それで、それで?
その後、どこかのおバカさんは、スターオブライフで長い間ノビていて、ようやく起き上がることができたの
しまいには構造体に改造してくれ、なんて言い出したのよ……ふん、改造後に自分の脳ミソの大きさが、容量下限の意識海にも満たないことに気付いたって遅いのよ?
お兄ちゃんにそんな手厳しいことを言わないでくれよ、クリスティーナちゃん
私の名前は!ドー!ル!ベ!ア!
それにだ、俺が構造体になって困ることでもあるのか?わかった、優秀な兄がお前の工兵部隊副隊長の座を奪うのが心配なんだな?可愛い妹よ
それは絶対にないわね
なんでだい?
工兵部隊のゲートに書いてあるもの。動物とレオナルドは立入禁止って
おいおい、そりゃないぜ~
薄暗い広間にはフェイクの陽光が差し込んでいる。こうして3人が揃ってアフタヌーンティーを楽しむのは久しぶりに思われた
そういえば……ジジイはどうなった?
お祖父様は……
数日前に容体が悪くなって、スターオブライフで診察を受けたの。脳に血栓ができたことによる、局所的な急性脳梗塞だって
今はまだスターオブライフでなんとか命を保っているけど、たぶん……
彼女は優雅にナプキンで口元を拭いた
……
お祖父様は何か言ってた?
リーフが持ち帰った、彼らが「父」と呼ぶべき人物が残した手帳……それを見てから、なぜか彼女は巨大な権力を握る人物が、後悔したのかどうかを知りたくなっていた
……私に、ヘラルド計画を続けて、ドミニクを取り戻してほしいと
……
私、ヘラルド計画を再開するつもりはもうないの。計画で得た情報は、全部空中庭園の軍に提出したから
命と引換えに得た栄光なんて、ノルマングループには必要ないもの
それでこそ我が最愛の妹だ。おっと、それで思い出したんだが……
俺のあのプロジェクトはいつ承認されるんだ?早く承認してくれよ、俺はそれで資金を回収するつもりなんだから……
トロイのギャラ3倍ってのが未払いでね。あいつの値段はそう安くないんだ
じゃあ兄さんの計画書、念入りにチェックするわね。問題があれば、手加減はしないから……
科学理事会
科学理事会
アシモフは積み上げられたファイルに埋もれて頭の一部しか見えなくなっている。その隣に座るドールベアの手元には、ピンク色の透明な電解液が置かれている
ふぁ……ああ
……来たか、座れ
アシモフは適当に座るよう席を指差すと、また端末のデータベースでの作業に没頭し出した
あの3人に休憩室に閉じ込められてると思ってた
本当に?なら、今すぐルシアに密告っと……
ドールベアが端末を取り出して連絡するふりをしたので、あわてて話題を逸らした
状況は悪くない
マイカの先生がついに「スターオブライフ」を退院した。ドールベアの正確な極限閾値検証のお陰で、今マイカは先生と一緒に逆元装置の分解研究をしている真っ最中だ
そのデータと今回の実験モデルを利用すれば、彼女たちは新型の逆元装置を作り出せるかもしれない
より安定した高い適応度で、高濃度のパニシングを「無害化」できる可能性がある
まだ可能性の話だがな
更にお前とドールベアの無茶な行動の副産物で、異災区の拡大が停止し、縮小の兆しも見られるようになった
科学理事会や工兵部隊、コスモス技師組合のやつらも、ようやく少しは休めるな
無茶?あれは、大胆かつ賢明な判断というべきです
俺に言い訳はいらん。それより、お前の隊員3人が外でお前を探してるぞ……それからお前も、カレニーナがずっと探してるのを知らないのか?
彼は珍しくうっすらとほほ笑んでみせた
お前たち、空中庭園に戻ってからずっと隠れていたそうだな?
今思えばあの時、後先を考えずにコレドールを追ったことは、確かに無謀な冒険だった
しかし、もう一度同じ機会があれば……
また同じ選択をするだろう
生命に罪はない。結局自分とドールベアは、コレドールが難民や負傷した構造体を呑み込もうとするのを、ただ見ていることなどできなかった
たとえ、どうなろうとも……
しない、そんなことをして何になる
お前を呼んだのは、「招待状」のことで進展があったからだ
俺を疑うのか?
彼がテーブルの端末をぐるっと回してこちらへ向けると、複雑で目が回るような一連のコードがスクリーン上を流れていった
俺とドールベアで全感覚模擬装置のソースコードを解析し、「招待状」の内容を逆変換してみたんだ
本当かどうか、自分の目で確かめてみるか?
