偽りの昼間が、突然視界の中でグルグルと回転した
頭は朦朧とし、意識の中の全てが走馬灯のように、終わることなく輪廻を繰り返している
こんにちは。君も入学手続きに来たの?
ちょっと……ねえ!
ちょっと……起きて!首席、卒業模試だからって頑張りすぎでしょう!
遠くに響く校歌が講堂まで聞こえている。隣では、まだ制服に着替えていないバネッサが、少し苛立ったようにこちらを見ていた
ここがどこかって?卒業の模擬戦試験の準備で徹夜しすぎたせいで、海馬がおかしくなって記憶喪失にでもなった?首席さん
白い髪の少女は、ムスッとした顔で端末を確認した
もうすぐ卒業式のスピーチでしょう
まったく……
彼女は眉を吊り上げ、顔をしかめた
制服にも着替えてないじゃない
意識が朦朧とする中、錯綜した記憶が蘇り、思いがけない言葉が口をついて出た
ふん、壇上でスピーチするのは私じゃありませんから。制服を着てなくたって、何も言われやしない
親切心で教えてあげたのに。もう時間がないわよ
はあ?まだ寝てるの?
……相手にするだけ無駄だった。もう時間がないけど、どうでもいいわ。どうせ、死ぬのも壇上でスピーチするのも私じゃないし
思考は、まるで無理やり正しい「記憶」を再編させられているかのようだ。意識はずっとぼんやりとしたまま、体に馴染めずにいた
後――34分しか――
バネッサが残り時間を言い終わる前に、別の方向から教官が慌ただしく駆け寄ってきた
[player name]……こっちだ!
先生じゃない……教官だろう!
教官はしかるようなふりをして、大股でこちらに歩いてきた
君の記録に少し問題があったようだ。記録管理室の先生のところへ見直しに行ってくれ
ああ、記録を開封して確認した時に、番号の記入漏れがあった
教官は「心配するな。君の秘密は誰にも言わない」という目つきをした
……今日の君は変だぞ。端末の録音みたいに、オウム返しするばかりで
悪いが、少し首席を借りていくぞ。式が始まる前には戻らせるからな――
教官はバネッサに声をかけ、急いで自分を連れて校舎の一角へと向かった
薄暗い記録室では、記録管理の教員がひとり待っているだけだった。白熱灯の不具合なのかライトが明滅し、教員の顔がはっきり見えない
えっと……あっ、この何枚かの書類よ
教員は、成績証明書や登録表、報告書等の中から数枚の書類を選び出して目の前に置くと、催促するように机をトントンと叩いた
本来、この報告書の番号は全て印刷されるはずだったんだけど、入学時にあなたの記録はいくつか記入が漏れていたみたいなの
また印刷しようとした時は、あなたが模擬訓練中で連絡がつかなかったのよ。それで今まで放置されていたの。だから、改めて自分で番号を記入してもらわなきゃ
いまだに混乱状態の脳とはいえ、僅かに妙な違和感が沸き上がった
あなたが首席だろうと、このためだけに記録の印刷機を動かすことはできないわ
手書きの記入でも有効だから大丈夫よ。数字を読み上げるから、書いて
9……3…………12…………
この上なく馴染み深い数字のはずなのに、なぜか今回は、それを書くのが驚くほど難しい
どう……したの……?
記録室の中に白い霧が湧き上がって漂っているかのようだ。「教員」の声は記憶の奥深くから響くように、霧の向こうから聞こえてくる
指先が僅かに震えた。何かの力が自分に数字を書かせまいとしている――
早くしないと卒業式が……始まっちゃうわよ……
指先に刺すような痛みが微かに走り、朧げに催促する声が聞こえる中、ペン先が紙を鋭く引き裂いた――
931206
「9」の文字の最後が長く引きずったような跡を残した。それは永遠に癒えることのない傷のように、古びた紙の上に裂け目を残した
古びた記録室の灯りは明滅を繰り返している。本当に、ファウンスにこんな記録室があっただろうか?本当に、自分の記録に記入漏れがあったのだろうか――
現実と荒唐無稽な記憶が交錯し、混乱し始める。現実と幻の境界はぼやけ、ここがどこなのか、進むべきか戻るべきかもわからない……
天地がひっくり返るような感覚の中で、意識は激しく痙攣し、突然自分の肉体から引き剥がされた――
天地に暗闇が再び押し寄せる
星々は漆黒の宇宙を背景に穏やかに渦を巻き、巨大宇宙船は孤独な少女を乗せて、ゆっくりと遥かな深宇宙へと進んでいた
灰青色の機械体の少女はずっと船窓に腰かけたまま、消滅してはまた新たに生まれる銀河団を見つめている
あれ……久しぶり。珍しいお客さんだ
お久しぶりですね
星を散りばめたような裂け目が静かに開き、イシュマエルが姿を見せた
例の物は受け取りましたよね
あなた、頭がいいね……確かにこうすれば、誰にも気付かれない
彼女の傍らのテーブルの上には、異重合コアの欠片が置かれていた
長い時間の旅を経て、その欠片は少し色褪せていたが、もともとの機能には何の影響もない
どうするつもりですか?
