カヘティの衛星都市
現在
ガ――オ――!
あと20m!やつらが登ってくるぞ!
銃撃の轟音が天地を震わせている。銃弾の雨の中で数千体もの侵蝕体が、蟻が群がるように絡み合って密集し、古びた石垣を這い上がりつつある
砲弾が一帯をなぎ倒しても、別の群れが瞬時にその隙間を埋める。侵蝕体は鋼鉄の関節や脛がこすれ合う野蛮なリズムを奏でながら、今にも崩れそうな防衛線へぶつかってくる
あと、ご、5m!
やつらが来――
ぐあああ!!
兵士の口を塞ぐかのように、1体の侵蝕体が壁へ猛然と飛び上がって襲いかかってきた。刀にこびりついた血が、ぬらぬらと反射する
――ギィ!!
空中から風を切って放たれた2発の徹甲弾が侵蝕体の右腕に命中し、血に塗れた武器を吹き飛ばした
邪魔ッ!!
アウリスは飛び上がりながら体をひねると、侵蝕体に蹴りを食らわせた――ガンッ!という音とともに鉄の顎が砕け、侵蝕体は仰け反って壁から落ちていく
止めるな!撃ち続けろ!
アウリスは頬についた血を拭いながら、機関銃陣地に向かって叫んだ
は、はい!!
ドン――銃弾が飛び交う中、下から低いくぐもった衝撃音が響いた。アウリスは突然足下が沈んだように感じ、ふらりと1歩後退した
――!?
続けざまにまた衝撃音が響き、壁がグラグラと揺れ動いた。まるで巨人が指先で叩いているかのような揺れは、戦場にいる者たちの張り詰めた神経をも震わせてくる
アウリスは壁際の侵蝕体を撃ち殺し、足下に目をやった――密集する鋼鉄の軍勢の最前列で、マントをまとった人影が凶悪な笑みを浮かべながら、ゆっくりと手を上げていた
カヘティの残党、黄金時代の残滓よ……まさにお前たちは、豊穣なる新世界の堆肥となるにふさわしい
緋色の粒子が彼の手の平で渦巻くと、周囲の侵蝕体は瞬時にねじれて砕け、鋼鉄の脊椎を飛び散らせた。そそけ立つような軋む音とともに、それらは車ほどの鉄塊へと凝縮した
存分にもがき苦しめ。死の霧の中では、お前たちがむせび泣こうが、誰も気に留めはしない――!
昇格者が手を振り下ろした瞬間、アウリスの瞳孔はさっと収縮し、すかさず大声で叫んだ
下!壁から離れろっ!!
突如、鉄塊が紅い稲妻を放ちながら、突風と巨大な衝撃とともに飛び出した。鉄塊は一瞬で崩れかけの壁を突き崩し、もうもうと砂埃を巻き上げた
殺せ!!
号令とともに、侵蝕体が網を破って逃げ出す魚のように壁の崩れた部分へと殺到した
あっという間に漆黒の鋼鉄の群れが押し寄せ、バリケードを打ち破り、寂れてひっそりしていた街になだれ込んだ
……
先頭の侵蝕体は空っぽの通りを見回した。そこは死んだように静まり返り、人間の痕跡はどこにもない。ただ看板が風に揺れ、ギーギーと軋む音だけが響いていた
しかし突然、布がバサバサと捲り上げられる音が聞こえた
!!
数十枚のテント生地が同時にはねのけられ、屋根の上、窓の背後、ドアの陰から、一斉に光る銃身が突き出された
――撃て!!
数百人のカヘティ人が一斉に鬨の声を上げ、銃口から無数の火炎が噴き出した。銃撃の轟音が響く中、先頭の数十体の侵蝕体は、嵐になぎ倒される麦のようにバタバタと倒れていく
グガァァッ!
奇襲を察知した侵蝕体は即座に陣形を変え、無数の小隊となって散開した。そして近隣の建物に一軒一軒押し入って人間を探し始めた
マーサ!弾を!
今すぐ――
少年は何かにドンとぶつかり、上を見上げた。目の前に、巨大な鉄の鎧が立ち塞がっている
クク……
お、お前……!
恐怖にかられた少年は口をあんぐりと大きく開けた。肩に担いだ弾帯が、音を立てて地面に落ちる
シ――ッ
昇格者はふざけたように指を1本立て、声を出すなというジェスチャーをした。そしてもう一方の手を、少年の顔面へゆっくりと伸ばした
その子から離れろ!
