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All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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離別しがたし

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公演は大盛況のうちに幕を閉じたが、含英はあの「アドリブ」の件で、団長から説教される羽目になった

まさか……あの方が、あり得ない……

機械体としての自分のアトリビュートがどこから漏れたかわからない。それは……製造者だけが知り得る秘密だからだ

でもそれよりもっと大事なことがある。含英は仲間たちに挨拶すると、楽屋の待合室に単身向かった。そこにはひとりの太った商人が彼女を待っていた

舞台は大盛り上がりだ……さすがエースだな。俺も投資して舞踊団を作ろうと思っているんだが、お前にぜひ来てほしいもんだ

ジョークともとれる金満の言葉に、含英はただふっと微笑んだだけだった

貴方様がいつも来てくださるお陰です

冗談と思ってるな?3割くらいは本気だ……お前にはその価値がある。リスクを冒して九龍に戻る必要なんてないだろうが。今あそこがどうなっているか、誰も知らないんだ

あの小娘のためを思ってのことなら、彼女を帰すべきではないと思うがな。夜航船に残るのが一番安全なはずさ……

誰もが貴方様のように計画性がある訳ではありません……それにひとりひとり、生きるための「価値」は違うものです

私は悠悠と約束をしたんです……必ず生きて九龍に帰ると

ふん……勝手にしろ。俺の言いたいことは以上だ。俺はただ商売をして金を搾り取る商人にすぎんからな……金さえきっちり払ってくれりゃ、他のことにはまるで興味がないんでね

金満は懐から手紙を出すと、おもむろに含英に手渡してきた

必要な船はすでに手配した。時間は3日後の朝だ……船尾にいろ。そこに貨物船に偽装した船がある。乗り込んだらこの手紙を船頭に渡せ。何もしゃべるなよ、いいな

残りの金はお前が九龍の港に着いたら払ってもらう

わかりました……

含英は深々とお辞儀をして、手紙を懐にしまった

それと……本当にありがとうございました

感謝されても、金満は「だからなんだ」という不満そうな顔つきだ。しかし彼は何も言わず、その場を去っていった

歩き出してから、彼はふと何かを思い出したかのように振り返り、含英に忠告した

お前のことを探っているやつらがいる。俺にもわかるのはそれだけだ……気をつけろよ。残金を払う前に死んだりされちゃたまらん

心あらずだった含英は家の前の庭まで来ると足を止め、金満の最後の忠告の意味をじっくり考え始めた

これまで、熱狂的なファンが事件を起こしたことは多々ある――だがこの夜航船においては、彼女にとってそれは大した問題ではなかった

しかし今回は違う。自分を尾行しているのはひとりやふたりではなく、6、7人はいる……更に不可解なのは、彼らは全員が人間ではなく、機械体や構造体も混じっているようだ

含英はそっとかんざしを手に取り、いきなり振り返って建物の屋根へと投げつけた――どれほど熱狂的なファンでも、あんな場所に隠れる者などいない

屋根から悲鳴が聞こえたと同時に、拘束用の電磁さすまたを持った人影が四方から現れ、含英の動きを制止しようとしてきた

相手が普通の人間相手なら多勢による総攻撃作戦は有効だろう。しかし複数のさすまたがぶつかり合って、電極と金属の音を立てた時には、含英の姿はとっくに消えていた

上にいるぞっ!

