Story Reader / 本編シナリオ / 30 星屑のデュプリカント / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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30-12 境界外

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ルナはようやくゆっくりと目を開けた

全ての月光が少女の体に降り注ぎ、血の色をしたその姿を銀色に縁取っている

焦燥にかられた人々がふたりの側に駆け寄り、口々に今の状況を訊ねた

しかし、少女は静かな空を見上げたまま長い間考え込み、心ここにあらずといった風情だった。そして全ての声が静まった頃、ようやく口を開いた

ルナ

今の私は……どの意志の側にも立っていない。私の信念と感情は私自身のものよ

私はただ、具体的な未来を期待しているだけ。そう願い、私に従いたいという声を呼び求めている

ルナ

その質問なら、私の答えはずっと変わらない――私が期待しているのは、私の一番大切な人たち皆が、無事でいられる未来よ

もしその未来の実現のために世界にいくつか修正が必要で、私がより多くの責任を背負う必要があるなら……あなたが言った「幸運の代償」として、責任を全うするまで

昇格ネットワークは不変ではなく、いつか再び再選別を行うでしょう……私の願いは、もう私ひとりで成し遂げられるものじゃない

今こうして自分の力を取り戻したからには、この力を使って、ルールに宣戦布告するだけよ

ルナ

今のところはね。彼らが攻撃してこなければの話

彼女は微笑んで、月光を見上げていた視線を戻した

どうやら、全て無事に終わったようだね

……あの、これから清浄地の反転異重合塔に行くんですか?

ええ、塔に落ちたセレネを見つけ出し、私の代行者権限を全て取り戻さなくちゃ

もちろん

フォン·ネガットが持ってきた情報も、私の推測が正しかったことを証明してくれたわ

あの塔自体がそもそも「パニシングは制御できる」という前提の下に出現してる。だから、代行者を拒むことはない

0号代行者とセレネが塔に入れたのはその理由によるものよ

問題ない

ルナさん、よかった、無事に自分を取り戻せたんだね

あの方に代わって資料を届ける任務は無事に終わりました。清浄地へ向かうなら、ここでお別れだね

全てが上手くいけば、日を改めてこないだの話の続きができれば

わかったわ

行きましょう

一行は険しい異合の森の中を半時間ほど進んだ

前を歩いていたαが突然立ち止まった。瞬時に全員に緊張が走り、本能的に武器を握って周囲を警戒した

微かな風が吹き、紫色の葉が軽く揺れたが……何も起こらなかった

αは答えずに背負った刀の柄を握り、険しい表情で周囲をゆっくりと見渡した。何かに気付いたようだが、それをうまく言葉にできないようだ

……静かすぎ

αとともに前方にいたルシアが無言で刀を抜く

……確かに不気味なほどに静かだった。来た時には異合生物に妨害されたのに、帰りは何の障害もなく、異合生物の姿さえ見当たらない

リーは高エネルギー狙撃ライフルを取り出し、弾を装填しながら、視線でこちらに注意を促した

異合生物が活動している兆候は検出されません……

異常なほど静かすぎる

その時、紫色の土が僅かに蠢いた

雷鳴と凍結音が同時に響き、刀の光が交錯して地面を切り裂いた。粘液が飛び散り、続いてその痛みのせいで悲鳴が上がる

地面の下!

偽りの平静は引き裂かれ、その仮面を脱いだ。地面が震えて土が飛び散り、静寂だった森林は一瞬で沸騰したように騒然となった

少し離れた場所で次々と地面が盛り上がり、地中から異合生物が湧き出てくる

群がる大小さまざまな体格の敵の数は数十、あるいは100以上か、もう数えきれない。それらは空に向かって咆哮し、深紅の目に暴虐の意思を漲らせ、次々と襲いかかってくる

くっ……

計画的な罠なのは誰の目にも明らかだった。気付くのがもう少し遅く、あと数歩でも進んでいたら、地下に潜む異合生物たちの包囲網に囚われていた

この布陣を異合生物自身が考え出せるとは到底思えない

異合生物を操っている……コレドールの次の手?それともフォン·ネガットでしょうか?

