このエリアの捜索もほぼ終わりましたが、いまだに何の手がかりもありませんね
マップのカバー範囲もここまでのようです。次はどう進みましょうか?
頭を悩ませる一同の目に、何やら慌てた様子の影が飛び込んできた
すみません、この人を見かけなかったかしら?
女性研究員は写真らしきものを取り出し、スカベンジャーに訊ねている
お前さん、お給金もらってる高等人種だろ?人探しなら部下にでも番犬にでもやらせろよ
プライベートのことだから……セキュリティスタッフに頼むわけにいかないのよ
お願いします、どうか見るだけでも……
その言葉を聞いたスカベンジャーは、地面にしゃがみこんだまま写真をちらりと見た
ああ、こいつか。消息を知りたいってなら、誠意を示してくれないとなぁ
研究員は慌ててポケットの袋を取り出し、男に渡す。男は受け取った袋をすぐさま開き、中の乾パンを口に入れた
そいつならあっちに行ったぜ
研究員は何度も頭を下げ、男が指さした方向へと走っていった。男は口をゆがめて笑った
まあ見たことはないんだけどな
スカベンジャーと研究員の様子から見て、かなり前の出来事のようですね
ここはこれ以上の手がかりがないようです。ついていってみましょうか?
一行は研究員の影のあとを追って、暗い路地裏へと入った
まだ捜査してない場所ですね……
入り口が意図的に隠蔽されていたようです
情報をファウンスの槍システムに入力すると、再び先ほどの研究員が現れた
路地を走っていた彼女は、泣きながら何者かに飛びついた。構造体だ
姉さん!
スカベンジャーは適当な方角を指しただけなのに、まさか見つかるなんて……あらかじめ捜索範囲を絞っていたからでしょうか?
ともに育った者同士であれば、行先の予測はある程度可能でしょう。相手の習慣や思考を熟知しているわけですし
そうなんですか……私にはそういう経験がないので……
リーフにきょうだいはいないんですか?
兄と姉がいますが、血はつながってないんです
もしつながっていたなら、少しはうまくいっていたかもしれません……
血のつながり、ですか……
研究員に抱きつかれた構造体は振り返り、驚きの表情を見せた
あなたは……リアドリンの妹の……ええっと、アンジーだったかしら?
あれ、人違いだったんでしょうか……?
まったく、なんでリアドリンがここにいるってわかったの?
姉さんはどこ!?どうしてこんなに長い間連絡をくれないの!?姉さんの位置情報を見て……やっとここがわかったのよ!
……通知がいったはずだけど。彼女は戦闘で重傷を負い、機体を換装してようやく回復したところ。今朝出ていくのを見たわ。まだ戦闘任務があるんでしょう
……姉さん、私のことを忘れてない?
記憶データは損傷していないと思うわ。昨晩私に挨拶してきたし
心配ならここで待ってるといいわ。私は任務があるから。じゃあね
女性構造体が手を振って去ると、アンジーは安心したように地べたに座り込んだ
お姉さんを心配しているんですね。それに自分は研究員なのに、お姉さんが構造体になってしまうなんて……
……当然何か理由があるんでしょう
アンジーは立ち上がって、膝の汚れを払った。近くのベンチに向かって歩き出したアンジーだったが、通信の通知音に再び足を止めた
メッセージ……姉さんから?
彼女は慌ててメッセージを開いた。見守る4人も身を乗り出し、スクリーンの文字を確認する
アンジー、久しぶり。最近連絡できなくてごめんなさい
実は何日か前に戦場で重傷を負ってしまったの。それで、救援キャンプで翼を持つ機械の天使に出会ったのよ。天使は昇格ネットワークというものの力を見せてくれた
かつて研究者だった私たちは、被験体不足を補うために徴用されて研究を続けられなかった……
けれど今また、パニシングを究明するチャンスが訪れたわ。だから私は天使の誘いに応じたの
さよなら、アンジー。生きて再会できることを心から願っているわ
メッセージを読み終えたアンジーはよろよろと後ずさり、またもや地に崩れ落ちた
……昇格ネットワーク……
彼女にはそれが何を意味するのかわからなかったが、本能的にその危険を察知していた
姉さん……私、必ず見つけるから!
