Story Reader / 本編シナリオ / 26 クレイドルパレード / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.

26-1 「ゆりかご」を屠る

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頭脳を持つ人なら、誰もが覚えているであろう。目の迷いにはふたつの種類があり、それぞれ異なる起因がある――

ひとつは光から暗闇へ転じた時、もうひとつは暗闇から光に転じた時だ

頭脳を持つ人なら誰しも、この状況は魂にも起こりうると信じている

この事実を理解している人は、魂が迷って物事がわからなくなってしまうのを見ても、無暗に嘲笑したりはしない

彼らがその魂にまず問うことは、光の中から来たのかどうかなのだ

暗闇にまだ慣れていないのか、あるいは暗闇から光の中に入ったばかりで……

……光の眩しさに目がくらんでいるのか、それを問うのであろう

――プラトン『国家』

――1節――

4月1日、エイプリルフール。運命はグレイレイヴン指揮官の失踪という、残酷な冗談を仕掛けた

空中庭園へ戻る途中の輸送機が襲撃され、機体の全応急システムが破壊された。破損を免れたかに見えたパラシュートも、いざ展開してみると大穴が空いていた

人々から称賛されていた「人類の英雄」は、汚染された川へ、まさに「どぼん」と墜落した

人々はすぐに捜索隊を結成し、その川を浚い尽くし、事故に関わった全ての者を調べ上げた。だが彼らが捜す人物は依然影も形もなく、手がかりひとつなかった

以上

失踪事件からどれほどの時間が経ったのか……

窮地に陥ったその人間は、ついに長い昏睡から目覚めた。そして残酷な未知に、たった独りで直面していた

脳がまるで水を含んだスポンジのように重く、頭を持ち上げることもままならない。記憶もぼんやりと混濁していた

体はというと、古ぼけたイスにきつく縛りつけられて動けない

いくらあがいて叫んでも返事はなく、仲間や戦友は誰ひとりとして側にいない

ここは閉鎖された病室らしい。閉ざされたドア以外、出入口は見当たらない。床や医療器具にこびりついた血の跡が、過去に何か惨劇がここで起こったことを物語っている

突然、ドアの鍵を解錠する音が聞こえ、華奢な姿の人物が入ってきた

やっと起きたね。ボクの予想よりずいぶん長く昏睡してたけど、大丈夫?

彼はほぼ未調理といった状態の魚を目の前のテーブルに置きながら、すぐ側にいる人物を心配そうに見つめた

惑砂(わくさ)

最初はね、あなたを構造体にしようとしたんだ。ボクたちの計画にとって、合格者の種になれるのは構造体だけだから

でもあなたはずっとその提案を断ってきた。だからボクたちも強引な手段を取るしかなかったんだ

でもほら……あなたはかなり長い間昏睡してたんだけど、今もまだ人間のままでしょう?

その理由、わかる?

惑砂(わくさ)

あ、わかってるみたいだね

グレイレイヴン指揮官、人間から英雄の名を与えられたあなたは――Ta-193コポリマーの適応性はなかったみたいだよ

惑砂(わくさ)

あなたは一度もこの件を誰かに話していないようだし、訊かれても否定しなかったようだね。それはなぜ?

空中庭園の「仲間」から聞いた話だと、ビアンカとリーフは特化機体の影響で未来の演算を見たらしいけど

そういった未来の演算においては、あなたはいつも「人間として」死んだらしい。彼女たちはそれについて一度も疑わなかったのかな?

なぜ皆にこのことを言わなかったの?心配されたくないから?それとも命令されて?

