Story Reader / 幕間シナリオ / 星くずの歌 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
<

ファウスト

>

セレーナは自分がどれくらいの時間、地面にうずくまっていたのか知らなかった

あの一瞬、彼女は自分が人間ではなく、構造体であることを忘れていた

そうでなければ、なぜ彼女のはらわたが煮えくり返っているのか?なぜその目は涙で濡れているのか?

なぜ彼らを見捨てた?

これはきっと彼女への罰だ

家族は地上で皆死んだ。手を握りしめることもできなかった。俺は彼らの最期の瞬間の目を見たんだ。祝福なんてこれっぽちも存在しない、そこにあるのは恨みだけだ

残された者には憎しみが、離れる人には懺悔だけが残る。このエデンは憎しみと無数の死骸から生まれたものだ

あの戦争で、人は動物と同じように、尊厳も意義もなく死んでいった

信仰や栄誉、いわゆる最後の赦しも祝福も存在しなかった

あるのは無限の憎しみと怒りだけ――ちくしょう、なぜ俺らがそれに直面しなきゃいけない?なぜ俺たちがそこで、全てが破滅する状況に追い込まれなきゃいけないんだ?

あの兵士が言った通り、今彼女の心の中に溢れかえっているのは、憎しみと怒りだけだった

なぜ彼らを見捨てた?彼らは人類のために今日まで戦ってきたのに、なぜ彼らを見捨てた?

セレーナは怒りと憎しみがどれほど醜い感情であるかを存分に味わった

生きた人間の兵士が冷たい数字に変わる瞬間、ようやく君は戦争の恐怖を理解するだろう

人が人として生きられない局面で、やっと戦争の無力さを理解するはずだ

彼女は理解した。彼女は全てを理解した

全ての報いがひとつひとつ自分に返ってきた時、セレーナはあの兵士の言葉に込められた血と涙の訴えをようやく実感したのだ

出陣の前の世界政府芸術協会の会長アレンの言葉が今も耳に残っている

君のオペラは空中庭園で大きな反響を呼んだね。世界政府芸術協会の全ての人が君の前途を有望視し、誰も君の才能と実力を疑わなかった

家柄も申し分ないし、前途はダイヤモンドのように輝かしかったはず。君には構造体になる理由などないように思えるんだが……

それなのに、いったいなぜ構造体になり、考古小隊に加わったんだい?

その時セレーナはアレン会長の質問に答えられなかった。だが今、その答えがありありと浮かんできた

それは傲慢

――骨の髄まで刻まれた傲慢だ

かつて彼女は愚かにもまったく存在しない「地獄」を無邪気に描き、偽りの戦争と平和を謳歌して、憶測の中の人間性の輝きを賛美した

あれがどれほど恥ずべき傲慢さだったことか。セレーナはあの兵士の痛烈な叱責で「目覚め」、我が身の傲慢さという罪を償うため、構造体になることを決意したのだ

構造体になれば、いつか本当の戦場を見ることができ、本物の地獄を知ることができる。そうすれば誰にも恥じることない「真実の世界」を自分の手で書くことができる

本当の地獄に身を置くにいたって、セレーナはようやくその「贖罪」の考えそのものがどれほど傲慢だったかに気づいた

そんな愚かな理由で、構造体となった。そんな愚かな理由で、戦場にのこのこと足を踏み入れたのだ

間違っていた。セレーナは自分が間違っていたことを知った。そのように無邪気で軽薄な理由と中途半端な覚悟で、あの快適な空中庭園を離れるべきではなかったのだ

彼女が愛した芸術に、いったい何の意味があったのだろう?

