Story Reader / 本編シナリオ / 37 厄夢の淵に眠る / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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37-5 368保全エリア

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濃い藍色の影が淡く青い空を蝕んでいく

空が完全に夜に呑み込まれる前に、ふたりはなんとか保全エリアへと戻った

もうお戻りに?ということは……もう調べ終わったのですか?

すみません。車が異合生物に破壊されてエネルギーコアが露出し、鉱区にたどりつけなかったんです

明日は予備のエネルギーコアを持っていって、車を修理する予定です……

まあ、よくあることですよ。無事で何よりです

保全エリア責任者は特に気にすることもなく手を振った

執行部隊が鉱区に入ったあと、保全エリアは人手不足なんです。外周をパトロールするくらいしかできませんが、その道では確かによく異合生物に遭遇しますね

あの車は10日の間に8回も壊れるシロモノなんです。珍しいことでもないですよ

そういえば……同じく368保全エリアのマークがある車が、路上に乗り捨ててあったのを発見したのですが

ん?恐らく、昨日鉱区に入るって言ってたあのふたりが停めたのかしら……はぁ、警告したって無駄なんだから。彼らはいつもいちかばちかで金儲けしようとして

あの程度の鉱石で何を得られるというのやら。自分の命と引き換えに?身のほども弁えずにね……

責任者は眉をひそめて不機嫌そうな顔をしていたが、しばらくしてまた、ためらいがちに質問した

でも……ええと……あなたは彼らを見かけなかったんですね?

車の近くに人間の足跡はありませんでした。痕跡から推測するに、前方の鉱区に逃げ込んだようです

責任者は眉根を寄せたり緩めたり、表情はまだやや険しいものの、明らかに少しホッとしたようだ

鉱区に入ったんですね?ならよかった……彼らは小さい頃からあそこで暮らし、坑道には詳しいんです。たとえ危険があっても、命に関わるほどではないでしょう

ましてや執行部隊もまだ鉱区にいますし……きっと大丈夫ですよ

彼女はふたりを慰めているようでもあり、自分自身を慰めているようでもあった

この辺りは異合生物がよく出現するのですか?

そうとも限らないですが……

保全エリア責任者はふたりを案内しながら困惑顔になり、どう言うべきかを慎重に考えているようだった

ここは空中庭園が設定した「重篤汚染区域」から離れていますし、パニシング濃度も高くないので、ある程度の規模の異合生物が集まることは難しいんです

でも数年前、鉱坑で小規模の爆発が起きたあと、なぜかあれらの化け物が現れるようになったんです

この件を空中庭園に報告すると、空中庭園は執行部隊を派遣してきました

執行部隊が鉱坑に2、3回入って調べたのですが、爆発によって鉱坑と外部のどこかが繋がり、異合生物が入り込んで徘徊している可能性があるとのことでした

あれ以来、異合生物が外の道にまで現れるようになったんです……

カ――ン

保全エリアに時を告げる時計が鳴り出した

……いけない、もうこんな時間。私ったらぼんやりして。さあ、おふたりに食事をお出ししますね。任務、お疲れさまでした

あ……

責任者はふと足を止め、何かをためらっているようだったが、すぐに迷いを振り切った

補給食は節約しないと。ぜひ食べてみてください。お口に合わないかもしれませんが、一応食べられますから

建物を曲がり、保全エリアの中央広場に到着した

焚き火が闇を払い、燃える炎が数個の鉄鍋の底を舐めていた――鍋の中には、僅かな穀物に大量の水を注いだ、粗末としかいえない夕飯が出来上がっていた

これが夕飯……あなたたちはこれだけで足りるのですか?

ええ……ほら、これがあなたのお碗、これがあなたのです

彼女は有無を言わさず、欠けた陶器の碗を押しつけてきた

空中庭園からの補給が足りないのですか?

空中庭園の補給はほとんどが苗と種子で、口にできるものはごく一部なんです

責任者は頓着せず服で手をゴシゴシと拭き、鍋の後ろに立った

鍋はぐつぐつと煮立ち、鍋底の僅かな穀物が沸き立っている

異合生物はあまりいないのですが、ここは鉱区だし、土壌が大規模な栽培には不向きで

もともとは鉱区から鉱石を持ち出して、行商人が来た時に生活物資と交換していたのですが、今は……

鍋の中をかき混ぜながら、彼女は匙に半分だけすくい、列の一番前にいた住民の碗に注いだ

鉱坑の中にいる異合生物は少数ですが、普通の人たちを殺すには十分な数です。今は食べられる補給と、かろうじて開墾した畑に頼って暮らすしかなくて――次の方!

