Story Reader / 本編シナリオ / 21 刻命の螺旋 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
<

21-6 沈黙

>

科学理事会を離れ、リーとマーレイは肩を並べて外へと続く通路を歩いた

いつもならリーがマーレイの仕事や体についてあれこれ訊くのに、今回は「途中まで一緒に行こう」と言った彼は黙り込んでいる。マーレイも黙って一緒に歩いた

あの……兄さん?

マーレイが呼びかけてもリーは足を止めることなく、前を見たまま歩き続けた

マーレイは子供の頃、密かに町を出て「名医」から薬を買おうとした時のことを思い出した。結局騙されたマーレイが雨宿りをしながら泣いていると、リーが傘を差しかけてきた

その時のリーは泥と雨でずぶ濡れで、傘を持って大きく息をついていた。彼はまったく弟を責めず、ただマーレイの手を強く握りしめて、家まで連れ戻してくれた

幼いマーレイには、ひと言も話さず真っ直ぐ前を見据える兄の力んだ顎しか見えなかったが、彼が非常に怒っているのはわかっていた

そして今、再び兄と肩を並べて歩いていると、兄より自分の方が少し背が高くなっている事実に気付いた

……

人の目が届かない静かな場所まで来ると、リーは足を止めた

ちゃんと話すのは久しぶりだな

マーレイは周りを見渡し、この場所がブリッジエリアの中でも数少ない監視の死角になっていると気付いてハッとした

まさか兄は何かを嗅ぎつけた?マーレイは慌てて記憶を探り、最近やった後始末にミスがなかったかを大急ぎで思い返す

そんなことを考えながら彼は兄をちらっと見て、喜び半分、困惑半分の表情を浮かべつつようやく答えた

……そうだね

確かにふたりきりで話すのは……久しぶりかな。兄さんは最近、特化機体のことで手一杯だから

ひとつお前に訊きたいことがある

リーが広げた手の中に、小さなチップがあった

これは……

これに見覚えは?

マーレイは即座に否定しようとしたが、リーの目を見た瞬間、諦めた。何を言おうがただの言い訳にしかならないだろう

これは……任務拠点を測量した時に使っていた工具だ

僕は兄さんや他の指揮官みたいに地上作戦には行けないから

……でもなぜ兄さんがこんなものを?

遠隔連絡用の手段として使っていた全てのロボットは任務終了後、自爆するように設定していた。兄がまだその中身を知らないなら……

……そんなことはどうでもいい。僕は中のデータを復元し、それを見た

この暗号は誰にも解けないだろうが、僕だけは例外だ

僕は……お前の兄だからな

……

マーレイが沈黙し続けていることに、リーは落胆した

彼はマーレイをよくわかっている。沈黙は彼が故意に秘密を隠そうとする時のクセで、それにより出所不明の座標の伝言がマーレイの仕業ではないことが証明された

受信したデータと発信者の目的は、今はまだわからないが……それよりも重要な問題が出来した

お前はいつから……こんな危ないことを始めてるんだ?

いつからマーレイは自分と話す時、こうやって偽りの仮面をつけ始めた?

マーレイはいつものように優しい微笑みを浮かべていたが、困ったようにリーの視線を避けてうつむいていた。しばらくすると、彼は顔を上げた

その目をリーはよく知っている

――昔、マーレイに「善意の嘘」を吐く時、マーレイの目に映った自分と同じ目だから

機械をいじった時にちょっと怪我をしただけだ……大丈夫だ、機械技師にはこんなの日常茶飯事だ

よく聞くんだ、マーレイ。しばらくの間、兄ちゃんとは離れ離れになる。でも安心しろ。全てがきっとよくなる

うん、大丈夫。安心しろ。僕の状況を一番知っているのはお前だろう?

それは任務の一部なんだ。あの任務で入手した資料は全部ニコラ総司令に渡しているよ

全て総司令の許可を得てやっていることだ。兄さんも総司令のことはよく知っているだろう?

昇格者と接触することもか?

