Story Reader / イベントシナリオ / 海風ノート / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
<

夏の残響

>

地図に従ってコンステリアの道を歩くと、空っぽの通りに足音が響いた。この未開発のエリアを訪れる来客はほとんどいないようだ

夏の空には太陽が溢れ、綺麗なビーチが遠く眩しく輝いている

ダイビングでリフレッシュしようとリーを誘っていた。そろそろ約束の時間だ

待ち合わせ場所に着くと、その近くですぐに見慣れた背中を見つけた

確実に気付かれる「奇襲」だと承知の上で、足音を潜めて忍び寄る。だが背後まで近付いても、リーは何の反応も示さなかった

次の一手を考えていると、リーが突然口を開いた

……28秒

目標の警戒範囲に入ってからの、最適な行動時間を逸しています

僕が、あなたの足音や行動パターンを覚えていないとでも?

もちろん、承知しています

あなたがコソコソ何をするのかに興味があったので、様子を見ていただけです

「コソコソ」という言葉の意味を学び直すことをご提案しますよ

そんなご料簡なんですね?では、次のチャンスもあげないことにしましょうか

リーはいつもと同じ静かな口調だが、その眼差しには少しゆったりとした笑みが浮かんでいた

静かな氷の海のようだったその青い瞳も、今では氷の下に隠された温かな色を見せることがあった

いえ、僕も着いたばかりです。先に準備をしていました

リーの視線の先に目をやると、彼の後ろにさまざまなダイビング機材一式が積まれていた。これだけの種類をこの短時間でどうやって準備したのか、想像もつかない量だ

使えそうなものを確認しておきたいだけです。万が一にも、準備は万全に

だがその酸素ボンベや救命浮き輪よりも目を引いたのは、リー本人の出で立ちだった

深い紺色の流線型のダイビングスーツへ落とした目線が無意識に、強烈な存在感を放つ黄色いアヒルへと吸い寄せられていく

こちらの目線に気がついたリーは、ぎこちなく頭を背けた

……僕の記憶が正しければ、この衣装はあなたが勧めたはずですが

リーにダイビングの約束を取りつけてすぐのこと――

予定外のイベントだったので、ふたりともダイビング用品の準備がなかった。親切な機械体に熱烈に勧められるままに、臨海エリアのダイビングショップへ行ったのだった

これまで任務で遭遇した未侵蝕の機械体には人類に敵意を持つ者も多くいたが、ここの住民の多くは、かつていた主人を思わせる穏やかで礼儀正しい性格をしている

ダイビングショップの店主は、やや旧型の友好的な機械体だった。用件を伝えると、店主は頭を時計回りにグルリと回し、歓迎するような仕草をした

店主の電子スクリーンに文字が表示される

機械体はガラス扉に貼られたポスターを指差した。「構造体&バイオニック用水中塗装、販売中」と書かれている

機械体は恭しく一礼すると、商品閲覧用の端末をこちらへ手渡してきた。そして自分とリーがゆっくり商品を選べるように、自らはスリープモードに入った

棚に並ぶ商品を見てみたが、こじんまりした店のせいか、ダイビングスーツの品数はそれほど多くない

……

リーは商品リストにサッと目を通し、押し黙った

……どれでもいいです

じゃあ、あなたが選んだものを

彼は迷うことなく難題をふっかけてきた

少し考え、試着リストの中からリーに似合いそうな一着を選んだ

深い紺色のダイビングスーツで、紹介文には黄金時代に流行したスタイルと書かれている。目にした時、ふと懐かしさを感じたのだ

いいんじゃないでしょうか

端末をリーに渡して自分用のサイズのダイビングスーツを手にすると、試着室へと向かった

試着室から出ると、ちょうど塗装を替えたリーがちらっと見えた。鏡に向かった彼は、少し困惑したような表情を浮かべている

空中庭園の標準塗装と違い、前もって機体に合わせた物ではない。問題が起こる可能性も……

……サイズはちょうどいいのですが……

リーが眉をひそめながら顔のダイビングマスクを調整すると、その動きに合わせてマスクに鎮座するアヒルが鳴いた

グワァ――

……これは一体何ですか?