鍋の縁をカンカンと叩き、すでに食事をもらった子供にここを離れるよう合図した

その子供は碗を持って焚き火の側に行き、一気に飲み干した――こんな薄い粥で腹は満たされないだろう

あなたたちには……粗末すぎましたか?すみません、これが私たちがお出しできる全てなんです

責任者の問いに笑顔で答え、リーフの手を引いて片隅へ向かった

……子供に匙の半分、大人にはひと匙……

リーフは責任者が持っている匙を見ながら、唇を噛んだ。これだけの食料では、とても子供や大人の夕食として足りないのは明らかだ

これでは全然足りません……

食事中の人々に注目するよう、そっと目顔でリーフに合図をした

……指揮官は、ここの住民たちが……

食料は不足し、外部を脅威に囲まれた厳しい状況なのに、食事をしている人々には混乱も負の感情も見られない

広場の雰囲気は非常に穏やかで、栄養不足で皆の顔は土色になっているとはいえ、悲しみや怒り、あるいはそれとも違う感情がどの目にも見当たらない

人々は普通に並び、食事をし、休み、そして去っていく

それは麻痺しているわけではなく……

静かすぎます……

リーフはどこか、違和感を感じていた。広場の人々は黙り込んでいるわけではない。むしろ、時折ひそひそと話し声が響いていた

彼らの感情が……落ち着きすぎているというか……

すでに食事を終えた数人の子供たちが近くで遊んでいた。そのうちのひとりを引き留め、責任者から受け取った夕食を差し出した

子供はこちらから渡された碗を受け取ると、顔を上げた

……食べないの?

特に嬉しそうでもない。だが彼女は満腹ではないはずだ

そして怯えてもいない。つまり、追加配給の要求を禁じる特別なルールもないということだ

私たちはまだ食べ物があるから、あなたが食べて

…………

子供は碗を抱えて頷き、先ほど食事をしていた場所に戻っていった

…………指揮官、少し不安です

焚き火の側の人々を見つめながらリーフは眉をひそめた

炎は、彼らの影を歪んだ形に引き伸ばしていた。住民たちは依然として列に並び、時折会話を交わしながら、自分の夕食を整然と待っている

彼らは……何かが欠けているような……

ギィ――――

耳障りな車の音が、保全エリアの静寂を破った

保全エリアの入口で、誰かが閉じられた門をドンドンと叩いた

??

開けろ――開けてくれ!怪我人がいる!早く開けろ!

この声は……警備隊!?

数人の住民が素早く碗と箸を置き、錆びついた門がきしみながら開かれると、ボロボロの車が突進してきた

リオンが!リオンが怪我をした!

足、足が――!

大量の血痕がボロボロの車に飛び散り、おぞましい色に染め上げている

何があったの!?

俺たちは保全エリアの裏にある鉱区を巡回していて――異合生物が一度も現れたことがないあの場所だ!予定通り休憩しようとしたら……

彼は早口でまくしたてながら、怪我をした兵士の血管を押さえ、血液の流失を防いでいた

リオンが用を足すと言って森に向かったんだ。彼が行った途端、すぐに叫び声が聞こえて――

痛い――お母さん、お母さん――痛いよ、足が――!

俺たちが駆けつけた時、異合生物がリオンを食ってたんだ!幸い、俺たちは武器を持っていたから――

お母さん……

圧迫しているにもかかわらず、鮮血が絶え間なく噴き出し続ける。どうやら動脈が傷ついているようだ。リオンの声は徐々に弱々しくなっていく

医師はどこだ――モリノア先生!

