旧暦7月7日、船が幽谷に差しかかると、突如天候が一変し、辺りは暗闇に包まれた。海霧が立ち込め、白い靄の中に微かに舞台が浮かび上がった……
この地は荒廃し、ならず者たちの手で平地にされたはず。この舞台は一体どこから現れた?今日、[player name]という書生が金のかんざしの導きによりこの地を訪れた……
数分前、含英に招かれてこの夜航船の展示館に来たのだが……
ようこそようこそ、新登場のリアル脱出ゲーム『金のかんざしと舞姫』!絶対の興奮とスリルが、七夕の間だけ無料で体験できる!お客さま、どうぞこちらへ――
そんなヤボなこと言わないでくださいよ。こちらの金のかんざしをどうぞ。こちらは脱出用のアイテムですが、見事脱出に成功すれば無料で差し上げます!
七夕にぴったりの贈り物ですよ、さぁスタッフは準備万端ですどうぞどうぞ――
機械体は早送りボタンでも押されたようにせかせかと、
優雅な古典舞曲が聴こえ、顔を上げると、いつの間にか目の前に人混みができていた。舞台では舞姫の優雅な舞いが屏風に映されている。見覚えのある舞い姿のような……
人混みをかき分けて舞台に近付くと、舞台上の姿が徐々にはっきりしてきた。屏風に遮られているが、舞いの動きは、普段彼女が練習しているものに間違いない
返事はなかった
一瞬の内に、歌や歓声が消えた。舞姫は踊りを止め、人々の喧騒がやみ……この空間に自分ひとりだけが残されたように感じた
白く眩しい光に照らされたあと、目に入ってきたのは荒れ果てた景色だった……
薄暗い中、遠くにある舞台の上で光がちらついている。自分を導いているようだ
自分が動かないのを見ると、光は焦ったように2回連続で点滅し、あからさまに舞台へと誘導した
自分が光の導きに従うと、光の瞬きは緩やかになり、安心感を与える暖色の光源に変化した
舞台に上がると光は消え、腰元で金のかんざしが光り始めた。この不安を煽る光に照らされ、暗闇の中で祭壇のくぼみが見えた。どうやらここが金のかんざしの行き先のようだ
「ここに来た者は、祭壇の前で三礼し、前方を見てはならない。」
「金のかんざしの持ち主は必ず恋人と再会するだろう。果たしてそれは人の世か……それとも冥界か!!!」
などと想像するが、実際に書かれていた内容は……
「室内の温度が低いかもしれません……祭壇の側に暖かい毛布があるので、よければお使いください。お風邪を引かれませんように」
周囲に立ち込める陰鬱な雰囲気と美しい筆跡とのギャップが激しい……お札を丁寧に確認したが、寒さで幻覚を見ているわけではないようだ
ふぅー……ふぅー……
ただ……風の中に何か温かいものが混ざっているような気がする。気のせいだろうか?
自分の鈍さに苛立ったのか、首筋に当たる風が更に強く温かくなった……
後ろに立った何かで風が遮られ、代わりに穏やかで優しい呼吸を感じた
ばぁ!
無事に自分に会えたのが嬉しいのか、彼女の顔に僅かな赤みが差した
首に当たる風に合わせて身体を少し震わせると、彼女はすぐに焦ったように自分の背中を軽く叩き、「恐怖」を和らげようとした
やっぱり私は怖がらせるのが下手なようですね……「舞姫」にはなれそうにありません
彼女は少し残念そうに笑い、またこちらを見つめた
ええと……それをご説明するには、『金のかんざしと舞姫』の背景から始める必要があります
実はこれは脱出ゲームに見せかけたふたり芝居なんです。恋人同士で書生と舞姫になりきり、一緒に物語を演じるんです
いいえ……むしろ逆です。舞姫は愛ゆえに書生を怖がらせるのです
ずっと昔、書生と舞姫は夜航船でお互いに支え合いながら生きていました。指揮官も夜航船の人々が里程銭のために日々奔走していることはご存知でしょう
舞姫は昼夜を問わず踊り続けて足を痛めてしまい、また、書生も恋人の世話で疲れ果てて、やがて病に倒れてしまいます
ふたりの里程銭が減っていくにつれ、舞姫はもうこのような生活は続けられないと悟り……
七夕の日、彼女は最も大切な金のかんざしを差し出す代わりに、書生の病を治し、舞姫に関する記憶を消すよう闇の主に頼みました。それ以来、舞姫の姿を見た者はいません
その後、金のかんざしは闇の中を転々とし、運命の巡り合わせにより書生の手に渡ることになりました
ある年の七夕、書生は金のかんざしの導きにより、舞姫と初めて会った舞台にたどり着きます
舞台には舞姫の魂が彷徨っている、そう噂されていました。恋人に会いたいという願いを、いつまでも叶えられずにいるのだと……
もし再会すれば、願いが叶った彼女は人間界を去ることになり、同時に恋人が彼女との思い出を取り戻してしまう
ですがそうなれば、書生はその後の人生をひとり孤独にすごすことになる……それは苦しみにほかなりません
だからこそ、彼女は何としても書生と再会する訳にはいかなかった……
いくら怖がらせても、彼女に会おうとする書生の強い意志を見てしまったからです
何度でも、どんな障害があっても、自分の恋人は初めて会った時のように、人混みを抜けて、金のかんざしを届けに来てくれるのです
今日のあなたのように……[player name]
彼女はそう言いながら自分の手を握った。手の平の温もりは彼女の優しさを無言で伝えていた
確かに、物語の書生も自分も、お互いの「舞姫」のために同じ選択をした
彼女は悟ったのです。もしここで書生に会わずにいたら、次の年もその次の年も……彼は生涯ここへ戻ってきて、過去に囚われたまま前に進めなくなる
恋人を孤独から救うことはできても、それでは相手が自分を想う権利も奪ってしまう。ゆえに舞姫は阻止することをやめ、反対に書生を導き、再会するのです
[player name]……
彼女は自分の頬に手を添えた。優しい息が自分の顔にかかり、くすぐったく感じる
あなたと出会い、私にも理解できました……人間の想いはまるで甘い頭痛のようで、憂いをもたらすだけでなく、喜びももたらすのだと
生別であれ死別であれ、織姫と彦星も、舞姫と書生も、それぞれの想いは別れた者たちの心に宿り続けます……それは、私も同じです
[player name]、今日は七夕ですね。私がなっていたのは物語の舞姫だけでなく、愛しい人を待ち続けるひとりの女性でもありました
「早く会いたい」「怖がらせたくない」。あなたをうまく驚かせられなかったのは、きっとそんな思いがあったせい……
ですが……「もう一度恋人と抱き合いたい」という願いは、私と「舞姫」の間で通じていたと思うのです……
もし視線が人を抱きしめることができるなら、自分はすでに彼女に抱きしめられているのだろう
含英は両手をこちらの背に回し、優しくしっかりと抱きついてきた
含英は両手を優しくこちらの腰に回した。腕の中で、彼女の身体は喜びのあまり微かに震えていた
柔らかい肌から人工心臓の激しい鼓動が伝わってくる。彼女の温もりがゆっくりと身体に沁み込み、展示館の寒さを追い払った
[player name]、七夕の夜はまだ長いです……せっかく会えたのですから、別の場所でゆっくりすごしませんか
