どうか墓前で泣かないで~
少女の歌声は静かに止まった。[player name]はこの数日間、毎晩ここに来て、ルナに歌を教えた。そして今日、ついに彼女は完璧に歌を覚えた
どう、上手?
いいえ
「ルナ」は目の前の人を見つめた。[player name]は、自分がこの歌を覚えて喜んでいるのは確かだ。しかし、その喜びの中に少し暗い影があるのを感じた
彼女は考え、提案した
海辺に散歩に行かない?
今、驚いた?
どうして?
そうね……あなたが知っている私はここにはいない
そう言うと、ルナは先に立って階段を下りた
そう言われて、思わず黙ってしまった
ふたりはただ並んで夜空の下を歩いた。砂の上に深さの違う足跡が残る度に、砂浜に寄せる波が平らに消していく
夜風が少し冷たかったので、明日の夜からは上着を着た方がよさそうだ
少しぎこちない雰囲気が漂っている。何か共通の会話をしようと話題を探したが、よく考えるとルナは記憶喪失なのだ
やはり現実はメロドラマのようにうまくはいかない
意識海はかなり難解な世界だった。科学理事会でさえ、意識海を完全に理解しているとはいえない
混乱した思考が頭の中をぐるぐると巡る。その時、隣の少女の言葉が聞こえてきた
[player name]、聞いてる?
何を考えていたの?
ふーん……そう
効果がないとは言いきれない。実はこの数日間でたくさんのことを思い出したの。ただ、あなたが望む「ルナ」にはまだ遠いかもね
やっぱり本当のルナよりずっと付き合いやすい……まだそれにこちらが馴染めていないが
断片的な記憶だけ。主には日常生活のことね
ルナは少しだけ眉を寄せて、考え込むように下を向き、つぶやいた
姉さんと一緒に……とても大きな場所で、楽しそうにしてる。同年代の子がたくさんいて、一緒に勉強してた……
うん……思い出した……
私は女子高生だった
そう、美しい世界。こことは違う
たくさんある記憶の断片のどれとも違う世界で、どこにもパニシングがない
ルナに軽く肩を叩かれた
おかしいのはそちらじゃないの?そのパニなんとかって……
黄金時代と呼ばれていて、人々はやりたいことをして自由に学ぶことができる。ここに比べると……夢のような世界
姉さんは料理上手で、よく新作を作って私に食べさせてくれたわ
私はカメラが好きで、たくさんの写真を撮ってネットにアップしていたの。将来は写真家になるつもりだったのかも
私たちはネットでグルメチャンネルを開設して……
これといったこともない、平凡な日々だった
話を戻すと、そういえば昨日、あの城で映画の脚本を見つけたわ
そういえば確かに、機械体がその話をしているのを聞いた
海を支配する女神が人間界を初めて訪れて、人間を愛する物語よ
そういえば、私のこの服はその女神の衣装を参考にして作られたの
なるほど。ルナの記憶の方が気になって、服にまで気が回っていなかった
以前のルナなら、こういった雰囲気の服を着ただろうか?
そうね
女神が人間を愛することはタブーとされていて、それで呪いがかかってしまうの
海の女神は城の中で深い眠りについてしまった。人間の命が尽きるその日まで決して目を覚まさない
そして、その人間にはふたつの選択肢が与えられた……
ひとつめは、女神への思いを抱きながら命の終わりを待つこと。人間が死ねば、女神は目を覚ます
ふたつめは、呪いを解く旅に出る。月を呼び覚まして、浄化の月光で海面を照らすの。ただ、女神が起きるとその人間の記憶は永遠に消えてしまう
この物語は……
ルナはすぐに答えず、微笑んで訊き返してきた
あなたは、この物語の結末がどうなると思う?
そう
そう思う?
まるでおとぎ話の結末みたいに、理想的な答えね――「最後にふたりで幸せに暮らしました」って
うーん……
今は秘密にしておく
波が足下を濡らす。それは足跡を消し去ると同時に、物語の結末も飲み込んだ
わぁ!
足に砂が付いたのか、突然ルナは靴を脱ぎ、笑いながらぽいっと前方に投げた。そして、靴を拾いに走っていく
どこからどう見ても少女の光景だ
遠くからルナが手を振り、近くに来るよう手招きしてきた
靴を持ってて?