チョウは怒鳴り、階段から飛び降りながら昇格者の首に死に物狂いでしがみついた
ほう?お前は……
地面に叩きつけられた昇格者だったが、人間の攻撃など気にする様子もない。それどころか、興味深げに相手の顔をまじまじと見つめた
割れたマスクの奥から漏れる陰湿な笑い声が、混乱する階段の踊り場に響き渡る。それは聞く者をゾッとさせるような声だった
化け物め!死ね!
チョウは歯を食いしばり、彼の頭を掴むと、怒りに燃えながら全力で階段に叩きつけた
いいだろう。お前が「触媒」の保険となるがいい……
ビシャッ!
鮮血が飛び散り、骨が砕ける鈍い音が響いた
グハッ!!
チョウは蹴り飛ばされ、その体は乾いた草の塊のように転がり、地面に凄惨な血痕を描きながら街灯に激突した
昇格者は重々しい足取りで瓦礫を踏み越え、真っ直ぐ彼のすぐ側へと来た。そして手を持ち上げ、手の平の上で渦巻く緑の炎の砲口を向けた
出し抜けに、彼の側でササッという物音がした
?!
彼は猛然と振り向き、音がした方へ砲口を向けた
まるで穴から飛び出す毒蛇のように炎がほとばしり、目の前の道を瞬時に呑み込んだ
すぐに煙は晴れたが、そこには1丁のライフルがひび割れた大地に転がっているだけだ
何だと?
――!
敵が気を取られた瞬間、アウリスが反対側から飛び出した――手にした特製のナイフを鋭く光らせながら、昇格者の脇腹を突き刺す
ハッ――!
ゴーッという音とともに、鋼鉄の肩の間から青い炎が勢いよく噴き出した。沸騰する蒸気はまるで電流が流れる鉄条網のようで、アウリスを空中で阻んではね返した
アウリスははね返された勢いのまま空中で身を翻し、ずるずると数mほど滑りながら着地した
あんたがあの赤霧の中に隠れてた昇格者?
彼女は鼻をこすり、口の中の血をペッと吐き捨てた
ククク……この廃墟に響く、肺腑をえぐる悲鳴を聞くがいい。霧の中に隠れている獲物は、一体誰だろうな?
お目にかかれて光栄だ、レンジャーアウリス。ずっと私の後をつけ回し、私の実験室を破壊し、あの無能な凡夫どもを逃がしたのはお前だな
統帥から命令されてね。あんたのその血生臭くて低俗な悪趣味も、今日で終止符を打つことになる
お前ごときが?その脆弱な生身の体で?
彼は頭を仰け反らせて嘲笑い、アウリスの銃を踏みつけながら手を上げた。霧の中の深紅の粒子がゆっくりと漂い出し、機体から噴き出す青い炎の周囲で渦巻いた
お前にはコポリマー適性がない。ただ鉄の皮を身に纏っただけの紛い物だ。対して私は昇格者であり、鋼鉄とシリコン結晶の複合体だ
率直に言わせてもらおう、お前は何を持っているというのだ?私に対して何かできるとでも?
人間の勇気と度胸だ――あんたの首を取るにはそれで十分!
アウリスが腕を振り上げると、金属の関節がギシギシと音を立て、日光の下に無数の銀線が現れた。その鋭い光は交錯し、蜘蛛の巣のように伸縮しながら昇格者へと襲いかかった
ならば証明してみせろ、ハハハハ!
ジョン·ドゥはその場に立ったまま、動じることなく両腕を広げた。激しい炎が轟然と噴き出し、体に絡みついた銀線を瞬時に焼き切る
狂風が巻き起こる中、アウリスは煙の中から猛然と飛び出した。手にしたナイフの刃は鮮やかな光の軌跡を描き、鉄甲を焼き切って昇格者の体へ突き刺さった
――!
同時にアウリスは、振り上げた左拳を猛烈な勢いで昇格者の割れたマスクに叩きつけた
――ガンッ!
金属の鈍い音が辺りに響く。昇格者は間一髪で腕を上げ、その攻撃を空中で受け止めていた
クソッ……死ねッ!
……狂人が!
深紅の光斑が脈打つように明滅し、バチバチと音を立てながらアウリスの眉間を攻撃する。しかし彼女は微塵も動じず、全力でナイフを昇格者の胸に深々と突き入れた
パニシングは激しく凝縮し、周囲の空気は瞬時に酸性雨のような焼けつく熱さとなり、アウリスの肌を蝕み、腐らせていく
ぐあぁぁッ!!!
手を離したらどうだ?命を賭したところで、お前に勝機などひとつもない
黙……れ!!
パニシングが彼女の肌を這いまわる。しかし肉を焼くその激烈な痛みはかえって彼女のナイフを握る力を強くし、更に深々と突き立てさせた
骨の髄から湧き上がる旺盛な勝利への欲望が、彼女をぐいと1歩前へと踏み出させる。彼女は絶叫しながら、自分自身と敵を同時に死へと押しやった
あんたを、仕留められるなら……!!
