くっ……
ルシア、これ以上戦ってはダメです!
あと少しなんです。私は必ず……
うっ……
このままでは、救援が来るまで持ちこたえられません……
くっ、もし私が……
エンジンの轟音が響き、数台の車両がすぐ側の平地まで物凄いスピードで飛び込んできた
諦めるのは早いわよ、まだ私たちがいるでしょ?
リシィ!?ここは危険です、どうして……
大丈夫っ、防護マスクはしてる!
皆さん……
あと少しよね?この先にはまだ異合生物がうようよいるんでしょう?
戦闘力は強くなくたって……私たちには車がある!
安心して。私たちには両手も、頭脳も、車だってある。あなたたちが疲れ切ってしまっても――自分の身は自分で守れるんだから!
ハッハッ、ここまで長い間、お嬢ちゃんたちに守ってもらったんだ。ワシも全力で頑張らんとな
でも……車は皆さんが生き延びるための大切な……
この先には清浄地があるじゃない
車がなくなっても、清浄地に着いたらまた私たち、お金を稼いで新しい車を買うわ
安心してよ!私たちは絶対、自分たちの命を粗末になんてしないから
彼女の背後では、難民たちが車から物資をバタバタと降ろし、衝撃力を増加させようと泥や砂利を積み込んでいる
おい……あいつの荷物は、車ごと赤潮に放り込むんじゃないのか?
……
どうしてこの段ボール箱を下ろすんだよ。これはあいつの――
……黙ってろ
お前のために言ってるんだろうが!
あいつはもう死んだんだ!
……
この段ボール箱と重くて馬鹿デカい機械、それに「データ」を守って……あいつは死んだんだ
あいつにとっちゃ、これが……俺たちの食糧と同じくらい重要だったはず
持ってはいけないが、せめて……いつか日の目を見るチャンスくらいやってもいいだろ
背の高い男性は黙ったまま、あちこちが傷付いた機器を大きな防水布で懸命に覆った
彼はその防水布に、観測員の名前を書き込んだ
ラル·オース
よっしゃ、車を割り振るぞ!
リーフとコーリが、突破口を切り開いてくれる。ワシらがやるべきことは――車を運転してその裂け目へ突っ込むことだ!
座席の左側のレバーは緊急脱出装置だ。このレバーを引けば車から脱出できる。その後は――ドカン!だ
あのバケモノどもと赤い水は怖いもの知らずかもしれんが、炎には敵わないはずだ!1カ所の裂け目に、車を何台も連続でぶつけてやりゃあ――
この地獄みたいな場所から抜け出せる!
ワシが1台目で先陣を切るぞ……今は老いぼれちゃいるが、若い頃はチームでピカイチのドライバーだったんだ!
それに、使えるいい脚がまだ1本残ってる。ハッハッハ!
私が乗るべきでしょ……
2台目は俺!リシィがやらせてくれないせいで、まだチームの車を運転したことがなかったんだ。へへっ、ようやくチャンスが来たな!
ちょっと!どうして急に私を無視するのよ!
おっと……?リシィ、戻れと言っただろう
1台目に乗るのは私!
落ち着くんだ、リシィ。お前は最後の車を運転して、他の皆を運ぶ責任がある。それに、まだ救援を待つ負傷者もたくさんいるんだ
この仕事はそんな難しいもんじゃない。ただアクセルを目一杯踏み込んで、加速するだけだ。お前さんの出番はないよ
でも!これは私たち救援チームがやるべき任務だよ!
ああ、あの長ったらしいよくわからん名前のチームか?だったら――ワシがそのチームに入れば問題ないな?
「よりよい明日のため戦場の救援はお任せ!万物を照らすサンシャインチーム」だったよな?
それなら俺も入るぜ!
それに、マイカが待っているんじゃないのか?しばらく会ってないんだろ。清浄地に着けば、きっと会えるさ!
その時は、俺に代わってマイカによろしく伝えてくれよな――よりよい明日のために、って!
リシィが反応するより先に、ゲミーラと青年は素早く車に乗り込み、運転席のドアをしっかりとロックしてしまった
これで本当に大丈夫でしょうか……
安心しな!絶対に大丈夫だ!俺たちを見くびるなよ!
リシィ、しばらくルシアの様子を見ていてもらえますか
リーフは意識海に軽いダメージを受け昏睡中のルシアを物資の山に寄りかからせると、心配そうな表情のまま動き始めた車両に乗り込んだ
その場にはリシィとリシィの車だけがぽつんと残され、彼女はルシアの傍らで呆然と立ちすくんでいた
行くべきは私なのに……
彼はそう言って、戦闘中に赤潮で腐食した自分の脚を怒りに任せてガンガンと叩いた
その……あまり心配するな。緊急脱出装置があるんだ、リーフが全員救い出してくれる
戦場の救援においては、リーフは誰よりも優秀な構造体だから――
ないよ、緊急脱出装置なんて
えっ?
最初っから、緊急脱出装置なんてものはついてない。あるのは自爆装置だけ……座席の左側にあるレバーはそれ
前のリーダーは、自分で車を運転して狂乱する侵蝕体の大群を引きつけて、荒野の真ん中まで突っ走って侵蝕体を全部爆破したんだ
……ゲミーラたちはそれを知らずに!?
……ううん、全部わかってる
鈍い爆発音が前方から聞こえた
彼らは、多くの人々に生きる希望を残すためだけに戦った
パニシングも、異合生物も、赤潮も、人類を打ち破ることはできない
人類はいつだって絶望的な瞬間にこそ、最も明るい光を放つからだ。人類の文明はそうやって受け継がれ、脈々と続いてきた
車は――もう1台ありますね!
後少し!後ほんの少しなんです!起動キーは!?キーをください!
前線から駆け戻ってきたコーリは、方向感覚を失った蟻のように慌てている
3台の車両がすでに突破口を開きました。すでに反対側から、支援小隊の声も聞こえます。後もう少しなんだ――!
異合生物は、彼らの脱出路を塞ごうと意図するように、赤潮から生まれて密集している
リーフとコーリが全力で攻撃して異合生物の間に裂け目を作り、3台の重装車両がそこを目がけて突入、自爆した。だがまだ最後の壁が残されていた――
起動キーは見つからなかったが、その車はすでにゆっくりと動き出していた
リシィ!
フフン、私の車の起動キーを隠したからって、私が何もできないと思った?
これでも私は「よりよい明日のため戦場の救援はお任せ!万物を照らすサンシャインチーム」の副リーダーなんだから!
いつの間にか、彼女は防護マスクを外していた
車のエンジンが唸りを上げ始める
もしマイカに会ったら、伝えて……
ううん、やっぱりマイカには言わないで!私たちはただ地上ですれ違っただけ。私やゲミーラたちは、まだ地上を旅してるって伝えて!
リシィがいつも丁寧に磨いていたその車両が、初めて大量の赤潮を浴びた
赤潮の中で鮮やかな火花が炸裂した。先に飛び込んだ車両の機械パーツに引火したのか、続けざまに爆発音が響き渡る
彼女は相棒でもある愛車とともに、一切ためらうことなく赤潮に飛び込んだ
その眩しい火花に異合生物は怯み、退却していく
陰鬱な異災区に眩しい陽光が差し込み、熱く燃えるバラがついに太陽の下で咲き誇った
――グレイレイヴン!グレイレイヴン!応答せよ!!
ルシアの端末から、ようやくクリアな音声が聞こえた
キャンプは静まり返り、あの朗らかな笑い声が聞こえることは二度となかった