そうね……私が女子高生だから?これは女の子の特権なの
ルナは海に背を向けて立ち、光の粒子と波が彼女の背後で踊るように煌めく――夜なのに目がくらみそうだった。彼女の笑顔が月夜の海を背景に輝いているからだろう
ルナから靴を受け取った
じゃあ、あなたの瞳の中にいるルナについて教えて
代行者の姿を思い出し、考えた末に「自信」「強い」という形容詞を選んだ
考えた結果、やっぱり「聡明な」という表現が彼女にふさわしいだろう
ふたりは肩を並べて砂浜に座った。ルナの靴は綺麗に並べられていた
これが、私たちの昔の物語……
ううん、何も思い出せない
……わからない
まずは姉さんを探す。今の姉さんは私の印象とは少し違うかもしれないけど
彼女が右手を上げると、赤い光が掌に急速に集まり、消えた
今の私って、ただの女子高生じゃなくて魔法少女なのかも
明日目が覚めたら、元の姿に戻っているかもしれない。だって魔法なんだもの
少女は、いかにも少女らしい純真無垢で、恐れ知らずな満面の笑みを浮かべた
じゃあ、あなたはこれからどうするの?私の記憶を取り戻すのを手伝ってくれるんでしょう?
ルナに過去の出来事を話せば、それを聞いた彼女の記憶が戻るのではないかという期待を抱いていた
少女はその言葉を聞いて、急に固まった。いくつかの記憶がわっと脳裏に蘇ったが、それらはすぐに鎮静化した
ルナは首を振り、それ以上考えないようにした。そして、目の前の人を見つめた
彼女は、相手がその言葉を口にした意味を理解していた
もう諦めるの?……私たちの以前の記憶はどうでもいいってことなの?
彼女はこの人間を見た瞬間から胸の高鳴りを感じていた。この人間が自分にとってどれだけ大切か、そしてその感情の内容について、彼女はよく理解していた
だからこそ、彼女は目の前の人間の目をじっと見つめ、相手の次の言葉に真剣に耳を傾けた
どうでもいいんじゃなくて……
ただ、人の力には限界がある。個人の意志ではどうにもできないことだってある……だって、人生は映画ではないから
後でまたゆっくり方法を考えればいい
もし本当に変えられないのなら……その時は受け入れるしかない
そう言うと、その人間は口を閉じて温かい笑みを浮かべた
いずれにせよ未来はくる。それに、お互いを信じてるから
君も言ってたよね。数年後には自分で思い出せるって
未来……
ルナが一歩近寄ってきた。頬が触れるほどに近く、お互いの呼吸を感じる
あなたの心の奥底にある考えを知りたいの
彼女は[player name]の乱れた息遣いを感じた
実は、彼女は隠している。彼女が思い出した記憶は、相手が想像しているよりもずっと多いことを
ただ、今、彼女ははっきりと理解した。問題の鍵はここではなく、あのルナにある
もちろん、彼女は自分の内側にある感情を理解していた
なんといっても女子高生なのだ。少女の初々しい気持ちは理解できる
(本当にバカね。<phonetic=私>ルナ</phonetic>、こんなことで悩むなんて)
(もう一度、あなたを助けるわ。思う存分に愛せばいい)
次の瞬間、人間の手が彼女の頬に触れ、その温もりが伝わってきた
こんなにも近い距離で相手の瞳を見つめていると、口を塞いでも目から感情が漏れ出てしまう
彼女は[player name]の瞳に焦燥が浮かんでいることに気付いた
そして、目の前の人が自分と同じ感情を抱いていることを確信した
だからこそ、言おう。心の奥深くの自分勝手な感情を
つまり――これは「恋」だ
綺麗事や正しい言葉ならもう十分口にしてきた。結局、自分は人間だ
より優しく明るいルナは素敵だが、重要なのは……彼女が以前のルナではないということ
彼女はお互いの過去を覚えていないのだ
そのひと言が、ふたりの運命を結びつけ始めた
蝶が嵐を引き起こし、太陽が氷雪を溶かし、湖面に波紋が広がり、少女の記憶も……ここから溢れ始めた
ルナは頬に置かれた手を握り返してきた
……女神の物語の結末はね、人間は月を呼び覚まし、女神から人間に関する記憶が消えてしまうの
でも、再びその人間と出会って、女神はまた恋に落ちる
もう言葉は必要ない。ルナの記憶が戻っている
目を閉じていて。私が「魔法」を見せてあげる
ゆっくりと目を閉じた
ルナは[player name]の手を取り、大きな海へ向かって真っ直ぐに歩いた
水面を踏んだ瞬間、代行者が指を微かに動かすと赤い光が水中に広がり、橋を作った
1歩、2歩とふたりは海の上を歩いた
今の代行者は以前とは異なり、目の前の人間を侵蝕することなくパニシングを操って、異重合物を形成している
時折、ルナは[player name]の方を振り返った。人間はしっかりと目を閉じ、先導する相手を完全に信頼しきっている
いつしか、彼女はこの人間が自分にとって特別な存在であることに気付いていた
反転異重合塔の下で、彼女はある言葉を口にしたことがある
私、そして配下の昇格者たちが信じるのは[player name]ただひとりよ
なぜあの時、あんな言葉を口走ったのだろう
本当にただ有利な選択だったから、だけだろうか?
