荒れ果てた砂漠に、重なり合うように岩々がそびえ立っている。赤潮は岩の間を縫うように流れていた
バンジが一段と高い岩の上にしゃがんでいる
岩の下で静かに流れているのは、赤色の潮水ともいうべきものだった
この潮水は時おり波立つが、以前に廃都市で見た時のように、その勢いが猛烈すぎて阻めないというほどではない
バンジは時々、潮水から奇妙な形の残骸や錆びた金属、砕けたゴム、そして真っ白な動物の死骸を見つけた
恐ろしい光景を目の当たりにしてもバンジはまったく物怖じしなかった。ただ彼は長いひとつの……あくびをした
は……あ……
いったいどのくらい待たなきゃいけないんだろう?
岩の表面は凹凸としていて、銃を置く三脚のための平坦な場所を確保するのが難しかった
ふわぁ――最新の情報はすでに空中庭園にアップロードしたはずなのに、なんで上の人の行動はこんなに遅いんだ?
隊長の方の状況はどうなっているんだろう?
よりによって僕が偵察を担当。ちょうどあっちも厄介な状況に遭遇した
まだ応援が来ないとなると、この場所は……
24時間前は、赤潮支流の先端が伸びてきたところだった
だが今は、この高い岩の他に居場所はない
幸いなことに、赤潮は波立っていない。バンジが今いる岩は十分に高く、支給済の逆元装置と防御装置のお陰で、赤潮と相当の距離を保って観察し、同時に侵蝕されずに済んでいる
しかしこの状況は長く続かないだろう。少し前まで散らばっていた赤潮の支流が、今や完全にこの地域を覆っていた。一刻も早くここから離れた方がよさそうだ
徐々に上がるパニシング濃度に加えて、赤潮がまた活力を取り戻しつつある――それはパニシングに属する活力だった
岩の下で激しく流れる赤潮。それは異合生物のゆりかごでもある
一面に広がる真っ赤な結晶は、葦や灌木のように赤潮の支流を取り囲んでいる。さまざまな形の赤い生物がその中で蠢くのが見える
機械の侵蝕体ではなく、構造体を基にした侵蝕体でもない
全身から真っ赤な光を発する異合生物には、赤潮に飲み込まれた地球生命体の影が見えた
水際にあった石が突然割れ、4つの触手を伸ばして、バンジの視界の中に入ってきた
バンジのバイオニックスキンは、すぐに現在の風速を計測する
毎秒1.6m、4時の方向から
照準器を右に移動して風の偏差を補う必要あり、と……
わずかに身をよじって円形の接眼レンズの十字線を右にずらし、照準を合わせた
判断、照準、射撃……一気呵成だ
銃口から発射された弾丸は、異合生物に見事命中した
異合生物は倒れこみ、しばらく喘いでいたがやがて息を引き取った。すぐに、赤潮に飲み込まれてその身は再び川の中へ戻り、他の異合生物の養分となった
ふわぁあ……きりがないね
バンジは銃を下ろして、双眼型の距離測定器を取り出し、支流の流れる方向へ合わせた
岩の高さは約20m。障害物がなく、天候を考慮しない状況では、目視できる距離はおそらく……
目を閉じて半秒足らずで、バンジは結論を出した
十七公里。
しかし距離測定器を通しても、すでに支流の先端は見えなくなっている
つまり、足下の赤潮の支流は、1日17km以上の速度で延びているということだ
……ほんと、笑えない状況だ
距離測定器を片づけて、バンジは立ち上がった
突然、上空から耳をつんざくような激しいエンジン音がした
バンジは顔を上げて、いつも重そうに垂れている瞼を完全に開いた
おいおい……違うでしょ
通常、昼間に流れ星は見えない
しかしバンジの金色の双眸にははっきりと、金属色を帯びた流れ星が黒煙を上げながら、地面に墜落する光景が映った
皆さま。当機はまもなく減速し、高度を下げます。15秒後にエンジンを逆噴射いたしますがその際、通常の約2倍の重力がかかります。シートベルト着用を重ねてお願いします
……
皆さま。当機はまもなく電離層に突入します。通信が67秒間断絶されますので、その間は座席に搭載された通信システムをご利用ください
……
皆さま。当機はまもなく大気圏に突入します。エンジンを起動しますと、連続した強い揺れがありますので、シートベルトをしっかりとお閉めください
……
皆さま。当機はただいま大気圏内に入りました。航空機動運航を開始いたします
……
皆さま。当機はただいま平流層に入りました
……
皆さま。本機はただいま対流層に入りました
……
皆さま。砂漠地帯の砂埃で上空の視認性が非常に悪いため、地表の赤潮の露出領域を目視で確認できません
地表の赤潮を目視できない?なら、計画通りに着陸だ
任務開始!各機分散し、独自判断にて行動せよ!では、安全かつ完全な任務完了を祈る
ちょっと展開が早すぎますね
突然の激しいキャビンの振動が、輸送船内の全人員を不安にさせている
その激しい揺れで、頭が椅子や壁にぶつかってしまう
体を安定させるのは難しいことではなかった。しかし、姿勢を調整して衝撃に備えようとした時、突然、再び意識が暗闇に包まれた
「記憶の再生」の間、お前は記憶の渦に引っ張り込まれる。情報が多すぎて体の制御はそっちのけになり、周りで起きていることも感知できなくなる
幸い、記憶の再生速度は非常に速く、主観的にはかなりの時間がすぎたように感じるが、実際には数秒程度しか経っていない
そうだ。その間、お前の潜在意識が非常に活発化している
並外れた考えを思いついたり、自分でも理解できない判断をするかもしれないな
それは、脳が無意識に大量の情報を処理しているのに、意識がそれに追いついていないからだ
それはいい影響なのか、悪い影響なのか、俺にもよくわからない
ただ、注意しなければならないのは、「記憶の再生」は制御も予測もできない。状況が瞬間的に変わる戦闘下においては、これは非常に危険なことといえる
安全のため、短期間のうちに敵と直面するような作戦は避けた方がいいだろう
記憶から抜け出した瞬間――
目の前には鉄壁があった
最後の抵抗をしようとしたが、指先すらも動かせなかった
記憶の激流に翻弄されるがままだ
お久しぶりね、グレイレイヴン指揮官
私が会いに来ると思わなかったでしょう?
