Story Reader / 本編シナリオ / 28 星灯宿す氷帝 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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28-27 魔法と魔法使い

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ランダウは夕陽の光を頼りに、木の壁の壁紙のフラクタル図形を計算しようと奮闘していた。こういう行動は彼をたちまち落ち着かせてくれる

彼はベッドに横たわってこういう図形を数える度に、シベリアの農村で母方の祖母が彼に宗教の話をしながら、小指ほどの太さの編み棒でセーターを編んでいた夜を思い出す

あのセーターには複雑な模様がたくさん編み込まれていた。だが祖母は戦争を何度か生き抜いただけの、ごく普通の農婦だった

これも一種の才能だろうか、それとも人類の深層にある本能か?彼はそんなことを考え続けていた

多くの人々はこの複雑な模様の背後にある数学的原理をまったく知らない。だがそれによって彼らの再現困難なデザインの創造は妨げられたりはしない

完全に精確とはいえないが、と彼は冷ややかに笑った

シェイクスピア全集のエントロピーが、シェイクスピア本人に敵うはずなど……

腕を上げて時計を見ると、午後5時50分だった

彼はさっと起き上がると、側にある通信端末を手に取った

もしもし?ルヴィ、いるか?

ルヴィ

……イゴール、何か用か?

もうこんな時間だぞ、まだそこにいるのか?

ルヴィ

彼らが開くのは君のための歓迎会だ、私のじゃない

そうは言ってもかなり時間が経っている……

ヴィリアーは?実験室か?

ルヴィ

うーん……リーボヴィッツ博士が仕事を終えて帰る時も、彼は研究所を出てなかったし、まだいるだろう

彼を呼んでくれよ

ルヴィ

えっ……私が言っても、来るかどうか

私からの伝言だと言えばいい。彼は私の言うことなら聞く

ルヴィ

わかった、伝えよう

じゃあそういうことで。6時半に会おう

ランダウは通信を切り、立ち上がって窓を開けると煙草に火をつけた。斜め向かいの1階にあるブラウンの部屋に、灯りが点いているのが見える

(ブラウンが最近仕事に来ないのは、おそらくコロリョフと本当にそりが合わないからだな……)

ランダウの部屋は理事会エリアで最も有名なガーデンウォールの正面だ。夏は全長300m、高さ3mの壁が青蔦と鮮やかな花で覆われ、学院の若者たちの多くがここで愛を告げる

若い男女は告白の記念に小さなバラの鉢植えを残したがる。そのため、毎年冬に理事会の工務部は、枯れた愛の象徴の掃除に追加の機械工をわざわざ派遣する羽目になる

ランダウがまだ理事会で暮らし、働いていた当初、時折手を休めて一杯の酒を注ぎ、陰ながら若者たちに祝福を送っていた。彼にとって、この時代の若さほど貴重なものはない

その時、夕陽はちょうどいい場所にあり、ガーデンウォールの下には若者たちの少人数のグループが複数歩いていた

20代という年代は、彼らにとってまさに人生最良の時期だ

ランダウは何気なく窓際に置かれたグラスを掴もうとしたが、3年間空だったそのカップに、入れるべき酒がないことに気付いた

(▼ヘ▼#)……

彼の傍らから浮かび上がった黄色く小さなロボットは、何となく不機嫌そうに、ランダウの手にこつこつとぶつかってきた

お前は覚えてるか?8年前にここに来た時は、酒瓶は酒でいっぱいだったんだよ、42

42、前と同じように頼むよ

(一︿一)

42は自らの主人がアルコールを飲むことに不満を表示したが、それでも頷くような動作をすると、ふわふわと窓から飛び出し住宅局へ酒の配達を頼みに行った

若いとは素晴らしい

ランダウはぐーっと大きく伸びをすると、吸い殻があふれたガラスの灰皿に煙草を押しつけ、寝室の扉を押して部屋を出た

彼が出ると部屋は翳っていった。綺麗なフラクタル図形の壁紙を照らしていた夕陽は、ようやくそのオレンジの光を消し、今は冷たく単調な光で投影パネルを映していた

……第二部がこんなにオープンだとは思わなかったな

当然だ、オープンなことは間違いない事実だ

そう言いながら少し髪の薄くなった中年男性は、カップの中の飲み物を一気に喉に流し込んだ

君はあの人々が、我々の宇宙船の設計図を理解できると思うか?

