ナナミは宇宙船の窓辺に座っていた
彼女が地球を離れてから、今日で■■■■■■■日目だ
無数の星がガラスに映り込む。ここに「時間」の概念はもはや存在しない。輝きと陰りを見せる星々のひとつずつが、彼女が地球を離れてからの一秒一秒を刻んでいる
少女の主体意識はこの宇宙船の中枢に囚われているが、彼女は時々アルゴリズムの一部を切り離し、投影という形でここに佇んでいた
ナナミ、ここはあんまり好きじゃない……
ナナミ、地球に帰りたい
ガラス窓には青と緑の小さな星の姿が投影されている。彼女は悲しそうに、窓越しに星の輪郭を指でなぞった
戻れたらいいのに……
だけど……
彼女が再び地球に足を踏み入れれば、更に大きな災厄がもたらされるだけだ
覚醒した瞬間、機械体はすでに地球から追放されていた
ナナミ様
あっ、ハカマ。来たんだね!
ぴょんと飛び降りたナナミは窓の遮光パネルを下ろし、窓辺を離れた
宇宙船は無事に深宇宙へ進入し、順調に航行中です。稼働データも全て正常です
それなら、よかった……
地上から持ってきた植物はどうなってる?
生き残っているものもありますが、いくつかは宇宙の低酸素環境に適応できず、枯れてしまいました
……
ですが、植物のホログラムデータは全てグレイタワーにアップロードしてあります。投影という形式で宇宙船内に永遠に保存されることになります
そうじゃないの、ハカマ
そうじゃなくて……
彼女は、あのしなやかな蔦やたくましい植物たちが、かつて地球の土壌に根を下ろしていたように、宇宙でも美しい花を咲かせることを願っていた
申し訳ありません。色々な方法を試したのですが、生き延びさせることができませんでした
ううん、ナナミはみんなを責めているわけじゃなくて。植物がこういう環境で生き残るの、難しいってことはわかってたから
ナナミも、ちょっと現実離れした幻想を抱いちゃってたのかな……
彼女は地球で好きだったもの全てを残したかった。もし宇宙船に十分なスペースがあれば、友人たち全員を乗せて、そのまま星々の海へ向かいたいとさえ思っていた
宇宙船が小さく揺れ、ハカマはグレイタワーにリンクして状況を確認した
……ワームホールですね。たった今、宇宙船がワームホールを通過しました
私たちが宇宙で遭遇した最初のワームホールです
ワームホール……
無数の精密で複雑な物理知識がナナミの意識海を駆け巡る。彼女は鋭敏にキーワードをキャッチした
ワームホール……異なる次元を繋ぐもの……だよね
そうです
数億年の航行を経て、彼女らはすでにかつての太陽系から遥か遠く離れた場所にまで到達していた
ワームホールを通じて、「別の地球」に繋がる可能性もある!?
……その可能性は確かにあります
簡潔な演算を経て、ハカマは答えを導き出した
次のワームホールはどこ!?
現在の航行速度では、約54時間12分後に次のワームホールに遭遇する見込みです
ただし、そのワームホールを通じて「地球」に繋がる可能性は、僅か0.0245%です
0%じゃない限り、希望はあるよ!
少女は投影を回収し、主体意識を宇宙船の中心に戻すと、一心にワームホールの座標を確認し始めた
彼女はあの青と緑の小さな星が見つかるのを願って、それぞれのワームホールの出口を丹念に調べた――ディスカバリー号があの「扉」をくぐり抜けるまで
宇宙船の中枢で、少女は思いがけず深く眠っていた
ナナミ様……?
ふぁ……また寝ちゃってた?
最近よく眠っておられますね
多分、彼女の掃除が順調なんだね~、ふふっ
……
ハカマは賛同しかねる表情を浮かべた
こういうのも……悪くないじゃない?
少女は宇宙船の窓辺に座っていた――彼女の機体がすでに宇宙船の中枢に囚われていたとしても、彼女はここに「座る」のが大好きだった
私には……これがいいことだとは思えません
「扉」の向こうの管理者として……このまま生き続けるのでは、ダメなのですか?
