Story Reader / 本編シナリオ / 20 絶海の異途 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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20-11 彼女たちの痕跡

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記憶と意識海の最深部に、激しい雨音が響き続ける

構造体は雨など恐れない。しかしセンはコートを脱ぐと、普通の人間にするようにふたりの頭上にかぶせた

最悪でしたね

不満そうな声にビアンカはハッと視線を女性に向けた。冷たい雨が腕に落ちたことで視覚の焦点が合い、五感も戻りつつあった。彼女は今、センに引かれて雨の中を走っている

確かにそうですね

さっきの映画は本当に、最悪でした

そうですか?そこまで悪くありませんでしたよ。「もし法律がなく、制裁が神の名においてのみなされるならば、結局その制裁は神の決まり自身に背いているのだ」……?

映画は所詮娯楽なのに、どうして結末で理性を持ち出して、観客に「道徳倫理」を押しつける必要があります?答えがない問題を観客に突きつけるなんてナンセンスでしょう

そう……ですね。その考え方でいけば、最初に天罰を受けるのは私たちのような人でしょうから

あなたは……まだそんなことを言っているのですか……

……えっ?

列車のレールが分岐する手前で、ふたりは足を止めた

今は私たちが自分の手で、最も大切な人を殺めなくてはならない狂った時代です。人をこんな風にさせないため、世界は私たちを必要としているのかもしれません

センは平時のように笑った。なんて懐かしい笑顔だろう

彼女のその言葉を聞いたのはいつだろう……?あの日も雨が降っていたのだろうか?

列車が近付いてくる轟音とともに、ビアンカの瞳の奥で戦火が爆ぜた

安らかなその場所が一変し、ビアンカは弓矢を握りしめながら戦場に立っていた。硝煙漂う周りは死体だらけで、腐敗臭が彼女の鼻を刺す

灰色の空からは小雨が落ちている。足下には人間の血と構造体の循環液が混ざった小さな水溜りがあり、そこに落ちる雨の音はまるで心臓の鼓動ようだ

目の前にいる歪な体をした構造体は、センの顔にどこか似ている。彼女は今、パニシングの炎に全身を焼かれていた

その構造体は業火に焼かれる受難者のようにもがき苦しんでいる。やがて彼女は完全に怪物になり、よろよろとビアンカに近付いた

ずっと後悔していました

あの日、もっとはやく妹を殺せば……あの人たちは……死なずに済んだでしょう

でも……彼女が泣いているのを見て、私は動揺して手を下せなかったのです

私は……ずっと感情を殺すのが苦手でした

いや……お姉さん……お姉さん……

助け……て

いやああああああ!

緋色の雨の中から侵蝕された人間や裏切り者たちが現れた。彼らは憐みを乞う言葉や罵詈雑言を呟いている。裁かれた者たちの囁きが最後には悲鳴へと変わっていく

生きたい……私たちは生き残りたい……!