本当に厄介だわ

ルナは隊伍の前方に進み、αとルシアの隣に立った

彼女が背後の月輪に手を伸ばすと、その輪状の武器が回転を始め、縁の刃が冷徹な光を放った

αは小刀を収め、代わりに大刀の柄を握りしめた。鞘の指示灯が次々と点灯して電流が走り、雷鳴のような低い音が轟く中、その刀をゆっくりと抜き出す

ルシアは左腕に噴射装置を固定した。凝縮した冷気が周囲の温度を急速に下げる。空気中の水蒸気が固体の氷の結晶となり、日光を浴びて煌めいた

突進してくる獣の群れが彼女たちと接触した瞬間、最前線の異合生物は凍結され、切り裂かれ、あるいは燃え上がった――

前方での混戦と同時に、小型の異合生物がその隙間をすり抜け、隊の後方に向かって突進する

その最も前方にいた異合狼類が低く唸りながら赤い口を大きく開けたが、そこに突き入れられた銃口が火を噴き、頭部を粉々に吹き飛ばした

フフン……フフフン~

ロランはよくわからない歌を口ずさみながら左手を戻し、すぐさま右手の鎖剣で次に迫った敵を下から上へ斬り上げ、その異合狼類の首を落とした

バン!――バン!――

一方、リーは地面に片膝をつき、高エネルギー狙撃ライフルで素早く数発の弾丸を発射した。小型の異合生物たちが反応する間もなく、撃ち抜かれていく

ドォォォォ――ンッッ!

ガァアァ!

地面が震え、また更に大量の異合生物が別の方向から現れた

このままではキリがない!

今いる場所は広く開けており、敵が四方八方から同時に襲いかかってくるため、こちらは形勢不利だった

しかし無謀な突破もためらわれた。もし罠に踏み込めば、瞬時にもっと危険な情勢に陥るだろう

まず安全な場所を見つけて空中庭園に支援を要請、同時に突破ルートを確認します

リーは周囲を見回し、右前方に狭い山道を見つけた。山道の入り口は狭く、そこなら数で優勢な大量の異合生物の動きを多少は制限できる

うんうん

リーは、ロランも同じ山道を見ていることに気付いた。ロランはリーを振り返り、大げさに頷いた。無言で「君と同じことを考えてた、そう、そこだよ」と伝えてくる

リーはロランを無視した

指揮官!

リーの目線と指差した方向を見て、彼の意図を理解した

フロート銃で接近する異合生物を撃退したリーフが頷いた

了解です!

隣でグレイブを振るっていたラミアも後をついてきた

ま、待ってよ!