……

何のことを言っているのかわからないよ?兄さん

そう軽く受け答え、上手く隠そうとしていたその笑顔の仮面に、一瞬ひびが入った

075号都市の時……ラミアはお前の姿に化けたが、通信不可能なあの状況で、あれほどの短時間で、お前の通信識別コードを手に入れられる訳がない

彼女は誰の姿に化けても構わなかったんだ。だが信憑性を増そうとして、彼女はお前の識別コードを使った

それはつまり、それ以前にお前が彼女と通信したことがあったからに他ならない

さすがは僕の兄さんだな……何年経とうが、僕はまだ兄さんを超えられない

そう考えたマーレイの顔には、やるせない悲しみの笑顔が浮かんだ

さすがだ、兄さんらしい見事な推理だね

でも……兄さんが何を言っているのか、本当にわからないんだ

手の内はすでにバレているが、彼には真実を話す気はない

マーレイのそんな心苦しそうな顔を見るのは久しぶりだった。しかしその目にはリーには理解できない感情が浮かんでいた

かつてのマーレイが見せる表情は、期待や慰め、憧れだった。リーが最後にマーレイの涙を見たのは、黒野の地下実験室のカプセルにいた自分と「最後」に会った時だ

空中庭園に来てからのマーレイは徐々に甘えを捨てた。リーを追いかけて奇想天外な質問をしたり、新しい美術展に誘うこともしなくなった

リーは終わりのない戦闘に身を投じ続け、マーレイへの通信はどれも「大丈夫」「心配するな」だけになった

互いの無数の欺瞞の積み重ねが深い霧のようにふたりを隔て、言葉の奥に隠される本心を覆っていった

マーレイ、どんなことがあっても僕はお前の味方で、お前を信じている

だから、僕に隠し事をしないで欲しい

「言ってくれなければ永遠にわからない」

「その沈黙のせいで大事なものを失うかも」

……じゃあ訊くけど、兄さんはなぜグレイレイヴン指揮官と僕に機体適合の本当の状況を隠し続けるの?

予想外の質問に、リーは一瞬言葉を失った

それは――

僕たちでは兄さんを助けられないと思っているから?

そんなこと、考えたこともない。それはお前もわかっているはずだ

じゃあなんで兄さんはひとりきりで何もかも背負い込むんだよ?僕たちは家族なのに……

もっと自分のことを話してくれたらよかったんだ。ほんの少しだけでも。僕は――

うっ……!

マーレイは短く呻き、目眩を起こしたようによろけた

マーレイ!!

リーはすぐにマーレイの体を支えたが、弟の顔は一瞬で蒼白になった

どうした?一体どういうことだ……長い間、発作は起きなかったのに!

マーレイは無言で眉をしかめて、首を振った。こめかみをギュッと押さえ、激しい頭痛に耐えているようだ

違う、発作じゃない……マインドビーコンの汚染か……!?

大丈夫だから……兄さん

こんな時でもそんなことを……!

マーレイはリーをなだめるような笑顔を浮かべた。顔には血の気が戻り、彼は深呼吸をすると壁に手をつきながら立ち上がった

一瞬ふらついただけだ。もう大丈夫だよ、兄さん、忘れてる?僕は遠隔リンクテストをクリアした指揮官なんだよ

そうだね……兄さんの指揮官よりは少しだけ弱いかもしれないけど

先ほど倒れたことや悲しそうな表情を浮かべたことがまるで錯覚だったかのように、マーレイは一瞬で偽りの微笑みを顔に貼りつけた

リーは更に何かを話し続けようとしたが、すぐに何を言っても無意味だと気付いた

放送

任務待機中の全構造体は、すぐに任務準備エリアに向かってください

放送

任務待機中の全構造体は、すぐに任務準備エリアに向かってください

原因不明の電磁放射干渉が検出されました。全住民は指示に従い、避難してください

これは訓練ではありません。繰り返します、これは訓練ではありません

ふたりの間に漂う沈黙を破るように、ほぼ同時にリーとマーレイの端末が狂ったように鳴り始めた

「地上に高濃度のパニシング反応が……」

「ただちに作戦準備に移れ……」

原因不明の電磁放射は、新しい攻撃手段の疑いもある……まさかさっきのマインドビーコンの汚染と関係が?

全構造体は駐機場に集合し、地上での作戦準備に移れとは……なんだか妙な指示だな

ケルベロスも出撃命令を受けた。僕は遠隔リンクの準備をする

マーレイ……気をつけろよ

明らかな危機を目の前にしながら……リーは最後にそのひと言を告げることしかできなかった

わかっているよ、兄さん。遠隔リンクだから僕は地上には行かないし、問題ないさ

命令があれば、ふたりともそれぞれの責任を果たさねばならない。個人的な感情はぐっと飲み込み、戦場に赴くしかないのだ

戻ったら、また会いに行く

……わかった

待ってるよ。兄さん

20分前、空中庭園議会ホール――

通常会議も終盤に入ると、議会ホールの空気が更に重くなり、一部の議員たちが騒ぎ始めた

議員A

前の議題に関してですが……

……プリア森林公園跡の一戦以来、空中庭園は多くの難民を受け入れていますが、まもなくキャパオーバーになります

難民の数はただの数字ではなく、生きた人間の数です。生活資源を与えなければならないことは明白だ

私たちの資源備蓄は凄まじい速度で消耗され、なのに生産ラインはなかなか拡大しない。直近の数度の戦闘でも資源を消費したのに、まったく補充されていない!

