彼らが移動しようとした時、出口の暗闇から声が聞こえてきた
ママに何をするつもりなの?
階段から片翼の少女が歩いてきた。彼女は片手に原型と留めない残骸を持ち、もう片方の手に長くて細い水晶の角錐を1本持っている。華奢な体躯がそれでいっそうか弱く見えた
ここから出ていって!
表情には明らかな変化はないが、少女は残骸をぎゅっと強く抱きしめている
あの特徴……彼女が、カムイの報告にあった、あのハイジでしょうか?
報告……また空中庭園から来た人たちなの?
客人だとしても、勝手に入ってはいけない部屋だってある。ここはあなたたちが来るべき場所じゃない
少女は一瞬で背中の片翼を広げると、パニシングを凝縮させた鋭い刃の羽を飛ばしてきた
危ない!
皆の防御により、少女の刃の羽は次々と地面に落ちていった
…………
相手の実力に気づいたハイジは抱えた残骸を守りながら、刃の羽を凝縮しながら子守唄を歌い始めた
はい!
ふたりの隊長が時同時に突進し、クロムの弾丸の氷が飛来した刃を凍結させ、ルシアが氷の壁を踏み台に飛び上がると、全ての刃を凝縮しハイジに向かって全力の一撃を見舞った
少女が持つ水晶の角錐は衝撃で彼女の足下に落下し、その場に響いていた歌い声が突然止まる。実戦経験が不足しているハイジは氷の衝撃で地面に凍結され、意識を失った
あれ、意外と弱いな!
……前回の状況とは違うから
あの時は大量の異合生物を従えていたが、今彼女はひとりだけだ
どうやら彼女の主な戦闘手段は異合生物の制御によるもののようですね
まだほんの子供ですが……
ルシアが武器を上げて最後の一撃を振るった時、赤い光が爆裂し、パニシング濃度が突如として上昇した
……もとの……ママを邪魔したくないの……
彼女は残骸を置くと、地面に落ちた水晶の角錐を拾って自分の体を支えながら、ふらふらと立ち上がった
?!
クロムが危険に気づき、彼女の動きを制止しようとした時、ハイジが水晶の角錐を自分の胸に突き刺した
一瞬で、少女の足下から空気の波が巻き上がり、その衝撃で皆は後へ数歩下がった。もともとは透明な水晶が彼女の胸元で眩しい赤色を放っている
どうやらあの水晶の角錐、極めて高濃度のパニシング凝縮体だったようです!
赤色の光が胸を刺された箇所から徐々に、ハイジの体を引き裂いていく。彼女が痛みに耐える中、その足下に深紅の菱形の空間が現れた
バンジは少女に向けて銃弾を放ったが、弾丸は命中寸前で防御フィールドに跳ね返された
防御フィールド!?フォン·ネガットの戦闘方式と似ています!
おそらく……問題はあの水晶の角錐です
そう、これがフォン·ネガット様が私に残してくれた宝物
私に……ママを守らせるために!
宝物?自分の器を超える物を受け取るなら、必ず相応の代価が必要になるんですよ
自分の体の、その傷を見てください!
それでも……!
少女の表情は依然として冷静だが、彼女の瞳には狂った火焔の色が表れていた
私はそのために全てを捧げる――!
眩しい赤い光は波のように、一瞬で皆を巻き込んだ。高濃度のパニシングの洗礼を受けたせいか、皆の後ろにそびえる巨大な物体が目覚めていく
ア――――
歌唱が上から伝わってきて、その声が耳をつんざいた。歌っているのは、なんとハイジとまったく同じ子守唄だった
この声……
聴覚モジュールの受信レベルを下げて!
指揮官!
ルシアは固体創傷ゲルを2パック手にして、速やかにそれを耳に詰めてくれた
皆が爆音の危機になんとか対処していると、無数の異合生物が召喚されたというように、出口から這い出てきた
その衝撃か、空間全体が激しく揺れ出し、狭い通路口が徐々に引き裂かれるように崩壊しつつあった
早くこいつらを何とかしないと!ここ、崩れちゃうよ!
それはそうだ……でも、彼女を片づけないと、こいつらにはキリがない
皆は全力で凶暴化した異合生物を阻みながら、次の作戦を話し合っている
なんとか彼女に近づけないのか!?
外部の刺激を用いての戦闘は大体が長く持たない。ここは何とかこらえましょう!
崩壊に覆われなければ……なんとかなると思う
ここの建物のいや~な味をカムは味わったって。やっぱり早く解決した方がいいって!
…………
この時、皆の希望を消し飛ばすように、後ろの巨大な物体が歌唱するのをやめ、上から奇妙な肢体を伸ばして皆に向かってきた
挟み撃ちです!