皆が狭い山道を目指して走る中、端末でルシアに呼びかけた

異合生物はすでにルシア、ルナ、αによってその半数以上が始末されたはずだが、数はさほど減っていないように見える。どうやら相手には次々と援軍が加わっているようだ

一旦退きましょう

噴射装置で巨大な氷の壁を作り、迫りくる異合生物を一時的に阻止すると、ルシアたちもこちらに戻ってきた

こちらに有利な地形を利用することで異合生物の攻勢を制限し、皆は少しの間、息をつくことができた

リーフ、ロラン、ラミアは襲いかかる異合生物を阻止し、リーは遠隔通信装置を設置していた。αとルシアはしばし体を休めている

ルナは空高く浮き上がり、パニシングの通信への影響を軽減しつつ、異合生物全体の動きを観察していた

……

気流の音が近付いてくる

ルシアが噴射装置を利用し、ルナと同じ高度まで飛行した

これは……

異合生物全体の状況を観察したルシアは、なぜルナがこれほどまでに表情をこわばらせているのかを瞬時に理解した

視覚モジュールの先にあったのは、沸騰する潮水だった。無数の異合生物で形成され、巨大な獣の潮流と化している

異合の森全体が生態系の破壊を顧みず、蓄積されたパニシングを搾り出し、異形の野獣を孵化させていた。その果てしなく巨大な潮流が押し寄せ、皆を飲み込まんとしている

ルナ

…………

獣の大群を眺めるルナは気付いていた。異合生物たちは一心不乱に走りながらも、顔を上に向けている。無数の目が見つめるその先はただひとつ――彼女だ

なるほどね

ルシアはルナを見た。ふたりは目を合わせ、軽く頷きあった

そしてふたりは地上へ戻り、異合生物の潮流の状況を説明した

異合生物自体はそれほど危険じゃない。やつらには本当の意味での知恵はないし、チームワークも理解できない。数が多くても、適切な戦術を使えば必ず全滅できるわ

……もし誰かが指揮しているとしたら……

指揮されていようとなかろうと、ここで戦い続けることに意味はないわ

そう、次の目標はここじゃない。異合生物に無駄に時間を使っている場合じゃないの

ルナはこちらに問いかけるような眼差しを向けた

別行動にしましょう。清浄地の近くで合流よ

こちらがひとつに固まっていると、異合生物が1カ所に集中して退路を塞がれてしまう

何?別れたあと、見えないところで私たちが何かするんじゃないかと心配なの?

ルナはそれで問題ないと頷いた

了解!

グレイレイヴンの出発を見送ってから、ルナはその場に留まり、俯いて何かを考えていた

あの……ルナ様、私たちはどうします?

一周回って、敵を撒く

異合生物たちの狙いは私よ

……

本当にそんなの、大丈夫ですか?

敵に真正面からぶつかる必要はないわ。撒くだけでいい

それに……

ルナの背の翼がゆっくりと広がり、周囲のパニシング濃度が急激に上昇した

グレイレイヴンがいなければ、私たちに「遠慮」はいらないわ

ロラン

ルートはすでに計画済みです。追ってくるあのワンちゃんたち、大パニックになるだろうな

ですが、後ほどルナ様には少し循環液を提供いただく必要があるかと。「香り」とでも言いましょうか

いいわ

外の異合生物は全て処理し終わった

さあ、行くわよ

端末に表示されたルートに従い、ルシアが観測した最も危険な異合生物の大群を回避し、その後は順調だった。小型の異合生物が何体か現れただけで、大きな妨害はない

…………

潜伏している異合生物を感知できないのです……

数が多すぎますし、ここのパニシング濃度はもともと高いですからね

異合生物が潜行して待ち伏せをするなんて、こんなことは初めてです……

それにしても、誰がこの異合生物を指揮しているのでしょう。コレドールはすでに始末しましたし、残っているのは……

いずれにしても、彼らを完全には信用できません

あっ、前方から信号を受信しました……

……スカラベ小隊です!

歩きながらそう言い終える前に、足下の地面が大きく崩れた――

ボコッ!――

続いて砂煙が舞い上がる

指揮官!

足下の地面の異様さに気付いた瞬間、側方の木に向かってフックを撃ち込み、噛みつこうと地面から飛び出してきた異合生物をなんとか躱した

飛び上がった時に動力甲の観測システムを使い、異合生物の数を10体とすぐに特定した。その内の2体は大型で、残りは小型のようだ

了解!

異合生物が地面から現れた時、異合の森の太い木の根が数本一緒に飛び出してきた。根が盛り上がったせいで地形が変わり、指揮官とグレイレイヴンは一時的に分断された

数体の狼型の異合生物がこちらへ突進してくる

着地するなり横ざまに転がって距離を取り、片膝をついて銃を構えた――

狼型の異合生物たちは見えない壁にぶつかりでもしたように、なぜかそれ以上進めないでいる

気のせいだろうか、重なり合う防御フィールドが自分の背後に展開されているように感じる

この感覚は――

心臓の鼓動が激しく跳ね上がった。すぐさま立ち上がり、銃口を背後へと向けた

そこには背の高い、仮面をつけた青年が佇んでいた

引き金を引いて銃口が火を吹いたが、弾丸はフォン·ネガットの手前で泥に突っ込んだように止まり、動力を失ってポトリと地面に落ちた

フォン·ネガットは瞬きひとつしていない

引き金を引く衝動を抑えた。たかが数発の弾丸で目の前の代行者を仕留められるはずもない

…………

周囲の狂暴な異合生物は全て目に見えないシールドに阻まれ、次々に体当たりしている。フィールド内にいるふたりは、この人工的に作り出された静寂の中に立っていた

その通りです

漆黒のその人物は否定もせず、話し続けることもなかった。彼は何か考え込んでいるらしい――非常に珍しい姿だった。考え込む前に行動したとでもいうのだろうか?

