Story Reader / 本編シナリオ / 28 星灯宿す氷帝 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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28-3 迫る危機

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九龍

夜航船九龍衆本部

11月9日、16:11、少し前

交渉成立ですか!?

うーん……ハッキリそうとは言えないかも。その件はまだ話し合ってる途中だから……

蒲牢は苦笑しながら駐屯地当直室の椅子に座った。その周りを背の高い者、太った者とさまざまな体型の蒲牢衆が取り囲んでいる

もし清浄地へ移れるなら、毎日こんなに疲れることもなくなりそうだ!

とんでもない、その清浄地とやらに行ったって、戦闘と治安維持は避けられない

私はまだ行ったことがない。ねえ、山洵(サンジュン)さん、清浄地ってどんな場所なんです?

私も貨物の見張りの時に遠くからひと目見ただけなんだ。高くて巨大な青い塔があるようだったが、具体的にどんな場所なのかは入ったことがないからわからない

今もこの浄化塔があれば十分だと思うんだけどな

「清浄地」「保全エリア」「重篤汚染区域」「異災区」……あれだこれだと区域名が日に日に増えて、何の意味があるんだか

山洵さんはわからないでしょうけど、たいそうな名前をつければつけるほど、名付けた人の苦心や功績が高く評価されるものですよ

くだらんな……

実際、蒲牢衆のほとんどが「清浄地」の詳細をわかっていない。九龍の住民と同じで足を踏み入れたこともなく、ただ遠く離れたパニシングがない場所だと知っているだけだ

たまにしか耳にしない場所のことより、蒲牢衆は身近な日常のことに関心を寄せる

夜航船がたまに出航して物資の交易をする時だけ、水夫や見張り番の雑談から大まかな噂を聞くことはできた。だが実際に清浄地に行ったのは、蒲牢だけかもしれない

よいしょっと!

蒲牢はうーんと伸びをすると、椅子から飛び降りて大声で叫んだ

とにかく、この件はまだ決定事項じゃないんです!

やっと空中庭園の書類の山や会議から抜け出したばかりなんですから。今はもう、この話はやめ!

蒲牢は話を続けたくなさそうだったが、とはいえ蒲牢衆の好奇心を完全に抑えることもできなかった

はぁ……

山洵さん、今日はまだ巡回がある?

ああ、ある。この時間は――

年配の蒲牢衆は手持ちの急須を腕の下にギュッと挟むと、手元の古い端末をスクロールした

外灘(ワイタン)から輔城南駅までだ。衛星都市らへんは枳実のチームが担当している

ありがとう

おい、空中庭園から戻ったばかりなのに少しも休まずもう出かけるのか?

政治のつまんない無駄話や公文書の山に押し潰されて、息が詰まりそうなんです。話は回りくどいし歯に物の挟まったような言い方や比喩だらけ……しかも空中庭園のあの狭さ!

やっと家に帰れたんですよ、外に出たくもなるでしょ?

それはそうだが……

じゃあ私は巡回に行ってきますね!何かあったらいつでも連絡を

手を振る蒲牢の後ろ姿は、すぐに人混みの中にまぎれて見えなくなった

はぁ……行くべきか行かざるべきか。言うべきか言わざるべきか。難しいことだ

輔城南駅は九龍貨物輸送の中枢最南端にあり、九龍南部の大陸棚を埋め立てた九龍軍事用衛星都市の最南端でもある。更に南に行けば、九龍の大海があった

すぅ……

蒲牢(ホロウ)

わああああ――ッ!!!

この2週間の疲れや苛立ち、憤りが長い怒りの叫びとなって爆発した。だがそれに答えたのは、ただ果てしない大海の静寂だけだ

ハセンの話では、現在地上で生活する人類の人口比率は、集計できない無数の集団や流浪者を除いて、依然として九龍が相当な比率を占めているらしい

現在、夜航船と九龍環城で生活する人々だけでも、すでに現在の清浄地の人口の3分の1にもなるそうだ

夜航船が停泊したこの数年間で内陸へ派遣されていた捜索隊が、最近になって機械教会の助けを得た。大陸の深部でなんとか生き延びた九龍の人々が、続々と環城に戻りつつある

それ以外に九龍の人々だけでなく、多くの行き場を失った者たちが庇護を求めて、九龍環城や夜航船の港に集まってきている

「難民」という言葉は九龍人には存在しない。代々その土地で生活してきたからこそ、彼らは胸を張り、自分たちは九龍人だということを誇りに思っている

つまり空中庭園の会議で蒲牢が語る一言一句は、彼女と嘲風の背後にいる64万人全員に対する責任を背負わなければならなかった――

???

