絡み合う糸を傍らに纏った<phonetic=指揮官>カイウス</phonetic>は宇宙空間を漂っていた。意識海は引き裂かれては癒えるを繰り返し、もはや完全な空白だ
文明全ての情報が彼女の意識に絶え間なく流れ込む。彼女は沈んだ気分で幾重にも糸で包まれた星を抱え、途方に暮れて漆黒の時を見つめていた
混濁した意識海の中、弱々しい意志が灯火のようにゆっくりと燃え上がる――
星々は回転し、無数の塵が漂っている。<phonetic=指揮官>カイウス</phonetic>は、茫然とこの奇妙な宇宙を見つめていた
これ……が……最後の……分岐点?
意識海は、絶えず崩壊しては再構築される。その中には、異重合塔内の全ての誤った情報と誤った道が収められていた
でも……一体、何が誤りなんだ?
理性という名の弦は、今にも切れそうになりながらかろうじて繋がっている状態だ――
それでもまだ、誤った「時間」を吸収し続けるべきなのだろうか?
それとも、一旦立ち止まるべきか……
1度立ち止まって理性を立て直し、どうすべきかを考える……
駄目だ……立ち止まるわけにはいかない……
意識海の中で、無数の生命の悲鳴や笑い声が、彼女に「進め」と促している
瞳孔は破裂せんばかりに、真っ赤に血走っている
両手の指を赤い糸に深く食い込ませ、<phonetic=指揮官>カイウス</phonetic>は全力で、複雑に絡み合う時間を元の状態に戻そうとした
それはまるで、崩壊寸前の小さな獣が規則に従うことを拒み、金切り声を上げながら、愛する世界を正しい軌道へと引き戻そうとしているようだった
弾き合う糸は金属音のような鋭い音を響かせ、翼に宿る瞳は痛みに悲鳴を上げ、震えている
<phonetic=指揮官>カイウス</phonetic>はもう成功目前だった――
しかし、<phonetic=指揮官>カイウス</phonetic>も、結局はただの「生命」にすぎない
ひとつの「生命」が持てる意識海はひとつだけだ。どれほど高次元の生命になったとしても、文明全体の「誤った」時間を受け入れることはできない
ましてや、これらの「時間」は途切れることなく、多くの情報を生み出し続けている
宇宙の中で、ひとつ、またひとつと全ての銀河が消滅していく
激しい爆発の後、星々の塵はぶつかり合い、まばゆいアークが生まれた
-273.15度の宇宙で、最後の物質――パニシングと呼ばれるそれは、真空の中で徐々に消えつつあった……
あるいは、「回収」されつつあったのかもしれない
恐らく何千何万年も後に、この場所には再び青と緑の星が生まれ、また新たな「無限ループ」が始まるのだろう――
…………
ここにはもう、足を踏み入れる余地はなかった。イシュマエルは深宇宙に留まり、この文明の終焉を見つめていた
カイウスは過剰な情報の衝撃に耐えきれず、イシュマエルが来た時には一歩遅かった
パニシングに記録された情報が外へと溢れ出し、地球全体を消滅させた。そして理性を失ったカイウスは、自らを爆発させた――
カイウスはこの時空から消え去った。カイウスが本当に消滅したのか、それとも爆発の余波で別の場所へ吹き飛ばされたのかは、イシュマエルにもわからない
宇宙は必ず熱的死に呑まれる。恒星も、やがては消滅の道をたどるのです
すでに存在しない文明に向けて、彼女は静かに語りかけた
全ては塵に帰ります。どれだけ足掻こうとも、結末はどれも同じ……
遥か星河の向こう、指揮官の消失によって、アンカーポイントを失ったナナミは、二度と正しい位置に戻ることができなくなった。機械体の少女は、無限の時間の中で永遠に迷い続けるだろう。正しい時間と空間には戻れない。機械文明もそう遠くない未来、完全に消滅するだろう
金色の文字が激しく点滅し、やがてその輝きは消えた
…………
イシュマエルはため息をつき、そっと本を閉じた
残された星の灯火は最後の輝きを放ち、人類文明は、ここで完全にその火を消した
人類の結末――「消滅」。人類の文明は、ここでその火を消した
指揮官……
慣れ親しんだ呼び声が数千万光年の闇を越えて意識海の中で弾け、こだました
狂気の瀬戸際にいた<phonetic=指揮官>カイウス</phonetic>は、時を紡ぐ糸を整理する手を、ゆっくりとぎこちなく止めた
<phonetic=指揮官>カイウス</phonetic>は、急いでその声をたどろうとしたが、いくら探しても痕跡を見つけることができなかった
漆黒の果てしない空間に、たったひとりの声だけが響いていた
突然、<phonetic=指揮官>カイウス</phonetic>は、どうすればいいのかわからなくなり、糸が絡みついた光る星を抱えたまま、その場に座り込み、途方に暮れた
ここは……どこ……
このまま……続けるべきか?
理性という名の弦は、過剰な情報によって焼き切れる寸前だった。これから……何をすればいい?
その時、空間が震えて微かな波動が伝わってきた。やがて漆黒の宇宙空間に、見覚えのある裂け目が現れた
裂け目の向こうから、イシュマエルが慌ただしく駆け寄ってきた
…………
銀白色の瞳に映った信じがたい光景に驚いたイシュマエルは、その場にへたり込み、崩壊寸前のカイウスを見つめた
……こうまで理性が残っているなんて
この結末は、こうなるはずではなかった
彼女が見た終焉では、カイウスは過剰な情報を吸収したことで発狂。パニシングが地球を消滅させてカイウスは自爆し、激しい爆発後に、文明は完全に消滅していた
何が本に書かれた既定の結末を変えたのか、イシュマエルにはわからなかった――しかし、そうだとしても……
グレイレイヴン?
イシュマエルは、試しにもう一度<phonetic=指揮官>カイウス</phonetic>の別の名を呼んだ
意識海は、もうこれ以上の情報を受け取れない。<phonetic=指揮官>カイウス</phonetic>は相手の言葉も聞き取れず、ぼんやりと目の前の女性を見つめていた
…………
これが、サイコロが示した答えのようですね
彼女は手にしていた本を開いた。本の最終ページでは、金色の曲線が渦巻くように新たな文字を形作っていた
なるほど……そうでしたか
彼女は本をめくりながら嘆息した。銀白色の瞳に察したような色が浮かぶ
……滅亡は、真に運命づけられたものではなかったのだ
小さな悲しみが背骨を伝い、意識海へよじ登っていく。イシュマエルは唇を噛んだ
彼女は、時間という長い旅の中で大半の「感情」を失ってしまったと思っていた
しかしこの時、確かに「悲しみ」を感じていることに気付いた
……封じ込めることだけが唯一の解決策ではなかったのだ。本当に「正しい」道へたどり着く方法は存在していた
<phonetic=指揮官>カイウス</phonetic>は狂気の淵に立ち、もう取り返しはつかない。だが異重合塔内に蓄積する大部分の誤った時間は、すでに吸収し尽くされた
一方で、あの機械体の少女は依然として因果を収束しようと、努力を続けている……
惑星上の全ての意志が、そのために必死だった。彼らはついに新たな奇跡を切り拓く――
……わかりました
あなたと、あなたの文明に敬意を表させてください
あなたたちの素晴らしい物語と、私にもうひとつの「未来」を見せてくれたことに
彼女は穏やかに微笑み、カイウスの前で小さくなって腰を屈めた
ここからは……私に任せてください
人類文明の本をしまうと、イシュマエルは<phonetic=指揮官>カイウス</phonetic>の額に優しく触れた