惑砂は表情を見ようとして、ちらりと目を上げた

そう落ち込むな。適応性など最後の保険みたいなものだ。指揮官にはマインドビーコンのシンクロ率と身体的素質こそが一番重要なんだ

だがそれでも前線に出たいと言うなら、この適応性の結果については黙っておくべきだろうな

前線の指揮官には高い確率で危険が伴う。指揮官を全うした者のほとんどが適応性を持っていた。任務数が少ない時には、適応性のない者が「配備」される

例えば簡単な任務や、安全な後方任務を任せるとかだ――シーモンにはそういった手配をしているが、お前はそれを望んでいないだろう

適応性報告をすり替えるのは、別段珍しいことじゃない。だがそのほとんどは前線に出たくないがために、適応性ありをなしに変えている

指揮官の育成には大変なコストがかかる。偽造がバレても、処分はごく軽いものだ

……じっくり考えることだ。これはお前の「逃げ道」にも関わることなのだから

人は老い、負傷し、手足を失う。ずっと若いままで戦場を駆け回れる者などいないんだ

これは個人の覚悟や理想とは無関係の話だ。最初から戦場で死ぬつもりがない限り、だが

報告書を偽造したくないなら……そうだな、言った通り、司令部で働くことも考えてみるといい

惑砂(わくさ)

アシモフはこの件を知ってるね?彼はあなたのために秘密を守ることを選んだんだ

人類の英雄なのに構造体にはなれない。つまりあなたの立場は永遠に人間から変わらないってことだ

すでに今の空中庭園には構造体にも人権があるという思想が広まっている。あなたに適応性がない事実を知れば、多くの一般構造体の支持を失うかもね

だってあなたを頼るより、クロムみたいに両方を兼ねられる存在に頼る方がいいでしょ?

ああ……でも彼はもう構造体になってるんだった。あなたとはまったく真逆の道を歩いているんだよね

惑砂(わくさ)

ボクはね、あなたたちが「離反者」と呼ぶ人たちと……色々話したんだ

このことって、どれ?アシモフがあなたの秘密を知らないこと?それともアシモフは空中庭園の政治的立場に無関係ってこと?それともその両方?

そう……そうかもね。ボクの空中庭園に対する理解のソースはほとんど「離反者」から聞いた情報だし。彼らがいい情報を話すとは限らないよね

惑砂(わくさ)

ボクたちはね、適応性のない人をどうやって意識海に転化できるかをずっと研究してきたんだ

惑砂(わくさ)

正しくは、意識海みたいな形態に、だけどね

構造体の機体交換を見たことがあるなら、頭部と躯体から分離した「物質」も見たでしょう?そこにボクたちの「魂」がある――少なくともボクはそう思っている

そんな形態になってしまっているのに、自分と似ているだけの機体で完全な自我を保つなんて……とても難しいことだと思う

亜人型の構造体や、あるいは自身を昇格ネットワークに繋げて膨大なデータを受信する場合は……更に困難になるはずだ

それらができる人は、通常、より美しい脳――強烈な感情と自我認知を持っている。それこそまさにボクが欲しているものだ

意識海が安定している者だけが、クティーラから完全に産み落とされる

惑砂(わくさ)

あなたはもう彼女を見たことがあるはずだ。まあ正しくは、彼女の縮小レプリカのゆりかごだけどね

あの時は確か、「異重合母体」と呼んでいたっけ

彼女はボクたちのために赤潮の中から類人を産み出し、双子も産んでくれた

赤潮の海への流入実験で、双子の体に構造体の意識海を植え込むことも可能だと証明できた

全ての準備が整った段階で、参加志願者はたくさんいたんだ。だけどクティーラから完璧に産まれた者はほとんどいなかった

惑砂(わくさ)

うん、死を乗り越える新人類になってほしいんだ

怪物?怪物なんかじゃないよ。あなたはただ死を乗り越え、再構築されるだけ

あなたが構造体になれるなら話は簡単だったのに、本当に残念だよ。でも大丈夫、まだボクらには別の手があるからね

彼はこちらの腕に刺さっている点滴を指さした

惑砂(わくさ)

その薬剤も僕たちの研究成果のひとつだよ。毎日注射する必要があるけど、あなたはあと1回注射をすれば適応性が生まれるはずだ

惑砂(わくさ)

違うよ、異合生物との適応性ってこと

確かに都合のいいことだけど、あなたの望みとはちょっと違うかな。これはあなたに異合生物との適応性が生まれるだけ

人間がそのまま赤潮に入れば、赤潮に引きちぎられ、バラバラのピースになって他の人のピースとごっちゃになるだけなんだ

そんなことをしたら、あなたという素材がもったいないってあの方が言ってた

だからあなたが異合生物との適応性を備えれば、「ここで」よりクティーラに受け入れられ、より完璧な状態で産まれることができるよ

惑砂(わくさ)

あ、そうだ。もう何日も食べ物も栄養剤も与えてられてないよね。これでもいかが?

