コレドールは優雅な微笑を浮かべて、来訪者にお辞儀をしてみせた
わざわざここまで私を探しにいらっしゃるなんて、きっと何かお話があるのでしょう?
どうして……私たちがあなたを探しに来たってわかるの?
私はある程度、皆さんの記憶を読み取ることが可能なのです――パニシングに侵蝕されうる意識海であれば、どれでも
それはつまり、リーと指揮官の記憶は見えにくいということですか?
仰る通りです
ヒントを出すようなルシアの言葉に、リーとともに数歩後ろへ下がった。この距離なら、彼女にはこちらの会話が聞こえない
コレドールはこちらの動きを見てただ笑っただけで、ルナに向き直った
では本題に入りましょう。あなたたちのお望みは何なのでしょう?
赤潮に溶け込んで機体を再構築し、自分の力を取り戻したいの。あなたにはその手助けを願えるかしら
それだと……あなたの体に異合生物の一部が取り込まれることになりますが、大丈夫ですか?
それも全て力に変えてみせる
赤潮から正気のままで戻れると確信しているのですか?
それはあなたが心配することじゃない
なるほど。では、あなたは私に何を差し出すのです?
もうわかっているはずよ
この取引を持ちかけたのが普通の人なら、私はすぐさま受け入れたでしょう。でもあなたには……差し出せるものがもっとあるのではないでしょうか?
……どういう意味?
彼女たちの取引が難航している後方で、声をひそめて話しかけた
どうやらそのようですね。昇格ネットワークの波動のせいかと
ラミアが海で話していた、あの卵のことですか?
その可能性はなきにしもあらずですね
承知しました。ですが、もし彼女たちの取引が不成立に終わればどうします?
少し離れた場所にいる代行者と人型異合生物を見たリーは、ふたりの視線がこちらに向いていることに気付いた
もっと素敵な贈り物を、あなたはお持ちです。あの人間を一緒にいただけません?どうでしょう?
…………
ありえないわ……
ルナ様
その時、3人の意外な人物が濃霧の中から急ぎ足で現れた
なぜか昇格者たちの陣営に、ホワイトスワン小隊で見た姿があった。間違いなくあの人物はテセだ
…………
こんにちは……?
ああ、あなたがグレイレイヴン指揮官だね。初めまして
今回は、あの方があなたに言ったことを終わらせるために来たんだ
惑砂は振り返ってルナを見た
残りの代価はボクが支払うよ
彼はもう行ったの?
うん
行った?どこへですか?
コレドールは興味深げに惑砂に近付き、まじまじと彼を観察した
あなたの記憶は、まるでページごと破り取られたかのようですね。私の質問への答えが見当たりません
そう……ここに来る前、あの方からずっと前に頼まれたことをやってきたから。もしそのせいで記憶を失っているなら、きっと重要なことじゃなかったんだ
あなたが代価を払ってくださると?それはなぜでしょうか?
だって……あの方はもうボクたちのもとから去ってしまったから
惑砂はルナの前に進み出ると軽く頭を下げ、無防備な様子で「申し出」を手渡した
ボクたち3人を、あなたの部下にしてください
リリスはどこ?
あの方の「遺物」を受け取って、自分のことをしに向かったよ
おや?君たちは彼女と一緒に行かなかったのかい?
彼女の性格的に……ボクのような「退屈」な人間は引き取らないさ
今のあなたは、惑砂本人?
…………
うん、たぶんね
次の瞬間、αの刀が惑砂の首に食い込んだ。ブードゥーがかろうじて止めていなければ、瞬時に骸となっていただろう
ボクを殺す前に、ひとつ訊いてもいい?
…………
もし過去に戻って、ヴェンジに会う前のボクを殺せるとしたら、あなたはボクを殺す?
少年は首筋から循環液を流しながらも、首を差し出したままだった
あなたのせいで死んだのが彼だけだと思わないで
……ボクがいなければヴェンジも他のメンバーも生き残って、ハッピーエンドを迎えられると思うの?
…………
ボクの任務はあるものをルナさんに渡すことだけなんだ。ボクが生き続けるかどうかは重要じゃない
ボクもあなたと同じように自分の死を待ち望んでる。でもその前に、あと数日、唯一の家族を探させて欲しい
家族?
そう。最近ようやく、彼女の消息を掴んだ……
もしルナさんがその数日をボクに与えてくれるのなら、ボクが長年積み重ねてきた全てを喜んで差し出します
ボクがあなたの手下の昇格者になれば、あなたもボクの居場所を容易に感知できるし、いつでもボクを殺せるようになる
…………
その返事は、あの反転異重合塔から戻ってからじゃないと答えられない
惑砂は頷き、当てられたαの刀を首にこすりつけるようにして前に踏み出すと、手中の何かをルナに渡した
…………
αは刃に腐肉が触れたような嫌悪感を覚え、すぐに刀を下ろした
……これで足りるかしら?
コレドールは目の前に集まった人々を見て、笑って頷いた
もう、私に拒否する権利はありません
――しかし彼女にはまだ、逃げて傍観する権利がある
持っていって
ルナからデータチップを受け取ったコレドールは、俯いてそれを口に入れた
…………
……なるほど、0号代行者……
彼女は反転異重合塔の方を見つめ、軽く頷いた
どうやら、私たちの目的は一致しているようですね、代行者ルナ
ついてきてください。私がお手伝いをして……あなたの機体を赤潮の中で再構築させます