバイクにまたがり、逃げる武装集団を追いかけようとした時……
α!
視界の隅に見覚えのある人間が現れた。脇の小道から来たようで、体には泥と木の葉がついている
――[player name]だ
後をつけてきたの?
今回は、慈悲深くお目当ての物を譲ったりしないわよ
……
卑怯ね。私を足止めするつもり?
昔話をしている暇なんかないわ
αはバイクを起動して、逃げた武装集団の後を追おうとした
……脅し?
空中庭園と聞いて、αは警戒した目を向けてきた
再び端末で新しいルートをマークして、クロワに共有した
急に現れた「構造体」を不可解だとは思っているだろうが、クロワは微塵も態度を変えず、命令に従って自分がマークした座標へと向かった
……空中庭園の指揮官が、たったひとりで昇格者と一緒にいるつもり?
αは無表情でこちらを見つめている
この状況では、αも自分と協力した方が得策なはずだ
手を組む?
武装集団の人数が多すぎる。たとえもう2組の小隊の応援に頼ったとしても、今すぐに彼らを追いかけなければ、資料が入ったメモリーをどこかへ隠されてしまうかもしれない
計画上、αと自分が協力する以外、お互いが有利になる可能性はなかった
武装集団が混乱に乗じてメモリーを持ち出したら、自分もαも、再び見つけられる保証はないのだ
……計画を話してみて
エンジンの音がやんだ。αはこちらの言い分にはまだ半信半疑のようだ
説明する時間を得られただけでも、いい兆候だと考えた。端末を開けて、素早く3カ所をマークする
……
空中庭園で習った囮作戦のことを思い出したわ。ただ、私はもうかつての弱い「ルシア」じゃない
彼女は微笑んでいるかのように見えたが、その瞳には深い闇が広がっていた
……
αは一瞬黙ったが、そのままエンジンをかけた
ここまで昇格者に接近してるのよ、覚悟はできてるんでしょうね?
どうやら、交渉成立のようだ
バイクにまたがった途端、αはすぐさまエンジンをうならせた
……そう、十分な血清を用意していることを願うわ
エンジンが轟音を立てる。昇格者の腕が鮮やかな赤い光を放った。真っ赤なバイクは血に染まった稲妻のように、想像を絶するスピードで森を駆け抜けた
明るく赤い光の中で、パニシングの数値が凄まじい速度で上昇している
50%……60%……70%……
それにつれて心拍数も上昇し、思わず息を止めた。その数値が防護服で防御できる限界に達しそうになった時、すぐ側で軽く笑う声が聞こえた
もう怖くなった?
パニシングの濃度はちょうど臨界点の手前で止まった
その時、端末から通信音が聞こえてきた
接続すると、クロワの声が響いた
指揮官!ここで突然高濃度のパニシング反応を検出しました!検問所に向かって、猛スピードで移動しています!
そして、指揮官の座標が……パニシング反応と重なっています。何があったんですか!?
応援が向かっています。もう少しの辛抱です……
しかし……
通信の途中で、突然キーンという鋭い電流音が流れた。クロワの声が聞き取りづらくなる
バイクが急ブレーキをかけた。突然すぎて体勢がとれず、巨大な慣性の作用でαの背中に押しつけられてしまう
応援を呼ぶつもり?
(ザ――)パニシング――干渉(ザ――)のことです……
今回の取引、第三者は除外よ
「通信中断」
このまま自分が拉致されるかも、とは思わない?
単純なのか、死を恐れていないのか、どちらなの?