蒲牢さん!

海岸線の近くで、彼女の叫びに応えるかのように数人の声が聞こえた

わっ、海がしゃべったのかと思った……

青灰色をした海岸の向こうから、紅白の衣装に身を包んだ3人が近付いてきた――

大丈夫ですか?叫び声がしたので駆けつけました

い……いつお戻りに!?

やめなさい!

がっしりとした蒲牢衆ふたりの間に、蒲牢よりも少し年上に見える少女が立っていた

ふふっ

蒲牢さん、危ない目にでも遭いました?

えっ……私が?いえ、大丈夫、何でもないの……

海を見た時って心の声が出ちゃったり、大声で叫びたくなったりしません?

問題はありませんでしたか……では我々は巡回を続けます――

あっ、ねえ

蒲牢は頭をポリポリ掻き、笑って言った

私も一緒に巡回していいかな?

そんなことになっているとは……

つまり、あの清浄地とやらに移転するということですよね?あの天上のやつらも一応は人間らしいところがあったんだ

ふん……

基本的にはそんな感じかな

蒲牢は足で砂浜を無意識にザッザッと掘りながら、ふうっとひと息ついた

もし本当に開放されるのなら、かなり多くの人が船で清浄地へ行くことを選ぶでしょうね

温和そうに見える蒲牢衆が顎をさすりながら言った

何といっても……そこは本当にパニシングがない場所のようですし

そんなことないと思うけどな。パニシングがないからって本当に平和だと思うか?

結局は今日はいがみ合い、明日は腹の探り合いということになりかねない……

私は嫌ですね

えっ?

私たちは外の世界をあれほど長い間流浪し、今やっと九龍に戻ってきたんです。大変な苦労と努力をし、多くの人を失いながらなんとか自分たちの家を守り抜いたんです

ここは私たちの土地で、流れているのは私たちの血です

そんな簡単に去るなんて……

もちろん無理やりみんなを連れていったりしません……本当は私だって離れたくないもの

あなたの言う通り、あの人たちは私たちにまともに向きあうこともなければ、気にかけることもないかもしれない

私たちは自分たちの力でなんとか自分たちの故郷で生き延びることができたけど、多くの人がその日を迎えられなかった……

だけど、九龍を再び離れて清浄地で暮らすかどうかの選択は、みんなに委ねるべきだと私は思ってるんです

蒲牢の足下にできた浅い砂の窪みには、すでに海水が満ちていた

命が脅かされることなく、生活環境もいい。おまけに世界政府の支援まで受けられる……心が動かない訳がない

このメガネ野郎、まさか逃げるつもりか!

寒招が荒っぽく問いかけたが、海風の沈黙が広がるだけだった

あの、意見を訊いてみたいんだけど

私は軍人です。命令に従うことこそ私の責務

蒲牢さんが東と言えば東へ行き、西と言えば西へ行くまで

寒招は自分の胸をドンと叩いた

私は行きたくありませんし、行きません

違う違う、そういうことじゃなくて……この件、みんなはどう思ってるのかなって……

私は……わかりません

わからんだと?

お前――

寒招、やめて

寒招が建衢の胸倉をつかんだ瞬間、枳実が止めに入った

その……すみません、隊長

寒招は怒りで震えるタコだらけの両手をそっと離した

いや、これは私の方に問題がある

本当に……わからないんですから

足下の砂の窪みが次第に深くなり、染み出る水が次第に濁っていく

……私、前に夜航船のみんなを守るって言いましたよね

夜航船に乗っていたころ、私たちの願いはいつか自分の家に帰ることだった

だけどいざ帰ってみれば、周囲の危険はちっとも減らないし、守るべき人もどんどん増えてる

もし……もし本当に必要なら……

一本の手が伸び、蒲牢の袖をギュッと掴んだ

あなたがどんな選択をされようと、私たちはお供します

選択の権利は誰しも持っていますが、その最終的な責任は、私たちにもあなたと一緒に背負わせてください

俺だって!

建衢はただ黙って頷いた

ありがとう……