いつもの朝のように、何気なく目を覚まそうとした時……
誰かが突然アイマスクを取り、耳元で大袈裟な声で話しかけてきた
フハハハ、お前は拉致された!今頃皆はパニックだろう!ようこそ「地獄」へ!俺は――ワルだ!
「拉致された」という前提を確認し、周囲の状況を確認した
空はまだ明けていない。鳥が囀っているから、夜明け前の早朝だ。場所は高所――恐らくどこかの屋上のようだ。もしかしたら……コンステリア?
遠くで風車がゆっくりと回るのが見え、推測が正しいことを確認した
うわああっ!?
「拉致犯」のセリフからまだ1分も経たないうちに突然悲鳴が上がり、赤い影が視界の端から閃光のように現れ、瞬く間に拉致犯を地面に叩きつけた
赤い影を見た瞬間、思わずその名を口にしていた
あら?「寝坊助」さん、思ったより早いお目覚めね。状況は把握できた?今回は私が拉致したんじゃないわよ
ヴィラが近付いてきて、手足を縛っていたロープを解いてくれた
昨日あなたのメッセージを傍受したの――理由は訊かないで。それで、幼稚な警告メッセージを見つけたの。子供の遊びだろうけど、グレイレイヴンに知られたら大騒ぎになるから
前回みたいに、ぞろぞろと3人の構造体がつきまとう……でも今日は特別な日でしょ?あなたはもうちょっと「自由」になってもいいはず。そう思わない?
そんな目で見ないで頂戴。結果オーライでしょ?悪者はいなくなったし、素晴らしい1日が始まる前に自由を手に入れた――つきまとう者はいないし、完全に自由よ
ヴィラが何かを言いかけた時、物音がした。何かが這うような――次の瞬間「悪の手下たち」が現れ、一斉に襲いかかってきた
ふたりを捕まえろ!逃がすな!
ボスの仇だ!
ふん、どうやらまだ自由はお預けみたいね
まず隠れましょう。こんなめでたい日に、夜明け前から戦闘なんて縁起が悪いわ
ヴィラは手に持っていたロープを素早くこちらの腰に結ぶと、勢いよく屋上の扉を蹴り開けて飛び込んだ。自分はそのまま引っ張られながらついていく――
廃ビルの中で非常口の扉が開いていた。しかし中に入ろうとした瞬間、ヴィラに口を押さえられ、別の狭い暗がりへと転がり込んだ
構造体の手がこちらの口と鼻を覆い、彼女は静かに後ろに控えながら、体の発光パーツを全て消した
構造体の内部循環システムが静かに停止し、暗闇の中で微かな呼吸音だけが響く
「悪の手下」はドドドドと音を立てながら階下へ駆け下りていき、この小さな整備室の横にある扉を見落としていった
ひとつバッドニュースを教えてあげる。この茶番劇の黒幕は私よ。残念だけど、あなたはまんまとボスのアジトに連れてこられたってわけ
ぷっ……冗談よ。まさか本気にしたの?
ほんっとにつまらないわね。こんな素晴らしい台本なんだから、ちょっとくらい演じてみてもいいでしょ?
整備室はとても狭く、ふたりの腰がロープで繋がっていなくても密着せざるを得なかった
ヴィラに手を握られている。安心できる温かさがバイオニックスキンを通して伝わってきた。その温もりは人間と何ら変わりない
……もういいわね。危機は去ったわ、あなたは自由よ
それを聞いても、自分はその場に留まっていた
どうしたの?
……あなたに関係ある?私があなたを「拉致」することはあっても、私の予定を訊く権利なんてないわ
嫌よ
彼女は「チッ」と舌打ちをし、手で扉を押し開けた。小さな扉が「ギィ」と音を立て、彼女はこちらを押し出した
ひとりで行って、グレイレイヴンにでも帰るといいわ。日の出なんて馬鹿げたもの……任務に出れば太陽なんて飽きるほど見れるでしょう
自分はふたりの腰に結ばれたロープを指差し、軽く引っ張ってみせた
ロープが軽く揺れ、影の中の構造体もそれに合わせてゆっくりと1歩前に出てきた
……それは、あなたが私のペースについてこれないと思ったからよ。あなたみたいなバカを置き去りにしたら、得体の知れないコスプレ機械体に捕まって――
……
……ほんと、ガキね
ふたりで再び屋上へ戻ってきた
空の果てから太陽がゆっくりと昇り始め、空の半分がヴィラの髪のような赤色に染まっている。もう半分の空は、深い夜の青に包まれていた
ヴィラはただ黙って屋上の端に座り、空を眺めた。「悪の手下」に邪魔されることもなく、同行する仲間たちの姿もなかった
「……私は空を見上げた……東の空はまるでサファイアのように美しく、澄み渡る涼やかな空気が天の彼方まで広がっていた」
なんでもないわ。あの太陽、温泉卵の黄身みたいじゃない?宇宙規模の巨大温泉卵
ヴィラは突然こちらの目を見つめ、ふたりの間に結ばれたロープを強く引っ張った。それでもロープは解けなかった
本当は違う言葉を言おうとしたの。例えば「素敵な場所での再会を楽しみにしてる」みたいな……
けど、やめたわ。私たち、このまま縛られていた方がいいんじゃない?
ヴィラは満足のいく返事を得て、大きく笑った。小さな犬歯が誇らしげに見えた
アハハ!残念だけど、もう少しだけ私と「逃亡」してもらうわよ
この街の空を渡り歩いて、誰にも見つからない場所に「逃亡」するの。もう後悔しても遅いわよ!