ワタナベが「私たちの臨時拠点は近くにある」と嘘を言ったことに、リーは驚きもしなかった
オブリビオンの本当の拠点は事件が起きた場所からかなり離れていた。一同が車で目的地にたどり着いた時はすでに深夜になっていた
ワタナベは約束を守り、彼らにできる最高のもてなしでグレイレイヴンを迎えてくれた。自分たちに補給と休憩を提供し、隠し事をすることもなくなった
拠点に戻り、ワタナベは一同にミントティーをふるまうと、また他の場所へと向かい忙しそうに働いた
リーフは救出したオブリビオンの兵士の意識海の検査をすべきだと主張した。彼女は意識海の劣化による後遺症を治療しようと、大柄な兵士たちを寝かせた
オブリビオンの兵士は皆、申し訳なさそうな表情をしている
指揮官はミントティーを啜りながらワタナベのオフィスを借り、任務報告をしている。真面目に仕事をしている姿を見て、邪魔をしてはいけないとリーは考えた
(ただのお世辞だと思ったのに、本当に飲むとは……)
(……)
皆の武器は、先ほどの補給時間中に全部メンテナンスを終えていた。今は稀な、急務のない暇な時間だった
居住エリアの消灯時間になった。空にかかる明るい月が、本来緊急ライトしかついていない拠点を優しく照らす
昔、黄金時代の一部の地域では、満月は家族の団らんの象徴だったと指揮官から聞いたことがあった
若いの、ちょっと足をどけてくれんかのう
老人はリーの横を指さし、リーは場所を譲った。老人は腰を下ろし、後ろの貨物棚からふたつの箱を下ろした。どちらもかなり重そうだ
どこに運ぶんですか?手伝います
あっちの倉庫だ……すまんな、お若いの
箱を抱えてリーは倉庫へ向かった。後ろから老人が一緒についてきたのを見て、彼は歩調を緩めた
この中にあるのは……火薬ですか?
ほう、構造体の鼻はそんなに利くのかい。いや、アンタら若者は……嗅覚ゼンサイと呼ぶんだっけ?
嗅覚センサーだ
プフッ……いえ、まさかオブリビオンがこんな古い武器を使っているなんて
カカッ……これは武器じゃなくて、花火なんじゃよ
花火?
ああ、ワタナベのやつが補給を探しに行った時に持ち帰ってのう。子供たちが喜ぶだろうってな
彼は面白いものをいっぱい持ち帰ってくるんじゃ。チャットロボットとか……子供たちは気に入っとるよ
この花火も今日拠点で打ち上げて、皆を喜ばそうとしたんじゃが、途中で用事があって遅れてな。彼らはさっき帰ってきたが、子供らはほとんど寝とる
それに今晩は雨が振りそうだ。濡れてはいかんから倉庫に戻そうと思ってな
雨……?今、空は晴れてますし、雨が降るようには思えませんが
それにワタナベが、オブリビオンには天気予報システムがないと言っていたかと
カカッ……彼が嘘を言ったと思ったかい?
お若いの、野外で生活していたワシらの勘を見くびってはいかん
雨と言ったらきっと雨になる。むしろ――ワシがこの拠点の天気予報システムじゃよ
おっと、ここまででいい。ありがとうな、お若いの
いえ、お気になさらず
リーは箱をゆっくりと地面に下ろした。倉庫の薄暗い照明で箱に描かれている花火の絵が見えた。黄ばんでいるが、写真で見た花火の美しさを思い出させる
……
リーは何度も花火を見たことはあったが、記憶に残っているあの花火は、心をチクチクと痛ませる後悔の原因でもあった
お、お前……うああああああああ!!!
リーの拳銃から弾が放たれた次の瞬間、目の前の人は悲鳴を上げながら地面に倒れた。彼の太ももから血が噴き出す
リーは蹴りによってたたき落とした相手の銃を拾いあげた。銃声と警報が響くなか、彼は「仲間」が地面でもがき苦しむ姿を見下ろしていた
俺は計算してたんだ……お前の弾は残っていなかったはずなのに……
情報をアップデートしておいてください――僕は武装不足で戦いを不利にすることは絶対にしない
クソが……
訊いても無駄だろうが……聞かせてくれ。どうして僕を殺そうとした?
誰かがお前を殺したいからだろうが。お前もこの稼業は長い。恨んでるやつがひとりやふたりはいるだろうよ
それに……任務でお前が死ねば、俺は報酬を全取りだ。一石二鳥じゃないか
……金のため?
ああ、そうだよ!金だよ!こんな仕事をするのは悪魔か頭がおかしいやつ以外、誰だって金のためだろうが!?お前は悪魔か頭がおかしいか、そのどっちなんだよ?
僕は金のためにやっていますよ
リーは静かに頷き、その場を立ち去ろうとした
追手が予想より早く来た。ただの役立たずではなさそうですね。じゃあ「後」は任せます
お前……!待て……ブツは俺が持ってんだぞ……いらないのか!?
リーは振り返りもせず、ただ自分の頭を指さした
秘密武器の設計図は……全部ここに
じゃ、俺にくれたものは一体……
小型爆弾ですね
背後の泣き喚く声を無視して、リーは立ち去った
はぁっ……はぁっ……うっ……
どれほど走ったのか、リーはやっと追手をまいて裏道に身を潜めた
多量の出血と、逃げるためにずっと集中していたせいで意識が遠のきかけた。彼はずるずると壁にもたれて座り込み、血に濡れた包帯に最後のガーゼを当てて固定した
……血は止まった。よかった……
いつも黒っぽい服を着てはいるが、今夜は帰った時に気付かれないようにしなければ。そう思いながら、リーは曇った夜空を見上げた
ヒュ――!パ――ン!
灰色の空が鮮やかな色に染まった。頭上で花火が次々と大輪の花のように咲き、まさに黄金時代の夢を見ているかのような華やかさだった
そうだ、今日は弟がずっと楽しみにしていた祭だった
すまない……マーレイ……
一緒に見に行く約束を、破ってしまった
家に戻ると、マーレイはすでに枕を抱えて寝ていた。それを見てリーはホッとした
マーレイはベッドの端で寝ている、恐らく眠りに落ちるまでずっと外の花火を見ていたんだろう
……
マーレイの額をなでようとした手を引っ込めた。手に乾いた血と火薬の残滓が残っている。だがマーレイの青白い顔は柔らかそうで清潔だ。ただ、いい夢は見ていないらしい
マーレイは起きたらきっとガッカリするだろう。だが彼は少しも気にしていないふりをする。その目で感情が丸わかりになっているのも知らずに
埋め合わせになるかわからないが、傷口を手当したら、お詫びのプレゼントを用意しよう
リーはゆっくりマーレイの部屋を出て、自分の作業室に入ると扉を半分閉めた
外の花火はまだ打ち上がり続けていた
倉庫のシャッターが下ろされた音で、リーは我に返った
……
どうしてあんな昔のことを……
回想から現実に戻っても、リーの心は重かった。何かが胸につかえているような感覚だ
……まだ時間がある。外にでも行ってみるか