Story Reader / 本編シナリオ / 28 星灯宿す氷帝 / Story

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28-1 共犯

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空中庭園

科学理事会二部

11月9日、13:17、質問調査会2時間前

こちらがレポートの最後の1ページを閉じた時、アシモフはまだ沈鬱な表情でページをめくっていた

読み終えるのを待ちましょう

九龍の議員だと名乗った杜衡は、アシモフを待とうというようにそっと頭を振った

確かにこの200ページ以上のレポートのほとんどが技術の詳細と統計の数字だ。自分には大まかにしか理解できないが、アシモフにとっていかに重要かは、彼の顔を見ればわかる

まさか……なぜこんな……

アシモフは慣れた手つきでテーブルのコーヒーカップを手に取ったが、いつものように冷静という訳にはいかないようだ

このレポートは誰からの物だ?

旧友……は違うか……悪いけれど、このレポートの出所は内密にするという約束なの

他にこのレポートを見た者は?

……数人しか知らないわ

……狂ったハッカーの手で、こんな狂ったものを作るのは、当然といえば当然よね

ねえ、見えているわよね?

???

ああ……ハッキリと見えている

華胥、機械体、北アジア生命科学と進化研究所……何でもありのごった煮ね

???

華胥が作った万世銘を模倣しようとしたハッカーたちが、北アジア生命科学と進化研究所の脳科学技術まで盗んでいたことはわかっている

彼らはヴィリアーの技術の一部しか知らない。当然、華胥を作り出すことも万世銘を作ることもできなかった

全て借り物の技術ばかりだ。世界を変える技術など、そうやすやすと創り出せる訳がない

でもこれも……新しい挑戦ともいえるかな?

???

頭がおかしいやつらの造物というだけだ。まさか万世銘を信じているのか?

信じるかどうかは重要じゃないわ

私たちの切り札として、生き続けてちょうだい

???

なぜ君がそのデータを残したのかはよくわからないが、我々の取引に影響がないことを祈る

私にはその切り札が必要で、君も私の持っている情報が必要……単に我々は、互いに必要なものを持っているだけだ

いつも政治家を嫌いだと言うわりに、結局は政治家のやり方で新しい計画を立てるのね、バラードさん

目的を達成できればいい

私が思う軍人のイメージそのものね

ウィンターキャッスル……フン、見たぞ

なぜあなたがそういうものに興味があるのか、気になるわ

あなたが世界政府に残した古いファイルを見た。あの極秘ファイル……言動や経歴を見るに、あなたはそういった非人道的なものに興味を持ちそうもないのに

私の原則は常に変わらない。こんな下劣で汚い技術には吐き気がする。だが情報と知識は力であり、権力だ

君は余計なことまで知る必要はない

いいわ。じゃあ、私が欲しいものはいただけるのかしら

…………

まさか迷ってる?プロファイルにあった性格と、ずいぶん違うようだけど

そちらが裏切るのでは、と思っている

空中庭園全体を揺るがす衝撃的な秘密と引き換えにあなたを裏切るなんて、こちらの損失が大きすぎる

このレポートは私が安全情報局で働いていた頃からすでに進行中だったものだ。だが、私にはこれ以上に重要な目的がある

世界連合政府安全情報局のやり方については聞いたことがあります

でもあなたもご覧の通り、私は空中庭園では九龍の者だからと排斥され、九龍では政府議員だからと排斥される。家族もいなければ子供もいない……

そのことについては、あなたもすでに調査済みですね?

……このレポートが君の手に渡り、真価を発揮することを願う

空中庭園内部の世論と民意を爆発させれば、私もより仕事がしやすい

もちろんです、バラードさん

これぞ協力関係ね

情報源と私を除いて、あなたたちふたりしか知らないわ

その話はまた後で

……そんなことより、このレポートが何を意味しているかわかっているか?

