Story Reader / 本編シナリオ / 28 星灯宿す氷帝 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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28-36 王と王

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九龍

九龍環城、外周住宅地

11月10日、06:30

異合生物が撤退を始めてから、10数分が経っていた

環城には商会時代や古九龍の煉瓦や石造りの建築物が多く残っている。異合生物たちは撤退時、これらを意図的に残すかのように、重大な損害を与えるような行為をしなかった

万世銘の地表崩壊後、環城の外周で任務中だった空中庭園の支援部隊もすぐさま救援を開始し、輸送機は次々と万世銘のドームを突き抜け、九龍の人々を地上へと運んだ

九龍の人々も環城と六橋港の廃墟の間で生存者を捜索し始めた。一縷の希望、生存者の最期のひと呼吸がある限り、彼らは決して諦めない

そして、その九龍の暗い雲を切り裂く白い光が、穏やかにこの廃墟に光を投げかけていた――

ふ……

こちらに

ぐったりとした曲は傍らの瑠璃瓦を軽く叩き、隣に座るようにと示した

それとも、この座はあなたにふさわしくないでしょうか、首席さん?

壁の残骸を乗り越えて慎重に距離を保ちながら、曲の隣に座った

もう少しこちらに

私の体にパニシングはもうないはずです

こちらへ

激しい苦闘の後でも曲の口調は依然として鋭く、その言葉の奥に潜む威圧感は変わらなかった

仕方なく座っていた瓦を移動させ、曲の隣で壁にもたれかかった

私たちが今座っているこの場所は、600年前の九龍古城の城壁。ここからちょうど日の出が見えます

華胥の推演では、九龍と万世銘は、太陽が昇る前にパニシングの波に呑まれてしまうはずでした

その推演によれば、九龍商会、九龍コーポレーション、万世銘計画は、今日の未明4時52分に全てが終わり……

九龍の歴史の最後の1ページとなるはずでした

ええ……今、何時です?

どうしました?

