075号地下都市の拡張エリア外の地上、「赤潮除去作戦」からの緊急離脱中
あたりに人はおらず、風で舞い上がる砂だけがあるような砂漠に耳をつんざくようなロックが流れ、誰かの怒声が聞こえている
2つのタイヤしか接地していない車両が蛇行しながらも砂の上を駆けている。その絶妙なバランスを保った走行を見れば、アルキメデスさえも拍手を送らざるをえないだろう
おい!誰から運転を教わったんだよ!?
別に誰からも
誰がこのバカにハンドルを預けたんだ!ヴィラ、ヴィラ!助けろ!
……
…………
もう、あんたたち、いい加減にしなさいよ!
隊長、車内での抜刀は危険
お前の運転の方が危ないだろッ!ブ、ブレーキ!ブレーキだ!
21号、ずっとブレーキ全開
――だから、それはアクセルだって!
ヴィラ、なんとかしてくれよ!ちょ、おい待て待て、なんでハッチを開けた!!
もういい、ふたりとも降りて!!
2輪走行の車両の上部ハッチが開くと、赤髪の構造体が頭を守りつつ慣れた動きで飛び降り、見事な受け身を取りながら地上に転がった
すぐに窓からスレーブユニットが投げ出され、続いて白い影が飛び降り、スレーブユニットの横にふわりと降り立った
了解
お前ら???
その言葉は金属の擦れる音と衝撃音にかき消され、車は岩にぶつかって停止した。更にエンジンからは「バーンッ!」という音とともに黒煙が噴き出した
ゲホッ、ゲホゲホ……
「ガチャ」という音とともに、もう片方の無傷のドアが開くと、筋骨隆々とした男性構造体が煙に咳き込みつつ車から降りてきた
――ドーン
……あ~あ
男性構造体は手に持っているハンドルバーと、それが付いていた壊れた車のドアを見下ろした
彼は肩をすくめてそれを後ろへ投げ捨てた。そして振り向いた瞬間、目の前に刀を突きつけられ、彼は両手を上げてみせた
……おい、ヴィラ、俺は運転してないんだぜ!……まずは刀を下ろして話し合おう。俺はこれから機体のメンテンスが大変なんだ
ノクティスがうるさい音楽を流した。だから運転が邪魔された
今は任務中よ。カントリーミュージックのコンサートにでも行くつもり?低能にもほどがあるわね。私の我慢の限界を試したいのかしら?
撤退って任務なのか??
任務かどうかは隊長の私が決める。ずいぶんと偉くなったものね?
ちぇ、わかったよ。だが車がパーになったのはこのサンシチ女のせいだぜ!せっかくビークルを支給されたってのに……
ノクティス、それは責任転嫁
ハンドルを21号に渡したのはどなただったかしら?
ヴィラは嫌味たっぷりに言いながらようやく武器を収めた
21号、ビークルの損害報告をする時は、責任をノクティスに取らせなさい。目標位置はもうすぐそこよ。全速力で向かうわ
おい!
ラジャー
21号は通信端末の電源を入れ、悲惨な姿になっているビークルの近くで通信を始めた
岩の上に座っている赤髪の大柄な構造体は頭をがっくりと下げている
……なんで緊急離脱を命令した?ストライクバードはまだ危ない状況なんだぜ!上は俺らを力不足だと思ってんのか?
ストライクホーク。ほんとバカね
緊急離脱の理由の説明もないしな。俺らの任務は全部あのクソなヘルドッグ隊が横から奪いやがって、今はひとっつも仕事ナシじゃねぇか!
あの隊長はきっと鼻高々だろうよ。今ごろ作戦室で雀躍りしてるぜ
いつかきっと、あいつの喉をかっ切ってやる……
休憩中に何をしようと構わないけど……任務中は私の命令に従いなさい。おわかりかしら?
ヴィラ、キレてないのか?任務途中で取り上げられるのは大嫌いじゃなかったか?
何をキレることがあるの?途中で取り上げるってことは、私がやるまでもない価値の仕事ってことじゃないの
ヴィラはそう言うと、目を細めてしばらく考え込んだ
それに……これは嵐の前の凪かもしれない
嵐?雨が降るってのか?雲ひとつないこんな晴れなのに?