私があいつに対処しますから、そちらは異合生物とハイジに集中してください!あの源を優先解決します!
クロムは銃からの弾丸に全てを凍結させる冷気を纏わせ「母体」が伸ばした四肢を凍らせた。掠れた女性の悲鳴が響き、巨体はまだ凍っていない肢体でクロムを攻撃してきた
ママを傷つけさせない……
ハイジが手を上げ、腕に抱えた電流を地面に投射すると、粉々になった異合生物が光によって縫合されたように、再び元の姿へと戻った
彼らを殺して!
ハイジの苦しい叫び声の中で、異合生物の潮流が猛り狂う。それはまるで瓦礫の中の砂のように、この部屋を取り囲んでいた
指揮官!
ルシアは素早く後ろに下がって、指揮官を守りつつ近づく異合生物を撃退しながら、奥のハイジへと目を向けた
彼女の胸、ほとんど引き裂かれていますね
じゃあ……
バンジは宙に躍り上がると、上空からハイジに向かって銃の中の弾丸を撃ち尽くした
今回、ハイジの眼前の防御フィールドは、最初の3発の弾丸だけを跳ね返したにとどまった
撃殺、かな
弾丸はやや恍惚したような表情を浮かべる少女に正確に命中して、水晶の角錐に引き裂かれた胸を貫いていった
あああああ……
ハイジの力がすぐに消えはじめ、周りにいた「縫合」された異合生物も再び残骸と化してゆく
ママ……!
ハイジは必死に母と呼ぶ存在と対峙しているクロムに手を伸ばし、彼の動きを止めようとするが、進むことさえ難しくなっているようだ
皆が両側に分かれ、それぞれハイジとその後ろの異重合母体に向き合った瞬間、突然目に見えない力が全員を離れた地点に拘禁した
見えない壁?いいえ、これは、防御フィールド?
ここも見つけられるとは、君たちの能力を称賛しないといけませんね
裂かれた通路から背の高い青年が出てくると、意識を失ったハイジを抱いて、その胸の水晶の角錐を抜きだし、手で握り潰した
私が帰ってくるまで頑張りましたね、よくやった
フォン·ネガットが指先でハイジの引き裂かれた胸に触れると、少女の機体がパニシングの影響で徐々に修復されていく
彼は異合生物の残骸でできた揺りかごにハイジを置いてから、防御フィールドに隔離されている皆を振り返った
ハイジの「お母さん」にご興味が?
この「異重合母体」はまだ実験段階ですが、彼女は確かに、私がここにいる理由のひとつです
あなたたちがこれを見つけてしまったから、これからはハエのように見つめる目がたかるでしょうね
取引しませんか?私がこの実験品をあなたたちに渡しますから、あなたたちは私と一緒にゲームをするのです
彼の視線はその場に拘束されている皆を見まわし、その最後にクロムで止まった
あなたは……
こんなに短い時間でここに戻れるとは……どうやら機体を交換したようですね
彼はクロムに近づくと、防御フィールドの後ろに立つクロムをまじまじと見つめている
ほうほうなるほど、空中庭園の科学技術は確かに進歩しているようだ
せっかくのチャンスなので、この実験品をあなたに任せましょう。もしあなたが彼女から生還したら、私もあなたの言ったことを認めて、彼らに生き残るチャンスを与えますよ
どうでしょうか?
なぜだ?そんなことをして、お前に何のメリットがある?
前にも言ったように、私はずっと選別に合格しうる、昇格ネットワークに忠誠を尽くせるような者を探しているのです
それはもう断った
まあそう焦らずに。人の気持ちはさまざまなことで変わるものですよ。それは偶然の場合もあるし、そういたチャンスを作る必要があるケースもあります
どの程度作為を施すかは、私のあなたに対する興味によりますがね
それに、私はあなたたちの戦いから今まで観測したことのないデータを、二種類得られるのです
もしこれらの理由でも十分でないというなら——
フォン·ネガットは笑いながら手を上げて、指を鳴らした。すぐに上から悲鳴が聞こえてきた
ルース!!
彼に何をした??
フォン·ネガットは他人の悲しみなど少しも意に介さないというように、優雅に両手を広げると、皆に歓迎の意を表するような格好をしてみせた
そんなに怒らないで、彼はさっきの戦いで、押し寄せてきた異合生物にとっくに攻撃されています
さっきのは、彼を侵蝕から解放したんですよ
でも次は、本当の殺戮が待っている
どうですか、あなたのお答えは?
……その提案を受けよう
隊長!
