ケルベロスの休憩室の扉を開けた瞬間、中から白い煙が噴き出してきた
扉の前に立っているヴィラは慌てて咳払いした。顔をしかめて、白い塵まみれになった服を見ながら、噴き出し続ける煙を手で払った
隊長が戻って来たら、ノクティスは死ぬしかない
うわ——うわ——わ——
煙で姿ははっきり見えないが、ヴィラにとってはよく知る声だった
説明して、一体これは何なの?
白い煙の中から白い人影が飛び出してきた。小柄な彼女は、体についた白い塵を懸命に払い落としている。まるで小さな動物のようだ
隊長、ノクティスが休憩室で危険な爆発物を作った。でも、21号とちびっこが止めた
赤い髪の男が、煙の中から何事もなかったかのように出てきた。彼の顔には、小型のロボットがぴたりとくっついている。まるで前衛的な防毒マスクのようだ
うわ——わ——
アレ、何て言ってるの……
ノクティス、「すまん、俺のせい」って
ノクティスは激しく動く小型ロボット——「連携マシン」の名がわかりやすいだろう——を顔から引き剥がして、ようやく人間の言葉を話せるようになった
21号、お前なぁ!お前が邪魔するから爆発したんじゃねぇか!
21号は低い声で威嚇したが、ノクティスはそれを無視した——連携マシンが再びノクティスに向かって飛びかかった
ふん、何をしててもどうでもいいけど、バカ騒ぎしないで……ここには一応、それなりのルールがあるんだから
さまざまな理由があって集まったこの3人は、今、空中庭園のケルベロス隊に所属している。結成されたばかりの隊だが、良い意味でも悪い意味でもかなり有名だった
ヴィラは床に倒れたテーブルと椅子を足で蹴飛ばし、自分のロッカーを開いて、自分の武器をざっとメンテナンスした
隊長、任務?
あんたたちには関係ない。今回、声がかかったのは私ひとりよ
21号は困惑した様子でヴィラを見て、少しためらった——ヴィラは時々、ひとりで任務を行っている。そして、その結果はいかなるファイルにも記録されていない
21号……と、ノクティス……足を引っ張ってる?
バカだな。お前とこのバカロボットが弱っちいから、俺とヴィラの足を引っ張ってんだよ
ノクティスは挑発的に叫びながら、襲いかかってくる連携マシンを避けた。しかし、2秒もせずに後頭部に張りつかれてしまった
この野郎……!今度こそ吹っ飛ばしてやる!
ちびっこは……負けない!
ふたりの衝突が始まる前に、ヴィラはさっさと休憩室から出ていた――休憩室のドアの横に静かに寄りかかり、目を閉じて頭を下げ、部屋の中の騒ぎ声を聞いている
そして、ヴィラの手が冷たい刀の柄に触れた瞬間、ゆっくりと両目が開き、眼差しが鋭く光った。やがて、振り向くことなく目的地へと歩き出した
私のやることは、前から決まっているわ……
ヴィラがニコラのオフィスに入ると、中にはニコラの他にもうひとりの構造体がいた。彼女はそれに気づくと、「チッ」と軽く舌打ちをしてすぐさま立ち去ろうとした
どこに行く?戻って来い。もうすぐ集合時間だ
ニコラ直属のケルベロスの任務は全て機密事項だ。他の小隊や隊員が支援することも滅多にない。ヴィラが単独で行う「任務」に関しては、他人はその存在すら知らないのだ
アハ……本気かしら……?
ヴィラはもうひとりの構造体をちらりと見た。見慣れない顔だった。しかし、ニコラは無言でヴィラに頷いてみせた
初めまして、ヴィラさん。私は……
知らない構造体から差し出された手を、ヴィラは無視した。そして空いている椅子にどっかと座った。構造体はバツが悪そうに手を引っ込めている
……いいわ。全責任はあなたが負うってことね
それはお前が心配することではない……紹介しておく。この者はロイドだ。今回は一緒に任務を執行してもらう
彼は一体……?どこから来たお坊ちゃまかしら?
側にいるロイドを見て、ヴィラは顔をしかめた。その立ち姿は凛として、垢ぬけている。汚く混乱した戦場には場違いともいえた
前にも言ったはずですけど……私には助手なんて必要ありません。ひとりで十分
お前をここに呼んだのは相談するためではない。任務を引き受ける以外の選択肢はないぞ
そして、私はお坊ちゃまではありません。ヴィラさんと同じ、空中庭園の兵士です
「任務」の都合上、彼女は全ての構造体兵士の情報をほぼ完璧に記憶している。しかしこの兵士は未見だった——ただ「ロイド」という名前には聞き覚えがある
ロイド……ロイ……
空中庭園の兵士の間に、ある噂があった。「ロイド」と呼ばれる構造体は彼らと同じ兵士だが、比類なき実力を持ち、目覚ましい戦果を立てている
更に言われていたのは、九死に一生の危機においても彼は「意識伝送」によって生き延びるというのだ。幾度も地球奪還の最前線に帰ってくる空中庭園の英雄——「不死身のロイ」
彼の素性がわかったようだな。なら、これ以上の紹介は必要ないだろう
ヴィラはその噂を、あまりにも馬鹿らしくてまったく信用できないとさえ思っていた。しかし今、その伝説の主人公が実際に、彼女の目の前にいるのだ
……不死身の「英雄」と「死神」……どう化学反応するのかしらね
ヴィラさん……
——どうやら、あなたは噂よりも知能が低そうね
ロイドがその意味について訊ねる前に、ヴィラはさっと武器を持ち上げた
いいわ、行くわよ……「英雄」くん。任務の詳細はニコラ司令が端末に送信してくれるから
ロイドはニコラの方を見た――ニコラはヴィラの態度を快く思わなかったようだが、何も言わず、ロイドに向けてヴィラについていくようにと手で合図した
ロイドとヴィラが去ったあと、ニコラは再びホログラフスクリーンに視線を戻した。そこには、地球全体の戦術地図が表示されていた
さあ、ロイドよ、これからも「英雄」であり続けてもらわないとな
地図上には、執行部隊の戦況がリアルタイムに表示され、構造体兵士の死亡と行方不明が極めてシンプルに記されていた。名前も省略され――簡易コードと時刻のみの表示だ
どんなことになっても、どんな代償を払ってでも……