冗談じゃない……数十年の嘘が……

我々が今知っている全て、文明を豊かにする技術、その全てが嘘にまみれていた……

彼は持っていたコーヒーカップをぎこちなくテーブルに置いたが、その両手がぶるぶると震えていた

アシモフは先ほど口にした授格者の名前に気付かなかったらしい。更に話していることが支離滅裂で、彼にしては珍しいことだった

ああ……すまん

こちらがアシモフの腕を掴んだことで、ようやく彼は言葉にならない恐怖とショックから我に返ったようだ

アシモフはテーブルの横に座る自分と杜衡を見回したが、その視線はまたすぐに本のように分厚いレポートの上に舞い戻った

これは科学理事会によるゲシュタルト計画開始以降、最後のグレート·エスケープまでの全計画概要と分岐の詳細な記録だ。このレポートはさながら系統樹だな

俺たちにとってお馴染みの地球上の全生命も、その全てが系統樹の一部であるのと同じようにな

ウィンターキャッスル、ウィンター計画にクティーラ計画、意識海と逆元装置、Ta-193コポリマー……華胥や万世銘、珍しい亜人型構造体計画……それだけじゃない

移民艦としての空中庭園を含む宇宙飛行計画、資料すらない「機械意識実験」、更には俺も初めて目にする、数え切れないほどの技術の詳細が含まれている

その全てが進化系統樹の「分岐」と「葉」を構成し、俺たちが今熟知している事柄の全てを決定しているんだ

一部の技術と事柄はいくつかの特殊技術と年代を分岐点にして、前の分岐から更に枝分かれして「葉」となっている

そう言いながら、アシモフはテーブルの上のレポートを開いた

例えばここだ。「非人道的な人体実験に対する科学理事会研究倫理委員会の内部通告」――

「……科学理事会倫理委員会と科学理事会の決定に基づく説明は以下の通り:

科学理事会は一貫して非人道的な人体実験に反対する。

これは人類文明の進化と数千年にわたる科学的倫理を礎とする人間性に符合するものに他ならない

いかなる団体、組織、機関、個人であれ、強制的または非強制的な手段を用いて、

科学理事会の許可を得ていない生体、または非生体の人体実験への参加を人間に要求してはならない

このような実験に関与した科学研究部員は、以後科学理事会から承認を受けられず、かつ除名される。

科学理事会もまたこのような実験の禁止に努める

……バーナード·ゴドウィン博士は、人類の道徳的な一線を大きく越えた非人道的実験を私的に行った。

上記の合意に基づき、博士を除名する……

世界連合政府が公認された実験への死刑囚の参加を許可した件については

我々科学理事会は一貫して意見を保留する……」

これは内部通告だ。外部には公開されていない

思うにこの内部文書は、世界連合政府が認めた凶悪犯罪の死刑囚を用いた人体実験法案に対する、科学理事会の反発を示している

俺にも九龍地区で一度、非人道的な人体意識実験が発覚した記憶がある。その時も理事会が非難声明を出したが、あの事件はここに記載されている日付よりもずっと後だった……

九龍の人体意識実験……意識海と人工知能技術を流用した負屓研究所の事件のこと?

