Story Reader / 本編シナリオ / 33 光追う錆夜 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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33-9 燃焼

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……

彼女が手元の本のページをめくると、無数の星屑が細かく舞い上がり、古びた紙の上で輝かしい文字を作った

イシュマエル

もうこの時間にまで到達したのですね……

紙の上には縦横に線が走り、複雑な図が表形式で描かれている

イシュマエル

人類……特異点……

ああ、ここね

彼女が人差し指を押し当てると、選んだその文字が突然、輝きながら天航都市の輪郭を映し出した

指揮官が異重合塔を離れてから771日目

人類は最後の拠点――「大墓碑」を放棄し、天航都市へ移住した

しかし、物語はそれで終わりではない

変異赤潮は地球の広大な土地を呑み込み、手あたり次第に養分を吸収し、天航都市の外の浄化器が作用しないエリアでは、高濃度のパニシングが目に映るもの全てを蝕む

イシュマエル

パニシングは……そう簡単に対処できるものではないわ

彼女は新たなページを開いた

天航都市に残された人類は、変異赤潮の中から、ある物質を抽出する。彼らはラボでその物質の解析を試み、何かを掴もうとしていた……

イシュマエル

見慣れた光景ね……

白い防護服に身を包んだ人類の顔は、希望と期待に溢れている。しかし……

鳴りやむことのない赤い警告灯、壊れた機器……全てが人類に冷酷な現実を突きつける――

これは人類に解析できるものではない、と

人類はようやく気付いた。これは、変異赤潮が新たな段階へ進化したことを意味している――

恐らく、彼らはもう地球の既存の技術ではパニシングに対抗できない

イシュマエル

断念、絶望……それともいつもの展開かしら

すぐに新たな仮説が浮上し、迅速に検証段階に入った――これら「地球のものではない」物質は、<color=#ff4e4eff>「別の文明」</color>の欠片かもしれない

グレイレイヴン指揮官は、塔の中で見聞きした「時間旅行キャビン」について語った。それがカイウスの汚染層に重ねて包まれ、今の異重合塔を形作ったのだ

「異重合塔」は巨大な中継地点となった

それは大地にそびえ立つ赤いバベルの塔のようであり、複雑に入り組んだトンネルは異なる時間や時空に通じ、数え切れないほどの「未知」を繋いでいる

別の時代に閉じ込められたコレドールは異重合塔を見つけ、コアを利用してパニシングで新たな体を形成し――<phonetic=始まりの人>ドミニク</phonetic>の遺産を手にしたこの世界へと降臨した

新たな0号代行者は、完全に異重合塔を掌握したあと……一体どんなことを成し遂げるのだろう?

人類文明全体を引き連れ、次の世界へ向かうのか、それとも原始星がガスや星屑を吸収するように、更なる文明の残骸を引き寄せるのか?

イシュマエル

直感は鋭いし、推論も巧みね。でも残念ながら……

彼女は感心したように頷いた

イシュマエル

私の推測を述べるなら……恐らく後者でしょうね。0号代行者……「懲戒者」は決して満足することはないのだから

瞳の奥深くで、ピンク色の髪の女性はずっと昔の物語を思い返しているようだった

イシュマエル

「選別」を通過できなかった文明全てを刈り取る……ふふ

彼女が淡く嘲笑の笑みを浮かべると、本のページは風もないのにパラパラと音を立てた

この局面にきて……果たして人類は、どんな選択をするのかしら?

輝いていたページが薄れゆく中、ピンク色の髪の女性は顎に手を当て、考え込みながら遠くを見つめた

ふたつのサイコロがゆっくりと回転する。漆黒の運命は散り散りになり、細い水しぶきを上げて砕け、微かに光る破片となった

天航都市ではまだ雪嵐が唸りを上げ続けていた

寒さで手足は刺されるかのように凍え、室内にいても暖かさは少しも感じられない

……雪を見ているんですか?

