どこに隠れても、「コロリョフ」と自称する侵蝕体は影のようにつきまとい、瞬間的にセレーナに追いついてくる
交戦に失敗してから、彼女はこういった敵には勝てないことを確信していた
逃げ惑ううちに、思いがけず自分が探し続けていた通信室に入っていた
通信室内
激しく動いたことで循環液があらゆる損傷部分から滲み出ている。セレーナは自分の機体が限界を迎え、ばらばらになりそうだと感じた
彼女は自分が見つけた通信室の入口を障害物で塞ぎ、よろよろと通信デスクの前へと歩いた
接続成功
よかった
そう言いながらも、セレーナの口調に喜びはない
なぜなら後を追ってきた巨大な侵蝕体が狂ったように入口の障害物にぶつかっているのが聞こえるからだ
絶体絶命ね……
慌ただしく、セレーナは無意識のうちに自分が一番よく知るあの資料を宇宙ステーションの干渉信号にアップロードしていた
……
もし……アイラなら、きっと理解できる
セレーナはほろ苦く笑った
もし自分の親友であれば
……アイラ
……ごめんなさい
障害物が凄まじい打撃を受けて吹き飛ばされ、コロリョフの体が狭いキャビンに侵入してきた
戦う体勢を取った途端に、コロリョフが間近に迫ってきた
武器はコロリョフの最後の一撃で折れてしまった
コロリョフはドーンという大きな音とともにセレーナの体を壁に投げつけた
セレーナは苦痛に喘ぐことすらできず、更にコロリョフは機械のアームで彼女の背中を力いっぱい押し潰してきた
——巨大な体型のくせに、意外に機敏だ
宇宙ステーションヲ参観スルニハ、管理規定ヲ守リ、ガイドニ従ッテクダサイ
暴力行為デ宇宙ステーションノ施設ヲ破壊スル子ハ、処罰サレマス
ヤットツカマエタ。コノ子ハ本当ニ言ウコトヲ聞カナイ。施設ノ破壊ダケデハナク、大切ナ「公共財産」モ盗ミマシタネ
サア、盗ンダ物ヲ、コロリョフニ渡シナサイ
間違イヲ改メレバ、良イ子ニナレマス
あの侵蝕体の目当ては……
セレーナは手元にある幾何体の破片を見た
だめ……これだけは絶対に渡せない
セレーナは力をふり絞って抵抗し、渾身の反撃で体にのしかかっていたガイドAIをぐらつかせた
相手が脚部を安定させようとしている隙を見て、セレーナは通信室の片隅に逃げ込んだ
手の中の破片を必ず守らなければならない……これは全先遣部隊の犠牲と引き換えに得たものなのだ
どうしよう……
コロリョフが入口を塞ぎ、武器もすでに破壊されている。もはや絶体絶命で、生還の可能性はほぼない
せめて……
セレーナの瞳が一瞬きらめいた
次の瞬間、破片を握りしめていたその手で尖った箇所を自分の胸に突き刺した
間違イヲ認メナイノハ、悪イ子デス
体を安定させたコロリョフは、再びセレーナを見た。その時、彼女はすでにあの破片を胸部の体内に隠していた
コロリョフは前に飛び出し、再びアームで彼女の左腕を握り潰してきた
盗ンダモノヲ、ドコニ隠シタ?
痛みの信号がセレーナの意識海を強く刺激している
ぐっ……
あなたはこの宇宙ステーションの管理AIでしょう?
侵蝕体がセレーナの質問に答えることは当然ながらない
こんな風に変わってしまって……本当に悲しいことだわ
コロリョフハイツモコウデス。何ヲ言ッテルノ?
あなたはただのパニシングの操り人形なのよ
この侵蝕体は、もとはこの宇宙ステーションのガイドAIだったのだろう
おそらくは子どもに警戒心を抱かせないよう、行動と言語は子どものように天真爛漫とした設定なのに違いない
セレーナを牽制するアームには、かつてここに見学に来た子どもが書いたと思しきかわいらしい落書きが残っていた
ただ今は、純粋な殺戮マシンとなりはてている
良イ子ハ、他人ノ悪口ヲ言ッテハイケマセン
デモ、コロリョフハ優シイカラユルシマス。サァ、盗ンダモノヲ渡シテ
デナケレバ……コロリョフガオ仕置キスルヨ
宇宙ステーションノ管理規定ニヨリ、コロリョフニハ必要最低限ノ暴力ヲ使用スル権利ガアリマス
セレーナは静かにそれを見つめている
ドウシタ?ナゼ動カナイ?
ワカッタ
続イテ皆サンニゴ覧イタダクノハ、管理ニ従ワナイ時ノ結果デス
今ノ急務ハ、泥棒ニ盗ンダモノヲ元ニ戻サセルコト
2本のアームが猛然と彼女の左手を打ち砕き、更にそのまま引きちぎった
……う――ああっ!
引き裂かれた腕の痛みに耐えきれず、セレーナは絶叫した
思念そのものが消え去っていく
ドウヤラ、泥棒ハ盗品ヲ自分ノ左手ニハ隠シテイナイデスネ
ソレナラ続ケテ別ノトコロヲ検査シナクテハ