お母さん……怖い……痛いよ……

私は医師です。手伝えます……

その状況を見たリーフが進み出たその時、人の群れの中から誰かが駆け出し、彼女より先にリオンのもとへ駆け寄った

彼女は焦ったように跪き、兵士に代わって、リオンの傷ついた足を強く押さえた

モリ先生!モリ先生!……痛い……痛いんだ……血がたくさん出て……

彼はまるで救世主を見たかのように、女性の服をぐっと掴み、呻き声を上げていた

怖がらないで、怖がらなくていいの、私はここにいるわ

モリノア医師はなだめながら、慌ただしく傷口を消毒し、止血帯を取り出した

女性の動きはプロらしくなく、むしろ荒っぽい。虚を突かれて立ちすくんでいたリーフは、慌てて歩み寄った

すみません……手伝いましょうか?私は空中庭園グレイレイヴンの構造体で、傷の処置には慣れています

しかし突然、誰かが彼女たちの間に立ちはだかった

申し訳ありませんが……

リーフは顔を曇らせ、困惑したように責任者を見た

えっと……その……

こちらへ来て、手伝いを頼めますか

地面にしゃがみこんでいた女性がふたりのやり取りを聞きつけ、振り返って真剣な様子で頼み込んだ

でも……

リオンは助けが必要よ。今はそんなことを気にしている場合じゃない

…………

責任者は無言になり、黙って場所を空けた。リーフは戸惑いつつ、素早く負傷者の傍らにしゃがんだ

異合生物による噛み傷で、軽度の侵蝕がありますね。まず血清を注射し、それから生理食塩水で洗浄を……

するのが一番かと……

リーフは傷を消毒しながら、相手に治療の要点を説明した。モリノアは真剣な面持ちで聞き、必要な時には自発的に手伝った

しかし鎮静剤が足りず、消毒の際にリオンは痛みで泣き叫んだ

あ!うあ……ああ!!