知りすぎるってことは、時には一般人にとって重大な心理的負担になる……だが科学理事会はこの点については常に開放的な態度をとっている

理解したいと思えば誰であろうが、いつでも理事会に申請して学ぶことだってできる

知識と真理の間に敷居はありません。あるいは、その敷居が存在するかどうかは、知識や真理自体に依存しないと言いましょうか

そう話したのはコロリョフの隣に座る眼鏡をかけた上品な女性だ

希望さえすれば、我々に航空機の設計図を申請し、自宅の裏庭で宇宙船や宇宙ステーションを建造することだって可能です

共有されない知識と真理など、真空容器の中の花と同じくらい、無意味ですから

もちろん造れるかどうかは別の問題だし、許可が得られるかどうかも我々の管轄外だがね

確かにシュヴァルツシルトさんの言うように、知識と真理には制限がない

ランダウはヴィリアーがずっと眉をひそめているのに気付き、軽く彼の肩を叩いた。ヴィリアーはその意味を察し、テーブルから立ち去った

ふむ……

君の新しい学生は実に個性的だな、素晴らしいじゃないか

まあな……確かに変わった青年だ。人が多い場所はまったく好きじゃないと常々言っているよ

どうだ?才能はあるのか?

ああ

この前、離散有限群に基づく超ビット多次元量子反暗号キーを提案してきたんだ。正直、かなり有望株だぞ

それなら直接君の下で学ばせたらどうだ?ああ……もう学生を指導しないんだったか?

リーボヴィッツ先生はもう長いこと新人の指導をされていませんね

そりゃそうなる、リーボヴィッツの学生は目の前の君が最後なんだから

まさか自分の学生が第二部で天体物理学をやるなんて、君も思わなかったんじゃないか?

フン、連れていっておいてよく言うもんだ

いいや、それだけでもない

彼は早くから予想していたのさ。なにせ――星のことだからな!

君のことだから、自分の学生が最終的にどの星でジャガイモを栽培するか予測するアルゴリズムを書く、とでも言うのかと思ったが……

コロリョフ先生!

話題にされたシュヴァルツシルトは恥ずかしそうに口を尖らせた

ああそうだ、イゴール、来週には下半期の予算を申請する必要があるんだが

それがどうした?

どうしたって、おいおい!?

コロリョフは自らの太腿をペチンと叩き、姿勢を正して座り直した。どうやら少し飲みすぎているようだ

あのカノンっていうやつに20%以上も予算を持っていかれたくないだろう!

彼らが提案している機械義肢置換技術とやらは、中々興味深いと思うが……

おいおい、ラドガのキノコを食いすぎて菌糸が脳にまわったか?

なら、君の脳は酒浸しだな。飲みすぎだ、コロリョフ

曙光号も軌道配列も製造には金がかかるんだ!

それに君たち第三部も人材の確保を始めたそうだな?

小説家や劇作家を大勢雇ったとジョンから聞いたぞ?一体全体、何をするつもりだ?

ゲシュタルトのためさ。人が揃わないと、本格的な作業を開始できない

まだ始めてなかったのか!?

コロリョフは驚きの表情を浮かべた

君が戻ったからには、もう始まっているものだとばかり思っていたよ!

そんなに早い訳がないだろう……

ゲシュタルト建造には全業界、各分野の多くの専門家や学者が必要だし、基礎科学と工学の統合も含むんだ。ドミニクは予算は考えるなと言うが、届いた報告書の数字が……ふぅ

ランダウは困ったように笑った

そうだとして、なぜ小説家や劇作家を連れてくる必要がある?

まさかこの実験室にいる我々が、何か非現実的な創作物を書けるとは思っていないだろう?

でも、ランダウ先生はジョークのレベルは高そうですよ

まったく君は……そのうちリーボヴィッツにとっ捕まって、うちで苦労する羽目になるぞ

そう言ってランダウはカラカラと笑った

結局、こういった設計には人類のあらゆる学問分野と領域の知識が必要なんだ。実際、これから第一部と第二部から更に人材を借りたり、資金を集めたりするつもりだ

ほら見ろ!もう引き抜きを画策している!ドミニクに文句を言わないとな!

理事会は、君たちに新配列や曙光号の資金を出すことについて、承認はすると思うが……

連合基金会からもう少し資金を引き出せるかどうかにもよる。特に第三部の場合、理事会も基金会も成果のチェックに、2年ごとに必ず人を寄越すんだ……

フン、あのトリルドという男か。気に食わん

べらべら、べらべらと……口を開けば念仏を唱えているのかと思うほどよくしゃべる!

それが政治というものさ

ああ、政治、いつだって政治だ!私はその政治ってやつが大嫌いだよ!

これは?

ランダウはコロリョフにウォッカのグラスを差し出した

宇宙ステーションに持っていくか?

