ファウンス宇宙船
空中庭園
もういいから、ふざけないで!こっちを見て!撮るよ!
ファウンスの制服に着替えたばかりの学生たちは、笑いさざめきながら、ファウンス記念碑の下で押し合いへし合いしつつ1列に並んだ
準備はいい?こっちを見てね。はい、チーズ――
端末の画像は学生たちの初々しい笑顔を切り取った
わぁ……よく撮れてる!ニヤ、もう1枚撮らない?だってこれって、私たちが学生になって初めて参加する記念見学会でしょ?
ありがとう、でもこれで十分かな。それよりちょっと気になるんだけど……ファウンス記念碑ってどうして上半分だけなの?
不思議だよね……お父さんから聞いたんだけど、昔、ファウンス記念碑が地上にあった頃は、黒い一枚岩でできてたって。ここは……
学生たちは顔を上げ、高くそびえる黒い記念碑を見上げた
黒い記念碑は途中で折れ、その断面は今もなお冷たく鋭い。まるで癒えることのない巨大な傷口のように、無理やりここに据え置かれたかのようだった
記念碑の反対側には、ファウンス出身の指揮官たちが集まっていた
チッ……なぜ記念日なんて面倒な行事が私に回ってくるんだ。あの英雄グレイレイヴン指揮官にでも任せればいいだろう
ふふ、もともとグレイレイヴン指揮官にも声をかけてたけど、
……こんにちは!皆さんは招待されていらした優秀な卒業生の方ですよね!?
好奇心いっぱいの新入生たちが一斉に集まってきた
……
バネッサはアリアナの話題を遮り、顔をしかめて少し苛立った様子で口を開いた
何か?
お邪魔してすみません!すみません!私たち、ファウンスの新入生ですが、少し質問で、なぜファウンス記念碑の上半分だけが、ファウンス宇宙船に?
……
よく聞け、1度しか言わない。それ以上質問があるなら、引率の指導教員に訊け
地上のファウンス記念碑は完全な姿だった。そこにはファウンス設立の歴史や顕著な功績を残した卒業生、そしてファウンスでの主な出来事が刻まれていた
パニシング爆発後、ファウンス周辺は戦火に呑まれ、ある事故によってファウンス記念碑は倒壊したんだ
当時のファウンスの校長は、宇宙船上に縮小したレプリカを再建しようとした。だがドミニクは反対を押し切り、上半分をそのまま宇宙船に移設する案を主張した
……そのまま移設?どうしてですか?それだと、余計に手間も費用もかかるのでは……
……理由は誰にもわからない
バネッサは僅かに顔を上げた。空中庭園の人工ドームからは眩しい光が降り注ぎ、宇宙船上にそびえ立つファウンス記念碑は眩い輝きを跳ね返している
校史の中で、この出来事についてドミニクが残した言葉はひとつ
「電子座標は空間によって遮られる。引き裂かれた体だけが互いのアンカーとなり、宿命の軌道をたどり、帰還する」
だが、当時は誰もがそれもまたドミニクの単なる「謎かけ」だと思っていたがな――
――何事だ!
空中庭園が襲撃された!攻撃の一部はファウンス宇宙船を狙ってる――
撤退指揮を執れ!最寄りの避難ポッドに向かうんだ!急げ――!
会議室
空中庭園
ファウンス宇宙船が空中庭園に残した最後の映像の再生が終わった。アシモフは端末を閉じ、グレイレイヴン指揮官はファウンス宇宙船に関する全ての報告書に目を通していた
この3カ月間、襲撃による混乱の中で空中庭園はなんとか不時着したが、落ち着く間もなく、ファウンス宇宙船がいきなり空中庭園から射出し、切り離された
空中庭園はファウンス宇宙船の捜索を諦めていない。当初、科学理事会はファウンス宇宙船からの断続的な信号をなんとか捉えていた。しかし20日前を境に信号は完全に途絶えた
今回お前を呼んだのは、その
新しい手がかりと呼べるほどのものではないが、今回お前を呼んだのは、お前が
もとより、あの通信機に大きく期待していたわけじゃない。新しい道が見つかるかどうか試したかっただけだが、何やら奇妙なものを受信した……
▄▃▂■■▇▃█▂▄▃▂■▇■▃█▂……
アシモフが再生した音声から、耳障りな雑音が流れ出した
■▃█████末永く▇█▂▄幸せに█▂▄█▂▄……!