彼はフォークを魚の肝に突き刺し、差し出してきた

惑砂(わくさ)

もともとあの方のために用意したんだけど、しばらく来れないらしくって

惑砂(わくさ)

毒入りだとでも?大丈夫、危害を加えたりはしないよ。計画に影響が出るのはあなたがここから逃げたり、計画の成功前に死んでしまった時だけだから

逃げたいと思ってるよね?でも腹ペコでしょう?まずは体力をつけた方がいいよ?

惑砂(わくさ)

ふふ……愛してるんだ、グレイレイヴン指揮官をね……あ·い·し·て·る

惑砂(わくさ)

なら、あなたが最後の注射までちゃんと生きているため、とでも思っててよ

実はね、あなたの知らないところで「ボク」は、ずっとあなたを見ていたんだ。任務がなければ、ボクは本当に……あなたともっと別のことをしたかった

それとも……人々から讃えられる「英雄」様の魂は、昇格者からの愛を信じられないほど孤独なの?

惑砂(わくさ)

大丈夫……孤独を感じるのは当たり前だよ。聖人だって、高尚すぎて理解されない孤独に陥るんだし。あなた自身の強さがどうこうという問題じゃない

ボクが愛していると言ったのは本当。愛しているからこそ、この計画を成功させたいんだ

あなたを最後の注射の前に死なせる訳にはいかない。意識を保つためにも、ちゃんと食べて

惑砂(わくさ)

窮地から逃げ出す、それは最も強烈な感情と自己認知を刺激するゲームだ。あなたの目覚めが遅くなるほど、あなたの意識海の安定度も下がっちゃうし

魚だって、生きてる時が一番食べごろなんだよ

彼は手にしたフォークをまるでルアーのようにゆらゆらと動かした

惑砂(わくさ)

最後の注射をすれば、あなたに残された命は48時間のみになる。空中庭園に戻れたとしても、彼らにあなたを助ける技術があるとは限らないでしょう?

その48時間の間に、あなたは自分の血と肉の体が爛れていくのを感じるだろうね。しかもこの薬には、強烈な副作用があってね……

惑砂(わくさ)

痛覚が普段よりずっと鋭敏になっちゃうんだ……ごめんね、これだけはボクもハイジもどうにもできなかった

鎮痛剤を打つことも考えたけど、「成果」の品質に影響するからね

なんといっても痛覚は意識を維持する一番の手段でもある。構造体の改造手術の時だって、意識海と本人をシンクロさせるために痛覚を保っているでしょう?

最後の注射を打ったら、あなたは爛れていく肉体の痛みに耐えられず、ギブアップするんじゃないかって心配なんだ

惑砂(わくさ)

さあ、魚を食べなよ。シーニンフがせっかく捕ってきたんだから。無駄にしちゃダメだよ

惑砂(わくさ)

うん、クティーラの子供。もうすぐ彼女たちに会えると思うよ。さあ、食べて

惑砂(わくさ)

はあ、本当に自分の立場がよくわかってないんだね

突然、魚の肝が刺さったままのフォークで手を突き刺された。骨をえぐる激痛とともに、心にまで激痛が走る

惑砂のいう「最後の注射」はまだのはずなのに、すでに痛覚がどれほど鋭敏化されているかがはっきりわかった

惑砂(わくさ)

すごい。叫ぶのを我慢できてる

彼はゆっくりと手首を動かし、フォークを突き刺した傷口をぐいっとひねった

倍増した痛みに思わず体が震え、テーブルにぶつかりそうになる

テーブルの汚れた表面に目をやると、そこにはたくさんの小さく窪んだ傷跡が残っていた

ここで一体何が起きた?一体どれほどの人が自分と同じ目にあったのだろう?

惑砂(わくさ)

ごめんね……ボクはただ、あなたに自分の体の状態をわかってほしかったんだ。これから何をするにも、もう少し自分の体を大事にするようにね

あ、そうだ。お詫びにひとつだけ質問に答えるよ。嘘はつかない。約束する

惑砂(わくさ)

信じないなら訊かなくても、ボクは別にいいよ

その質問を聞いて惑砂はただ鼻で笑っただけだった

惑砂(わくさ)

そんなに知りたいなら、自分で確認してみたら?