妹よ、ごめん……

ビアンカの背後でセンはそうつぶやき、手を伸ばしてビアンカを抱え込んだ。ビアンカの手に血まみれの銃を握らせ、ふたりは手を重ねると、死者に向かって武器を構えた

……私の軟弱さや優柔不断さが、取り戻せない犠牲と悲劇を招いてしまいました。自分の過ちを挽回するために、更に他の大切な誰かを殺すしかなかったのです

ビアンカとセンの記憶や姿が混ざりあい……やがて、仲間に向かって剣を振り下ろした

でも、最後に私たちが選んだのは同じ道でした

剣が空気を切り裂いた。だがビアンカの頬に飛び散ったのは血ではなく、鼻につく匂いを放つガソリンのような液体だった

ビアンカの前に倒れたのは粛清部隊の隊員だ。彼女は雪原で神父を殺した数年前の瞬間に引き戻された。視界は白い霧に覆われ、吹きすさぶ雪が彼女の息を吹き上げた

大きく肩で息をつきながら、彼女は銃を降ろした。辺りには侵蝕体や仲間の死体が転がっている。どれも完全に侵蝕される前に殺されていた

セン

あれからずっと私は彼らの屍を踏み越えてきました……家族、友人、戦友を

ビアンカ<//セン>は雪原に倒れている屍を高みから見下ろした

セン

初めてビアンカの過去を知った時、私はこう思ったんです。あなたと同じような境遇にあったあの時、あなたのように残酷でいられたらよかったのにと

雪原に倒れていた「死体」が立ち上がった。彼らの顔がさまざまな人に次々と変化する。ビアンカが知る人や、センが覚えている人たち

セン

いつの間にか、私は修羅の道に足を踏み入れました。どちらに進もうが、助けようが、もう片方を傷つけてしまいます。私は罪悪感を背負っておそるおそる進むしかなかったのです

でも罪悪感はあまりに重くて、判断に影響する感情を捨てて、「無感情で利益を最大化」しようとしました。人間性を捨てれば、生活の中の「苦痛」は最小化されます

頬を温かいものが流れた。ビアンカ<//セン>はそれが血ではなく、透明な涙だと気づいた。人間の姿だったことはもう遥か昔。涙を流すこの感覚を、彼女は忘れかけていた

粛清部隊の隊員

人間性?

粛清部隊の隊員の声が響く

こんな世紀末に人間性?

彼は怒りのあまりに笑い出した。馬鹿げた笑い話でも聞いたかのように

……馬鹿馬鹿しい。粛清部隊の隊長がそんな幼稚な考えだと、人は戦いに価値があると信じてしまう。殺戮の場で善悪を考え始め、最後に命を落とすだけだ

ビアンカ

戦闘を行う側として、犠牲は避けられないと心得るべきなのだ。戦場に踏み入れる者は誰しも、こういった覚悟と判断をするべきだ!

私たちが純然たる殺戮マシンではないからこそ、人間性の保持が極めて重要となるのです。最低限の一線さえも失ってしまったら、人間性は戦争の度に堕落し、ますます損なわれる

このような過ちの連鎖は、いつかきっと私たちの戦う意義を歪めます

だとしても、地獄の中で善を求めるやり方など、戦場の本質を変えられる訳がない!

ビアンカ

善と人間性は決して同一ではありません。人間性ひとつとっても、さまざまな価値を持っています。どの側面をもってしても、命そのものと等価交換をすることは不可能です

たとえ剣を手にしても、自らに命の価値を審判する力があると思いあがってはいけません。地獄にいればこそ、大切な何かの最低限の一線を代償に、僅かな安寧を得てはならない

そんな綺麗ごとばかり並べていれば、いつか戦争が終わるとでも?

怒りが多少おさまったものの、心底失望したような言い方だった。彼は横目でビアンカをちらっと見ると、そのままその場から立ち去った

ビアンカ、あなたは?あなたも私の方が粛清部隊の隊長にふさわしいと思いますか?