……ふん
冷たく鼻を鳴らすと、αは前進するスピードを上げた。雪が車輪の下で冷たく波打っている
加速するにつれ、耳元で風がうなる。αの声も、風に紛れて途切れ途切れにしか聞こえなくなった
……しっ
しっかり掴まって
言い終わる前に、バイクのアクセルが全開になった。抵抗できない力に体を縛られ、見えない手で吹雪の中に引きずり込まれていくようだ
ふと気付くと、両手を目の前の人物の腰に回していた
防護服を通してでも、柔らかい感触と体温が感じられた。αの体が一瞬硬直したのが、はっきりとわかる
……
予想外にもαは何も言わず、黙ってバイクのハンドルを握っている
冷たい風が肌を突き刺し、雪が豪雨のように降りかかってくる。目に映るもの全てがぼんやりとし、灰色一色に埋め尽くされ、視界の端へと流れていく
天と地の間、空間と時間の概念すらもなくなったように感じる。自分とαだけが吹雪の中を猛スピードで前進しているような感覚だ
どのくらい時間が経ったのかはわからない。突然のブレーキ音とともに、バイクは颯爽と雪の大地に弧を描いて、ある人物の前で止まった
驚いた様子で目の前に立っているのは、先ほど武装集団で命令を出していたリーダーだ
αは即座にバイクから飛び降り、よろよろと後ろに向かって逃げようとするリーダーの行く手を阻んだ
やっぱり、ここだったわね
あなたが持っているはず
……渡すもんかよ!
ふん
彼女はためらいなく刀を抜いた。刀の光で冷たい風を切りながら、慌てて逃げる武装集団を追う
麻酔弾がリーダーの皮膚に刺さり、彼はうめきながら倒れた。αの刀は宙で空を切って、そのまま鞘に収まった
ずいぶん優しいのね
……ふん
αは鼻を鳴らして、否定も肯定もせず、もう刀を振るうことはなかった
彼女がリーダーに近付いてポケットのメモリーを取り出した瞬間、武装集団のひとりが突進してきた。小さなメモリーはαの手から滑り落ち、崖の下へと消えていった
――絶対、お前らには渡さないぜ!
暴徒の最後の叫び声と同時に、αが即座に飛び上がった。そのまま迷いなくメモリーを追って崖から飛び降りる
ここは山の中腹だ。崖の下には奇妙な形で突き出た石がいくつもあって、底の深さはここからはわからない。急いで下を覗くと、そこには誰の姿もなかった
指揮官!大丈夫ですか!?
クロワが荒れた山道から現れると、自分が崖の縁に立っているのを見て、大慌てで駆け寄ってきた
これは一体……何があったんですか?
もしかして、あのパニシングの反応がそうだったと?
クロワに簡単に状況を説明した
……つまり、昇格者の目的は我々と同じだということですか!?これほど深い崖では……これ以上、追跡はできませんね
ここまで来て……昇格者に先を越されたか
端末を操作して昇格者の活動信号を受信した。端末のモニターをタップすると、地図上に赤い点が光っている
実はαとバイクに乗っている時、彼女に位置特定装置をつけておいた。今、赤い点は移動している最中だ
――しかし、取引はまだ終わっていない
抵抗して撃たれた3人以外、残りの武装集団のメンバーを捕えました
指揮官、これから……
再び崖の下を覗いた。まだ心臓の鼓動が激しい。あの白い姿が見えるような気がした
端末のモニターでは、目標を追跡する光が点滅している。それはまるで無言の誘いのようだ
やがて闇夜が訪れた
αが崖の上に立って見下ろすと、ちょうど麓にある保全エリアが見える
日が暮れ、保全エリアにも明かりが灯った。この保全エリアの被害はそう酷くなかったようだ。物資が豊かとはいえないが、彼らは狼狽する遭難者を受け入れてくれた
[player name]もあの保全エリアにいる
微かな明かりが、彼女の瞳に宿る小さな炎を映し出した。αは刀を握ると目を伏せた
彼女はもはや、他人がもたらす「希望」など、期待していない
彼女自身が道を選ぶ。たとえそこに明かりがなくても、暗雲に満ちていても、前が見えなくても
たとえ血を流そうとも、彼女は自分が選んだ道を歩む
崖で負った傷を簡単に手当てすると、αは踵を返して山頂に向かった