人間の肉でできている心臓が、この考えと向き合った時、激しく痛み始めた
集まっている若者たちの騒がしい声が響いた時、最初に視界に入ったのは銀白色の髪の女子学生だった
その学生がとっさに別の同じ年の少女を支えた時、イヤホンが地面に落ちた
少女が去っていくのを見送ると、銀白の髪の学生は右耳を触り、あれっ?という様子で周囲を見回し始めた
……ありがとう。あなたも1期生?
私はルシア
……世界が一瞬静まり返り、人間はドキドキと鳴る自分の心臓の鼓動をはっきりと聞いた
パチパチと瞬きをして、ルシアの今の容貌を心に刻んだ
ゆっくりと口を開き、ルシアに向かってその言葉を口にした
――その名札を見る前から知っていたんだ
青チームと赤チームのフラッグ戦の訓練の前から知っていたんだ
500回の腕立て伏せをさせられる前から……
空中訓練所で実戦訓練の当番を行う前から、指揮機を操縦してファウンスを掠めて飛ぶ前から……
夜の草むらで誕生日を祝う前から……
月の上で、地球がふたりのために昇る前から……
全てのことが起こる前から理解できたのは、ルシアがバイザー越しに言った、「私は、あなたが好き」という最初の言葉だけかもしれない
けど今、はっきりしているのはそれに続く言葉だった
バイザーで声がこもり、その声が聞こえたのは自分だけだった
ファウンスの講堂のホールで、ルシアにある約束をしようとする前から……
ジョアンが皆の視線をこの片隅に移動させた時、ふたりは申し合わせたように一緒に立ち上がった
――αは扉に足を踏み入れたが、想像していたような、踏み外す感覚はなかった
しっかりと固い地面を踏みしめた時、彼女は圧倒されるような恍惚感に襲われ、意識が遠のきかけた
彼女が顔を上げると、ファウンス士官学校の煌めくような天井が見えた
顔を下げると、自分の礼装が見えた。それは卒業式のために仕立てたものだ。だが彼女はある非常に大事な時に、わざわざ引っ張り出して着たことも覚えていた
……
彼女の体に身震いが走った。何かを確認するように、震えながらポケットの中を探ると、そこには温かくて丸い……
指輪があった
丸いループ。最後のフェーズとなる円環
一瞬、彼女は自分がかつて人間だった頃の鼓動を感じた。全ての感情がこの体に戻ってきた
そして思い返すのに最も勇気のいる日でもあった
まず最初に呼び覚まされたのは聴覚だった。仲間たちや卒業生たちの興奮に満ちた笑い声やざわめきが、人間の
視覚もすぐに戻った。彼女は周囲を見回し、興奮で頬を染めたひとりひとりの顔が見えた。どの顔も彼女にとって懐かしい顔ぶれだった
オフェリア、アデレーネ、カサンドラ……叫びそうになるのを必死にこらえ、両手で口を押えるジョアンがいた
全てが緩慢になったようだった
この果たされなかった約束に、宇宙が情けをかけることはない。別の彼女を大切にした誰かが彼女をこの瞬間へと連れ戻したのだ
……ハハ
背後から落ち着いた足音が聞こえてきた
彼女は指輪を握りながら、ゆっくりと振り向き、目の前の人を再び見た
逃げ出したい気持ちに駆られたが、これは最後の、そして最も重要な選択でもあった
だから彼女は目を開き、その人の目を見た
先に……言って……
彼女はたどたどしく、聞き慣れた言葉を繰り返した
しかし向かい合った
……
彼女は戸惑った
人間の目には緊張や心配、期待もなかったからだ
その瞳には語り尽くせぬほどの想いが宿っていたが、もはや他の初々しい感情はなく、ただ全てを悟ったような幸せに満ちていた
でも……もうあの時とは……違うのよ
彼女は自分の声が涙混じりなのに気付いていなかった
……あなたはもう、全部わかってたのね
彼女はさっと周囲を見回し、皆の表情があの時とは微妙に違っていることに気付いた
誰もが微笑んでいる。ほっとしたような笑みだ
ジョアンですら、彼女に向かって頷いた
皆……
……
人間が半歩前に進むと、周囲は小さくざわめいた
いよいよだわ……さぁ、先に指輪を差し出すのはどっち?
…………
彼女は見回すのをやめ、視線を戻した。もうその必要はなかった
相手は彼女の「台詞」を口にし始めた
……げ……月面車で飛んだ時のこと?
わ……わかってる
彼女はぐっと言葉を呑み込み、数百人もの人々が見守る中、話を続けた
私たちはどちらも覚えてる。私が先に通信を切り、それから……あなたにひと言、言った。今思い出してみても、やっぱり……
彼女の顔が薄っすら紅く染まった
あの時、私は「1度しか言わない」って言ったけど、あれは嘘
あれから、何度も言いたくなった
北アフリカでの午前3時の眠れない時間、任務前に装備を点検した時、あなたから送られた南太平洋の夕暮れの写真……酷い写りだったけど……を受け取った時も言いたかった
彼女は更につけ足した
僧院に戻った時、バイクに乗ってた時にばったり会って、あなたを乗せた時も言いたかった。祝賀会で、塗装販売のお店で、コンステリアの蚤の市で、猫にベッドを買った時も
いつだって……言いたかった
彼女は背後に回していた手を、ゆっくりと前へ出した
彼女は再び先に指輪を取り出し、人間もすぐにそれに続いて取り出した
指輪を掲げたふたつの手が、同じ高さに並んだ
ふたりは向かい合い、涙で目を潤ませながら見つめ合っていた
[player name]……ファウンスの加護の下
彼女は新たに誓いの言葉を付け加えた。これは決して取り消されることのない誓いだからだ
私はあなたと添い遂げることはできない……
予定されていたかのように頭上から轟音が響いた。天井はひび割れ、最後の世界が崩れ始める
ずっとあなたの傍にいることもできない……
そう誓うことは砕け散るような痛みを伴った――砕けた天井より粉々になるほどに。彼女は思わず弁明したくなった
(けれど、あなたは最も特別な存在よ)
だが彼女はやはりそう言い切っただけで、何も言い足さなかった
相変わらずいつも通りのその人の理解と包容力は、彼女に最後の願いを切り出す勇気を与えた
あなたは……
砕け散って落下する幾千万ものガラスの破片が光が反射し、ふたつの顔を映し出した
永遠に……私と結ばれないでいてくれる?
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