ああ、そいつだ

あの事件は、私が政治の世界に入る前にすでに終わっていたはず。曲が自ら、科学理事会と協力して処理した覚えがあるわ

ああ。その合同裁判は世論から相当な批判を浴びたと科学理事会の記録にもある。だから俺はそれ以前に、科学理事会内部では該当実験が許されていたのだと思っていたが

だが……この通告はウィンター計画とクティーラ計画よりも先に記載されている。しかもその時期は、合同裁判よりもずっと前だ

その通りだ

最初は理解できなかった。科学理事会がウィンター計画の存在を知らないはずがない。だが当時の理事会が自身の体内でこんな寄生虫を育てることを許すはずがない、と

だがしかし、どうやら……くそっ

……この通告こそ、ウィンター計画とそういった非人道的な実験の発端だよ

除名は科学理事会で最も重い処罰だ。どの科学研究部員も科学理事会の承認なしには資金や支援を得られない。嘲られ、科学者としての尊厳も失うことになる

まるで中世の宗教的な罰だわ……

似ている部分はあるかもしれないな。だがこれが、確実で効果的な方法なんだ

少なくとも当時から、科学理事会は薄汚い寄生虫を排除しようとしていた。だが結局は、放逐された蛆虫たちが自分たちを養ってくれる腐肉を見つけることになった

アシモフはこちらを見て何かを察したように頷き、黙り込んだ

黒野ね

ああ

アシモフは200ページを超す記録ではなく、森の木のように立ちすくむ1000もの人類道徳という人間が、次々と殺戮されるさまを目にしたかのように、顔をしかめていた

つき合わせてみれば、黒野が飼っていた科学研究部員の半数は、当時の科学理事会から追放された者たちだ――少なくとも、俺の記憶にあるいくつかの名前はそうだ

木と同じだな。彼らはこの分岐点から枝分かれした、他より少し太い一本の「枝」にすぎない

例えばこの太い枝の先にあるのは、空中庭園の理事会データベースに一切記録されていない「機械意識実験」――

「実験日誌、総括08221号……

今日MPA-01から、機械に魂は存在するのかと訊かれた

正直、私はその問いにどう答えればいいかわからない

いわゆる魂とは、周知のように存在しない超自然現象だ。だが、その事実自体はまだ客観的に証明されていない

言い換えると、まだまだ未知の部分が存在する機械において魂の有無は、判断できないことになる

自分が理解していないことや徹底的に研究できていない対象について、結論は下せない

だがもし、本当に機械意識なるものが存在し、あるいは自ら発生するのだとしたら

機械も数千年前の古代ギリシャ人のように、自分の体内に流れるものを魂だと感じるのだろうか?

ともあれ私は、MPA-01やMPL-00が未来への正しい鍵であると信じている

第三開発部から分かれ出た我々古株たちは、皆そう思っている

理論から証明できるまでにヒッグス粒子は48年、ブラックホールは54年、重力波は1世紀を費やした

もしこの問題が今の我々に解決できなくとも、後に続く者たちがいる。

後輩たちが解決できずとも、まだその後輩の後輩が……」

ああ、その自我意識を持つ機械たちも科学理事会から生まれたものらしい。このレポートに記載された機械の型番が重要な手がかりになりそうだ

その機械たちのルーツを理解すれば、文明とその機械自体に対する俺たちの認識が、根底から覆るかもしれん。その機械たちがすでに相当規模の組織を形成している可能性もある

それは今一番重要なことじゃないわ

杜衡はアシモフの思考に割って入った

今知っておくべきは、この内容全ての核心が何であるかってこと。このレポートの情報に隠された何かが、私たちには見えなくてもあなたには見えるはず

アシモフはやや不愉快そうにレポートを閉じ、長々とため息をついた

明らかに――

再度アシモフの言葉を遮りたくはなかったが、そうするべきだと判断した

[player name]……

最初は九龍への支援計画のために、これで空中庭園議会から絶対的な支持を得ようと――駆け引きの手段にしようと思っていたの

だけど今、私にはそれ以外の手札もある。たぶん……空中庭園にはこのレポートに政治家たちよりも強い関心を抱く人物がいるはずだわ

それにグレイレイヴン指揮官、そして科学理事会の首席技術者さん、あなたたちだって今日までの人類史の背後にある真実を知りたいでしょう?

そうね、仰る通り政治とは汚いものです。私も自分が正直者だと思ったことはないわ。あるいは、とっくの昔に政治が私から正直さを奪ったのかも……

だからこそ純粋な科学や直接的な戦闘では成し得ないことができる。この世界は常に白黒ハッキリしている訳じゃない

彼女はニッコリ笑い、ここがカジノテーブルであるかのように、手札を自分とアシモフの前にぐいと押し出した

このレポートをあなたたちに渡してお任せしてもいい。だけど、それには条件がふたつあるの

第一に、真実を突き止める手助けを頼みたい。これは監察院が九龍に対して行う特別な質問調査に関わることなの。私は夜航船にこの質問調査の許可を得なくちゃいけない

直感だけど、監察院のあの行動の原因はこのレポートじゃないと思う。だとしても彼らの出発点は同じはず

第二に、このレポートを外部に公開するなら――もちろんそうするでしょ?十分な確信を持って全てが収束したあと、大衆に公開してほしい。彼らにはこの歴史を知る権利がある

それだけよ

別に信じなくても構わない。もうこの世に私を信じている人は、ほとんど生き残っていないし。でも、私はあなたがこの事実を信じてくれると思ってる

ましてやあなたとアシモフは、同じ蓮の葉の上の虫でしょう?

(どういうことだ?)