ならば、お前をこの街ごと……
バンッ――
言葉が終わらぬうちに、唸りを上げて放たれた弾丸が、あやまたず昇格者の腹部を撃ち抜いた。空中に結集していた紅い刃が激しく砕け散る
――!
アウリスは血に霞む目で弾丸が飛んできた方向を見つめた。硝煙が立ち込める中に、見知らぬ灰色の人影が静かに佇んでいた
まさか……お前は……
昇格者は戦きながら背後を振り返った。マスク越しの声には明らかに驚愕が混じっている
戦場でよそ見するなんて、感心しないわね?
ジョン·ドゥの死角から、別の人影が音もなく忍び寄り、幽霊のごとく彼の側へ躍り出た
ガキンッ――巨大な鎌が振り下ろされ、紫電を纏った刃はまるでバターを切るように、一瞬で昇格者の上半身をズタズタに斬り飛ばした
ジョン·ドゥの巨大な鉄の体からずるりと肩と首が離れ、まるで刈り取られた麦のように崩れ落ちていく
フ……フフフ……生け贄はすでに……
黙れ!!
地上に転がるジョン·ドゥの頭が謎めいた言葉を呟きかけたが、アウリスはその頭を容赦なく踏み砕いた
……チョウ!
間一髪で駆けつけた援軍を気にする余裕もなく、重傷のアウリスはよろめきながら、地面に横たわる負傷者の方へと近付いた
姉貴……ゴホッ!!
動かないで、まず止血をしないと
おい、そこのあんたたち!手を貸して……
顔を上げたアウリスは、思いがけず見覚えのある顔と出くわした
…………
…………
ふたりの目が合い、戦場に一瞬の静寂が訪れた
……?
アウリスはこちらを見て、なぜ自分の名前を知っているのかと驚いているようだ
……わかったわ
……F中隊、負傷45名、戦死27名。中隊長タリアは交差点で頸部に被弾し、即死しました
鼻を刺す消毒液と鉄錆のような血生臭さが混ざり合って、呻き声ばかりのこの薄暗い空間に漂っている
続けろ
救急室の外で、リン長官は兵士に左腕の包帯を巻かれながら、先ほどの戦果報告を受けていた
司令部は重傷者5名、全員救命処置中です。軽傷者は長官を含め6名、今後の任務続行に影響はありません
グレイレイヴン指揮官のお陰で、民間人の被害も……許容範囲内に抑えられました
……支援に感謝する
リン長官は隣に座る人間に目を向けた
あんたがあの[player name]だって?
向かいの壁に寄りかかっていた独眼の女兵士が、相手の身分を聞いて複雑な表情を浮かべた
……別に。統帥からあんたのことを聞いたことがあるってだけ
その時、救命室の扉が開き、ネイティアが中から出てきて、その場に立ったまま長々と息を吐いた
あいつはどうなった!?
アウリスは詰め寄り、伸びあがって救命室の中を覗こうとした。しかしネイティアは遮るように立ち塞がり、ゆっくり扉を閉めた
状況はよくない。ここの薬は使い果たしてるし、可能な限り出血は抑えたけど。後の治療は他の医師に任せたわ
薬なしでどれくらい持つ?
3日、あるいは1日
彼女は疲れた様子で眉間を揉んだ
それに、いくつかの生命維持装置は古すぎて、重要なパラメータが安定しない。こんな環境で、これほど多くの負傷者を受け入れるなんて無茶よ
「こんな環境」……?
その言葉にアウリスは針で刺されたような痛みを覚えた。彼女は俯き、拳をギュッと握りしめた
……ネイティア!
アウリスは突然手を伸ばしてネイティアの両肩を掴むと、力任せに救命室の扉に彼女を押しつけた
……!
憤怒で顔を紅く染めた彼女は、無言のまま鼻の穴を膨らませ、ネイティアの目を思い切り睨みつけた
……
あなたを怒らせるつもりはないわ、アウリス
またそれだ。今の口ぶり、手紙のあの感情ゼロの書き方と……まるで同じだよ!
……手紙?
ネイティアは目を鋭く細めて考え込んだ。アウリスの言ったことが完全には理解できていないようだ
アウリスはネイティアを睨みつけたまま、右手で腰のポーチから1通の手紙を取り出した
白い紙に黒々と、あんたの名前が書かれてる。ネイティア、空中庭園科学理事会って!
……私はあなたに手紙なんて1度も書いていない。何て書いてあるの?