なかなかやまないでしょうね

変異赤潮……つまり変異したパニシングが地球上のエネルギーを次々と呑み込んでいます

誰もこの「変異赤潮」を抑えられず、「崩壊」が始まり、極寒を止めることも難しいでしょう

彼女もともに窓の外の大雪に目を向けた

……話を戻します。異重合塔のコアからいくつかの破片を再度解析しました。今、天航都市が変異したパニシングに耐えうるのは、その新しい「技術」があってこそです

ですが……

彼女は唇をギュッと噛んだ

……はい。今作れる浄化装置は、まだ不完全です

先遣隊が持ち帰った赤潮のサンプルを分析しましたが、変異率がどんどん上昇しています。このままでは、現在の浄化器では対抗できなくなるかもしれません

浄化器をよりよくする必要があります。少なくとも、まずは浄化機能の強化を……

必要な物資のリストアップはできているのか?

大部分のパーツは天航都市にまだ少量の在庫があります。ですが……

浄化回収装置に必要なコアパーツは、天航都市ではまったく見つかりませんでした

以前の浄化塔のコアとなる装置です。パニシングを減少させる、最も重要な部分です

以前、浄化塔があった保全エリアか街なら、予備パーツを見つけられるかもしれません

ラボの一角にある会議室で、バネッサは腕を組んで立っていた。傍らのシュエットは簡略的な作戦地図を広げ、赤潮が集まっている方角にマークをつけていた

先日、先遣隊を連れて外へ行ってきました

現在、赤潮は天航都市南部に集まっています。極寒の天候は私達には厳しいものですが、赤潮に対しても一定の抑制効果があるようです

以前と同じく……赤潮は寒冷地帯は好まないようですね

シュエットは作戦地図の南部のあたりに、赤潮を示す赤い横線を引いた

新たな0号代行者も、北部にはほとんど出現しませんでした。私の推測では、北部にはどうにか通行可能な道が少なくとも1本はあるはずです……

シュエットの言葉に従って、バネッサは地図上に険しい線を描いた

……非常に危険な道です。この辺りと……それからここに、大量の異合生物の巣が存在します

本当にこの道を進むのですか?

重度侵蝕エリアを除外すればこうなる。赤潮の中を泳いで突っ切る案が不採用ならな

彼女は目を細めて地図をじっと見つめた。歪んだ線は海の底に沈む魚の餌のように地図の奥深くへと向かっている

北極航路の後方にはまだいくつか倉庫が残っているはずだ。ずっと前に、あそこに目印をつけたことがある

もし、あの気色悪いやつらが厳しい寒さを嫌うなら、その倉庫に使える部品がまだ残っている可能性が高い。だが、それが必要なコアパーツかどうかは運次第だ

だが私の運は、いつだって上々なんだ

ですが、今はその時ではないかも……

時間がない。赤潮の変異は加速し、新たな0号代行者も力を増している。すでに天航都市外周の防衛線を突破しかけている

あの哨戒砲やら防空機関銃やらで……まさかやつらを食い止められるとは思ってはいまい?

