ナナミが最後の操作を終えると、電力がエネルギーの供給を回復させ、施設が稼働を始めた
ナナミは大きく息をつき、一瞬ためらったあと、試しに話しかけた
こんにちは、おばあちゃんロボット!
来たのですね
「ナナミ」という個体、あなたの再訪を予測していました
数々の「アクシデント」と「物語」を経て、ようやく聞いた馴染み深い機械の女性の声に、ナナミの緊張していた心が少しだけ軽くなった
来るのがわかってたんなら、ナナミが知りたい答えも教えてくれるんだよね?
その表現は不正確です。過去のデータに基づいた推算で、あなたがここに戻り、私とリンクする可能性が非常に高いと判断しました。あなたの具体的な目的は不明です
機械体を率いて、覚醒機械としての道を歩むことを決断したのですか?
ブッブー、違うよ!おばあちゃんロボットなら、外で何が起きてるか知ってるでしょ?
ナナミはたくさんのデータと変数を持ってきたの。それで、新しい演算を始めてほしいなって!
ナナミ、このデータと変数で、世界がどんな風に変わるか見てみたいの!
申し訳ありません、ナナミ
ゲシュタルトは現在、空中庭園の「出航」計画を全力で支援しています。残っているアルゴリズムでは、再度、実景演算を行うのは不可能です
えーっ……そんなぁ……
過剰な演算では問題解決に繋がりません。ひとつの問題に無数の解があるということは、それが真の解を持たないことを意味します
じゃあ……ナナミは、どうすれば答えを見つけられるの?
覚醒機械、それが地上の惨禍に対する答えです
パニシングという災害の中で人類が生き延びる可能性は0.072%しかありません。覚醒機械こそが、パニシングに対抗する答えなのです
もう時間がありません、ナナミ
……
違うよ、おばあちゃんロボット
ナナミ、はっきり覚えてるんだ。以前、おばあちゃんロボットが初めてナナミを呼び出した時……
パニシングという災害の中で人類が生き延びる可能性は0.031%しかありません。覚醒機械こそが、パニシングに対抗する答えなのです
数値が変化してる
ビックリ!<color=#ff4e4eff>0.041%</color>も増えてるよ!
……
一瞬、沈黙が漂った
あなたも私も機械意識です。この数字の確率が何を意味するか、あなたにもわかっているはず
あなたに答えを与えるため、余剰アルゴリズムの一部を使い、簡単な演算を開始します
そうすれば、人類文明の結末を、文字で視覚的に見ることができるでしょう
そんなこともできるの?すごいね!
……
短い通知音が鳴り、ナナミの目の前にバーチャルスクリーンが表示された
ゲシュタルト:既知の変数を入力してください
ナナミ:変異赤潮、カイウス、機械体は地球を離れない
<color=#ff4e4eff>ゲシュタルト:5475日後</color>、空中庭園が「出航」計画を始動。機械体は天航都市内に留まる
ゲシュタルト:1万1680日後、限られた資源をめぐり、人類と機械体の間で戦争が勃発
<color=#ff4e4eff>ゲシュタルト:1万2775日後、カイウスが行方不明となり、</color>変異赤潮が人類の拠点を襲撃。寒波が到来する
ゲシュタルト:1万3870日後、新たな赤潮の意志が誕生し、人類最後のひとりが赤潮に呑み込まれる
ゲシュタルト:1万4601日後、変異赤潮が地球を呑み込む
そんな……どうしてそんなことに……
じゃあ……条件チェンジだ!
現状を起点に、機械体は宇宙航行へ、人類は地球に留まる!
――演算開始――
ゲシュタルト:8760日後、機械体の宇宙船が完成し、機械体が地球を離れる
ゲシュタルト:1万2775日後、カイウスが行方不明となり、変異赤潮が反撃を開始
ゲシュタルト:1万3502日後、地上は永遠の冬に突入。数カ所の人類の拠点が寒波に襲われる
ゲシュタルト:1万4608日後、変異赤潮が地球を呑み込む
大雪と赤白が交錯する赤潮が、惑星の表面を覆い尽くす
そんな……ありえないよ……
ゲシュタルトの演算に誤りはありません
もう1回!もう1回別のを試して!おばあちゃんロボット!
現状を起点に、人類と機械体が一緒に地球を離れる!
――演算開始――
ゲシュタルト:5475日後、空中庭園が「出航」計画を始動
ゲシュタルト:8760日後、機械体の宇宙船が完成し、機械体が地球を離れる
ゲシュタルト:1万2769日後――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
ゲシュタルト:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
ゲシュタルト:■■■■日後、空中庭園は宇宙で機械体と遭遇■■■■■パニシング■■■
……おばあちゃんロボット!?これってどういうこと?
ゲシュタルトが弾き出した演算データのほとんどが、文字の体を成していない
スパンが長大すぎるため、詳細な計算プロセスについては算出不可能なのです
最終的に、パニシングは人類文明の宇宙船に追いつきます
■■■■がここへ進入し、未知の技術のブラックボックスを開いた時、人類文明の結末はすでに決まっていました
これが私の計算の中で唯一導き出せる結果です
それじゃあ……別の条件を試すよ!あの昇格者たちを加えたらどうなるかな……
ゲシュタルト:7289日後、昇格者が変異赤潮に呑み込まれる
ゲシュタルト:1万3476日後、地上は永遠の冬に突入。数カ所の人類の拠点が寒波に襲われる
ゲシュタルト:1万4608日後、変異赤潮が地球を呑み込む
これもダメか……じゃあ、次!
