Story Reader / 幕間シナリオ / 花の歌 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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虻虫

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「おお……!あれを、あれを見よ!」

「あの去っていく宇宙船、あそこに私の仲間が乗っている。あそこには無数の愛と計り知れないほどの夢がある!」

「宇宙船は去っていく、私の希望をのせて!」

「さようなら、我が親愛なる仲間たちよ」

「あなたたちの未来に、愛と光が満ちていますように」

床に座り込んだフローラはセレーナにすいと手を差し伸べた

ダンスに誘うような仕草だった。それは主人公が幕を下ろす前に行う動作のひとつだ

彼女は長い間、その姿勢を保ったまま、少しも表情を変えなかった

少女はこの芝居を終わらせたくないのだろうか?信念に突き動かされ、乾いた砂漠を越え廃屋まで来て、侵蝕の苦しみに耐えながら、この芝居を繰り返しているのだろう

まだ幼く、飾り紐のようにか細いのに、とても力強い彼女の、この心をなんとしても守らなければならない

セレーナは強くそう思った。だから相手役の姿勢を保ちながら、そのままじっと少女の次の行動を待った

そのまま、じっと……

うう……手がしびれてきた。まだ終わらせないの?

彼女の小声の文句で、セレーナは理解した。それはフローラの信念の表れではなく、単純に役者は幕が下りるまで、動いてはならないと思っているだけだったのだ

……あ、『アルカディア·グレート·エスケープ』最終幕はこれにて終了です。最後までのご高覧、誠にありがとうございました

セレーナは緞帳を引っ張る動作をした。もちろん実際には幕は下りないが、フローラはようやく体の力を抜き、ずっと保っていた悲しい表情を笑顔に変えた

わぁ……すごい、すごい。ちょこちょこ覚えていないセリフもあったけど、最後まで芝居ができると、こんなに気持ちがいいなんて!

お姉さん、ありがとうございます。あなたは、私の初めてのお客様ですね!

あなたに……感謝を……言わなくちゃ……これならママも……

いきなり彼女の言葉が途切れ出し、体の力が抜けたように地面に倒れ込んだ。幸い、地面に体をぶつける前にセレーナが彼女を受け止めた

呼吸の乱れに侵蝕反応、飢えと寒さ――芝居が終わった解放感で、それらが全て爆発したのだろう

セレーナはすぐに彼女に血清を注射し、携帯していた水筒から彼女に少しずつ水を飲ませた

はぁ……うっ……

フローラ……ちょっと休んでください

そ……そうね。もう、休んでもいいよね

弱々しい声だが、喜びが滲み出ている

そ、その、お姉さん、一緒にこの劇をやってくれて……その……感想を……聞かせてくれませんか?

うん……完璧な演技だったわ。最後まで頑張ってくれてありがとう

そう……よかった。もしママが観てくれたら……ちょっとは心が晴れるのかな……

子どもの想いは、時に大人よりもずっと執拗だ

その強い想いを消化させるために、セレーナは前もって準備をしていた

……実はこの劇には続きがあるの……物語の本当の結末、知りたくはない?

それを聞いて、すでに光を失っていたフローラの瞳が再び輝き始めた。紫色になった唇はもう動かせないが、セレーナは彼女の答えを読み取った

セレーナは片手でフローラの体を支えながら、もう片方の手で端末を開き、本のように展開した

彼女は優しい声で、物語を読み上げた。保全エリアの子どもたちにもそうしたように

「アルカディア·グレート·エスケープ」真の結末

それは話の流れは変えずに、劇のテーマ自体を完全に否定したものだ

地球に残った兵士は死ぬ間際、地球を去る人々に祝福を捧げた

遺恨を残さず、犠牲をも惜しまず、未来を祈りながら、彼の命は芝居とともに最高の終わりを迎えた

――というのは、生き残った人々の幻想だ

空で生活する人々は、犠牲者たちの崇高さを称えた。しかし死亡した兵士からのメッセージを受信し、彼らが死を前にしてどれほど後悔し、どれほど苦しんだのかを知った

その感情は、観ている観客の心にもありありと伝わった

観客はその幻想を悔やみ、嘆き、悲しみに浸った。だが我に返ると、自分を守るために、彼らはまた心に鉄の鎧を纏ったのだった

……これで終わりよ

それが……本当の終わりなの?

つぶやくように、フローラは感想を言った。血清と水のお陰で、彼女は少し回復したようだが、まだ体に力が入らず、セレーナにぐったりともたれかかっている

その……どうしてそうなったの?

わからない……わからないな。どうして作者はそう思ったの……

お姉さん……あなたならわかりますか?わかるなら、教えてくれませんか?