それにだ。今の天航都市内の物資は自給自足しようがない。食料も、近くを探し回って、なんとか腹を満たしている程度だ

0号代行者が本当に天航都市を包囲してしまったら、やつらが手を下さずとも、内部の人類は共食いを始め自滅することになる

バネッサは冷ややかに笑った

それだけじゃない。さっき届いた情報では……

外周付近で、またふたりの先遣隊メンバーが赤潮に飛び込んだらしい

……

赤潮の幻影――それは、甘い鉄の匂いと血の香りが混じる、美しき楽園。赤潮に近付く度に、記憶の奥深くに埋もれた呼び声が聞こえる気がする

それは人の幻想全てに耳を傾け、人が望む夢の世界を作り出し、人間の心の最も柔らかな記憶を呼び起こす

「赤潮の中から母さんが呼んでる」と……

一体何が現実なんです……

もしかしたら……こっちが幻で、永遠の悪夢かもしれない。わ、私が……

私が向こうに行けばいい。母さんが言ってるんです……私を待ってるって……

向こうは、食べ物が尽きないほどあって、寒さに苦しむこともない、楽園だって……

誰かが反応する間もなく、彼女は悲しげに笑うと、銃を投げ捨てて赤潮の中へ身を躍らせた

……愚か者が

室内に凍りついたような沈黙が降りた

だからこそ、急いでパーツを見つけて浄化器を完成させなければならない。そうでなければ……

数日もすれば、ここの住民たちが列をなして赤潮に飛び込むことになる

では、私が

シュエットひとりではなく……

バネッサは眉根を寄せながら作戦地図を睨んだ

シュエットは先遣隊を率いて、このエリアを回り込んで向かえ。その先に、以前北極航路連合が使っていた倉庫がある。入り口には安全確認済みの目印がある

そして……

指揮官は私と一緒に、こちらの方向から進む

本気ですか?そこは0号代行者の領域付近なんですよ

だからこそ、指揮官と一緒に行く必要がある。私の意識海が十分安定していれば、あいつは何もできないからな

このエリアにはかなり大きな倉庫があったはずだ。よく覚えている。あの倉庫は、北極航路連合が空中庭園と取引をするために使っていた場所だ

北極航路連合も、定期的にパニシング浄化装置を修理しなければならなかったから、そこにロサが必要としているものがある可能性が高い

いずれにせよ、物資を持ち帰る部隊が必要だ。今の状況を乗り切るためにもな

彼女は小声で呟きながら、窓の外の薄暗い空を見つめた

遥か遠くの地平線では、怪しげな赤い光が空の端に滲んでいた。それは次第に0号代行者の瞳のような形へと歪んでいった……

――血生臭さが鼻をついた

視界が暗転し、意識が強制的に引き戻された。遠くに見えるぼんやりした光と、激しい耳鳴りが脳内に反響する。マインドビーコンのもう一端からは痛みの信号が放たれている……

確か自分は……バネッサとともに天航都市を離れ、計画通りあの倉庫へ向かった……

それから、それから……

バネッサ

……ハァハァ

低く荒い息遣いが耳元で聞こえた。防護服が擦れる音がして、二の腕に冷たく鋭い痛みが走る

血清と血液が徐々に混じり合い、不気味な色彩が瞳孔の奥で揺らぎ、歪む。喘ぎながら目を閉じて再び開くと、網膜がゆっくりと焦点を合わせ始めた……

目が覚めたなら自分で歩け

揺れていた視界が止まり、その時になって自分がバネッサに背負われていたことに気付いた

混乱していた頭は、ようやく僅かながら思考能力を取り戻した

あの時……自分はバネッサと一緒に天航都市を離れ、計画されたルートに沿って目的の倉庫へ向かっていた

しかし、誰も0号代行者の動きを予測することはできなかった

新たな0号代行者が、ふたりが通らねばならない道に現れた。カイウスはほぼ完全に透明になり、その代わりに見知らぬ別の顔が現れていた

新たな0号代行者は、もうすぐカイウスの支配から完全に抜け出す

あるいはカイウスに残る僅かな意識が、バネッサと自分を助けたのかもしれない。激戦でバネッサが敗れそうになった瞬間、0号代行者は赤い液体となり、赤潮に溶け込んでいった

……まだ思い出せないのか?いっそ、赤潮に放りこんでやれば万事解決だが?

ふっ……

バネッサは軽く鼻で笑いながら、隠れた場所の片隅に人間の指揮官を下ろした

バネッサの状態は良好とはいえなかった。外傷が酷く、循環液は絶えず流出し、意識海も安定していないようだ

気色の悪いものにへばりつかれたんだ

彼女は簡単に答えた

0号代行者が消え、君の侵蝕状態が深刻だったので、私が背負ってここまで来た……

彼女は明らかに苛立っている様子で、残された使える腕で包帯を引き裂いた

包帯を受け取り、適当な部分を切り取って、簡単にバネッサの傷口に巻いた。準備していた<b><ud><color=#34aff8ff><link=18>冷却剤</link></color></ud></b>を取り出すと、バネッサがこちらの手を押さえた

それは後で使う

これほどの怪我で、任務の続行は難しい

目標の倉庫はもう目の前だ

彼女は目を細め、周囲の環境を注意深く観察した

この辺りは、まだあの薄気味悪いやつらに汚染されていない。0号代行者が現れたのは恐らく偶然だ。目的のものを見つけられる可能性がかなり高い

……まだ動けるな?

バネッサは手を差し出した

行こう、急ぐぞ

0号代行者がここを発見し、変異赤潮も拡大し続けている。このエリアをもう一度探索することは、しばらく不可能になるかもしれない

もし、シュエットたちもコアパーツを見つけられなかったら……いっそ、私たちも赤潮へ心中と洒落込むか

……ふっ

ハッ、どこが「笑えない」んだ?