それは違います。この街には難民も生存者もいません

生きていようと死んでいようと皆、九龍人なのですから。彼らなら大丈夫です

嘲風や蒲牢のように、心から民のために尽くす者たちがいる限り、彼らはこの廃墟の中から、世界を照らす文明を再建するでしょう

九龍が戦争や苦難で真に打ち破られたことはありません。これは歴史の法則なのです

私を?まさか、首席が私を心配する日が来るとは思いもしませんでした

今、私は死んでいるのか生きているのか、確信できません

私は……本当に死を欺くことなどできないのかもしれませんね

それはそうと、首席

あなたが万世銘から散逸したデータの断片から何を見たのかはわかりませんが、きっと多くの疑問があるのでしょう

どうぞ、質問を許します

どんな質問でも、包み隠さず答えましょう。それが貴方の権利です

まだたっぷり時間がありますから

最初のことから訊くとしたら――

あれから、もう3年ですね

夜航船上の九龍人を守るために、彼らが九龍へ戻るのを阻止したのは、彼らはあの戦争に参加すべきではなかったから。お陰で九龍の犠牲は最小限に抑えられました

それから私は華胥を使ってあの昇格者を誘い込んだのです。また、ある手段を使って自然に華胥が万世銘の使用権を手に入れられるようにしました

そうして初めて、彼女はゲシュタルトと同源の華胥を通じてゲシュタルトを攻撃することができたのです

ただ……あの時、あのルシアという少女とあなたは、私の予想を超えていました

我々の間には、永遠にわかり合えない理念と原則の衝突があります

自分のためにそこまでしてくれる人が側にいる、あなたはとても幸運ですね

ルシアの話をする曲は、冷ややかな眼差しを少し和らげたが、口元には微かに苦々しさを浮かべていた

……その時、私にできた最善の策は、臨機応変に対応すること。あなたたちに負け、あえてガブリエルに華胥を持っていかせたのです

そうすれば、私も舞台裏に隠れやすかった……

ルナが華胥をどう使うかは、彼女次第でした

ですがどうあれ、ルナが華胥を使ってゲシュタルトを攻撃する必要があった

曲は深くため息を吐いた

その後のことは、私にもわかりません。私でさえ、それより先のことは見通せません

華胥の推演ではルナを排除するか、この方法で彼女をゲシュタルトに接触させるかのどちらかが必要だったのです

これが唯一、九龍と万世銘を存続させる方法だった

そして……この世界が存続する方法でもありました。希望は僅かしかなく、私もあまり期待していませんでした

空中庭園も、あなたたちがぬくぬくと恩恵を受け、高みから平和を楽しむための場所ではありません。安らかに夢を見ている人を叩き起こす方法は、暴力しかない

それ以外にもしルナが本当に華胥を利用して空中庭園を落としていたなら、人類はそこまでだったということと、万世銘が最後の全てだということも証明されていたでしょう

全部ではありませんが、そうです

華胥は単なる道具です。ゲシュタルトも同じです

最終的な決断を下せるのは人間だけ。ただ必要な時には、道具と決断を下す人、どちらもが道具となり得ます

リスクは分散させなければなりません

ともかく、あの時の九龍は何の妨害も受けませんでした

ルナだろうが、あなたたちだろうが、私はただ成果を享受するだけでよかった

彼女は、まるで今まで何も起きていなかったかのように、静かに東の方を見つめていた。彼女の目の前の時間はすでに、均一に青白く塗りつぶされている

未来を見てしまうことは、残酷なことでもありますね

それが責任でもあり、負担でもあるけれど

一部は

あの異合生物は、必ず人類の知識を奪って進化を遂げます

彼らが万世銘に目をつけるのも、時間の問題でした

万世銘は確かに私の唯一の目的ですが、私は虐殺の暴君ではありません

曲は真剣な眼差しになった

私を恨むことで、かえって彼らは嘲風や蒲牢を信じる

彼らが万世銘に入った時、彼らはまだ私を信じていませんでしたが、あの時九龍にはただひとり、リーダーが必要でした

もし私がいれば……混乱を引き起こしていたでしょう。誰かを責めなければいけない時、私という存在が最適だった

人を団結させるには、時に共通の敵が必要なのです

……どうやら、目覚ましい成長を遂げていますね、首席

曲は微笑んだ

彼女は確かに私が空中庭園に配置した駒のひとつ。適切な時にだけ、彼女は王手をかけるために動きます

これができるのは彼女しかいませんでした。彼女には私を殺す十分な理由があり、彼女もそうしなければならないことを理解していた

彼女が私を殺すことで、人々は共通の敵を持つことができた――彼女の背後にある空中庭園をね

九龍の人々はこの背後の真実を知らないかもしれませんが、誰が善人で誰が悪人かは区別できます

嘲風と蒲牢が彼らを保護し、生き延びる手助けをしているからこそ、彼らは嘲風と蒲牢に従う

同様に彼らがあなたに従うのも、あなたがずっとずっと、戦い続けているからです

もちろん

簡単です。それは、あなただからです

おそらくこの世界中であなた以外に、あなたのことを最もよく理解しているのは、私でしょうから

万世銘の中で、私はあなたの意識を見ることができます

そして万世銘内での時間は……無限に近い

いいえ

この10数時間の間に、数十万人の民衆と構造体が万世銘に入った瞬間から、華胥は最低出力で高精度に全員の意識データをスキャンし、複製し続けています

あなたの意識データだけは、華胥で複製することができません。ゲシュタルトでさえも不可能でしょう

あなただけは、どうやっても複製できない……唯一無二の存在

ですが私自身が覚えておくことはできます。だから私が必要とした時……あなたは私の脳内に現れる

万世銘の全て、九龍の全て、そしてあなたの全てがここにあります

曲は手を伸ばし、彼女の額をトントンと指差した

当然では?

目的のためなら、どんな代価も払います。たとえそれが私自身でも

彼女は何も言わず、ただ黙って遠くを見つめていた

私は、ひとりひとりの名前と物語を覚えています

これは私と九龍が背負うべき責任でもあります

生死を問わず虚実を問わず……どれだけの代価を払うことも厭わない

いつだって歴史書には書けないことがあるのですよ、首席

この時代には平和を守るための戦争や、真実を守るための嘘が必要なのです

曲は手を伸ばしこちらの左手を握った。その冷たい手が離れた時、こちらの手の平の中には小さなメモリーカードが静かに横たわっていた

「彼」からあなたに渡すようにと預かりました

万世銘の演算世界で出会った人です

「彼」は本来なら華胥の推演に現れるはずはないのに、恐らく華胥とゲシュタルトが複雑に絡み合っているため、あの少女の姿となって現れたのでしょう

ドミニク

その名前はかつて黄金のような象徴だった

もし数えきれないほどの人々が責任と理想をかけ、あの時代の背骨を鋳造したとすれば――

――ドミニクと科学理事会は、その頭脳であの時代の魂を鍛え上げ、人類の視線を遠い星々へと向けさせたのだ

そうとも言えますね

彼らはいつも謎に包まれています

ドミニクがたったひとりでそれほど多くのことを成し遂げられると思いますか?

あの時代、彼らが果たした役割はむしろひとつの記号、シンボルでした

記憶するべきは特定の英雄ではなく、一種の精神です

それも……「彼」があなたにこれを渡すように頼んだ理由でしょう

ええ

でもおそらく、華胥はドミニクと直接的な関係はないからか、彼らは少女の形をとって現れ、これを私に預けました

あの宇宙のどこかの最果てで待っている……ナナミという名の少女

それで彼らがこれをあなたに、と。これはあなたしか受け取れないそうです

「招待状」です

ええ

はい

具体的なことはわかりません。この「招待状」の具体的な内容は、あなたしか知りえない

結局のところ、私は「ドミニク」ではありませんから

曲の言葉にはどこか自嘲するような響きがあった

この時、青白かった空はすでに朝焼けに覆われ、今にも太陽が昇ろうとしていた

これは予想外のことでした

当初の計画では、この可能性上にある九龍が破壊されるのを避けるべく、私は推演に基づいて死を偽装するはずでした

しかし、予想外の事態が起こりました。例えばあの……「皇帝」と名乗る者です

そう話した曲は、爆発しそうになる怒りを必死に抑えていた

彼の撹乱がなければ、華胥と万世銘、そして九龍の民も、ここまで大きな損失を被ることはなかった

そうです

万世銘の推演世界の中で、私と彼は長年に渡って戦い続けました

しかし、彼はこのことを予知していたようなのです……あるいは、推演やシミュレーションは彼にとって非常に慣れたものなのでしょう

ええ、恐らくそうでしょう

だからこそ私は……

現実であれ仮想であれ、生であれ死であれ、どんな代価を払うことになっても構わなかった

もうこの辺で

彼女はもうしゃべるなというように、こちらの手を取った

その指先は先ほどまで、万世銘で生と死の間を彷徨う亡者たちの冷たさを僅かに帯びていた。だが今曲の体を流れるのは、何千もの願いが集まった奔流だった

後の問題は、これから先の時間に任せましょう

太陽がもう昇ります、[player name]

我々の文明も、かつてはこの朝日のようにまばゆく輝いていました

迷わず、ためらわず……

ふふ……それでこそあなたです

九龍を照らす最初の夜明けの光が、彼女の顔の上で輝いている

――彼女は初めて、これ以上ないほど幸せそうな笑みを浮かべた

そうですね、きっとまた昇ることでしょう