アンジーは立ち上がり、体の汚れも気にせず歩き出した。歩きがてら通信端末の連絡帳を検索し、何者かと連絡を取っている
私です、アンジーです。リアドリンの位置特定の権限をください
だめだ、アンジー。姉につきまとうなと何度言ったらわかる。君は戦闘の障害になる。彼女が構造体になったことを快く思ってないのはわかっているが……
彼女だって君たちの生活のために頑張っているんだ。もし今職を失ったらどうなるのか、君だってわかっているだろう?
あぁもう、率直に言います。姉は部隊を脱走してどこかに行ってしまったんです!
なんだと!?証拠はあるのか?
試しに連絡してみてください
わかった、そのまま待て
ほどなく、通信越しの声は言った
……連絡が取れん。わかった、何が起きたかは知らんが、人をやるからそこで待っていろ
彼女が君のことを思って戻ってくることを願う。君の姉上の戦功は目を見張るものがある。我々にとって惜しい人材だ
通信終了後、それほど経たないうちに車が到着した。構造体3体を乗せた車のナビゲーションは、目的地の座標を明確に表示している
車はアンジーを拾うとすぐに出発し、4人の視界から消えた
間違いないようですね。行きましょう、指揮官
彼女、無事にお姉さんを見つけられるでしょうか……?
目的地が本当に昇格者の本拠地だったとしても、再会できる可能性は低いでしょうね
両手を握りしめるリーフの顔が悲しげに歪んだ
血のつながりというのは本当に複雑ですね。ともに成長して強く結びついた結果、相手を深い闇に導いてしまうなんて……
……血の、つながり……
ルシアがそうつぶやくのは2回目だ。彼女はきっと、ルナがなぜ昇格者になったのかについて考えている
なんでしょう、指揮官
……はい
やはり理解できません。なぜルナは昇格者になったんでしょう?
私は「改造に失敗して処理された」と聞いていたんです。本当はその時、何があったんでしょうか?
ルナはなぜもうひとりの私と一緒にいるんでしょう?もし彼女も私であるなら……どうして昇格者とともにあることを選んだんでしょうか?
……つまり?
違う経験……
もしもう一度やり直せるなら……ぬくもりに満ちた環境で生きられたなら……彼女たちは今の道を選ばなかったんでしょうか?
……もうひとりの自分が何を経験したのか知れば、彼女がなぜ今の道を選んだのかわかるかもしれません
ですが……
ルシアは顔を上げ、空に向かって手を伸ばした。厚い雲越しに射す太陽の鈍い光が指の隙間からこぼれる
もし彼女の記憶から、全てが偽りで、私もここにいるべきでないとわかってしまったら……
私も……彼女と同じようになってしまうんでしょうか?
断言されるんですね
もしそうなってしまったら、指揮官はどうされるんですか?
その答えを聞いて、ルシアは空へと伸ばしていた手を下ろした。笑顔には不安と苦渋がにじんでいる
私と彼女はもともとひとりです。彼女と同じ道を選んでもおかしくない私を、本当に信じてくださるんですか?
それは……彼女が私と同じ経験をしたなら、彼女もグレイレイヴンの一員としてここにいた、ということでしょうか?
そう答えても、ルシアの瞳に浮かぶ不安は払拭されない
未知への迷い、喪失の恐怖、真実を知った後に直面するかもしれない別れ……
その全てが太陽を覆う雲のように、ルシアの心を覆っていた
ありがとうございます、指揮官……
ルシアはうなずいた。瞳に浮かぶ不安はそのままだったが、少しだけ笑顔が深まる
ルシアは振り返り、目標ポイントに向かって大股で歩き出した
その足取りはいつも通りに頼もしく、まるで狙いを定めた灰鴉のように翼を広げ、雲に覆われた空へと突進した