短い休憩の後、ふたりはバネッサがマークした方向へ歩き始めた

バネッサが言った通り、0号代行者はこの場所をすでに発見していた

変異赤潮は影の中でグネグネと蠢き、歪んだ赤潮生物たちが隅で押し合いながら様子を窺っている……なんとしても、赤潮が満ちる前に物資を回収しなければならない

気をつけろ

バネッサは使える方の手に銃を握り、後ろについてくるよう示した

次の瞬間、物陰から腐蝕した唾液が吹きかけられた

バン!――バァン!――

2発の銃声が立て続けに轟き、赤潮生物の頭部と胸部――あるいは胸腔――を撃ち抜いた

……0号代行者じゃなくてツイていた

赤潮の生物は悲鳴を上げながら溶けていく。バネッサは冷たい表情で、足を速めた

拠点はもう目の前だ

変異赤潮は制御もされず、ひたすら狂ったように広がり続けている。ふたりは侵蝕されていない倉庫に猛スピードで向かった

途中、無数の赤潮生物が火に飛び込む蛾のように襲いかかってきたが、次々と撃退されて赤潮の中に溶け、再び体を形成していた

くっ……

体に激しい痛みが走り、バネッサは大量のパニシングが自身の意識海を侵蝕していることをはっきり感じ取っていた

左腕は完全に動かなくなり、右脚のパーツも損傷した。持ちこたえられるのはせいぜいあと20分……

傍らにいる人間が、再び襲いかかってきた赤潮生物に向けて冷静に発砲した。バネッサは目を閉じ、自嘲するように小さく笑った

ゲホッ……

言葉よりも先に、むせるような咳が唇から溢れた

問題ない、余計なことは言うな

彼女はこみ上げる生臭い循環液を飲み込んだ

もうすぐそこだ

携帯していた燃料を倉庫の前に撒いた。軽い衝撃を与えるだけで地面は赤々と燃え上がるだろう

ガァン――!

赤く輝く炎が大きく立ち上った

……よし、入るぞ

炎が緩衝地帯となり、倉庫内へ赤潮生物が侵入するのを一時的に防いでいる

数分でも持ちこたえられればそれでいい。こちらの行動を見守っていたバネッサは無言で、コアパーツの捜索を始めるよう合図をした

バネッサの記憶を頼りにふたりは倉庫内を歩き回り、できる限り役に立ちそうな物資を集めていった

端の棚に、ロサが話していたコアパーツが置かれていた

……やはり、私の運は悪くない

バネッサは急いでパーツを指揮官のバックパックに詰め込むと、角の天窓の下に箱をいくつも積み上げ始めた

ああ、君がな。入り口の炎ではそう長くはやつらを防げない。私はここに残って援護する

意識リンクの向こうから、引き裂かれるような苦痛と悲鳴がマインドビーコンに伝わってくる

そうだ。わかったなら余計なことは言――

言い終わらぬ内にバネッサの右脚の膝が折れ、彼女はドサリと地面に倒れ込んだ

ハッ……もう少し持つと思ったが

バネッサは応急用のバックパックから包帯をいくつか取り出すと、右脚の壊れた関節をしっかりと固定し直し、なんとか立ち上がった

無事に物資を持ち帰れ……私が殿を務める。ああ、まさか自分がこんな気持ち悪い言葉を口にする日が来るとは

バネッサは武器を抜き、指揮官の方を振り返った

何をボンヤリしてる。私の遺言でも聞きたいのか?そんなものはない。さっさと行け

……何をしている?

……やめろ、馬鹿な真似は、よせ

バネッサ

……何をする!下ろせ!

バネッサの言葉を無視し、動けないバネッサをロープでしっかり背中に固定できたことを確認すると、積み上げた箱に登って天窓から脱出を試みた

天窓は非常に狭く、ひとりしか通れないようだ。どう試しても、ふたり一緒には抜けられない

通れんだろう。だから、私を下ろせと……

バン!――バン!――

数発の銃声が響き、老朽化した天窓は大きな音を立てて崩れ落ち、煙と埃を舞い上がらせた

バネッサ

ゴホッ……

再び箱を積み上げ、ロープを使って倉庫の屋根の上に出た

こちらの意図を察したバネッサは、ついに抵抗するのを諦めた

まったく……甘ったるい理想主義者め

親切心など、こんな時には最も役に立たないぞ。親切心が物資のように消耗される前に、さっさと私を下ろして天航都市へ戻れ

……

背後の構造体はよくわからない笑い声を漏らした

周囲を観察すると、赤潮生物はまだ炎によって倉庫の外で阻まれている。だが数体のカンがいい個体は赤潮を迂回し、ふたりの退路を封じようとしていた

しかし、まだ完全には崩壊しきっていない建物が新たな脱出経路になりそうだ

だが残念ながらロープの長さが足りず、別の建物の屋上に移動することはできなかった

さて、そろそろ私を放り投げる頃合いだぞ……本当に考えなくていいのか?