でも、痴漢行為で捕まえるけど

惑砂(わくさ)

うん、じゃあお詫びにもうひとつ質問していいよ

惑砂(わくさ)

そんなことを訊くとはね……

言わせてもらうと、ひとりきりで逃げるなんて絶対に無理だよ。ここは閉鎖された場所だから

空中庭園に見つけてもらうか、もしくは誰か……代行者でも手助けしてくれないとね

まあ、彼らがあなたを助けに来るのは難しいと思うよ。ここにいる人のほとんどは、まず浅い場所からここへ潜ってるから

惑砂(わくさ)

ん?ふたつも質問してるよ?

彼はやれやれというようにため息をついた

惑砂(わくさ)

まあいいや、じゃその質問にも答えるね。あなたを強引にここに連れてきたから、ボクも少しは申し訳ないと思ってるし

惑砂(わくさ)

じゃ、こちらの質問にも答えてくれる?大丈夫、機密情報に関することは訊かないし、答えたくないなら答えなくてもいい

惑砂(わくさ)

有名なトロッコ問題って知ってる?

例えば……空中庭園の研究者たちが意識海複製技術で5人のリーフを作り、彼女たちをレールの上に縛りつけてトロッコを発車させたとする

あなたは制御台のレバーでトロッコの進行方向を変えられるけど、進路を変更したその先にはリーフ本人が縛られている。さて、あなたはどっちを選ぶ?

レバーを引いて、ともに時間を過ごしてきた本物のリーフに見つめられながら轢き殺す?

そうすれば5人のリーフが助かる。彼女たちは皆、意識海の幻痛がある。でもリーフが増えれば大勢の人を助けられるし、あなたと過ごす時間も増える。そっちがいいよね?

それとも……5人の複製リーフを見捨てて、本物のリーフを助ける?

惑砂(わくさ)

なるほど、そういう答えになるんだ

惑砂(わくさ)

複製できるのはαだけだから。ルシアがすでに複製体だし、複製体の複製なんて、更に劣悪品になって自我すら保てないさ

じゃあ次の質問。これも難しいトロッコ問題だよ

空中庭園の研修者たちが、5人のあなたのクローンを作って、その5人をレールに縛りつけ、またトロッコを発車させた

惑砂(わくさ)

そう、ここからの選択は同じだよ。レバーを引けば、トロッコは本人が縛られているレールへと軌道を変えられる

でもレバーをどうするか決定できるのは空中庭園の議会だけ。彼らは今、どちらを助けるかについて投票を始めたところだ

一方は優れたマインドビーコン能力を持つ5人の指揮官。グレイレイヴンにひとり戻したとしても、残った4人がそれぞれ大きな戦闘力を発揮することは間違いない

いや……5人も自分が存在してたら、さすがにそれぞれが怒るか。じゃ、事故と記憶喪失ってことにしよう

もう一方はグレイレイヴン隊だけが気にかけている本物――指揮官本人だ。彼らからすれば、そりゃあ本物を助けたいだろうね

……ふふ、ルシア自身が複製体のくせにね

惑砂(わくさ)

さあ……ボクにはわからないよ……むしろ……

今のあなたこそ、グレイレイヴン隊が必死に探している本物の指揮官なのかな?それともどうでもいい5人のクローンのうちのひとり?

それとも……あなたは本物だけど、グレイレイヴン隊はすでに5人の中からひとりのクローン人間をあてがわれて、あなたを探すのを諦めたとか?

惑砂(わくさ)

うん、答えようか。ここは深度5000mを超える海底なんだ。巨大な潜水艦とでも思えばいいよ

惑砂(わくさ)

3つ目の質問はさすがにダメ

たとえたった1mだけの超過だとして、あなたはどうせひとりきりでは逃げられない。グレイレイヴンもここは見つけられないよ

でも、最後の注射まではまだ時間がある。どうか希望を捨てずに頑張って。ここで死にたくはないでしょう?ボクたちの目的は同じなんだから

惑砂(わくさ)

そうだね、グレイレイヴンと指揮官の繋がりはとても強いし。深い情で結ばれたあなたたちの関係性……多くの小隊だけでなく、ボクも羨ましいくらいだよ

彼の目つきは暗くなり、それ以上反論してくることはなかった

惑砂(わくさ)

どう、体調は少しはマシになった?意識が戻ったばかりの時はぼんやりするから、逃げる時に体を傷つけないかが心配なんだけど

とりあえず、簡単なゲームでもして体を動かそうか?

