たぎる赤潮がビアンカの体を飲み込み、機体が焼けるような激烈な痛みが走った。しかし次の瞬間にはその痛みが消え去っていた
それは事態の好転を意味する訳ではなく、急激に侵蝕されたせいで、ビアンカの五感の認知が歪んだにすぎない。火傷のような痛みなのに、夏の日の涼風のように感じられるのだ
自分が赤潮に飲み込まれたことは覚えていた。侵蝕率はとっくに閾値を超え、いつ侵蝕体と化した姿で立ち上がってもおかしくない
…………
だがビアンカはまだ意識を保っていた
致命傷になるほどの怪我ではなかった?
……それとも……最後のあの瞬間、ルシアが引っ張ってくれた……?
音なき暗闇の中、ビアンカはかつてないほどの安寧を感じていた。だがその安寧こそがビアンカの意識を永遠の静寂へ引きずり込もうとしている張本人なのだ
早く……目覚めなければ……皆を連れて、撤退しないと……
ビアンカは体をコントロールしようとした
重すぎる……侵蝕度が高すぎたせい?
支離滅裂だった感知データが意識海の最深部へと伝わり、分断していた体の感覚が再構築されていく
ビアンカは重い瞼を開けた
……!
目の前にいるのは救援を待つ難民でも構造体の隊員でもなく、ぐにゃぐにゃに歪んだ大きな怪物だった
「彼女」はビアンカの体を抑えつけ、枯れ木のような指で優しく頬をなでている
周囲に漂うパニシングはまるで「彼女」の養分であるかのように、ゆっくりと「彼女」の体に吸い込まれていく
赤潮に飲み込まれたビアンカは、「彼女」に抱えられて安全な場所へと移されていた
…………
「彼女」の顔は歪んで変形してしまっていたが、ビアンカはその見慣れた顔をすぐに見分けていた
彼女の名前を口にしたいが、唇が震えて声にならない
いつか私が侵蝕体になったら……
「彼女」の指が、花びらを愛でるように唇をそっとなぞる。その指先の鋭い突起が色を失った唇を傷つけ、滲み出た循環液が赤潮と混ざり、痛みをもたらした
大声で嘲笑ってくだされば
真っ赤な「笑顔」がビアンカの目に映った
……あざ……わらって……
…………
……くださ……
あなたが……私を守ってくれた……?
目から涙がこぼれ落ちると同時に、支えきれなくなった天井のガラスが崩れ落ちてきた
セン……
砕け散った天井から海水が流れ落ちてきて、ふたりを一瞬で飲み込んだ