……ぐっ!
エコーの体が猛然と跳ね、辛そうに頭を抱え出した
意識海干渉ドローンはリーがすでに撃ち落としていた。しかしもう意識海を攻撃されてしまっている。後遺症はすぐには治らないだろう
……大丈夫です
あることを思い出して……気分が悪くなっただけです
彼女の意識海に、秩序と正義の歌、そして意識海に関する研究計画書の両方が現れたのを見た。両者はまるで皮肉めいた冗談のようだった
あそこは……昔はあんな場所じゃなかった
昔はもっと……
昔はどんな場所だったの?
美しい思い出と潜んでいた腐敗が絡み合う無数の鎖となり、彼女をがんじがらめにしている
ううっ……
エコーの顔が苦痛にゆがみ、隣にいた鎧も奇妙な音を発し始めた
エコーとこの「黒野の実験体」の鎧は、どうやら密接な繋がりがありそうだ
……うん、もう大丈夫。少し休憩すればよくなります
彼女は大きく深呼吸をすると、顔色が少しましになってきた
エコーの意識海に大幅な偏移がないのを確認し、彼女の同意を得て先ほど意識海で見た過去の断片的な記憶を整理し始めた
ユートピアはずっと違法な意識海の研究を行っていた。だから意識海に直接干渉できるような装置を作りあげていても不思議ではない
だが……エコーとピークマンにはどんな関係があるのだろう?目の前の彼女も「サンプル」のひとりなのだろうか?
その点を訊ねると、エコーはまた黙り込んだ
いえ……彼は私を養女として引き取り、自身を父と呼ばせて育ててくれたんです
エコーはピークマンの養女?それほど近しい関係だったとは……
新しい「手がかり」が判明する度、エコーとの「一時的な協力関係」の是非を見直さざるを得なくなる
その反応は仕方ないことです
私を疑っても責めてもいい。でもこれで……私の話を少しだけでも、信用してくれるでしょう?
その点を汲んで、この協力関係を続けてくれませんか
エコーの意識海で見たあの実験室、秩序を守ろうとして混乱する子供、意味不明な研究日誌……
全てがあの実験室の異常さを示している。だが、まだ彼女の言ったことを全て鵜呑みにはできない。疑念はいまだ拭えていないのだ
なにしろ彼女はその身分を確認できない構造体なのだから……
秩序を守ろうとして混乱する子供、意味不明な研究日誌……全てがあの実験室の異常さを示している
……いいえ。昔はあんな状態ではなかった……昔の彼……ピークマンはとても優しくて辛抱強く、よく私たちを甲板に連れていって遊んでくれました……
なぜ彼があんな風に変わったのか、私にはわかりません
……
記憶の中で見た研究日誌のことを思い出したのか、エコーは急に黙り込んだ
あれは真実?それとも……最初から全てが彼の偽装工作だったのだろうか?
……ええ
子どもの頃、彼はいつも私を側においていたんです。たぶんその時に見たと思います。彼は仕事の時でも、私から何かを隠そうとはしなかった
どうして私がそういったことを全然覚えていなかったのかはわかりませんが、間違いないと思います
エコーの記憶が正しいなら……なぜ自分は、あの字に見覚えがあるのだろう……
何かの報告書で似たようなサインを見た気がする……
脳裏に背中の曲がった、金色の瞳を持つ男の姿がよぎった……
黒野ヒサカワ先生じゃないですか、急いでください。会議に間に合いませんよ
以前黒野ホールディングスで会ったことがあります。その時に名を聞いて、資料も見ました。上層部に関わりがあるかと思いましたが……偶然同じ名のようですね
まさか、あの彼なのだろうか?
自分が「看護」されていた時、「偶然」自分の治療報告をチェックしていたあの医師が?
いいえ、一度もありません
彼は学術交流会で時々出かけていましたけど、一度も外のことを話してくれたことはありませんでした
な……何か問題でも?
エコーはまだ黙り込んだ
彼女はまるで、幾重もの未知のベールに包まれているようだ
そのベールを1枚めくる度に無数の血痕が現れる。ベールをめくればめくるほど「罪の枷」は重さを増していく
善と愛にその全てを捧げ、公理を欺くべからず……
私が信じていたものは……ただの嘘だったのね
彼女の声には窒息しそうなほどの絶望感があふれていた
ことの是非はともかく、いつか真相は明らかになるはずだ
……
エコーは黙ったまま鎧に体を預け、ゆっくりと目を閉じた
109号保全エリア付近
長い間、保全エリアの外で待っていた1台の車の前に、トロイがやってきた
休憩時間は仕事をしなくていいって聞いたのに……3倍の給料が必要だわ
ノルマン様にお伝えします
こちらが申請された装備と乗用車です
こんなものだけで「黒野の実験体」を捕まえろなんてとんだバカだと思うけど、ないよりはマシか
撹乱用にあなたたちに流させた情報については?
情報は全て流しています、粛清部隊は信じていませんが。一時的に目標を見失ったことで、一部の隊員を「紫の髪の構造体を目撃した」保全エリアに派遣しています
じゃあ清浄地の内部まで伝わるよう、更に情報を流す場所を増やしておいて
あいつらがいなければ、だいぶやりやすくなる
簡単に今後の作戦について話したあと、構造体は立ち去った
トロイは車のドアを開けると、振り返って109号保全エリアの方を見た
「黒野の実験体」を捕まえる、か。この任務を達成できれば、老後資金にはなるかな
……
フン……無駄か
トロイはぶつぶつと独りごちてため息をつき、車に乗って109号保全エリアを後にした