粛清部隊の休憩室の椅子に座ったセンは、静かにビアンカを見つめていた

ビアンカ

あなたの実力と即断する能力は、皆に認められています

皆はただ強者に集まっているだけです。でも私の強さの源は、一切を捨てられる心にすぎない

殺戮すれば罪悪感を伴います。毎回そうする度に真っ黒な罪悪感に心が染まっていく

でもあなたは責任をパニシングに押しつけず、世界が悪いとも考えない。かといって、自分が無実だとも考えない

自分の罪の重さを知っているからこそ、その罪を背負って地獄へ向かった……でも、その道中でも決して、救済を与えようと手を差し伸べるのをやめたことはなかった

もう自分では救えないとわかった時に、自らの手でその思いを断ち切り、自らにその罪を背負って進み続ける

映画でも言っていましたよね。「我々は罪悪に対し警戒するが、もうひとつ警戒すべき罪悪がある。それは善良な人の冷徹さだ」って

どんな状況でも揺るがないビアンカが持つ大切なものこそ……「冷徹な私」が最も羨ましいと思っている部分です

列車が構内に入った。センは優しくビアンカの乱れた髪をなでつけた

ごめんなさい、おしゃべりがすぎました

ビアンカ

セン……

最後にあなたと話せて、本当によかった

ビアンカはセンの目をのぞき込んだ。そこには自分の姿――この機体本来の姿、もうひとつの顔である「魔女」が映っている

センの目にはいろいろな感情が浮かんでいる。その目をビアンカはどこかで見た気がする。恐らく何年も前のあの雪原で見たはず

――彼女の苦しみ

――彼女の足掻き

――彼女の渇望

――彼女の……未練

……

センは無言のまま名もなき列車に乗り込むと、ビアンカに手を振って別れを告げた……まるで「また明日ね」と言う友人のように

今日が何の変哲もない平凡な一日で、任務後に厳しい顔つきのセンが粛清部隊の休憩室に来て、ビアンカにそっと微笑んだように

……ふたりで休憩室でちょっとおしゃべりをして、たまの休日に一緒に映画を見に行ったりして……

告別の夢から目覚めた時、ビアンカの意識海は一時的に安定していた

目を開け、機体を再起動させる。彼女は自分が博物館のまだ崩れていない一角に寝かされていることに気付いた。周りは相変わらず赤潮に囲まれている

口元にはまだ温もりが残り、傍らにはセンのピアスが転がっていた。それは「彼女」がすぐ側にいた証だった

ビアンカ

……

すぐにビアンカは遡源装置を持ち上げ、過去の痕跡を探し始めた

少女は静かに赤潮の中で丸くなった人型異合生物を見つめた――リーフとの悲壮な戦いで、この恐ろしい異合生物は深手を負っている

女性の異合生物はまだ生きている。彼女は羊水に浮かぶ胎児のような姿で赤潮に浮かんでいた

人型異合生物の残骸は回収しました。ですが赤潮の中で修復を行っても、今は中身がなく、外側しか残っていませんでした

大丈夫……実験品としては十分だよ

この計画がうまくいけば、構造体になれなかった人々は……より完全な復活を得られる

君のママもそうだよ、ハイジ

……ありがとうございます、惑砂

さあ、グレース

……これが例の……

そう、その構造体になれなかった体を解放し、復活を手にしたいなら……彼女と融合すればいい

復活しても、私はまだ私のままですか?

もちろん、ボクが保証する

……保証?

いいえ、あなたは嘘をついています!

……君に他の選択肢があるとでも?

もう疲れたでしょ?グレース

終わらない逃亡生活に赤潮、侵蝕体……いつかわからない死を恐れて

生き延びるために君は何かに縋りつきたかったんだ……神、武器、何でもよかったんでしょ?

君は多くの人を騙してここに来させたけど、心の中ではずっとわかっていたはずだ

私は……!

あなたが彼女の体内で復活すれば、君の言葉、天啓、身分……全てが真実になる。今後はパニシングにも怯えずに済む、いいことだらけじゃない?

…………

さぁ、グレース、ずっと抱えてきた恐怖に別れを告げるために、ここを乗り切らなきゃ

……わかりました

グレースが自分の最期に向かって足を踏み出した瞬間、扉が轟音とともに吹き飛ばされた

昇格者……!それに人間もいるのか!?

続いてがやがやと入ってきた粛清部隊がふたりを包囲した。彼らは武器を構えたまま、距離を取っている

……あなたたちは??

そこを離れろ!昇格者に殺されたいのか!?

でも、彼女は……

イカサマ師惑砂……彼の話を信じられる!?

逃げなさい、あなたがまだ生きている内に!

…………

惑砂は表情ひとつ変えず、完全武装の粛清部隊に向き直った

あれは……人型異合生物……こんな場所に運ばれていたとは……また穢らわしい実験ごっこをするつもり?