アシモフは問いかけるような目つきをこちらに向けたが、すぐに杜衡の言葉の意味を察した

ウィンター計画のことを言っているのか

まさか、とんでもない

目の前の九龍の女性は、突然くすっと笑った

比喩ですよ、比喩

…………

このレポートが公に出てしまえば、その影響は計り知れない

議会だけでなく、科学理事会や軍も市民の信頼を失う可能性がある。将来的には構造体、機械体、ひいては昇格者に対する人々の態度にも予測不能な変化が起こる

これは空中庭園全体の世論を爆発させるのに十分な大型の起爆剤だな。議会が糾弾される未来が俺には見えるようだ

アシモフは分厚いレポートの上に手を置いた。その姿はまるで史実にある、神に誓いを立てる聖職者――その目には、全てを断ち切る勇気が宿っていた

だが……過去の過ちも認めず、傷の下の腐肉を完全に取り除くこともしないままなら、人類も我々も未来へは進めない

人々には真実を知る権利がある

じゃあ、合意ってことでいいのね?

こちらを見たアシモフと、互いに心を決めたように頷き合った

その条件に応じよう

では、どうぞ

杜衡はレポートの上に置かれたアシモフの手に視線を落とした。アシモフはその厚い「歴史書」を再びめくり始めた――

アシモフ

黄金時代以前、科学理事会は単に世界中の科学研究者たちが自発的に結成した国境なき組織だった。あまりに昔すぎて記録も少ないから確かめる術がないがな

アシモフ

その頃、人類は歴史の循環から抜け出せず、歴史的な「大停滞」に見舞われていた。自然科学は停滞、社会科学の指針も不足し、代理戦争は世界戦争へと変化……

それは真の意味での「暗黒時代」であり、人類は限られた未来の中を力なく歩くことしかできなかった

当時、初期の理事会はまさに中世からある宗教組織のようなものだったらしい。ただ違うのは人々は宗教ではなく、科学と進歩の旗の下に集まったということだ

その後……最も古い記録によると、民間の低温核融合技術の普及と「材料工学の爆発的発展」の頃、ドミニクが初期の科学者たちをまとめて今の「科学理事会」を設立した

最終的には科学という松明が、泥沼のような時代を再び照らし、新しい溶鉱炉に火を焚べ、人間性の希望と無限の未来という黄金を鍛造したんだ

アシモフ

その後はもう知っているだろう。めまぐるしい進化を遂げた時代のことは、もう全て空中庭園の教科書に書かれているからな

以前は、構造体技術がなければ人類の文明はとっくに終わっていたと思っていた

だが、輝かしい時代の影には多くのものが隠れている。それには最も核心的な物も含まれる

レポートが教えてくれた。この巨大な系統樹の「根」こそ、俺たちが今知る全てを構築する「基準点」だ。だがこのレポートは「根」に関する情報を意図的に「スルー」している

アシモフ

意図的に曖昧にされた核心と「根」、それがゲシュタルトだ

「ゲシュタルト計画」……自然科学から社会科学に至るまで、世界中の叡智と才能を結集した人類の野心的超大型計画だ。1年で小型の宇宙艦隊を作れるほどの資金も費やした

今となっては、空中庭園ひとつが消えたところで――

いや……

10個の空中庭園を爆破したところで惜しくはない。条件さえ整えば、新しいものを作るのは容易い

だが、ゲシュタルトはそうはいかない

我々は構造体の運用の判断や逆元装置のパラダイム出力、空中庭園の生命維持システムや飛行インジケーター、36基の低温核融合炉と宇宙兵器のエンジンの制御等に活用している

理論上はパニシングのリバースエンジニアリングまでもが可能だ。いうなればゲシュタルトは……万能で無尽蔵のブラックボックスだ

現在の我々の技術ではゲシュタルトの半分の内容と機能しか突き止められない。だがその半分の機能だけでも、俺たちが現在生きるのに必要な全てを賄える

実はゲシュタルトにはまだ完全に解明されていない部分が多くある。それが「ブラックボックス」と呼ばれるゆえんだ

そうだ

ウィンター計画やクティーラ計画、構造体や意識海技術、そして華胥やその他もろもろの全ては「ゲシュタルト計画」の「根」から生えた葉や幹にすぎないんだ

ただし、この偉大な計画が実行された当時、人間の道徳心はまだ今のように堕落してはいなかった……

あたかも当時のことは全てが正しかったというような物言いね

……

アシモフは何も言わず、レポートの表紙にアラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語の6言語で書かれたある名前を指でなぞっていた――

ドミニク

あの時代が本当に懐かしいのは、秩序や富、平和ではなく、進取の精神に満ちていたからだ……

要するに、このレポートの角度から見れば、問題の核心はゲシュタルトにある可能性が高い

ゲシュタルトにはまだ未知の部分も多いと言っていたわね?