アシモフは続きを聞けと手で合図した
途切れ途切れのホワイトノイズの間から、微かに歓声やざわめきが聞こえてくる。どうやら、楽しげな祝祭が行われているらしい
█████▂▄、愛し合う■▇▃██▂▃█■▃幸せ▃█▃█▂▄▃▂■▇▄▃▂■▇……
受信した音声はかなり長く、雑音の干渉のためはっきり聞き取れない。たくさんの人々の声が順番に続き、どうやらプロポーズをしたカップルを祝福しているらしい
まるで地上のどこかの結婚式会場の映像を、誤って受信してしまったかのような……
無関係の出来事のはずなのに、雑音越しに伝わる無邪気な喜びや笑い声が不思議に沁みて、雑務で余裕をなくしていた心の奥が、鼓膜を通してゆっくりと温められていく
█████▄▃▂▄▃▂質点█▂▄██研究▇▃█▂参加▇▃█▂▂▄█……
同じような雑音だらけの音声の中に、最近これ以上ないというほどよく聞かされた言葉がふいに現れた
そう、質点だ
ロサに頼んで、この音声をさまざまな手段で解析させたが、偽造の可能性はない
エゼットの通信機は、固定周波数で地上のファウンスの座標にアンカーされている。あれは、かつてファウンスとエゼットが双方向通信を行っていた通信機だ
つまり、受信したのは当然「地上のファウンス」からの信号ということになる
人はいないが、別のものが残っている
ファウンス記念碑だ
当時、ドミニクは周囲の反対を押し切り、あらゆる困難を排して記念碑の上半分を宇宙船に運び上げた。そして、このタイミングで再びこんな信号を受信した……
ファウンス地上跡地には、まだ解明されていない重要な手がかりが残っているのかもしれない
軍は新たな探索任務を発令した。ファウンス地上跡地における異常の調査だ
ケルベロスにさせる予定だったが、俺が止めた
俺が取り繕った理由はこうだ。「ケルベロスは、現地で指揮を執れる指揮官が不在のため、突発的な事態に対応できない」
……
アシモフはメインスクリーンを閉じ、こちらへ視線を向けた
この音声はそう単純なものじゃない。基礎データの揺らぎは異常だし、電磁場の周波数も既存のどの周波数とも一致しない
このデータを空中庭園に受信させるため、あるいは受信させないために、誰かが特殊な処理を施したのか……
それとも、この音声の発信源自体が特殊で、偶然エゼットの通信機に「捕捉」されただけなのか……
となれば……第3の可能性がある
彼は顔を上げ、深い赤色の瞳に慎重に考え込んでいるような色を浮かべた
この音声は、恐らく俺たちの「時間」のものじゃない
異重合塔だ
ふたりはほぼ同時にその言葉を口にした
俺にも確信はない。だからこの解析済みの音声は伏せておいた。この件を知る者は少ないほどいい……
それに、これがお前にこの任務を引き受けてほしい理由でもある
ファウンス出身で異重合塔での任務経験あり。目的地に到着後、宇宙船との接続を試みるにせよ、ファウンス地上跡地の謎を調査するにせよ……お前が最適だろう
それに、ファウンス宇宙船が失踪した日は、ちょうどファウンスの記念日だった。ほとんどの現役指揮官が各地の前線で、分屯地の行事に参加していた……
今の俺たちの中で、お前以上にふさわしい者がいないことは明白だ
冗談を口にしかけたが、結局言いはしなかった
ファウンス宇宙船、異重合塔……ファウンス宇宙船には自分の同僚や新世代の学生たちが乗っている。異重合塔は人類の安全を脅かす。どちらも決して失敗が許されない任務だ
かつてファウンスの図書館でファウンス地上跡地の記録写真を目にしたことがある。学校の校舎は威厳に満ち、誇り高く輝いていた
ファウンス宇宙船は、地上の学校建築をそのまま再現したもので、本来は星間航行のために建造された。しかし、彼らがその輝かしい瞬間を迎えることはなかった
パニシングの爆発で学校の半数以上の教師や生徒が戦闘で死傷し、最終的に撤退した。混乱の中で宇宙船は離陸し、今や地上のファウンスにどれほど謎があるのか、誰も知らない
それ以上は……俺が言うことでもないな。任務はセリカから通達がある。くれぐれも気をつけろ
アシモフは端末をしまうと、背を向けて立ち去った。暗い会議室にひとり、ぽつんと残された
ファウンス士官学校……一体今はどこにいる?
目を閉じれば、どれだけ時が経とうが、記憶の中の光景は今なお鮮明に浮かび上がる
機械動力学が専門のフェルメール教授は、味気ない構造図を面白く語ってくれた。ラスト教官は白兵戦での戦い方に長けていた。自分の近接戦闘は彼から教わったものだ
それから、学校に残って職についたアリアナ先輩に、ヴァレン先輩。学校記念日にファウンスに招かれたバネッサ……
あれは人類の未来の指揮官を育てる宇宙船であり、同時に、尽きることのない希望を背負った学校でもある
卒業してからも、時折、講演や戦役の分析を行ったりしていた。ファウンスの建物や通り、自分の話に耳を傾ける青少年たち、そして、かつて指導してくれた教授たち……
彼らは……無事なのだろうか?
それになぜ……よりにもよって学校記念の見学日にこんなことが……
思考は混乱するばかりだった。そんな中、アシモフから送られたファウンス宇宙船が最後に残した映像をもう1度開いた
チッ……なぜ記念日なんて面倒な行事が私に回ってくるんだ。あの英雄グレイレイヴン指揮官にでも任せればいいだろう
ふふ、もともとグレイレイヴン指揮官にも声をかけてたけど……
宇宙船に響く歓声と笑い声が、砂嵐のようなホワイトノイズへと変わっていくのをただ見つめていた
2日後
輸送機の中で、ルシアは立ち上がると後方の貨物庫へ向かい、任務に必要な物資を点検をした。もう3度目だ
……すみません、指揮官
座席に戻ると、ルシアは難しい顔で再び端末を開き、目的地までの距離を確認し始めた
何でもありません。数日前、機体の定期点検中に記憶モジュールに触れたせいかもしれません……
……
ルシアは少しためらってから、沈んだ様子で口を開いた
この数日、
白く果てしない霧が夢を呑み込み、全てが霧に溶けていく
でも……そんな「夢」、見るはずがないんです
異重合塔は降臨しておらず、当然「霧域」もこの世界に存在しない
はい、わかりました。指揮官
黒髪の構造体は小さく微笑みを返した
話しているうちに、輸送機は旋回しながら低く降下し、土埃を巻き上げた。地上の学校跡地がすぐ目の前に迫っている
壮麗だった校舎は、まるで時に喰い荒らされた鯨の骨のようだった。中央に残る壊れたプリズム塔だけが今もまだ輝きを放ち、血色の夕焼けの残光を反射していた
ここが……ファウンス……