黙って
ヴィラはノクティスの言葉をさえぎった。通信チャンネルからメッセージが届いたようだ。彼女は立ち上がると耳元をタップした。赤い髪が風にあおられ、その表情は見えない
……
……ニコラ?……了解しました
ケルベロスか?
支援部隊の制服を着たスタッフは重そうな瞼をあげてちらりとこちらを見ると、隣の輸送機を指した
あれだ
それと破損したビークルについては、戦闘終了後に回収スタッフが向かうから、先に撤退しておいてくれ
後方支援を任される支援部隊も、前線で緊迫した戦闘が続くせいで、疲れ果てているようだ
おい、間違いないか?俺たちの小隊だけが撤退なのか?
こっちも命令に従ってるだけだ。可能な限り早く撤退してくれ、ビークルは有限なんだからな。後から、任務を完了して前線から戻る小隊と合流しなきゃいけないんだし
けっ
無駄話はやめなさい、ノクティス
……ふふふ、適者生存ね。でしょ?
ヴィラの言葉は誰かに話すというより、独り言のように聞こえた。だが隣にいる21号は何かに気づいたように、すっと頭を上げた
……?
おい、どういうことだ?俺が役立たずだって言いたいのかよ……?
ノクティスの抗議を無視して、ヴィラは21号をちらっと見やると、そのままさっさと空中庭園へと向かう輸送機に乗り込んだ
適者生存……
21号はその言葉を知っている。「勝者は生き残り、敗者は死ぬ」という意味だ。隊長がある場所をその言葉で説明した……自分と隊長がかつていた場所だ
隊長から発した先程の「匂い」……21号は危険を感じていた
それは暗示なのか?それとも隊長がただ思いつきで口にした言葉なのだろうか?
黒野。その名は彼女にとってすでに遠い存在だった。そこを離れて以来、21号は一度も空中庭園で黒野のことを聞いたことがない。まるで自分の人生から、永遠に消えたように
……だが、完全に消えたわけではないかもしれない
21号は黙ってヴィラに続いて輸送機に乗り込む
「赤潮除去作戦」の緊急離脱から数日後、グリースのオフィスにて
私を表に立たせる理由は何でしょうか?
あのな、指揮官とその小隊の使用権を手に入れるために、俺が一体どれほど手回ししたのかわかってんのか?
議会のやつらは大衆に公表したくねぇんだ――空中庭園のエリート指揮官が正体不明の勢力に連れ去られたなんて、メンツ丸つぶれだ。俺らも大衆の目に晒されたくないしな
正直、議会のやつらと仲良しごっこする気なんかない。だがこっちにとっても、今注目を集めるのはタイミングがいかにも悪い
だから、その……社交界のプリンセスさんよ。今回はアンタに黒野を代表してもらった方がいいと思ったってわけだ
グリースの前、完璧なメイクを施して立っている女性は髪をかき上げると、甘い笑みを浮かべてみせた
そうですね。表面的に見れば、私の履歴はまだ「綺麗」な状態ですし
フハハハ、何が綺麗だ……履歴なんてものはバカしか騙せねぇよ、まあそれでもいいけどよ。無駄に隙を見せてもやつらに警戒されるだけだからな
とりあえず、私が任務の担当者になればいいのですね?
表面上はな。でも、仕事はそれだけではないことくらい、わかってるな?
あの一件以来、俺はずっとあの指揮官を研究してる。マインドビーコンの汚染で記憶がループ再生される……データをいくら見てもその強制的な記憶の遡りは制御できんらしい
俺にとっては、存在するものは全て使える道具だ
あの指揮官の頭には、まだ多くの秘密があるに違いない。俺には……予感、それも強烈な予感があるんだ。あいつこそ、俺がずっと探し求めていたものだというね
その指揮官の頭の中に?相当な自信がおありのようですね?