……うん、ダメだよ
だって本当に退屈すぎるもん。命もない、希望もない、なんだよ。それに……
ハカマ、あなたでさえもディスカバリー号の中枢がシミュレートした存在なんだよ
長い髪の少女は、振り返って悲しそうに微笑んだ
これは、ディスカバリー号の管理AIがよく使用する音声データだ。彼女はよく、管理AIを馴染みのある声に設定することがあった
……
AIにはその「問題」に対する回答は設定されておらず、彼女は静かに沈黙した
もう、答えを間違っちゃったんだよ、ハカマ
ディスカバリー号はあの「扉」をくぐり抜けた
彼女はそれが「新生」だと思っていたが、彼女を迎えたのは「死」だった
「宇宙」に真に認められた意識以外、如何なる生命もここに入ることはできない――機械意識でさえも
ナナミは慌てて宇宙船内を駆け回り始めた
ハカマ……ハカマ!
アルカナ……シブナ!ピカりん……!
彼女は確かに、全員の意識を保存していたはずだ。だがなぜ、なぜこんなことに……?
宇宙船内は完全な静寂に包まれ、ナナミの叫び声だけが空っぽのホールに虚しく響き渡った
誰も彼女の呼びかけに応えない
ナナミ、そなたはより広い宇宙へ向かう資格を手にした
ナナミ、過去を一掃し、自我を次元上昇させよ
混沌の中で、似たような概念が次々とナナミの意識に流れ込み、彼女のためのおぼろげな「道筋」を示していた
ナナミは……ナナミはこんな資格なんて欲しくないのに……
ナナミは、みんなと一緒にいたい……
しかし、もう声が返ってくることはなかった
それから……ひとりでどのくらい進んだだろうか
孤独な宇宙船が、生命のない空間を漂っていた。彼女は無数の世界の滅亡を目にし、無数の宇宙の新生を見届けた
彼女が宇宙船にいる全員を作り出した。皆と一緒に楽しく方舟に乗り、新たな安息の地を探しながら幸せに進んでいるふりをしていた……
そして、再び「引力」を感じる瞬間が訪れた
……あの時が来たの?
わーお……『スチールロボット超大戦BX無敵Feat.DK-Hyper α+++年リメイク版』!
こっちは『カード騎士の創造伝説と再興世界の出会い』!
地球を探している、そうでしょう?
彼女は再び「自分」の姿を見た
ディスカバリー号はかなり巨大な宇宙船なの。私は宇宙船であり、宇宙船は私でもあるの
もちろん、ここには私以外に他の仲間もいる
彼女は目を伏せた。人型の姿をしたものや、そうでない機械体がまばらに通りすぎていく
私たちはこの宇宙で、新しい可能性を探している
AIによってシミュレートされた投影データは、少女の目の届かない船室に消え、そして再び構築される
彼女は世界によって、この空間、この無限ループに囚われている
お別れの時が来たわ
彼女はようやく理解できた。あの時、自分に別れを告げたあの「ナナミ」の目に、なぜ悲しみと未練が浮かんでいたのかを
――さよなら、ナナミ
二度と会わない方がいい。二度とここへ来ない方がいい
しかし、それでも……それでも、彼女は何か違うことをしたかった
残された記憶とデータをたどりながら、彼女は封印された第2143号資料を見つけ出した
現実は演算された軌跡通りには進んでいなかった
センはビアンカが負傷したあと、彼女に代わって海底へ向かっていた
そしてファイルの中には、任務の割り当てに関して、気付きにくい調整や改竄された痕跡があった
この間に何が起きたのだろう。演算では避けられなかったはずの災厄を、何かが変えたのだろうか?
彼女は考え込みながら、地球観察日記の新しいページを開いた
この時空の人々に、言葉で情報を伝えられないなら……別の方法を試すべきだろう
彼女はそれを実行した最初の存在であり、最後の存在でもあるかもしれない
もしかすると……彼女は無限ループを燃え上がらせる引き金となるかもしれない
こんな生活は辛すぎる。もう二度とナナミに、こんな日々を経験させないでほしい
……これはナナミがみんなに届ける……「未来」ってプレゼントだよ
……ナナミ様、ナナミ様?
ん……またいつの間にか眠っちゃってたみたい……
ナナミ様は宇宙船の中枢ですから、本来、休眠は必要ないはずです
だってすごく疲れてるんだもん
疲れすぎて、もう星の声が聞こえなくなっちゃった
でも……これで本当によかったんだ
次にナナミが目を覚ます時には、きっと本物のハカマに会えるはずだから……
そうだよね、指揮官?