そうね……あのね

作者がこの作品を発表した時、人についてまだ深く理解していなかったの……その後、多くの経験を積んで、彼女の考えが変わり、物語に新しい結末が加えられたのよ

過程がどれほど複雑怪奇でも、創作者の真の意図は結末で露わになるものだ

最後の一言で物語を昇華させることもできるし、観客に解釈を委ねることもできる

当然、前提を覆すこともできる

英雄の伝説やその精神は、とても美しいものよ。でも、誰もが自分の命と引き換えに同じことができるとは限らない

死に直面した英雄は泣き叫ぶかもしれない。自分の運命を呪うかも。自分の選択を後悔するかもしれないわ

物語は……現実ではないのだから

そう……

フローラは目を閉じ、何かを考えているように見えたが、もしかしたらただ単に疲れて、眠くなっただけなのかもしれない

どうであれ、そろそろ彼女を連れていかなければならない。セレーナが彼女をそっと抱え上げようとした時、彼女は突然すっくと立ち上がった

違う……それは……違うと思います!

フローラは震えながらしゃがんで、足下にある『アルカディア·グレート·エスケープ』の台本を拾い上げた。おそらく父親が残したものだろう。かなり年季が入っている

残された人々は、悔やみ、恨む……確かにそうだと思う……でも……

彼女は皺だらけの台本に、セレーナが先ほど話した結末を数行にまとめ、付け加えた

そして、その文章の後ろに、自分で更に新しい結末を書き始めた

彼女の動きはあまりに素早かった。最初は文字だけだったが、次第に子どもの落書きになり、不思議な文字が付け加えられた――おそらく自分で創作した言語なのだろう

彼女は書き続け、書き続け、やがて台本を持ち上げ、セレーナが教えてくれた結末を読み上げたあとに、まだ新しい結末を続けていった

――戦士たちが死ぬ間際に湧き起こる感情とは、生き延びた人々の幻想である

空で生活する人々は、犠牲者たちの崇高さを称えた。しかし死亡した兵士からのメッセージを受信し、彼らが死を前にしてどれほど後悔し、どれほど苦しんだのかを知った

だが人々は、その苦しみについて、決して見て見ぬ振りはしなかった

死者の哀号を心に留め、それを新しい未来への糧にした

次々と、小隊が空から派遣された

平和と解放の日はいずれ必ずやってくる。その時、帰還した人々は兵士の墓石の前に立ち、弔意を表しながら、こう話した――

——「さようなら、我が親愛なる仲間たちよ」

——「あなたたちの未来に、愛と光が満ちていますように」

そう、そうです。こうであるべきよね

空へ上った同胞たちもいずれは、兵士たちの犠牲の裏にあるものを見てしまう。彼らはもともと、同じ信念の下で戦ってきたのだから。だから、物語の結末はこうであるべきよ

元気を取り戻した子どもは、震える両手で台本を開き、その結末をセレーナに見せた。セレーナは恍惚として、一瞬、言葉を失った

これが……こんな結末を、あなたは実現できると思いますか?

実現?いえ……そうじゃない

これは……私と……私のパパも、感動できる結末なの

作者の考えはわかったけど、物語をどう解釈するかは私の自由。私はただ……結末の一部を否定したけど、作者がそこまで強烈な犠牲を描くなら、まだ続きがあると思っただけ

犠牲になった人々は苦しんで、助けを求めるかもしれない。でも犠牲を選んだ時、彼らは嵐に向かう勇気を持つと同時に、嵐のあとの平和を……望んでいると思う

その勇気と希望を伝えようと作者はこの作品を書いた。それで……十分よね?現実的かどうかなんて……別にいい。物語を創作する時、作者が全部を理解している必要はないもの

プロスペローの物語、アイリス、魔法……どれも現実で起きたことじゃないし、どうして作家が書き留めたかもわからない。でも……美しいし、素晴らしい……

それで……十分じゃないのかな?

返答を得る前に、フローラは温かい腕に包み込まれていた

セレーナが彼女を強く抱きしめたのだ

ええ……そうね。美しい……素敵な考えです……

ふたりがあまりに密着したので、フローラの小さな心臓の鼓動が自分のもののように感じられる

自分と同じ鼓動、同じ感性の心

ありがとう、ありがとう……

え……何で、お姉さんがお礼を言うの……?