惑砂(わくさ)

怖がらないで、大丈夫

彼はあやすような優しげな口調で話しながら、椅子の傍らにあった缶から綿の糸を取り出した

惑砂(わくさ)

簡単で楽しい遊びなんだ。罰ゲームもないし、リラックスできると思うよ

惑砂は綿の糸を手に巻きつけた

惑砂(わくさ)

ボクが小さかったころ、あやとりはとても人気のある遊びだったんだ。絡み合った糸を使いながら、お互いの手に触れられるってね

一緒に座って、このシンプルな遊びをしていると、ふたりの運命と境遇までもが繋がったような気になれる

ほら、ボクの両手もあなたみたいに、縛られちゃった

彼が絡みあった糸を差し出したその瞬間、強烈な百合の香りと血の臭いの両方が鼻をかすめた

注射のせいで敏感になっている嗅覚が、過去の暗い記憶を呼び覚ましていく

百合と血――それは軍人の集団埋葬を経験した者なら誰もが覚えている、忘れようのない匂いだった

惑砂はこちらの思いにまったく注意を払わず、まるでそこに過去の誰かの姿が透けて見えているかのように、ただ手に持った糸をぼんやりと見つめていた

惑砂(わくさ)

小さい時さ……パパはこういうあやとりを「猫のゆりかご」って呼んでいた

「高い梢をゆりかごに、子猫はゆーらゆら。大風吹いて、枝はポッキリ、ゆりかごも猫も、みーんな落ちた」

惑砂(わくさ)

…………

言いたいことはわかるよ。ボクたちを縛る縄はそれぞれ違うし、立場も違う。だからボクは「上から」ものを言うべきではないと

でもあなたは絶望に陥った難民を助けて、彼らにまだ希望があると伝えているけど、それも一種の「上から」じゃない?

ここにいる多くの人は、ボクが脅した訳じゃないし、なんならボクたちの主張を伝えたことさえない。でも彼らはあちこちで情報を集め、自らここにたどり着いたんだ

彼らは自ら死を選んで救いのないこの世界を離れ、自らクティーラの懐に入り、彼女の子供になった。彼女というゆりかごの中で安らかに眠るためにね

ボクも同じだよ

で、あなたは?グレイレイヴン指揮官、あなたはどうしようもなくなった時、全てを失った自分とどう向き合う?クティーラのゆりかごと、どう向き合うの?

うん、わかってる

猫のゆりかごなんて、童話のような希望や見せかけでしかない。現実を隠すための嘘だよね

父さんたちがボクに縄をかけた時も同じだった。クティーラ計画も同じだったし、「人類の英雄」も……全ては同じだ

人は生きている時に得られなかったものを、天国や来世で得ようとする。だから神が必要、英雄が必要、あやとりだって猫とゆりかごが必要なんだ

ボクたちには希望が存在すると信じるための嘘が必要だけど、嘘はいずれ破綻する

惑砂(わくさ)

そう。あなたの言う通り……あの方もボクにその本を読ませた時から変わってしまった。多くのことがその本来の姿、理想の姿からズレていったんだ

彼は首吊りをするための縄を編んでいるかのように、糸をより続けた

惑砂(わくさ)

「ボク」もそう

「惑砂」の新しい複製体が作られて、引き続き使命をやり続けるとして――今のあなたと会話してたこの「ボク」は存在しなくなる

あなたは?グレイレイヴン指揮官、あなたは全てを知った時に「猫のゆりかご」と一緒に、木から落ちるのかな?

そう話すと突然、惑砂はピタッと動きを止めて、扉の方向を見た

次の瞬間、彼は魚とフォークをその場に置いたまま立ち上がった

惑砂(わくさ)

招かざる客人が来ちゃったね。ボクが行って挨拶をしなきゃ。あなたはここで休んでて