ああ、それは議会も承知だぜ

グレート·エスケープでゲシュタルトの重要な説明文書が多数失われ、ゲシュタルト自体の制限もある。今俺たちが「使える」機能は、黄金時代の約半分ってところか

彼は首を振った

使えない、あるいは我々では正しいアクセス方法を見つけられないだろう

だが「ユートピア」事件の後、ゲシュタルト内の比較的古い文書記録をなんとか発見できている

アシモフはそう言いながら手元の専用端末を開き、ある1枚の写真を表示した

それはやや黄ばんだ古い紙の文書で、中央上部には科学理事会の紋章があり、その下には紺のインクでこう書かれていた――

「本日より、九龍より■■■博士を召喚し、科学理事会第三開発部の責任者に任命する」

特異なのは、この移籍命令のような文書には発令者の名がなく、更に対象となる重要人物の名前が黒く塗りつぶされていることだ

九龍の?

もう一度これを見てくれ

アシモフは再びテーブルの上のレポートを開き、先ほど読んだ実験日誌を指差した――

「……ともあれ私は、MPA-01やMPL-00が未来への正しい鍵であると信じている」

「第三開発部から分かれ出た我々古株たちは、皆そう思っている……」

現在の科学研究一部や二部と同様に、科学理事会の傘下にある研究部だったとか

ゲシュタルト開発初期には、科学理事会内に第三開発部が存在していたけれど、開発完了後にその開発部は綺麗さっぱり解体された

それを聞いて、アシモフは言葉も出ないというように唖然としていた

……どこでそれを知った?

