通信を切ると、ラミアはしばし本来の姿に戻った。彼女は自分の人間のような両足を見ながら考え込んだ
……孤児院
アトランティスにいた頃、彼女は一刻も早く孤児院から出て、本当の世界を見ようと何度も何度も考えていた
でも離れたその後は?
運に賭けてみる?
まともな孤児院に送られて、酷い実験にも巻き込まれない方に、賭けてみる?
…………
あんな生き地獄に引きずり込まれるなんて、さっさと死ぬ方がかえって楽だよ
不幸にも生き延びてしまえば、10年以上が経っても実験のトラウマに苛まれるでしょうね
だから私には……彼らと比べれば昇格者の方がまだマシに思える
彼女は苦笑いしながら、ラミアが自分の姿に変わるさまを見ていた
記憶をたどりながら、ラミアはぼんやりと廊下に沿って歩き続けていく
ガブリエルが消えてしまっても、彼女は残念とも思わなかった
ロランとαがルナのために奔走していることにも、彼女は慣れてしまった
よく連絡を取り合っていたあの人間も、自分はもう願いが実現したからしばらく連絡しないと言ってきた
リリアンもそうだ。前より安全な場所を手に入れた
彼女と何らかの関係性があった存在はそうやってひとり、またひとりと離れていった
…………
ラミアはため息をついて、壁の側にうずくまった
これからの調査をどうすればいいのか途方に暮れた訳ではない。ただ少しだけ、現実逃避をしたかった
この廊下の向こうには大量の赤潮があり、極めて高い濃度を持つパニシング集合体がうじゃうじゃいるのを察知していたからだ
どうやって赤潮を取り除いて、探しているものを露わにすればいいのか。それにあの何も知らないふたりを、どうやってここに呼び寄せればいいのか……
疲れた……
こんな危急の状況でなければ、彼女は知らない場所にとっとと逃げ出し、空と海を眺めながら妄想をしてのんびり過ごしていただろう
でも今はまだ休んじゃダメだ……方法を考えないと……
そう決心したものの、体がなかなか動かない
ラミアはまたため息をつき、「リリアン」として受け取った端末と、それを持つ「人魚」の手を見つめた
…………
ここには多くの危険が潜んでいる。グレイレイヴン指揮官の言う通り、今は協力して惑砂を倒さないとここから逃げられない
自分はリリアンとして協力関係を築き上げたが、それは結局のところ、嘘なのだ
この嘘をどれくらい維持できるだろうか?全てがバレれば彼女は両陣営から攻撃されてしまう
はぁ……
こういった身の置きどころがない感覚を、彼女はよく知っていた
『小さな人魚姫』の人魚姫と同じだ。魚の尾を捨てて人間の国に行き、豪華な宮殿で暮らしたとしても、それは自分のものにできる経験ではない
人魚姫……?
そんな美しいたとえはふさわしくない。今の自分は「人間の群れに紛れ込んだ孤独な猿」のようだとラミアは感じていた
…………
そう考えると、ますます動きたくなくなってしまった
端末をなくしたフリをすればいい。このまま8mgの物憂い乙女心と、2mgの精神的な疲れに浸って、もう少し休んでいよう
誰も見ていないというのに、ラミアは手を抜かずに自分の調査を進めていた
誰も見ていなかったが……
……?
静かな廊下に、微かに風が吹きこんでいる
こんな場所に、どうして風が?
風が吹いた方を振り向いた時、廊下の先に――
――悪夢のようなある姿が現れた
見ィ――つゥ――けェ――たァァァァ!