この時間点は……
イシュマエルは自分の行動を暗にほのめかした
簡単に見つかってしまうでしょう。私たちは最後の時間線に過度な干渉はできませんし
心配しないで
ナナミは無敵のナナミなの。どんな困難なことだって、できちゃうんだ
窓の外に広がる無尽の星々を見つめながら、ナナミは嬉しそうに笑った
予想もしてなかった……私たちが本当に成功できたなんて
これは、無数の光年を跨ぐ不確かな計画だった。一歩間違えれば、どこにでも死地と絶望が待ち受けていた
彼らが今日まで足掻き続けるなんて、誰も想像していませんでした
それで……見つからないために、どうするつもりですか?
イシュマエルは、「誰に」という部分をぼかして問いかけた
前と同じようにするだけだよ
確立された「歴史」に、ズレが生まれることはないからね
少女はニヤッと笑い、異重合コアの欠片にそっと触れた
ただ、もっと必要なだけ……
柔らかな光の束が、異重合コアの欠片に滑り込んだ
……雑多な情報を?
役に立たない航行ログなんて、誰も興味ないでしょ~
……実にシンプルな方法ですね
イシュマエルはさまざまな方法を想定していたが、まさかナナミがこんなにシンプルな手口を使うとは思わなかった――
一番シンプルだからこそ、一番気付かれにくいんだよ
ナナミはちょっと考え込み、もう一度異重合コアの欠片に触れた
パスワードを設定した方がいいかな……何にしよう?DeLorean……それとも、773773?
うーん、どっちも簡単すぎる……
しばらく悩んだ末に、少女はついに決めた
これにしよう!指揮官だけが知ってる秘密だもんね――
「情報」を実体化させ、ナナミは空中にパスワードを書き込み、設定を完了した
q……q31206?
イシュマエルはその一連の数字を理解できずにいた
シーッ……
少女は手を上げ、モニターを表示させた。そこには「カッパーフィールド海洋博物館戦役」のファイルが表示されている
何が起きようとも、ビアンカの負傷後に彼女に代わってセンが海底へ向かうことは必然だった
ツリー状にデータが光り、やがてその座標に止まる
ハカマ、2143号資料を4次元通信可能な状態にパッケージングしてくれる?地球に送りたいものがあるの
そのタイミングでは、人間はまだ4次元通信を受信する能力を有しません。それに……
時間線に影響を与える可能性がある。一度でも「偉大な存在たち」に気付かれたら……
うん、知ってる
チャンスは一瞬だけ
……わかりました
資料のパッケージングが終わりました。時空座標ロックオン、ワームホールからワープすると同時に送信します
……これはナナミがみんなに届ける……「未来」ってプレゼントだよ
イシュマエルは1歩引いた場所で、すでに1度演じられたこのシーンを傍観していた
ふう……ナナミの旅も、そろそろ終点にたどり着きそうだね!
ですが、本当に彼らはこの秘密を見つけられるのでしょうか?その……あなたが設定した特別なパスワードのことです
もちろん!ナナミは誰よりも指揮官を信じてるんだから!
これは、ナナミと指揮官だけの秘密なの。指揮官なら絶対にわかるはず!
窓の外では、星河が宇宙船の周囲で静かに渦巻いていた
情報を載せた流れ星が宇宙船とは逆方向に発射され、歴史のページを巻き戻しながら、目的地へ猛スピードで流れていった