先頭に立つセンは顔をしかめながら冷たく笑った。センはちらっとノーリスに目配せし、ノーリスも一瞬でセンの意図を悟った

――惑砂を殺し、人型異合生物の復活の可能性を一切断つ

穢らわしい……実験ごっこ……?

センの言葉が惑砂の神経を逆なでしたのか、彼は自分の処刑椅子「折鶴」から立ち上がった。彼の怒りが――足下から波のように小刻みな振動が伝わってくる

あの人たちがやったことに比べれば……ボクがやったことはイカサマでも、穢らわしくもないはずだよ

でも君は彼らと同じ陣営で、彼らを守るために戦っている

一体何を言っている?

黒野のヒサカワ

…………

ダイダロス……?

…………!

安心してよ。ボクは復讐のために戦うつもりはない

でも……この計画を「穢らわしい」と言った君に、彼らの「穢らわしさ」の半分にも及ばないとしても、その「穢らわしさ」を体験してもらおうか

応戦準備を!

――戦闘終了後、大部分の粛清部隊隊員は海の底から湧き出た異合生物に食い散らされ、屍さえ残らなかった

セン

もういい……殺すならさっさと殺せ

満身創痍のセンは魚型の異合生物に拘束されている。彼女はあがきもせず、刺し貫くような冷たい目で惑砂を睨みつけていた

セン

まさか私の命乞いを聞きたいとでも?昇格者は皆、揃って悪趣味らしい

……ボクにそんな悪趣味はないよ

たとえ君が敵でも、ボクは君の苦しむ顔なんか見たくない

さあ、今すぐ復活させてあげる

セン

私に何を……!

怖がらないで……幸せな夢を見せてあげるから

やっと感情を露わにしたセンだったが、昇格者は一切憐れむことはなかった。むしろ彼の認知では――この復活自体が憐みを与えることなのだ

あの逃げた人間の替わりに、実験を続けてもらおう――

センは拘束されたまま、あの胎児の姿をした人型異合生物に押し込められた

成功を祈るね。うまくいけば、君の命は更に格上の体を手に入れられる

祝福を捧げるよ……

遡源装置の映像は、センが人型異合生物と融合する寸前で止まった

彼女は怖がっていたのか、それともいつも通りの冷徹さを見せていたのか……それとも、少しでも悲しく思っていたのか

……

ビアンカにはそれを知る由がなかった。映像はセンの影が部屋に足を踏み入れた瞬間に巻き戻され、彼女は沈黙したままビアンカを見つめている

ことの顛末を知ったビアンカは、ここはセンが殺された場所で、更にセンの意識を融合した人型異合生物が自分を救った場所なのだと理解した

ビアンカはすでにそこに実体はいないセンの影を抱きしめた……両腕の間にあるセンの姿はゆっくりと薄れ、やがて何ひとつ残らず消えていく

センが消えた場所は博物館の巨大なガラスの前だった。ビアンカはガラスに映る自分を眺めた――深痕機体の塗装が剥離し、露わになった姿――剣杖を持つ魔女の姿を

ですが、見慣れた姿の方が意識海の安定に繋がると考えて、私は一時的にこの塗装にしています……

ビアンカは髪を触りながら、ふたりが最初の戦いで出会った時、センが自分の髪を整えてくれたことを思い出した。「この方が粛清部隊の隊長らしい」、そう言っていた

ビアンカは乱れた長い髪を縛り、センが残したピアスをつけた。そして口元の血を拭い、塗装を整えると、散り去ったセンに手を振って別れを告げた

私の中身は変わりません。だからあなたを嘲笑うなんて……ごめんなさい、そんなことできる訳がないでしょう、セン

ビアンカは目を閉じ、センがくれた思い出と感情を思い出した

でも、私は心の奥の変化を受け入れます……

目に覚悟を宿したビアンカは自分の全てを受け入れた。闇に生まれ、「魔女」の一面を持つ彼女は、闇の武器を握りしめ、崩れかけた深海の博物館から光差す海面を目指した