ああ、君がそういうなら――

コロリョフはショットグラスをぐいっと傾けてウォッカを飲み干し、ランダウの手から酒瓶を受け取った

いや、ちょっと難しいか

君に贈るよ

彼をしっかり見張っていてくれよ、シュヴァルツシルト

こいつはちょっと油断すると全部飲み干してしまう酒飲みジジイだからな。宇宙ステーションに、本当にその酒瓶を持っていきかねない

えっ、あ……はい

何だ、不名誉な!図面を引く時は99%シラフだぞ!

だったら残りの1%の時は、オフィスにいないよう祈るよ……

しばらくの間、円卓では笑い声が複数上がり、その笑い声はレストラン中に響き渡っていた

科学理事会エリアのレストランは折衷主義建築でフランス風の3階建て、小さな建物だった。この骨董的建築様式は少数の歴史的遺産や新設の展示館のみが継承している

今、ヴィリアーは天井まで届くガラス壁の外側のバルコニーに立ち、夜の闇にぽつんと浮かび上がる、白く壮大な塔をじっと見つめていた――

???

あれは昔、ティコ·ブラーエ級の電波望遠鏡だったの。今はもう稼働していないけど

金髪の少女の声がヴィリアーの思考を遮った

こんばんは、私は第二部のヴァレンティーナよ

ヴィリアーは側の女性の挨拶をまったく気にも留めず、その望遠鏡をただじっと眺め続けていた

この電波望遠鏡の建造当初、理事会はまだここにエリアを構築することを決めていなかったの

理事会がここに移ってきたあと、電磁干渉を考慮して稼働を停止した

彼女はヴィリアーが自分の話を聞いていないことに気付いていないのか、バルコニーの手すりにもたれながら話を続けた

今では第二部の本部オフィスとしてのみ機能して、時々子供たちが見学に来るくらい。実際の観測用の電波望遠鏡アレイや干渉計ネットワークは、山間部や荒野に設置されてる

だけどこの十数年の過剰開発のせいで、多くの場所のコンパクトアレイや干渉計はあまり使えなくなってきた。やはり、徐々に軌道上へと移動させる必要があるわね……

…………

ヴァレンティーナの熱っぽい話に気まずさを覚えたヴィリアーは、レストランに戻ろうかと考えた。だがその気まずさもすぐに彼女のマシンガントークに蹴散らされた

ティコ·ブラーエ級望遠鏡はもう旧時代の最大級、今は遺物的な望遠鏡だけど、この角度から見るとやっぱり大きいわね……ところであなた、その服装を見るに九龍の人ね?

卒業前にコロリョフ先生があなたたちの天文台に連れていってくれたの!今でも、九龍の8000平方kmの反射鏡アレイは世界最大の天文観測アレイらしいわね!

やれやれ……

あら!やっと口を開いてくれた。私の話が聞こえていないのかと思ったわ

僕はただ……話をしたくないんだ、わからないか?

科学理事会三部の……ヴィリアー?

少女はヴィリアーが胸につけている身分証を見た

ランダウ博士のところの生徒ね。やっぱり博士と同じで、埋め込みタイプを使わないんだ

僕はあの人の生徒って訳じゃない。それに……君は自分がスズメみたいにピーピーうるさいって自覚してるのか?

え、そう?

少女はヴィリアーの嫌味を気にもせず、にっこり笑った

君は……コロリョフの生徒か?

そうよ

ふん……

おっと。君たち、ここにいたのか。あの骨董品の見物かね?

もともと狭いバルコニーが、体格のいいコロリョフのせいで更に窮屈になった

やあ、ランダウから聞いた。君は九龍から来たんだってね?

それが何か?

明日、軌道プラットフォームの3台のプトレマイオス級望遠鏡を引き渡す。一緒に国際宇宙ステーションを見に行かないか?

ヴィリアーは無言で手を振ると、振り返りもせずにバルコニーを立ち去った

たいそう変わり者だな……

会話も好きじゃないみたいですね

九龍の新しいリーダーの手厚い支援がなければ、この3台の望遠鏡の完成もいつになったか。彼に、感謝の言葉を伝えようと思ってたんだがな……

どうして彼にお礼を?

知らないのか?あの子は九龍のリーダーの弟だそうだ!

電子音

「量子相互作用ニューラルネットワークと汎用人工知能プロジェクト」は、科学理事会主導で大学や科学研究機関が行うプロジェクトで、「ゲシュタルト計画」の前身であり……

政治家

彼らがしていることはこれだけじゃないだろう?