ハハッ、自信?そんなもんはないさ!根拠もな。だが100%確実なことだけをやってたら、人類は猿だった時代にとっくに滅亡してる。全ての美と真理は人が「偶然」見つけたモンだ
人は猿から進化したのではなく……類人猿から、ですよ
ご高説ありがとうレベッカ、もちろん知っているさ
昇格者とリンクしたことによるマインドビーコン汚染、その後遺症の記憶のループ再生。このふたつのピースは天からのチャンスだ。こいつがうまくハマればどんなパズルになる?
グリース長官……
意識汚染に耐えられる指揮官はすでに見つけた。あとは昇格者を捕獲しさえすれば、テストと機体開発の基礎データが収集できる。我々の第一歩は成功したようなもんだ
第一歩、そして最も重要な一歩でもある
グリース長官、どうかお気をつけください――
うん?
さきほどの話の一部には黒野の機密事項が含まれています。もちろん長官は他意なく口にされたことですから、私は何も聞かなかったことにします。ご心配なく
心配しなくてもいい。ここに監視装置はない
あなたは黒野の高級執行官です。私はあなたたちと議会の中立にいる、利害関係のない存在です。自分の立場を変える気はありません
話の腰を折られてもグリースはムッとする様子もなく、むしろ大笑してみせた
気にするな、アンタは裏切るならとっくに裏切っているだろ。黒野だってアンタを始末するならとっくにやってる。真実を話すのは、俺が個人的にアンタを信用しているからだ
何やら脅しのように聞こえますけれど……
まあいいでしょう、承知いたしました。任務ですから、私も本気で臨みます
それでいい、アンタを選んだのはその自信を見込んだからだ……期待している。任務を達成して、あの指揮官を丸裸にし、隠しているものを全部見せてもらおうぜ
長官……
どうした、情報がまだ十分じゃなかったか?
いえ、十二分に伝わっています
ならば行け、レベッカ。活躍を期待してるぞ
おだてていただかなくて結構です。任務の概要は私に送信されていますか?任務執行はどの小隊が担当でしょう?
グリースは両手を前に重ねると、レベッカを意味ありげに見た
それはすぐにわかる。俺直々に「厳選」したからな。今回の任務に最も適した「カード」だぜ
フフフ……きっと、きっと気に入るだろうよ
同時刻、世界政府任務作戦指揮センター
ここは静かで、小声での会話やキーボードを叩く音すら聞こえるほどだった。参謀と兵士たちが忙しく端末やホログラフのマップ、シミュレーターの間を行き来している
毎日、無数の情報やデータ、分析報告と情報部門からの推測報告がここに集まる。それらは指揮センターの頭脳が解析し、空中庭園の各保全エリア担当者への作戦や派遣命令となる
――今日もいつも通りだった
任務命令……機密レベル……XX001A……ケルベロス……割り当て確定
ケルベロス?うちはケルベロス小隊を動かせるのですか?
ケルベロス小隊に対する任務は通常、総司令から直接下令されるが……これはどういうことなのか……私にもわかりかねるな
なるほど……ケルベロスの最近の任務記録は全て削除されています。任務説明は全て「特殊状況により移管された」になっている。この状況は一体……?
聞かぬが花だ。私も彼らが構成と遠隔リンク実験に関わっていることしか知らない……ケルベロスの「指揮官」に会ったこともないしな。指揮官を飛び越え、我々が直接命令するとは……
……とりあえず、我々が命令をする以上、我々の任務だ。ケルベロスの最新状態のデータをくれ
少々お待ちを
参謀はすぐにキーボードを凄まじいスピードで操作し始め、検索した情報を全てモニター上に表示させた
ケルベロス、状態:基地内で待機
前進基地の配布端末に任務内容を送れ。優先度は最高レベルだ
承知しました
よし、これで今日の最も簡単な作業が片づいたな
簡単ですって?