このままでは居住区への資源配給を縮小するしかありません

議員B

こんな生産基準なんて……無理難題じゃないか……

移民艦本来の資源分配については道中での増員も考慮されていますが、そう長持ちする解決法ではない点、ご忠告しておきます

議員B

それに、空中庭園は自給自足の能力を持たない地上の保全エリアにも物質を支援する必要がある

まずは地上の保全エリアの再建スピードを上げ、生産能力を回復させることが急務です

議員C

保全エリアについては、報告によれば最近地震が頻発しているとか。なぜ事前アラートが遅れたのでしょう?それに、いまだに詳細な被害報告が上がってきませんが……

グレート·エスケープ以降、空中庭園は地上の観測台と連絡が絶えている。そもそも観測台には観測スタッフがいない。それにほとんどの地震は無人エリアで起きているものだ

……我々が入手できるデータは衛星観測による空間の電磁波異常だけで、震源の詳細な位置や具体的な震度を正確に特定することは不可能なのです

アラートを事前に出しても、地上で瞬時に対応できる保全エリアはそう多くない。それに多くの地震は地上時間における深夜に発生している

我々はすでに大部分の保全エリアと連絡を回復し、地上での工兵部隊が修復に着手している最中だ

司令部から多くの執行部隊と支援部隊を地上の実地調査に派遣しています。まもなく報告があるでしょう

次の議題は、連名の議員による新型構造体の制限法案だ。より厳密な監督方法を求めている。例として意識海チェックの公開、構造体の対話の傍聴等だ

議会中央に投影された淡い青色のスクリーンに、新しいファイルが映し出された。そこには構造体に対する一連の制限内容が羅列されている

……この議案に対する諸君の意見を聞こう

議員B

戦場で敵と真っ向からぶつかる軍隊なのに、敵との接触を制限するのは、矛盾していませんか?

議員K

皆さんご存知でしょうが、この2カ月間で大量の構造体の離反事件が起きています。離反した構造体のほとんどは、いまだに行方不明です

構造体の兵士間では、「昇格者からの招待」はもはや公然の秘密となっています

議員S

意識海チェックの公開を提案したのは、軍部の中に昇格者のスパイがいるという、もはや疑うのにも十分すぎるほどの証拠が揃っているからです

調査を早急に始めれば、私たちが被る損失も少なくなりましょう。ニコラ総司令、私の言いたいことはおわかりいただけますよね

……

長年の戦闘で、人々の気力は疲弊し消耗している。ましてや最近経験した戦闘はあまりにも悲惨だった。士気の低下はいたし方あるまい。これはどの時代にも起きる問題だ

だが多くの兵士が信念を抱き、命を賭して勝利をもたらしてくれている。彼らを支えるべきこの時に、信頼とはかけ離れた法案で彼らを制限するのはいかがなものだろう?

議員K

ハセン議長、あなたが構造体の「人権」保障を主張していることは存じ上げています

ですがこの状況下で離反する構造体を庇うことは、理にかなっているとはいえないのでは?

彼らが空中庭園を襲い、我々の機密を奪い取り輸送機で昇格者の下へ駆け込む……その日まで、指をくわえて見ているおつもりですか!?

その議員は興奮のあまり立ち上がり、ガンガンと机を叩いた。そのせいでマイクがハウリングし、ホール中に耳障りな音が響く

議員S

何をしている!?ここは世界政府の議会だぞ!座りたまえ!

隣にいた議員が彼を止めようとしたが、反撃されて拳で殴られ、床に倒れ込んでしまう

議員S

お前……!気でも狂ったのか!?

???

裏切り……者……

大混乱となったホールの片隅で、誰かが低く呟いた

静粛に!

ニコラがセキュリティを呼ぼうと手を上げた時、人々を不安に陥れる緊急連絡が議会の通信に割り込んできた

セリカ

申し訳ありません![ザ――]緊急状況です!皆様[ザザッ――]ただちに会議をやめて、避難[ザ――]!

何があったんだ?まず状況を報告しろ!

セリカ

総司令!よかった、まだ[ザザ――]……

セリカは通信しながら走っているようで、その声はいつもと違って、冷静だが震えていた。彼女の後ろからは悲鳴と重い物が落下する音が響いている

セリカ?どうした、何が起きてるんだ?

セリカ

先ほど[ザ――]地上に強烈なパニシング反応が検測され、空中庭園は強力な電磁波放射を受けました。その後、[ザ――]精神異常現象が発生しています!

今は[ザ――]この現象の具体的な原因を突き止められません……[ザ――]こちらは混乱状態に陥っています。皆さんとにかく今すぐ人の集団から離れて、群れないでください!

[ザ――]精神に異常をきたした人にはとても強い攻撃性が表れます!安全のため、武器を持ったそういう人からは離れてください[ザ――]

セリカの警告はノイズに変わり、やがてプツッと止まった

そういう人とは、まさか――

???

裏切り者……

精神に異常……しまった。セキュリティに気をつけろ!

この裏切り者がァッ!!

先ほどぶつぶつと呟いていた警備兵がいきなり怒鳴り声を上げ、本来守るべき長官に銃口を向けた

真っ黒な銃口がハセンの胸に狙いをつけ、次の瞬間、発射音が議会ホールに響き渡った