実は、この状況であなたに会うには結構手間がかかったわ。アレン会長が説得してくれなければ、おそらくあなたに会えなかったでしょうね
昇格者の拠点でのグレイレイヴンの勇ましい功績は、執行部隊を通して広まっている。空中庭園にいる私の耳にも届いたわ
もし、あなたが昇格者と直接接触したのなら、もしかして、私と宇宙ステーションで交戦した昇格者にも会ったの?
いや、それは重要ではないわね。私が唯一気になっているのは、その拠点で彼女の痕跡を見つけたかどうか……
ピンク色の髪の少女は口を開いて、ある名前を言おうとした瞬間――
その視野が急に静止し、悪意的な編集をされたかのように暗転した
頭に激しい痛みを感じ、思考も同時に一瞬停止する
指揮官!
ちっ!乱気流です。動かないで
でも、指揮官の頭が……
当機はただいま乱気流に突入しました。機体を安定させる必要があります。当機の重心に変化をきたさないよう、皆さまはその場で動かないようにお願いします
輸送船の外から、稲妻の轟きが聞こえる。雲の間が光り、更に激しい揺れが船を襲った
乱気流が荒すぎるため、当機は更に降下して離脱を試みます。皆さま慌てないでください
だめだ。この状況ではまったく……
振動はますます激しくなっていく
先ほどの緊急航行のため、当機は目標ルートから外れました。まだ完全には乱気流から脱出しておりません
乱気流が原因で負荷がかかり、左翼が変形しております。当機は緊急着陸準備に入ります
鋭い音がして全ての可能性が壊れたようだった。片側の翼が変形した輸送船は、その機体を傾けながら地面に墜落していく
本機は通常の飛行体勢に回復して着陸することができません、約15度の角度で地面に追突します。角度が大きすぎるため、機体崩壊の危険があります
パラシュート脱出モードを起動します。ただちに機内を減圧します。15秒後にバックドアが開きます
バックドアが開きました。総員、パラシュートで脱出してください
最初の衝撃で目眩に襲われ、ついにはほとんど動けなくなった
目眩がしている間に、額から流れた血で再び視界がぼやけていった
シートベルトが死への拘束となっていた。さっきの衝撃で何かがおかしくなったのか、何度、解除ボタンを押しても外れないのだ
アシモフの言う通り、「記憶の再生」の間、自分はまるでなすすべもなく屠殺される子羊のように無力だ
ぼんやりした意識のなかで、構造体小隊がバックドアから次々と飛び降りているのが見えた
自分も早く準備しなくては……
立ち上ろうとした時、再び激しい振動が襲ってきた
エリアポイントを所持しました。いつ飛びますか?
もう間に合いません。輸送船はすでに失速している
今飛び出すとかえって危険です。衝撃に備えましょう。ルシア!指揮官は任せました!
了解です!
危機一髪、再び鉄の壁にぶつかりそうな時に、誰かが自分の頭を支え、腕の中で守ってくれた
少し冷たく、そして馴染みのある懐だった
私です。指揮官、安心してください
指揮官はお守りします
どれくらい経ったのだろうか
数秒かもしれないし、あるいは非常に長い時間が経ったのかもしれない
全ては収束していた。墜落といっても差し支えないほどの強制着陸だった
レーザーが金属を切断する音が耳に響いてくる
少し目を開けると、そこには輸送船の壁を切り崩しているリーがいた
動かないでください。指揮官
リーフは珍しく厳しい口調で、動こうとする自分を制してくる
リーは切り離した鉄壁を蹴っ飛ばした
その瞬間、キャビンの中に光が注ぎ込む
ルシア、早く。先に指揮官を連れ出してください
ルシアに支えられて輸送船を降りる
周りを見渡すと、構造体である3人は何の異常もなかった。額をぶつけた自分だけが悲惨な状況だった
ルシア、指揮官を下ろしてください。緊急手当をします
わかりました
衛生兵だったというリーフが、すぐに止血し、傷口を包帯で巻いてくれた
幸い、かすり傷でした。見た目は少し酷いんですが
眉をひそめて脇に立っていたルシアは、安堵のため息をつき、すぐに武器を構えて周囲を警戒した
安心するには早いですよ
周りを見てください
荒れ果てた大地が広がっている。ここがどこであれ、着陸予定地点から遠く離れてしまったことだけは確かだ
ただの荒れ地であればそう脅威ではないが、重要なのはここが……
――!
あれはいったい?
――着陸地点は、ちょうど赤潮の支流の区域だったのだ
現在、小隊は支流と支流の間、いわゆる中州のような場所にいる。赤潮に巻き込まれることはないが、大変危険な状態だ
風で舞い上がる塵のせいで、視界が非常に悪い。前進する方向すらわからなかった
……▁▅▃……▃……▆……
……!何の声です?
その声は、低い音ながら澄んでいる。大型の哺乳類の鳴き声のようだ
声はますます大きく響き、砂埃の向こう側から、ゴソゴソという音が近づいてくる
一瞬にして、グレイレイヴンの3人が自分を庇うように前に立ちはだかった