ゲシュタルト:1万3486日後、地上は永遠の冬に突入。数カ所の人類の拠点が寒波に襲われる
ゲシュタルト:1万4625日後、変異赤潮が地球を呑み込む
まだ誤差がある……じゃあこっち!
ゲシュタルト:1万4658日後、変異赤潮が地球を呑み込む
数回にわたる演算の後、ナナミはがっくりと地面に座り込んだ
じゃ……じゃあ、「指揮官が塔から出る」っていう仮説を加えたら?
――
仮説は成立しません
どうして!
ゲシュタルトが演算した262537412640768743個の世界の中で、その仮説を起点とした世界はひとつも存在しません
でも、もし指揮官が本当に塔から出てきたとしたら?
バーチャル空間は再び沈黙に包まれた
仮説は成立しません
でも、でも!あの赤潮の中の少女が、確かに指揮官は塔を離れたって言ってたの!
[player name]は……異重合塔を離れた
――[player name]が異重合塔を離れる具体的な時間を計算することが不可能なため、仮説は成立せず、演算を開始できません
おばあちゃんロボットにも計算できないことがあるんだね!
機械体であれ人類であれ、見通せない部分は必ず存在します
しかし、どのように演算しようが、人類の結末は全て運命づけられています――
人類の文明は、永遠の冬の中で滅亡を迎える
フンだ
よくわかったよ!可能性が存在しないわけじゃない。おばあちゃんロボットが計算できないだけなんだよね!
その理解で構いません。しかし現状における最適解は、あなたが覚醒機械を率いて地球文明を延命させることです
ナナミ、そんなのお断りだね
機械体でも人類でも、目に見えない、わからない部分って必ずあるの
みんな地球から生まれた文明なんだから、しっかり手を取り合って、この災厄を一緒に乗り越えたらいいんだよ
覚醒機械は人類から生まれた存在だし、もしパニシングが人類の宇宙船に追いつけるのなら、機械体も無事でいられる保証はないもの
――「ナナミ」という名の個体、あなたの覚醒レベルは私の計算範囲を超えています
あなたの言う可能性について、私は演算することができません
ですが未来のあなたが更に強力な演算能力を手に入れた時、その可能性が存在する世界を演算できるかもしれません
もう時間があまりありません。私のアルゴリズムは有限です。「出航」計画に全力を注ぐため、これ以上はあなたの演算をサポートできません
自分自身で決断してください、ナナミ
リンクはゲシュタルト側から一方的に切断された
つまり……まだ希望はある、ってことだよね!
ナナミは目を細め、これまでに得た全ての情報をじっくり思い返していた
カイウスから得た情報、イシュマエルから得た情報、そしてゲシュタルトから得た情報……
[player name]は絶対に異重合塔を離れてる。でもその後、どの時間に現れたのかがわからない
ゲシュタルトは[player name]が異重合塔を出た具体的な時間を計算できなかったけど、塔を出た可能性自体は否定しなかった……
それに、あの不思議なイシュマエルって人……
もしかすると、あなたが期待した「変数」は、すでにあなたの願いを見つめているかもしれません
ですが……運命に通じる唯一の蜘蛛の糸が、どこに留まっているのかは誰にもわからない
特異点は確かに存在するのかもしれない。人類文明が生き延びる可能性は、0.031%から0.072%に上昇した
しかし、その可能性は本当に実在するとは信じられないほどに微小だ
透明な蜘蛛の糸は大海を漂っている。一瞬でもためらえば、たちまち消えてしまいそうだ
もしかしたら彼女はその運命の糸を掴めるかもしれない。だが、その糸の先に何があるのかは、誰にもわからない
だから、今
既定の未来へ進みつつある状況で、深宇宙への逃亡を迫られ地球から追放されるこの少女に、地球のため人類のため、そして指揮官のために――一体何ができるだろう?
うぅ……
えっ……今、誰かしゃべった?
指揮官の声だったような……うーん……
端末と生命レーダーには何の反応もない。もし指揮官からメッセージを受信すれば、ナナミが特別に設定した通知音が鳴るはずだった
はぁ……モジュールのエラーかなあ
彼女は少し困ったように耳元を掻いた
それより、これからの計画を考えなきゃ
もし、指揮官がこの後に現れるとしたら……何を残しておけばいいのかな
人間の食べ物!これは絶対必要だよね。でも、保存が難しいかも。あとは……血清!
うーん……装備と、装備修理用の物資も準備しておかないと
それと……
少女は雪の中に立ち、遥か彼方を見つめた
指揮官に「私」を残すことはできるのかな
「私」はゲシュタルトの指示に従って未来の「ナナミ」となり、機械文明の「セージ」として、彼らを存在するかもしれない新たな次元へと導く
「私」は自分自身を宇宙船の中枢に置き換え、機械文明の「ゲシュタルト」となり、彼らが機械覚醒の意義を見つける手助けをする
でも……
「どうか、ほんの少しだけワガママを許して」
「私」が機械種族唯一の「セージ」となった時に――
「私」が「ナナミ」を人類に、指揮官に残すことを許して