ホントに見ないの?せっかく私が半日もかけて解析したのに……
何行ものコードが飛ぶような速さでスクリーン上を流れ、かろうじて基礎的な内容を読み取ることだけはできた
これは途中まで逆変換した内容だが、全てを復元すると……
おそらくは一連の暗号キーになる
あの全感覚模擬装置と呼ばれるキーに接続すると、彼女がしていた設定に従って、各キーは異なるシナリオに対応するはず……
わかりやすくいえば、芸術協会のホログラフィック映画や、あるいはそれに近いものよ
確実ではないけれど、逆変換した時、解析した情報にとんでもない内容が含まれていたの……
あなた、本当に続けるつもり?
……ドミニクだ
お前はこれを「招待状」だと言っていたな?
記憶するべきは特定の英雄ではなく、一種の精神です
それも……「彼」があなたにこれを渡すように頼んだ理由でしょう
でも恐らく、華胥はドミニクと直接的な関係はないからか、彼らは少女の形をとって現れ、これを私に預けました
あの宇宙のどこかの最果てで待っている……ナナミという名の少女
「招待状」です
差出人がナナミであろうとドミニクであろうと、この招待状は徹底的に読み解く価値がある
なかなか勇気があるじゃない、グレイレイヴン指揮官
それに、ゲシュタルトのことも……
アシモフが話している途中、オフィスの扉をノックする小さな音が聞こえた
アシモフ、あの……指揮官を見ていませんか?
さっきヒポクラテス教授に訊ねたところ、こちらの方向へ来たようだとうかがったので……
どうやらガサ入れが来たわね
ド!ル!ベ!お前、ここにいるのはバレてんだよ!おとなしくお縄につきやがれ……
……あれ、ルシア?お前、ここで何してんだ?
指揮官を探しに来たんですが……
……おい、お前らふたり!オレにアシモフのオフィスのドアをぶっ壊す勇気なんかないってナメてやがるな!?
どうやら、全ての出来事はすでに過去になったようだった
ノルマングループは権力者が交代し、ヴィクトリアが全ての関連資料を提出したあと、空中庭園でヘラルド計画が虚偽であったことを正式に明言した
人々は希望を「伝説」に託すべきではない。たとえゲシュタルトが封印されてドミニクがこの世から去っても、人類は石橋を叩いてでも、時の川をもがきながら進むのだ
科学理事会、工兵部隊、コスモス技師組合が協同で開発した新型逆元装置はすでに成果を見せ始め、Ω効果に関する研究も完成しつつあった……
地上保全エリア
地上保全エリア
……ルシアさん!リーフさん!
それに……グレイレイヴン指揮官も!
任務を受け、清浄地にある難民集団を護衛しに行ったところ、思わぬ顔ぶれと再会した
まさか皆さんにまた会えるなんて!本当に嬉しいです!
それに……私たちが本当に清浄地に入れたことも。本当にありがとうございました
感謝ならリシィたちに……
あっ、ごめんなさい……
……
いえ、大丈夫です
昔、マイカとリシィが侵蝕体に囲まれた時、前のリーダーは自ら侵蝕体を引きつけて、ふたりを救ったんです
リシィやゲミーラたちも、私たちのために命を懸けて道を開いてくれました
今後も必要なら……私も同じことをします。だって、私は「よりよい明日のため戦場の救援はお任せ!万物を照らすサンシャインチーム」のメンバーなんですから!
彼女の瞳は星のようにきらめき、明るく輝いていた
皆でリシィのお葬式もしたんです。すでに清浄地にいたので、近くで彼女が大好きだった花も見つけられました
あの小さな野の花です。山いっぱいに咲くオレンジ色の……
リシィはきっと、喜んでくれるはずです!
ええ、きっと喜んでいると思いますよ
ムーアは部隊に戻り、しばらくの間は私たちが住む保全エリアを守ってくれるそうです。皆、それぞれの場所に落ち着きました……
そうだ、一番いいニュースを伝え忘れるところでした!
エレーヌは集団の後ろから栗色の髪の難民を引っ張り出した
――紹介しますね、トニーです!彼、私たちの集団の一員なんです!
あの奇妙な場所の外周で迷っていたんですが、私たちが木に縛った物資をたどって、なんとか生き延びることができたんですって
その後ひとつ前の十字路で、皆と合流できたんです!清浄地で、ちゃんとお祝いしないとね!
トニーと呼ばれた難民は照れくさそうに頭を掻いた
ゲミーラさんの荷物の中に入ってた2本の血清のお陰で、なんとかここまで来れたんだ……
……本当によかった!
リーフお姉さん!見て!
私、苗を持ってきたよ!
幼い手の中で、使い捨ての血清瓶に植えられた小さな芽が、涼風の中で健気に揺れている
天候は、ようやく暖かくなりつつあった