それは重要じゃないでしょう

杜衡はアシモフからレポートを取り上げ、実験日誌の日付を指して話し続けた

もしこの実験日誌が「第三開発部から分かれ出た」研究員によって書かれたものなら、この日付の時にはすでに第三開発部が解体されていた可能性がある

この日付はかなり後期のものよ。そして、ゲシュタルトの開発完成後でもある

確かに、科学理事会は特定の開発部を立ち上げても、計画完了後はすぐに解体する慣例がある

この第三開発部は……当時、科学理事会がゲシュタルト開発のために設立した特殊な開発部だった可能性が高い

業務が一致しないからだ

常設の一部と二部には明確な担当分野がある。黄金時代以来、一部は理論と基礎科学、二部は更に多くの天体物理と宇宙工学を扱っている

ゲシュタルトという人類の知識システム全てをカバーする大仕事を、一部と二部の開発部で全て請け負うなど不可能だ

まだ断定はできないが……「ゲシュタルト計画」は新しい第三開発部が請け負っていた可能性がある

結論づけることはできないが、それでも有力な証拠にはなるな

今はまだわからん

その人物が誰なのかも、現時点では謎だ

…………

アシモフとともに杜衡を見て気付いたのは、彼女の目の奥深くで渦巻く疑念だった

あなたの考えていることはわかるわ

ヴィリアーね

彼なら大型プロジェクトを担えるだけの頭脳がある。それに、九龍中央大学で博士号も取得している

だけど第三開発部の責任者が彼である可能性は低いわ

俺は[player name]の任務報告書でその名を見ただけだが

能力的には、華胥の設計者ならゲシュタルトに関する仕事なら確かに適任者だ

そう?その観点から見れば、彼は空中庭園を墜落させる主犯のひとりになりかねなかった訳ね

最近、ゲシュタルトは数年前と同じく外部から何らかの攻撃を受けたそうじゃない。監察院もそれを利用してことを進めているんでしょうね

まったく……今はその話をする時じゃないぜ

前回、華胥がゲシュタルトに侵入した時は条件コードを残していた。俺も最近の外部からの攻撃への逆探知は議会にしっかり報告した。現時点では華胥の仕業だとは判断できない

杜衡は長いため息をつき、首を振った

ともかく、今は私にも華胥の行方はわからない

でもひとつ目の条件について、ゲシュタルトに関していうなら……もし監察院がゲシュタルトを調べているとしたら、気をつけて

監察院の腕前と力は、首席ふたりと普通の議員ひとりごときで抵抗できるものじゃない

それにだ、真相が明らかになる前にこの問題が政治に左右されるのを、指をくわえて見すごせん

ダメよ

今日の質問調査会で、議会がこの九龍に関する議案を可決するのは間違いない

その後、外交院は軍と協力し、軍事支援代表としてグレイレイヴンとストライクホークを夜航船と九龍環城へ派遣するはず

杜衡は頷くだけで何も言わなかった

いつもそうだ。何かコソコソ汚いことばかりしやがって

それこそがふたつ目の条件よ

空中庭園でこの件を成し遂げられるのはあなただけ、アシモフ

アシモフも何も言わずに頷いた

ヴィリアーとあの九龍の研究員については、私ももう一度調べてみます

それでも駄目なら、残る希望は万世銘――

あの授格者、まだ生きているのか!?

……ええ

あまりに時間が経ちすぎて、記憶から「九龍の首領」の最後の面影を思い出すのにしばらく時間がかかった

人の命はいつか散り、機械もいつか動きを止める。世が無常であるからこそ、価値ある地球の全てを、この九龍に集め、保全すべきなのです

地球の灯りが潰え、闇が全てを覆いつくしたとしても、この地は永遠に輝き続け、いつか時空を超えて訪れる者たちのしるべとなるでしょう

恐竜の化石のように、未来の何者かが「人類」の痕跡をたどるための「万世銘」を残す。それこそが九龍の役目なのです

そうです。それゆえに、あらゆる争いは無意味。美しき死を受け入れずして、誰が地球の統治者といえましょうか

私は悟ったのです……「万世銘」を残すためには、一度誰かがこの世界を終わらせなくてはならない

そこまで来ている昇格者のための出迎えでしたが、構いません

地球の終焉はもはや定められた未来。誰が最初の礎になるかは些細なことです

あなた方の「歴史」の幕を……私が直々に下ろしてあげましょう

あの戦い、そして新生と別れの面影を――

ルシアが初めて鴉羽の機体を使ったのは、あの時だな……

当然、違うわ

だからこそ万世銘も続いている

「万世銘計画」もレポートに取り上げられている。「生命体の生理、意識データ及び全世界の資料を全て書き写し、完全かつ内包する文明級のデータ環境を構築する」……

正確とはいえないけどあながち間違いでもないわ。確かに万世銘は、地球文明全体をデータ化して保存する計画。完全コピーした別の地球を作ることも理論的には可能よ

だがそんな世界なら……生命など存在しないだろう

万世銘に生者はいない

まるで墓場じゃないか!

無意識に手を握りしめる。ギュッと張りつめた革手袋が、自らの抑えきれない怒りを代弁していた

だから最初に言ったでしょう。曲の話はまた後でって

曲に代わってあなたとルシアに謝ることはできないけど、今の九龍があなたたちに悪意がないことは保証する

九龍も曲も万世銘も、あまりに複雑な歴史がある……

私だって、その原因をここで余すところなく説明するなんてできないの。でも近々、曲から直接聞けると思うから

そう言いながら、杜衡は椅子から立ち上がった

私は政治家として生涯を過ごしてきたから、虚偽や嘘はもう日常なの。でも時に真実はあまりにも脆くて、多くの嘘で守らなければならないこともある

あなたたちに認めてもらおうなんて微塵も思ってない

でも約束だけはしてもらうわ。この真実は……然るべき時に、必ず公開しなければならないってことを

言われなくてもそうするさ

今、曲がまだ存命だという事実を公表すれば議会でも混乱が起きるでしょうから……それはひとまず秘密にしておいて

テーブルの向こうから、杜衡はこちらに枯れ枝のように細い手を差し出してきた

一瞬ためらい、立ち上がってその手を握り返した

じゃあ今は……お前も同じ蓮の葉に乗っかった虫という訳か?

いいえ

私の命は九龍という細い糸に繋がれているの。生きるも死ぬも、それ次第