結構、では他の方は私とともにここから出ましょうか
彼は振り返り、光のバリアで「揺りかご」の中のハイジを包むと、大股でここから離れていく
クロムの声が聞こえ、やがて自分に向かって歩いてきた
その時のクロムの表情に少しでも戸惑いがあれば、なんとしても他の解決策を探そうと思っていた
しかし、彼はいつもと変わらず強い決意をもって、その手に武器をしっかりと握っていた
謝る必要はありませんよ
その時のクロムの表情に少しでも戸惑いがあれば、なんとしても他の解決策を探そうと思っていた
しかし、彼はいつもと変わらず強い決意をもって、その手に武器をしっかりと握っていた
問題ありませんよ
先ほどのように囲まれた状況では、彼にとっては誰を殺すのも掌を返すように容易かったでしょう
これは最も合理的な案です、私が無事に戻ることを信じていてください
では、行きましょう、指揮官
……はい!
了解!我々に任せてください!
そうだ。これを
位置特定装置です。我々の指揮官が残したもので、そもそも……合流しやすいようにと、渡されたものです
持っていてください、これで探すのが容易になる
私たちは必ず生きて戻ります。あなたたちも気をつけてください
彼は率先して通路に潜り込むと、上層の温室に戻って、ルースの機体の前に行きその認識票を外した
ルース……必ず連れて帰るぞ
彼は認識票を手の中に握りしめ、立ち上がると隊員とともに速やかに部屋から撤退していった
はい!
フォン·ネガットの後について、皆はより開けたところにやって来た
ようこそ、皆さんは私がこれから何をするのかを心配されているでしょう?
実は私の目的はいつも明確なのです。それは「大選別」を促進することにほかならない
そういう理由から、私は常に新鮮な血液を歓迎しております
しかし今ここであなたたちを招待しても、得られる答えはただひとつだけ
…………
皆さんに私の宿願と理想を伝え、そして昇格ネットワークと選別の偉大さを理解していただきたいが
しかし、人々は徒党を組むと、相手に簡単に勝てるという錯覚を持ってしまう
今は何を話しても、あなたたちは聞く耳を持たないでしょう、それゆえに……
フォン·ネガットは人差し指と親指を立てて、銃のポーズを作って人々に向けた
バーン――
彼の軽快な言葉と同時に、肉眼では識別できない光が人々の背後から発射された
指揮官ッ!
ルシアは背後の光を察知し、自分が逃げるのではなく、こちらに向かって走りながら、刀で他の人への攻撃を遮った
ルシアのお陰で無傷だったが、彼女は最後の一撃をブロックすることができなかった
彼女は傷口を押さえて一歩後ろに下がった。赤色の循環液が右方から滲み出している。骨組みは損傷していないが、結構深い傷だった
顔を上げて周りを見ると、他の者も、多少なりともこの予想外の攻撃で傷を負っていた
大丈夫、まだ戦えます
バンジは急いでルシアに向かっていき、彼女の傷を処置した
……痛覚モジュールを切断する?
この程度の痛みで、意識海を偏移させることはありません
やってご覧なさい。皆さんをビックリさせる仕掛けはまだまだありますよ。おとなしく言うことを聞いてくださるまで、やめません
クロム隊長との約束はどうなったんだ!
いえいえ、私はあなたたちを殺さないと言っただけですよ。他のことは何も約束しておりませんが
そこの指揮官も、2匹のハエを逃したでしょう
フォン·ネガットは黙ったまま見つめてきて、何も言わずにいる
どうでもいいことです。私は力のない者に興味はないから、何もいたしませんよ
しかし、あなたたちに対しては……
ルシアは振り返って指示を求める素振りを見せた。このような未知の敵の前では、むやみな攻撃や撤退は、極めて高いリスクを伴う
目の前にいる代行者が豊富な戦闘経験を持つのは明らかだった。カムイとバンジの話、そして先ほどの一撃だけで、今どうにかできる敵ではないことがわかる
その時突然、曲がり角の陰から近づく足音が聞こえたと思うと、予想外の姿が目の前に現れた
よろしい、呼ぶ手間が省けました
……ここにきて何をするつもりです?
相手は答えず、ただ刀をしまい、まっすぐ皆の前に来ると、フォン·ネガットに向かって立った
おや?彼らをかばうつもりですか?
彼は面白い本を読んでいるような愉快そうな目つきで、眼前の人物を見ている
ガブリエルはあなたが昇格ネットワークを裏切ったと言ったが、私から見れば、あなたの行動は端から何ひとつ昇格ネットワークに貢献していないのですよ
どうして憎むべき相手を助けようとしているのかも、聞かないでおきます。その理由はきっととても長いだろうし、どうせ私に説明してはくれないでしょう?
では、皆さん一斉にどうぞ