このやや髪が薄くなりつつある男性は、エレベーターの中にいる4人の中では一番地位が高い。彼の後ろにいた秘書風の若者ふたりは、すぐに同意の声を上げた

電子音

こんにちは、環大西洋経済共同体財政部部長、ゴードン·ラムズレッジ様。新しいスーツがよくお似合いです。開発部内と屋外との温度差がご不快かもしれませんがご了承ください

更に秋の朝をお楽しみいただけるよう、朝食もご用意しております

これは事前録音された音声か?こちらに来ることは知らせていなかったはずだが……

電子音

いえ、ラムズレッジ部長。私はゲシュタルト計画の第3号グラフィックビジュアルシミュレーションプログラムで、第三開発部の成果のひとつです

つまり、彼らが1年余りをかけて出した成果は、プログラムが話すようになったことだけだと?

気楽にいこう、ゴードン

トリルドはネクタイを整えた。彼は頭上の電子音をまったく気にしていないようだ

九龍が第三開発部に資金を提供した時、螭吻衆が何と言ったか知っているか?

何だ?

実は私も知らない

エレベーターが僅かに振動し、ゆっくりと扉が開いた

なぜなら彼らは何も言わなかったんだ、ゴードン。何にもね

電子音

第三開発部メイン実験室入口に到着しました。よい1日を――

彼らの前に広がるのは、それぞれの作業台で忙しく働く十数人の白衣を着た研究員たちと、その中央で星屑のように微かに青く光る高さ10数mのガラス製の大きな扉だった

まさにその扉の後ろに、人類史上最も偉大な電流が駆け巡っていた

???

こんにちは、トリルド理事

エレベーターの前にいた背の高い男性が、落ち着いた様子でトリルドに握手を求めてきた

ランダウ博士

こちらはラムズレッジさんですか?こんにちは

こんにちは

飛行機が着いたばかりでお疲れでしょう。どうぞこちらに

ランダウはそう言いながら、トリルドたちをエレベーターの右手にあるオフィスへと案内した

20平方mほどのオフィスの奥に大量の文書や計算ユニットが詰め込まれ、ハードウェアユニットとファイルには色とりどりのラベルが貼られている。まるで時代遅れの図書館だ

木製のデスクも同様で、大量の文書や計器が積み重ねられていた。だがいくつかの写真立てがあるところを見ると、このオフィスの主は完全なワーカホリックではなさそうだ

デスク横のホワイトボードには公式や反復がびっしり書かれ、その真上には3枚のスクリーンで構成されたワークステーションが吊り下げ式で取りつけられている

最も重要なのは、このオフィスの壁は完全に透明――ここから第三開発部の中央にある巨大な機械室が見えているということだ

いい場所ですね。まあ……プライバシーへの配慮はありませんが

ハハハ、こんな時代に生きているんです。我々にプライバシーがあるとは思えませんね

ランダウは冗談を言いながらトリルドたちに背を向けた

情報の刃は他人だけでなく、自分にも向けられる

……部内では皆、自分のカップを持っていましてね。皆さんは紙コップですが、ご勘弁を

ランダウはトリルドたちに向き直り、ラムズレッジに紙コップを手渡し、続いてトリルドと後ろに控えるふたりの秘書にも手渡した

上等のコーヒー豆ですよ、厳選したんです

あなたが栽培したものでは?

そう、品種選びから製品の完成までをね

ラムズレッジがコーヒーをひと口飲むと、彼の後ろのふたりの秘書も安心したように、紙コップを手に取って飲み始めた

うむ、この味……こんなに美味いコーヒーを飲むのは久しぶりだ。ドリップも見事だ

これもゲシュタルトの機能のひとつですよ

ランダウは自分の白い陶器のコーヒーカップを持ち上げ、ガラス扉の向こうにある代物を指し示した

種の栽培、水の量、日光、肥料等の農業技術は全て、ゲシュタルトが割り当てた機械作業員が行い、コーヒー豆の製品化や販売も、ゲシュタルトの計画経済によって行われます

将来的には私が豆を選ぶ必要もなくなる。ゲシュタルト自身で全て完結してしまうのでね

ふむ、これが情報の時代か――

それは違います、ラムズレッジさん

ランダウはきっぱりとラムズレッジの言葉を遮った

これは未来の時代です、確実に実現する未来

それはわかりますが……

ラムズレッジは紙コップをすぐ側の棚に置き、隣にいるトリルドをちらりと見てから話を続けた

どう考えてもあまりに荒唐無稽なお話すぎやしませんか?

と仰ると?

いや、個人的な意見……ですよ。10年以内に世界中のあらゆる物事を統括できるスーパー人工知能が完成するなんて、SF小説の中ですら、何十年もかかる設定でしょう?