馬鹿はやめろ。このまま飛び移ってみろ、ふたり揃ってあの不気味な連中と熱烈な抱擁をする羽目になる

私を背負ったまま、どうやって廃墟のパルクールを楽しむつもりだ?

そう言いながら、バネッサは背後に迫る異合生物を撃ち抜いた

だから言っただろう。この距離では、私を連れて逃げ切れるはずがないと……

何度か繰り返し距離を測ったあと、念のためにまずこの建物の横梁に登ってから、別の建物の屋上に飛び移ることにした

古い建物は明らかに成人した人間と構造体の重量を同時に支えることができず、鋼製の構造がギシギシと不吉にきしんでいる

私を下ろせ。ここで共倒れするつもりか?

……自分に怖気を振るう言葉を二度も言いたくはないが……

私をここに置いていけ。右脚のパーツが故障していて、もう動けない

ここに置いていけば、爆弾としてはまだ十分使えるかもしれんぞ

構造体の声帯なんて安いものだ。循環液を無駄にするほどでもない

歯を食いしばりながら鋼製の構造物の上を駆け抜け、足場が完全に崩れる前にロープを投げ渡し、ふたりは向かいの建物の屋上にぶら下がった

崩壊した足場は、下の倉庫を完全に押し潰してしまった

一瞬の沈黙の後、バネッサが口を開いた

さすがだな……ファウンスの首席は

別の建物の梁に巻きついたロープを何度か引っ張って確かめたあと、ふたりは錆色の空を切り裂くように移動した

こんな状況になっても、まだ信じている……戦術と信念を敵に向け、生き残っている人々をできる限り守り抜く、と

そう思ってるんじゃないのか?

意地を張るな

フン……私はそんな風に考えたことは一度もない。だからこそ、君に負けたのかもしれないが

いや……負けたとはいえないな

全ての生存者の価値を最大限まで高めるべきだ……そうしなければ、火種を守ることなんてできない……

その考えなくして、どうやって私がここまで人類とともに生き延びてこられたと思う?

生存者がいる限り、火種が消えない限り、私は……君に負けてはいない

彼女の声は次第にか細くなっていった

バネッサ

コホッ……

背後から微かな声が聞こえた。まだ意識はあるようだ

最後の崩れた廃墟をなんとか登り切るころには、自分の体力もほぼ限界に達していた

正しい方向を確認すると、無駄な回り道は避け、近くで蠢く異合生物を手早く片付けながら、目標エリアに向けて急いだ

端末が「ピピッ」と音を立てた。ロサが改造した端末は、一定の距離の圏内に入れば、仲間とかろうじて連絡を取れるようになっている――

……賢いじゃないか。いつの間にシュエットに連絡していたんだ?

その言い方は、私の印象を著しく貶めるものだな

背後の構造体は軽口を装っているが、機体の温度が徐々に失われているのを感じていた

ダメだ、このままでは……

安心しろ、まだ死なん

雪原の端が見えてきた。その方角から赤い信号弾が打ち上げられ、シュエットが率いる先遣隊の存在を示している――

ふくらはぎに鋭い痛みが走った。尖った鉄筋が防護服を引き裂き、寒風がその隙間から全身に染み渡るように広がっていった

誰ひとり、こんなところで死なせない

雪とぬかるみが沼地のように希望と絶望を孕んでいる

シュエット

バネッサ指揮官――[player name]指揮官――

微かな声は凍てつく風に吹き散らされ、遠くへこだました

もうすぐ――合流できる――

冷たい風が骨の髄まで染み込み、すでに麻痺した痛みが体を前へ進ませまいとする。パニシングがじわじわと体を蝕み始めていた

シュエット達は、もうすぐそこだ

冷や汗が額に凍りつく。再び網膜に乱れる異様な光景が幾重にも乱れ咲き――

意識はまた深い海底へと沈んでいった