絶えず攻撃してくる周囲の異合生物を見て、心の中でひとつの推測が浮かんだ――どうやら、フォン·ネガットはこれら異合生物を指揮してはいない

遅かれ早かれ彼女はあの情報を手に入れるでしょう。今渡しておけば、交渉材料になります

私がコレドールと?彼女と手を組むなど絶対にありません

最近あなたは、ドミニクに関するものを受け取ったのでは?

男性は前置きもなく、出し抜けに核心をついてきた

もし「関係者」がこの時代に何かを残そうと思ったのなら、選ばれるのは、おおかたあなたでしょう

よく考えて御覧なさい。手がかりはあなたの近くにあるはずですよ

フォン·ネガットは顔を上げ、前方を見た……視線は清浄地の方向を向いている

彼が一歩下がると突然フィールドが広がり、動力甲を装備した体がふらついた。背後で響く異合生物の咆哮も、物体の潰れる音とともにピタリとやんだ

再び顔を上げた時、フォン·ネガットの姿はすでに消えていた

指揮官!

異合生物はルシアたちが全て片付けたようだ。位置を確認して、フックを木の幹に打ち込んで空中に飛び上がり、グレイレイヴンのところへ戻った

フォン·ネガットの登場はあまりに突然で予想外だった。皆は顔を見合わせ、何を話すべきかもわからないでいた

フォン·ネガットのメッセージは主にふたつ、「ドミニク」の招待状と反転異重合塔ですね

反転異重合塔……彼は私たちと同じものに狙いをつけています。次の遭遇に備えておかなければ

??

ちょっと、アンタたち相当ボロボロじゃん

前方から女性の声が聞こえた。そのふたりの構造体には以前会ったことがあった

こんちわ

複数のアームがガシャガシャと同時に挨拶をした

スカラベ小隊のシュエットです。彼女は八咫。以前お会いしたことがあるので、ご存知かとは思いますが

はい、前所属は粛清部隊でしたが、今はスカラベ小隊です

指揮官ヴァレリアともうひとりのメンバーのシヴァは別の場所にいます。でもご安心を、この先のルートはすでに安全を確保し、潜伏していた異合生物も全て排除しました

シュエットのマスクの形状が目に入った

マジ失礼じゃん、実力でブチ殺したに決まってるでしょ

ふたりの体に戦闘の損傷があるのも頷けた

異合の森を離れ清浄地へ戻ると、事件はまだ解決していないものの、皆、心中の緊張が少しだけ和らいだ

傷だらけの動力甲を外して、誰に渡すべきかわからずに辺りをキョロキョロ見回した。その時シュエットに目が留まった

初めて動力甲を装着した時、手渡してくれたのは彼女だったことを覚えていたからだ

お任せください

お気になさらず

そう言って彼女はこちらの服を上から下まで眺めた

いいお召し物ですね

昔は……裁縫師だったもので。服飾には興味があって、つい。失礼しました

シュエットは簡単にそう説明すると、動力甲を持って立ち去った。彼女の後ろにいた八咫も、別れの挨拶にこちらの肩を軽く叩いた

他に用事がないんなら、もう行くよ

でも……正直、ちょっとガッカリだな。噂の代行者に会えると思ってたんだけど。いざ来てみれば、アンタら別行動してるんだもん

八咫の会話の中で、あることを察した

さあね

別にアンタを疑ってない、アンタが疑われるのを心配してんだって――アンタがやったかどうかはさておき、彼らが未来がよくなるかなんて気にしないのと同じよ

アンタが無実の罪で裁かれないようにする側、だね

八咫は肩をすくめて笑うと、先を歩くシュエットを小走りで追いかけた

一方グレイレイヴンは休憩を終え、ルシアも今回の任務で起こった重要な内容を全て報告していた

指揮官、ルナが約束の場所に現れたと連絡が