フローラの質問に答えず、セレーナはより強く彼女を抱きしめた

――ありがとう。真剣に考えてくれて、私に反論してくれて、あなたならきっとやってくれると思っていた

――ありがとう。私を代弁してくれて。もし私がその言葉を口にしたら、あまりにも浅はかで、説得力がないから

その想いは、きっと作品からも伝わって……いつか将来、誰かを感動させるでしょうね

もう十分。迷っても苦しんでも、この感動を持ち続ける限り、あなたは真心を失ったりしない。どんな逆境に立たされても、嵐に直面しても……きっと必ず乗り越えられます

いつか、この戦争が終われば……あなたは美を追求するいい芸術家になるでしょう……

あなたなら……きっと……信じています……

そう……かな。ありがとうございます

お姉さんがそう言ってくれたから、私も……ママを慰められる自信が湧いてきたわ

言葉の真意は理解できていないだろうけれど、フローラは姿勢を正し、セレーナにそう答えた

ふぅ……

パードは離れた場所でふたりを見守っていた。血清を注射しても、低濃度のパニシングエリアへの滞留は子どもにとってよくない。本当ならフローラをすぐに連れ出すべきだ

だが彼は舞台の一角で、抱き合うふたりの少女をじっと見守っていた

たったひとりの観客に、セレーナは気づくこともなく、フローラを抱きしめ続けた。その抱擁を通して、溢れんばかりの自分の想いを伝えようとしている

突然、フローラが顔を上げた。彼女は頬を膨らませ、責めるような口調で話し始めた

お姉さん、ちょっと待って。ひとつ訂正。私のパパは死んでも泣いたりなんかしないわ!

「想像しよう、自由な想像は、死をも超えられる」

「自由なる未来は、愛と光明が必ずともにある」

パパが大好きなオペラのセリフなの……このセリフで自分を祝福するに決まってる……絶対に!

……

そのセリフは……

パードは通信装置を取り出した

彼が受け取ったメッセージの中に、座標とは別に、文字化けしているコードがあった。それを解読できない訳ではない。情報の復元は兵士としての基本スキルだ

だが、彼はあえて解読していなかった

そのコードを開くと、彼はあの死の深淵からの眼差しを感じた

それを直視できなかったのだ

しかし今、彼は慣れた手つきで化けたコードを修復し、端末に表示させていた

――「想像しよう。自由な想像は、死をも超えられる」

――「自由なる未来は、愛と光明が必ずともにある」

そんな……

お前、死を直前にして、まだ信念を持って……

私のセリフに、それほどまでに……突き動かされてくれたのか……

感動を胸に戦場に向かった新兵は、命の最期の一時、苦痛に苛まれながらその感動を忘れなかった。むしろ大きな苦しみの中で、それを戦友に伝えようとしていた

新兵は知らなかった事実がある。この感動の物語は、ずっと昔に彼の戦友が書き留めたオペラだということ

その感動は長い時を越え、幾人もの手に渡り、やがて自分の手元に戻ってきた

端末を持つ彼の手から力が抜け、パードは掠れた声で笑った

再び頭を上げると、舞台上で抱擁している少女たちが視界に入った

それはまさに今、蕾を開こうとしている2輪の大輪の花のように見えた

芸術という太陽の下、理念という大地で、感動を栄養にして咲き誇ろうとしている美しい花だ

その感動は、あの偉大な劇作家から受け継がれ、彼の手を借りて時を超え、まさに今、しっかりと根を張ろうとしている

全てが順調なのではなかった。何度も迷った。しかし彼の伝承により、戦場に、あの空の彼方に、この荒廃した舞台の上に、花が咲き、彼の言葉を伝え続けている

パード

ふぅ…………実に美しい

「さようなら、我が親愛なる仲間たちよ」

「想像しよう、自由な想像は、死をも超えられる」

「自由なる未来は、愛と光明が必ずともにある」

『英雄の別れ』、これにて終演です。最後までのご高覧、誠にありがとうございました

――パパの物語、すごい。僕もパパみたいなすごい作家になれるかな?

――オペラゲキサッカ?……よくわからないけど、それになればパパみたいに、美しい物語をみんなに語って聞かせられるなら、僕もオペラ劇作家になる

――僕だって、歌いたいものや伝えたいものがあるんだ。僕の物語を聞いた人が興奮して、疲れるまで踊らせてみたいや

――あれ?パパはもう行っちゃうの?

――じゃあさ、パパが帰ってきたら、また物語をいっぱい聞かせてね

……

気がつくと、パードは拍手をしていた

何年も前に葬り去った感動の心が再び蘇り、今の彼は喝采を捧げる以外に何もできないでいた

舞台上の少女たちにその拍手が届いた。影にいる観客にやっと気づき、ふたりは顔を赤くしながら立ち上がった

そういえば、まだ名前を教えてもらってませんね

若い劇作家さん、あなたのお名前を教えてくれませんか?

私の名前……?

フローラは少し首をかしげ、どうしてそんな質問されたのかを考えているようだ。だが、彼女はすぐに答えてくれた

セレーナ……私の名前はセレーナ

セレーナ·フローラ……これが私の名前です