さすまたが絡まった隙に空へ飛び上がった含英は屋根を蹴り、上にいると叫んだ編笠衆の男のさすまたの上に立つと、叫ぶ余裕も与えず蹴り飛ばした

さすまた同士が絡まっていたせいで、ひとりの男のさすまたが蹴り飛ばされると、連動して他の男たちも各方向へと吹っ飛んだ

笠を被った女性の機械体が、空中に吹っ飛んだ編笠衆の男を含英の方へと蹴り飛ばした――彼らは悪人だろうが、含英はその男の胸ぐらを掴み、軽く投げ飛ばすだけにとどめた

ピ――ピピ――

しかし攻撃してきた女性の機械体は含英の動きの隙を見逃さず、空で一回転すると、木の枝のように細い腕で含英を捕らえようとした

基礎がなってないわね――

含英は笑いながら手をついて後ろへと宙返りした。そして追撃から身をかわしつつ、脚を回転させて機械体の顎を蹴り上げた。その動きはまさに優雅な舞踊そのものだ

姿を見せなさい

くるりと回って着地した含英はその機械体を庭の石山に向かって蹴り飛ばした。石山は一瞬で砕け散り、破片が機械体を覆い尽くした――同時に石山の背後にいた男が姿を現した

所詮踊り子、この人数でかかれば余裕だと思ったが……

本気で私を捕らえたいなら、この10倍くらいの人数を用意した方がいいわね

含英は埃まみれの袖を払い、鋭い目で彼を見た

私の後をつけて、襲った理由を言いなさい。さもないと……

含英は再び身構えた。しかし男はただ手を振り、戦う意志はないと伝えてきた

戦うつもりはない――もうその必要はない

背後で大きな音が響き、含英の隣に巨大な何かが落ちてきた。その躯体には電流が流れた跡が残っていた

含英は瞬時に、それは悠悠が「阿一」と呼ぶ力士型の機械体だと理解した。悠悠を守るために自分が側にいさせた機械体、その彼が倒されたということは……

離して――ッ!!

黙れ!

悠悠は笠を被ったふたりの男に捕まえられ、家から引きずり出されていた。彼女は必死にもがいているが、抵抗するすべなくただ殴られるばかりだ

悠悠!

含英は先ほどの頭目らしき男を捕らえようと思ったが、その男の側にはすでに新たな機械体が2体現れ、彼を守っていた

自分だけなら目の前の男を倒して逃げることもできる。だがそうすれば、悠悠が助かる可能性はゼロに近い

調査通りだな。不気味な機械の身分で、人間を真似して家族ごっこを始めるとは

男は含英に近づくとその美しい顎をぐいっとあげ、彼女の驚いた顔をじっと見つめた

……一体、何者なの

男は我慢できないというように笑い出した。更に、含英の白い手が赤くなるほど強く握りしめた

確かに素晴らしい出来だ。人間に化けられる自信があるのも頷ける……さすがはあのヴィリアーの傑作だ

その名前を聞いた瞬間、含英の瞳孔が縮んだ。男の横にいた機械体たちも反応できないほどの速さで、含英は右手で男の喉を締め上げていた

どうしてその名を……

我々は「ゆりかご」という組織……あるいは、かつて「ゆりかご」という組織だった

含英はその名を知っていた。それは九龍で悪事を働くクラッカー集団らしい。ヴィリアーから、この組織が九龍王族の襲撃を画策していたが、彼が全員を殲滅したと聞いていた

あいつはお前に秘密のほとんどを話しているようだな……ちょうどいい。彼の秘密を知れば知るほど、我々の復讐には有利になる

そう言って、その男は九龍で最も高い場所を見上げた。そこにいる全てのものを蔑む者こそ、彼が常に憎み続けている復讐相手なのだ

「ゆりかご」は死を恐れない。一番の恐怖は我々のプライドが踏みにじられることだ。あいつを最高に屈辱的な方法で殺してやる……たとえば、自らが作ったお前に殺される

3日後、「曲」に化けたあいつがあの楼閣から出てくる。その時が我々の最大のチャンスだ

3日後にヴィリアーを殺しさえすれば……この終末の海に漂う宝、夜航船は我々の手に落ちたも同然だ

含英は更にその男の喉を締め上げたが、男の顔色は一切変わらない。傍目には首を絞められているのはその男ではなく、含英のようだった

あの娘のためにやったことが真っ先に俺を殺すことではなかったのなら、今も俺を殺せないだろう。演算の論理から逃がれられない機械の運命の悲哀ってやつだな

だがお前はヴィリアーによって作られたはずだろう。なぜ人間の小娘ごときを心配する。技術者の俺もその点には興味が湧いたよ

後ろで悠悠の絶叫が聞こえた。笠を被った男が刀でゆっくりと悠悠の太腿を刺している。人間の象徴である赤い血がだらだらと地面に流れていた

……!