1歩進む度に、彼女の意識海にひとつずつ映像が浮かび上がった
それは彼女が以前、昇格ネットワークを使って未来を演算した時の映像だ
おびただしい数の機械の前
赤い波が世界を呑み込む未来のある日
荒廃と嵐の終末の中
氷雪に埋もれた都市の廃墟
穏やかな朝日が照らす庭
どの場面にも、彼女の側にはいつも[player name]がいる
10回、20回、100回以上……
何度演算しただろうか?もう覚えていない
しかし、ひとつだけ変わらないのは、いつも同じ人が側にいること
その人はずっと、彼女としっかり心を寄せ合っている
彼女が疑念を払拭しようと演算を行う度に、更に多くの疑念が生まれた
なぜ……あなたはそうするの?
内なるこの<phonetic=愛>【感情】</phonetic>は、一体?
…………
自信、荘厳、冷静……
これらはこの代行者が身に纏う<phonetic=タグ>鎧</phonetic>だ
しかし<phonetic=タグ>鎧</phonetic>の下には何があるのだろう?
運命は彼女を苦しめもせず、穏やかに生きさせもせず、絶妙ないたずらを仕掛けてくる
生と死の境界を行ったり来たりしながら、苦悶する――
憎悪に苦しめられ
怨念に引き裂かれ
嘘に欺かれ
大衆の期待に束縛され
黒も白もない。抑圧と沈黙が支配し、終わりの見えない灰色の世界
血に染まった空を飛ぶ代行者は、廃墟に捨てられた子供にすぎない
捨てられた子供は、傷ついた世界の中で声なき声を発するしかない
そうして、ふらつきながら前に進む。今のルナは過去のあの<phonetic=ルナ>子供</phonetic>を振り返る余裕がある
そして、その<phonetic=自分>子供</phonetic>に「こんなに遠くまで来たのね」と声をかけることができる
今の彼女は、大切な人たちが笑ってすごす未来を望んでいる――
ならば行こう。その未来を見つけ、未来を掴もう
だから彼女は昇格ネットワークの力を使い、何度も演算を行った
しかし、ずっと側にいたのは予想外の人物だった
彼女はもう戸惑うことなどないと思っていたが、差し出された両手を目の前にすると、一瞬ためらってしまった――
自分に愛する権利があるのだろうか?
ふとした疑問が心の弱いところを抉るように突き刺してくる。何度も演算した結果得られた膨大な情報と記憶が意識海に溢れ、彼女は気を失いそうになった
事態が手に負えなくなる前に、彼女はグレイレイヴン指揮官にメッセージを送った。そして、ありったけの自分の【美しさと善】を集結させて閉じ込めた
それは愛によって育まれた、純真無垢な少女――
また、彼女が本来歩むはずだった人生でもあった
目を閉じる前、時の足跡をたどるように、温かい<phonetic=愛>言葉</phonetic>が追いかけてきて、彼女をしっかりと抱きしめた
それはおぼろげな記憶だ。彼女の母親が添い寝しながら言ってくれた言葉
可愛いルナが、どんな時も愛に恵まれますように
大きな海と満月の間に、ふたりは並んで立った
さまざまな思いがルナの心に浮かんでくる。彼女はそっと片方の手を上げた
無数の赤いパニシングが彼女の<phonetic=愛>力</phonetic>によって頭上に集まり、ヤドリギのような異重合物を作った
目を開けていいわよ
ルナは目の前の人を見つめながら、ふと窓の側に座っていた時のあの問いを思い出した――どうして……ここに来たの?