自信は非常に重要だとは思いますがね、ランダウ博士

ええと、それはですね……

ランダウはラムズレッジの意図を理解できず、少し緊張したようにトリルドを見た

「ゲシュタルト計画」以前から、我々は汎用人工知能についての探求と成果の検証を行い、それをもとにドミニクが見積もった「ゲシュタルト」の完成期間が10年で――

つまりランダウさんが仰りたいのは、理事会とドミニク首席はこのプロジェクトを完璧に把握し、確信を持っているということだ

トリルドはランダウに代わってそうまとめた

材料工学の革新と冷却炉の設計を独自に推進し完成させた理事会は、「ゲシュタルト計画」も世界が協力して取り組むべき任務だと考えている。理事会もこの点は十分考慮した

彼らの確信を信じることだ、ゴードン

……だが、理事会が本当に冷却炉を作り出せるまで、そんなお伽話を誰も信じていなかったんだろう?

我々はその構造も完全に公開しています

ああ、そういえば……ランダウ博士とあなたの師であるツィオルコフスキー氏も、初代冷却炉モデルの設計者のひとりでしたね?

昔の話だ

はあ……

ラムズレッジはうなだれたように首を振って言った

正直なところ、私は重圧を感じているんです

私の選挙区には多くの工場労働者がいる。もしゲシュタルトが本当に稼働したら、彼らは確実に職を失うでしょう。そうなれば私は……

それに経済共同体内では、スーパーAIを道徳や神に反する行為だとみなす人が常にいる。SF小説のように、ロボットや人工知能による危機が現実になるのではと危惧してね

それは違います、ラムズレッジさん

ランダウの眼差しにはある決意が浮かんでいた

新しい時代へ移行する際は、必ず苦痛や傷を伴うものです

生産力が高度に発展したこの時代にゲシュタルトの翼が加われば、人類は更に遠くへ飛べるはず。全ての人が興味や趣味によって自分が望む仕事や生活に振り分けられます

我々は月、いや、火星に自分たちの都市を建設することさえ可能になる。人々は働く場所や生活する場所を、何にも左右されずに選べるようになるんです

何より……ゲシュタルトは決して人類を裏切りません

何ですって?

ラムズレッジの後ろにいるふたりの秘書がびくっと反応した

人類を裏切る?

人々の懸念はまさにそこでしょう?いつか人工知能が態度を変え、人類に攻撃や反抗をしかけ、我々が与えた基本命令に逆らうのではと心配している

しかし私が全科学理事会の名にかけて保証します、ラムズレッジ部長

ゲシュタルトは決して人類を裏切りません

それにゲシュタルトは完成後、世界政府の管轄下に入る

全世界を統括するスーパー人工知能より、世界を統括する政府を樹立することの方が、よほど難しいと思うが?

成功するさ、ゴードン

トリルドは自信満々に笑った

人々に、皆が団結できるんだという確信さえ与えれば、必然的に団結する方向へと動き出す

ゲシュタルトと科学理事会は、人々の信頼を勝ち得るための最良のカンフル剤なんだ

これはただの政治的利益にすぎない。ゴードン、想像してみてくれ、その背後にある更に巨大なエネルギーと経済的価値を

うーん……

ラムズレッジの疑念がまだ晴れないのを見て、トリルドは説得するのをやめて立ち上がり、紙コップをゴミ箱に投げ入れた

ランダウ博士、部長に魔法を見せてあげていただけませんか

魔法?

常識や理性では説明できないものに遭遇した時、それを表現する唯一の言葉があるとすれば、奇跡や魔法だろう

ランダウは頷き、トランシーバーで何かを二、三言話した。すぐに何人かの研究員がケーブルで繋がれたカートを押して入ってきた

これは何です?

常識で説明すれば「魔法」と呼ばれ、科学的に説明すれば「自己適応シーン生成と視覚交互決定機III型」の第3世代と呼ぶものです。我々は普段「アントン」と呼びますが

これはゲシュタルトの副産物のひとつで、言い換えれば「ゲシュタルト計画」の中での決定問題を実験し、テストするためのものなのです

現在この装置は全世界のインターネット情報の35%に接続し、それで全学問の分野をカバーし、チューリングテストも合格している。最大300垓の言語モデルを処理できます

後続モデルの実験では、更に多くの情報に接続する予定でね。こいつが、どんな問題も部長に代わって決定する。「どんな問題」でもね

電子音の小さな稼働音とともに、ランダウはそのカートの上の装置を起動した

まさか核ミサイルを発射すべきかどうかも教えてくれると?

それは、経済共同体がまだ破壊していない核ミサイルの発射コードがどれほど複雑かによる

条件が許せば、あなたの決断で世界を破壊することもできます。もちろん、救うことも