するとチームリーダーが「機密レベル:Ω-7」と書かれた黒いファイルを取り出してきた
機密レベル「高」の管理官と、後方支援官をふたり……それから執行小隊の現場指揮官を呼んで来てくれ
命令はすぐ実行された。しばらくするとチームリーダーと参謀の周りに、各種制服を着た多くの面々が集まった
管理官、君の任務は……私がこれから言う人員と物資を、通常の任務配分に「うまく」分散して配分することだ。ここにいる者以外、誰にも気づかれるな
承知しました
後方支援官、後方支援の供給ラインから「訓練用」として、偵察用の装備と非致死性の武器を調達してほしい。数と詳細は執行小隊の者から受け取ってくれ
長官、まずお伺いしたいのですが、これは一体、何の任務です?
ある生物が発するシグナルを追う。可能な限り標の座標を確認し、監視を継続するんだ。起きうる反撃に備えつつ隠密行動を心がけよ――これは「トップ」直々の指令だ
チームリーダーは現場指揮官に黒いファイルを見せた
生物のシグナル……誰のことです?
……[player name]、空中庭園執行部隊所属、グレイレイヴンの指揮官だ
ではその任務の対象は……
同じくこの指揮官だ。詳細はこれを見ればわかる
チームリーダーはファイルを現場指揮官に投げ渡した
空中庭園、中央広場
今日はケルベロス小隊が待機命令を受けて以来初めて、任務を命じられた日だった。同時に、ストライクホーク小隊の任務から緊急離脱して以来の初任務でもある
隊長のヴィラは2時間前から任務の詳細チェックに呼び出され、暇を持て余し休憩室でヘルドッグ隊をからかっていたノクティスも、興奮状態で武器を「レベルアップ」している
21号、10分後に作戦室に集合よ
21号はひとり、作戦室に向かっている途中だった
……
今日のエデンの人工太陽は暖かい
空中には陽光を受けた埃が舞っている。21号は多くの物を観察してきた。例えば蟻、葉脈、動物の毛。だが埃を観察するのは初めてだ
21号は光が当たる場所へと手を差し伸べた。光はつかめなかったが、温もりを感じた。これは彼女にとって初めての体験だった
陽差し、埃、鳥……人間
彼女の背後を黒い服の者たちが歩いている。彼らはまるで雨雲のように、この晴天の下に目を引いた
動物のように鋭い21号はすぐさま振り返った
それは人間の匂いだが、他の者とは違うようだ。シャンプーの匂い、食べ物の匂い……それらは彼女が最も安心できる人間の匂いだ
だがその他に彼女は薬や鎖、銃のオイルの匂いを嗅ぎとった。よく知る匂いであり、過去に自分がいた研究所と……あの場所を思い出した。どちらも危険、未知、闇を意味するもの
黒い服を着た数人の中、コートを着たあるひとりが、21号の視線に気づき、彼女を見てきた
21号は目を見張ってその者とあえて目を合わせた。危険な匂いはその人間からではなく、隣の黒服たちから漂っていた
警戒する黒服らを一瞥し、21号は彼らが持つケースに武器が入っていることに気づいた。危険な感覚は更に深まり、記憶のデータからは「黒野」という単語が浮かび上がった
数カ月前、彼女は最後の任務を行った。その後、彼女の意識海ではずっと「黒野」の匂いが漂っている
この人間は自分が危険な状況にあることがわかっているのだろうか?それともこの人間自身が危機の引率者なのだろうか?
動物的な本能から21号は意識海で多くの可能性を分析した。しかし、より多くの疑問が彼女が考える可能性を全て覆した
その人間は冷静にちらっと21号を見ただけで、すぐ視線をそらした
……
たったその一瞥だけで、警戒していた21号の緊張は一気にほぐれていた
どんな状況であろうと、その人間に恐れる気配がまったくないのだ。その人間の目を見て、今はコントロールできる状況下であることがわかった
ここは空中庭園であって、研究所でも黒野でもない。突然首を締められるような危険や実験などを21号が常に警戒する必要はないのだ
……21号?何をボンヤリしているの?
21号は視線を戻した。今は安心感が彼女の体を包んでいる
……了解
21号は通信チャンネルでそう返事した。未知なる状況に出くわしたことで極度の警戒状態になってはいたが、昔のように慌てるようなことはなかった
前途に何が待ちうけていようが……21号は決して逃げない。彼女は立ち向かう
21号、スタンバイ