リーはダイビングセットを手に取った。明るい色に合わせた可愛らしいアヒルのデザインが、彼の無表情と強い対比を成している

リーはギロリとこちらへ視線を向けてきた

そして商品ページの、カラフルで目立つフォントで書かれた説明を指差した。「トレンドの巨匠ヴァーチェが生んだ、コンステリアNo.1ファッションブランド」

……少しだけこの塗装のよさがわかった気がしました

色も形も全然違うように見えますが

その時のリーはまだ少し迷っているように見えたが、結局はその塗装に決めたのだった

その後はお互いに別の用事があり、リーとは別行動だった。用件が落ち着いた頃、自分の端末にリーから作戦情報が届いた

休暇中に戦闘任務はないはず……そう思いながらメールを開くと、その内容はこちらの予想を裏切ってきた

コンステリア沿岸の最適なダイビングポイント、水域、近日中の天気、海流、水深、サンゴ礁のある浅瀬の座標、更にダイビングの注意事項諸々が詳細に描かれた地形図だ

――フォーマットこそ見慣れた作戦情報だが、内容は簡潔にまとめられたダイビングガイドだった

目の前にいるフル装備かつ準備万端というリーを見て、微笑みを抑えきれない

こちらが思っていたよりも、ダイビングを楽しみにしてくれていたのだろうか?

何か笑うことがありますか?

……あえてでしょう

何のことだかさっぱりです

そろそろ行きましょう

海面は午後の日差しでキラキラと輝き、白い波は深呼吸をするようにビーチに打ち寄せていた

リーとともに浅瀬へと向かう途中、くるぶしが痒くなった。下を見ると、打ち上げられたヤドカリが自分の足下にぶつかり、そそくさと砂の中に潜っていく

どうかしましたか?

この海域では毒を持つ生物も打ち上げられることがありますから、気をつけてくださいよ

……わかっているならいいです

送ったメールをちゃんと読みましたか?

わかっているのならいいですが

……変な呼び方はやめてください

そうですね

覚えている限り、平和なひと時なら以前にもあった。戦いで危険と痛みを伴う中にも、平穏や笑顔はある。その時は皆、一瞬の嵐が氷山の一角だとは考えもしなかった

荒波にもまれて歩いてきたせいだろうか、ようやくひと息ついてこの平和な海岸を歩いている今の方がより、現実味を感じられない

リーも同じように思っているのだろうか?彼は口にこそ出さないが、最近の出来事にまだ少し動揺しているであろうことは感じていた

その上、たまに……

……まだ気を緩める時じゃない

まるで心配を裏付けるかのように、彼のつぶやきが聞こえた

……いえ

ボーっとしているようでしたが……何を考えておられたんですか?指揮官

本当にそうなら、目的地を通りすぎようとしているのに気付くはずですが

リフレッシュできている証拠ですし、別に悪いことじゃありません

珍しいことにリーは皮肉を言うこともなく、こちらの肩をポンポンと叩いてきた

行きますよ、ダイビングしたかったのでは?

……今、横にいますが

はぁ……ダイビングの準備をしましょう

リーは何かを誤魔化すようにその歩みを速めた

決めておいたダイビングポイントに到着すると、簡単なウォーミングアップをする

僕の記憶によれば……指揮官はダイビングは初めてですよね?

休暇中に海へ行くことはあったが、ビーチで横になったり海に浸かる程度だった。ここまで準備を整えての本格的なダイビングは初めてだ

指揮官が何も準備していないのであれば、基礎から練習しましょうか

ダイビングに関するセオリーなら熟知している。ファウンスの訓練過程にも、類似する内容が含まれていた

……あなたを自由に行動させる点について、甚だ疑問になってきました

その答えにはあまり説得力がないと思いますが

確か以前……制止を無視して海に飛び込んだ人がいましたよね。その誰かを引き上げた代償として……関節に入り込んだ塩の結晶や砂の掃除に、長時間費やす羽目になりました

とぼけても無駄です。その時の写真を見ますか?

あれはあなたの罪の動かぬ証拠です

それはいささか事実に反しますね

……少なくとも、あなたほどは楽しんでいません

……あなたのことを十分理解する前なら、我が指揮官の知能が幼児レベルまで退化したのではと疑い始めるところですね

指揮官、安易に自らの命を他者に委ねないようにしてください……僕はいつでも全力を尽くしますが、常に守りきれるとは限りません

……これは別に今回に限った話ではなく、これから先もずっとです

リーは表面上、普段のような平然を装っていたが、彼の右手は固く握られていた。それは彼が何かに堪えている時、無意識にする癖だった

まあいいでしょう……

緊急事態の自衛手段として、指揮官はできるだけ色々なスキルを身につけておくべきです。いい機会ですし、練習する時間もたっぷりありますよ

訓練は多少スパルタでいきますよ、覚悟してください

新たな挑戦に立ち向かう準備をするかのように、リーの表情がぐっと引き締まった

ええと……リフレッシュしに来たんじゃなかったっけ?