アウリスは眉をひそめ、手紙をネイティアの手に押しつけた
ネイティアは不審の表情を浮かべたまま、その記憶にない手紙を素早く読んでいく
「……間違いありません。あなたが追っている昇格者ジョン·ドゥはカヘティの衛星都市にいます」
「ここには複雑かつ、深い秘密が隠され、全ての手がかりは彼女を指しているようです……真実の全貌をここで伝えられないことを許して」
「アディレ大爆発のきっかけであり、カヘティ壊滅の導火線となったのは――マルガリータ。彼女はまだ生き永らえ、カヘティの廃墟の中にいます」
ネイティアは僅かに眉を寄せ、ゆっくりと手紙を置くと、困惑したようにアウリスを見つめた
これは偽造されたものよ。どこで手に入れたの?
オアシスの正式なルートから。詳細をあんたが知る必要はない。空中庭園からのものだってことは、事前に確認済みだ
手紙は偽物なのに、あんたがたまたまここに現れるなんて、どんな偶然よ?
私は任務を遂行しているだけ。この指揮官は私の同行者よ
ネイティアの視線を追って、アウリスがこちらを見た
じゃあ、どうして手紙に詳細な内容が書いてあった?私たち以外に、誰が知ってるのよ?
答えは出せないけど、これだけは言っておく。この手紙を送ったところで、私には何のメリットもないわ……アウリス
彼女は一瞬ためらい、どうもしっくりしないその名を口にした
彼女は嘘をついていない
ずっと黙っていたリン長官が、突然口を開いた
どうして断言できるんです?
目だ
もしブラックジョークのつもりなら、侵蝕体より先に私が引導をお渡ししましょうか、教官
……以前教えたはずだ。兵士の目は嘘をつかない、とな
ネイティアが嘘をつく時の目がどんなものか、お前の方が私より詳しいはずだろう、アウリス
…………
アウリスは視線をうろうろさせ、しばらく迷った末、ぎこちなく手を放した
この偽手紙を書いたやつは、私をカヘティに誘い出そうとした……しかもその人物はマルガリータを知っていて、アディレ大爆発の詳細まで把握している
……?
3人の視線が、同時にその声の主へと向けられた
あれも彼の機械分身のひとつだろうよ。だからやつは、カヘティの廃墟と衛星都市で同時に行動できるのでは?
彼女は……マルガリータよ。私はこの目で彼女を見た
アウリスは目を見張った
本当に生きていたって?あのカヘティで?
軽率に結論は出せないわ。彼女はまるで幻影のようで、意思疎通は一切できなかった。戦闘が終わると、その体は霧のように消え去ってしまったの
私たちの過去を知ってても不思議じゃない。つまり、この手紙は昇格者からの可能性がある。彼は何らかの目的のために、アウリスをカヘティへ誘い出した……
あのクレイジー野郎……一体何を企んでんのよ?
ネイティアは窓の外を見た。真北の方角には、重なり合う霧の間から差し込む金色の光が、煙に覆われた廃墟の中で煌めいていた
アディレ大爆発、黄金樹、昇格者、マルガリータ……
私たちは、真実まであと1歩のところまで来ているのかもしれないわ
フン、どれだけ遠い1歩だか
アウリスは足下に転がっていた空瓶を蹴り飛ばし、見下げるように笑った
何年も経って、あんたにもようやくちょっとは良心が芽生えたかと思ったのに。地上で生きる私たちのことを、少しは思い出したんだって
でも残念、偽の手紙だったとはね
彼女はネイティアを睨みながら、ひと言ずつ噛み締めるように言うと、手紙を粉々に引き裂いた
アウリス。過去5年間で、あなたはオブリビオンの旗を23の都市に掲げ、12名もの外交特使をオアシスに拉致した
レンジャーは常に神出鬼没。1度撃ったらすぐに場所を変える。そんなあなたを私がどうやって見つけられるのよ?
ネイティア。私が何に腹を立ててるかくらい、あんた自身、よくわかってるはず
彼女が手を広げると、紙片が雪のようにひらひらと舞い落ちた
これだけは言わせて。「あの日」以来、あなたの名前はずっと空中庭園の指名手配リストに載り続けている
けれどこの数年間、1度だって追手がかかったことはなかったはずよ。まさか、ゲシュタルトが勝手に指名手配を撤回したとでも思ってる?
……チッ、よくもまあ「あの日」のことを口にできたもんだね
あの日……
彼は眉間に鋭い痛みを感じ、無意識に低く呟いた
…………
負傷のせいか、リン長官は急にめまいを覚えた。言い争うふたりの少女の声が次第に遠ざかっていく
彼は額を押さえ、どこかで同じ光景を見たような気がした。遠のく意識の中で、周囲の壁は剥がれて崩れ、ぼんやりとした人影が目の前に浮かび上がった