(もちろん……あなたがここにいるから)
彼女はゆっくりと手を伸ばした
そして、目の前の人もそれに応える――
ゆっくりと目を閉じた
ルナは[player name]の手を取り、大きな海へ向かって真っ直ぐに歩いた
水面を踏んだ瞬間、代行者が指を微かに動かすと赤い光が水中に広がり、橋を作った
1歩、2歩とふたりは海の上を歩いた
今の代行者は以前とは異なり、目の前の人間を侵蝕することなくパニシングを操って、異重合物を形成している
時折、ルナは[player name]の方を振り返った。人間はしっかりと目を閉じ、先導する相手を完全に信頼しきっている
いつしか、彼女はこの人間が自分にとって特別な存在であることに気付いていた
反転異重合塔の下で、彼女はある言葉を口にしたことがある
私、そして配下の昇格者たちが信じるのは[player name]ただひとりよ
なぜあの時、あんな言葉を口走ったのだろう
本当にただ有利な選択だったから、だけだろうか?
1歩進む度に、彼女の意識海にひとつずつ映像が浮かび上がった
それは彼女が以前、昇格ネットワークを使って未来を演算した時の映像だ
おびただしい数の機械の前
赤い波が世界を呑み込む未来のある日
荒廃と嵐の終末の中
氷雪に埋もれた都市の廃墟
穏やかな朝日が照らす庭
どの場面にも、彼女の側にはいつも[player name]がいる
10回、20回、100回以上……
何度演算しただろうか?もう覚えていない
しかし、ひとつだけ変わらないのは、いつも同じ人が側にいること
その人はずっと、彼女としっかり心を寄せ合っている
彼女が疑念を払拭しようと演算を行う度に、更に多くの疑念が生まれた
なぜ……あなたはそうするの?
内なるこの<phonetic=愛>【感情】</phonetic>は、一体?
…………
自信、荘厳、冷静……
これらはこの代行者が身に纏う<phonetic=タグ>鎧</phonetic>だ
しかし<phonetic=タグ>鎧</phonetic>の下には何があるのだろう?
運命は彼女を苦しめもせず、穏やかに生きさせもせず、絶妙ないたずらを仕掛けてくる
生と死の境界を行ったり来たりしながら、苦悶する――
憎悪に苦しめられ
怨念に引き裂かれ
嘘に欺かれ
大衆の期待に束縛され
黒も白もない。抑圧と沈黙が支配し、終わりの見えない灰色の世界
血に染まった空を飛ぶ代行者は、廃墟に捨てられた子供にすぎない
捨てられた子供は、傷ついた世界の中で声なき声を発するしかない
そうして、ふらつきながら前に進む。今のルナは過去のあの<phonetic=ルナ>子供</phonetic>を振り返る余裕がある
そして、その<phonetic=自分>子供</phonetic>に「こんなに遠くまで来たのね」と声をかけることができる
今の彼女は、大切な人たちが笑ってすごす未来を望んでいる――
ならば行こう。その未来を見つけ、未来を掴もう
だから彼女は昇格ネットワークの力を使い、何度も演算を行った
しかし、ずっと側にいたのは予想外の人物だった
彼女はもう戸惑うことなどないと思っていたが、差し出された両手を目の前にすると、一瞬ためらってしまった――
自分に愛する権利があるのだろうか?
ふとした疑問が心の弱いところを抉るように突き刺してくる。何度も演算した結果得られた膨大な情報と記憶が意識海に溢れ、彼女は気を失いそうになった
事態が手に負えなくなる前に、彼女はグレイレイヴン指揮官にメッセージを送った。そして、ありったけの自分の【美しさと善】を集結させて閉じ込めた
それは愛によって育まれた、純真無垢な少女――
また、彼女が本来歩むはずだった人生でもあった
目を閉じる前、時の足跡をたどるように、温かい<phonetic=愛>言葉</phonetic>が追いかけてきて、彼女をしっかりと抱きしめた
それはおぼろげな記憶だ。彼女の母親が添い寝しながら言ってくれた言葉
可愛いルナが、どんな時も愛に恵まれますように
大きな海と満月の間に、ふたりは並んで立った
さまざまな思いがルナの心に浮かんでくる。彼女はそっと片方の手を上げた
無数の赤いパニシングが彼女の<phonetic=愛>力</phonetic>によって頭上に集まり、ヤドリギのような異重合物を作った
目を開けていいわよ
ルナは目の前の人を見つめながら、ふと窓の側に座っていた時のあの問いを思い出した――どうして……ここに来たの?
(もちろん……あなたがここにいるから)
彼女はゆっくりと手を伸ばした
そして、目の前の人もそれに応える――