お母さん……お母さん……僕は死ぬの?お母さん……

怖がらないで……

リーフが慰めるよりも先に、モリノアは手にしていたものを放り出し、側に行ってリオンを優しく抱き上げると、彼の額をゆっくりとさすった

怖がらないで……リオン……怖がらないで

私はここにいる。もう痛くないわよ……リオン……

モリノアの穏やかな動きに合わせて、激しく息を喘がせていたリオンは徐々に泣きやんだ――まるでその動きが本当に彼の痛みを止めたかのようだ

あら……?あなた……えっ

そのやや異様な光景に気を取られていたリーフがふと見上げた時、リオンを抱くモリノアのまくれ上がった袖口から……

金属が鈍い光を放っていた。それは、人間の腕ではなかった

…………

それから……侵蝕された組織と異物を除去します

消毒して、簡単に縫合……といった感じです

手際よくガーゼと包帯を巻き、傷口周辺に異常がないことを確認すると、リーフは医療キットをしまった

後は定期的に消毒して、ガーゼを交換すれば大丈夫です

…………

モリノアは無言のまま頷いてリーフに感謝を示すと、大量出血で一時的に昏睡している少年を抱き上げた

……リオンを医療室に連れていくわ

人々は素早く道を開け、その後また元のように密集し、医師を見送るリーフの視線を遮った

それを見て近付こうとしたこちらも、集まった人々に阻まれて足を止めた

双方が無言のまま見つめ合う中、保全エリア責任者がリーフを庇って人々の間から出てきた

すみませんでした

……モリノアさんは368保全エリアの医師です

唯一の、医師なんです

…………

リーフと目を見交わし、ともに半歩下がった

半歩下がったことで、その場の雰囲気が一気に和らぎ、人々は徐々に散り始めた。その場に残った責任者は少しためらいながら、申し訳なさそうに微笑んだ

あなたたちに感謝します。でなければリオンが危なかった……

あ、リオンは怪我をしたあの子のことです。可哀想な子なんですよ

彼女はさりげなくさっと話題を変えた

両親はどちらもパニシングの爆発の時に逃げそびれた鉱員でした。リオンは生まれてから外の太陽を見たことがなかったんです

空中庭園がここに来るまでは、彼を育てるために両親はしばしば外に出て、鉱石を物資やミルクに交換しようとしていたんです

その後……彼が3歳になる前に、両親はどちらも死んでしまって

…………

彼は母親がどんな顔だったかもほとんど忘れてしまったのに、痛い時には今でもお母さんと叫ぶんです……人って、そんなものなんですね

彼女はため息をついた

幸いモリが側にいたので、痛みで死ぬこともなかった……

その名前を口にした時、責任者は急に言葉を詰まらせて首を振り、話を続けようとはしなかった

…………

責任者はためらい、抗うような表情を見せてしばらく言い淀んだあと、ようやく口を開いた

は、はは、そう、さっきの医師のことです。うちの保全エリアで唯一の医師なんです

彼女はまたもや「唯一」という言葉を強調した

モリはもともと、外科的な治療をしない医師だったのかもしれませんね。あ……はは、それについては私たちもあまりよく知らないんです

それは……

責任者は困ったように頭を掻いた

まあ、いいでしょう、別に言えないことでもありませんし

彼女はずっと前に、鉱区の辺りからここに流れ着いたんです

鉱区……

そうです、ここは貧しいけど、幸いにも異合生物はあまりいませんし。昔、ここに保全エリアがあるのを見つけて、そのまま残って生活している人も少なくありません

このご時世はそんな感じですよ。皆来たり去ったり、気が合う人同士が集まって一緒に暮らしているだけ。彼女が以前、何をしていたかなんて誰も気にしません

空中庭園が定期的に配給する薬の文字が読めて、使えるだけでいいんです

ハハッ、前はジャックが頭痛薬で腰痛を治そうとしていましたよ。それにサニーも、彼女のことは言いたくもないですけど。風邪薬は適当に飲んでいいものじゃないのに……

モリはすごくいい人で、ここに住む大人から子供まで皆、彼女が大好きなんです。彼女が来てから、保全エリアでの事故が半分以上減って……

女性は医師が保全エリアに与えた変化を延々と話し続けた

まだ話し足りない様子の責任者に別れを告げ、キャンプに戻った。屋根を照らす月の光が細長い影を路上に落としている

あの医師は人間ではありません

彼女は自分の両手を隠そうとしなかった――彼女の体は人間ではない機械構造で、パーツと歯車が精巧に組み合わされていた

はっきり確定はできません。見えたのは彼女の両手だけです。構造体も機械骨格を手として使うことがありますし……

リーフは先ほどの出来事を思い返していた

気付いたことがあります……彼女は人間の脳をコントロールできるようです

具体的に「調節」なのか、それとも「剥離」なのかは定かではありませんが、彼女にはそれが可能なようです

この技術は黄金時代にはすでに研究されていましたが、私は生憎、研究分野の具体的な情報を読んだことがないんです

でも先ほど、リオンという名の少年の怪我を治療していた時……

彼女はリオンの……何かしらの感情、恐らくそれは、「痛み」か「恐怖」だと思いますが、それを「調節」または「剥離」していました

ええ、この保全エリアと同じ状態ですね

リーフは不安げに中央広場の方を見た

黒い雲がゆっくりと空にかかる月の光を覆い隠した

「恐怖」を失い、「怒り」を失い、住民たちは全ての負の感情を失い、ほぼ完璧に調和する保全エリアを築き上げた

あります

端末が淡く青い光を浮かび上がらせた

……ここに

モリノア、女性、「人間」――保全エリアが提出した資料ではそうなっています

本人による申告は……鉱区内部、元「鉱業会社」の医師だそうです

はい。資料には、長期間地下で働く鉱業労働者のため、彼女は鉱坑内での長期生活によって生じる抑鬱や精神疾患の治療を担当、と書かれています

以前このようなことについて耳にしたことはありますが、ただ……

彼女は唇を軽く引き結び、資料を読み進めた

パニシングの爆発後、モリノアは鉱坑で備蓄物資を頼りに生き延びたと語り……その後、物資が尽き、やむを得ず鉱坑を脱出して368保全エリアへとたどり着いたと……

少なくとも空中庭園がこの資料を疑うことはないですね

パニシングの爆発後、このような出来事は数え切れないほどあった。どの保全エリアも、身を潜めてこの災難を乗り切ろうとする住民を定期的に受け入れていた

鉱区出身の……医師……それとも構造体かも……

載っています。保全エリア責任者は、医療室の医師が警備隊と一緒に外出していると言っていましたが……

今思えば、あれも責任者の嘘かも

彼女を見つけ出し、素性を探ってみましょうか?

時間が経てば、また事態が動くかもしれない。あの医師は何かを知っているか、あるいは隠しているはずだ。でなければ、グレイレイヴンが来た時に姿を隠したりはしない

わかりました、指揮官。今夜すぐに行動を始めましょう