悠悠に気を取られた隙に、男は尖った電極を含英の首……正しくは首の「枷」に差しこんだ

どうして……うぅ……//外部リンクマッチング中<<<<<<<【削除】成功<<<<<<<ロジックモチーフメモリー読み取り中……

九龍のヴィリアーの極秘ラボで見つけたアトリビュートはやはり正しかったな……機械体としての性能は高いが、彼はお前に堅牢性のあるセキュリティシステムを搭載していない

お前が自ら外部端子としての「枷」を作ったのか……よくできている。これを頼みに人間社会に紛れ込んでいたんだな?だが、造りってやつは細かければ細かいほど脆弱なんだ

や……やめて……

含英がずっと必死に守ってきた秘密を、積み重ねてきた宝物を――今、この男に踏みにじるようにして見られている

……なるほど、ヴィリアーの願望がこんなにも荒唐無稽なものだったとは!まったく、天才とは実にイカレてやがる。ハハハハ

だが、お前は悲しいかな、あの男に捨てられた無価値の人形なんだ。恨んではいないのか……まあそれもそうか、機械の感情はただのプログラムだ

血を舐めるハイエナのように、男は含英の記憶を夢中で覗き見ている。その時、男に小さな石が当たった。ダメージはないが、彼を振り向かせるには十分な衝撃だった

この悪党……離しなさいよ……含英姉さんを離せっ!!

悠悠はなんと自力でふたりの男をなんとか投げ飛ばした。しかし目の前の男は顔色すら変えず、息を切らしている悠悠を見て笑い出した

ああ、確かに俺は悪党だ。だが、その含英姉さんとやらもたいして善人じゃないぞ……あ、いや、彼女は……「人」ですらないな

そんなことない!含英姉さんは機械だけど……私を助けてくれた。価値のない私を守ってきてくれた!

悠悠は震えながら体を起こし、涙を流しながら怒りに燃えて男たちを見た

あなたたちより……この船にいる誰よりも人間らしいんだから!

そうか、それはまた……でも、それはただのプログラムだとしたら、どうする?お前に優しかったのも実は別の目的があったのかも。そうだとしても、お前は同じことが言えるか?

男は含英の髪をひっつかみ、彼女を持ち上げると、その顔を悠悠にぐいと向けた

さあ、教えてやれ。最初にこの娘を助けようとしたのは、なぜだ?

何度も何度も彼女を守った理由は何だ?

それに、彼女を構造体にしようとした理由は?

私は……ああぁ……

再び、脳に異物を差しこまれた激痛のせいで、彼女は自分の思考すら制御できなくなっていた

【本機が最初に昏迷状態の目標に接触したのは、彼女の身体でTa-193コポリマーの適応性テストを行うためでした。彼女は非常に高い適応性を持っています】

【本機は類似ゲシュタルト人格「華胥」の搭載端末として存在するため、自身が主目標を完遂できないと判断した場合、本機は予備目標にロジックを変更します】

【予備目標:目標を育て、構造体改造を行い、最後に候補躯体として製造者――ヴィリアーへ提供】

含英は苦痛にもだえながらも、悠悠から視線を外さなかった。しかし悠悠は彼女の視線から目を逸らしてしまった

悠悠……

愛のように見えたものはその者の価値を高めるためで、信頼と思えたものは目的達成の切り札にすぎなかった。その現実が少女の心に大きなダメージを与えている

彼女はひと言も発することができず、嗚咽をもらすことすらできなかった。先ほどの興奮が嘘のように、ただはらはらと涙を流しながらがっくりと地面に膝をついている

機械は一貫してただの機械だ。彼女らの存在価値は、人間の欲望を実現すること、その一点のみにしかない

男は笑い出し、隣にいる機械体に悠悠を殺すよう目配せした――すでに含英を制圧した彼にとって、もはやこの少女には何の価値もなかった

阿一……

含英は懐の手紙を倒れている力士型の機械体に投げ、必死に指令を送った。倒れたと思われた阿一は手紙を体内に格納すると、いきなり地面を強打し、砂嵐を起こした

ガ――ガガ!!

悠悠を連れていって……3日後の朝……船尾に……!

阿一は頷いた。彼は襲いかかってきた2体の機械体を吹っ飛ばし、泣いている悠悠を片手で抱えて壁をひらりと飛び越え、夜の闇へと姿を消した

追う必要はない。目的は達成した。最重要の駒を手に入れたからな

行くぞ含英。今度こそ、我々が失ったものを……利息をつけてヴィリアーから返してもらう

(ごめんなさい……悠悠……)

含英の首の「枷」が最後に一度赤く光った時、彼女はかつて九龍があった方向を見つめていた

(……一緒に九龍に戻ろうっていうあの約束は、果たせないかもしれない)