彼女がこれまで苦労して作り上げたオペラや音楽に、いったい何の意味があるのだろう

この場で必要なのは敵を滅ぼす武器、狼火を消す血だ。セレーナの芸術に対するあの馬鹿げた信念は、ただの思い込みと自己満足でしかなかった

私が間違っていた

誰でもいい、助けて

誰でもいい、ここから連れ出して

弱り切った考えが意識海を満たしていく

逃げたい、逃げたい、逃げたい……でもどこに逃げればいいの

通路の反対側から再びガサガサという音が聞こえた。セレーナは危機感にかられて本能的に立ち上がり、ドアを押さえて後ろを見た

暗く赤い光が暗闇の中でうごめいている

大量の敵が群がってきて、セレーナの持つあの破片を狙っている

このままここで戦死することは、一種の解放なのかもしれない

そんな考えが一瞬頭によぎったが、別の声がそれを打ち消した

すまない、皆を連れ帰れなかった。セレーナ、君が持つあの破片は極めて重要な鍵かもしれない、必ず空中庭園に持ち帰ってほしい、どんな代償を払っても……

だから何?空中庭園に見捨てられた。もう帰る場所なんて存在しない

執行部隊隊長

必ず空中庭園に持ち帰ってほしい、どんな代償を払っても……

必ず空中庭園に持ち帰ってほしい、どんな代償を払っても……

私は必ず……これを空中庭園に持ち帰る――どんな代償を払っても

それは意識海にあるあの言葉の繰り返しでもあり、自分への説得でもあった

私は必ずこれを空中庭園に持ち帰る――どんな代償を払っても

敵が襲いかかってきた瞬間、彼女は片手で武器を床に強く突き刺し、もう一方の手で力強くエアロックのハッチを開いた

宇宙の真空が一瞬にして通路全体の空気を吸い上げていく

セレーナは自分が宇宙空間に吸い込まれないように、必死に自分の武器にしがみついた

セレーナはハッチで踏みとどまり、宇宙へ吸い込まれる大量の機械体が出口の彼女の機体に激突する度に、痛みで歯を食いしばった

セレーナは彼らが吸い込まれて飛んでいった方向を見た。予想通り外には何もなく、もちろん迎えの宇宙船などもない。そこにあるのは宇宙という幕に固着されているような星だけだ

あまりに遠く、いつまでも不変であるもの

セレーナの目に光が戻り、通路の全ての敵が吸い込まれたのを見ると、必死にハッチを閉じた

なんとしても……なんとかしないと……他の生存者はいないかを確認しなければ

傷だらけの体を引きずり、セレーナは来た道を戻っていく

――まさか、彼がまだ生きているとは思いもしなかった

こんな状態で、まだ生きていたとは

左手以外は全ての手足がなくなり、半分となった頭部のパーツもほとんど失われていたが、壊れた発声モジュールはまだ最小限の機能を維持していた

考古小隊が離脱した時、彼はまだそれほど破壊されていなかった。おそらくあのあとも、ここで激しい苦闘があったことをうかがわせた

だ……誰だ……?

音声受信モジュールも動作しているようで、こんな状況でも彼女の足音を捉えることができるようだ

セレーナは彼の側にゆっくりとしゃがみ込み、手を伸ばして壊れた手を握りしめた

だ……

私です

彼女は涙がこみ上げてくるのをこらえ、相手に優しくしっかりと返事をした

ああ、き……君は……考古小隊のセ、セレーナ……か?

彼の声はまるで錆ついた気管から出たように断続的で、鋼線で鉄板を引っかくように聞き取りづらい

な……なぜ……戻ってきた?

援軍……が?

――いや、来なかった。空中庭園は私たちを見捨てたんです。裏切られたんです

その瞬間、涙をこらえることができなくなり、彼女は頭を上げ、必死に涙が零れ落ちないようにした

不思議で仕方なかった。人間の体を捨てたはずなのに、意識海の安定性を保つためとはいえ、こんな人間ならではの生理的な機能があるなんて

構造体になったにもかかわらず、なぜなおも人間の弱い心から逃れることができないのだろうか

はい、支援が来ました。心配しないでください。皆救出されました

そうか……それなら本当に……よかっ……た

だが……なぜ……他の人の足音が……ないんだ?

ひとつ嘘をつくと、それを無数の嘘で固めなければならない

音声受信モジュールが破損しているので、遠い場所の音が聞こえないのかもしれません

ご心配に及びません。もうすぐ衛生兵が連れて行ってくれます。私たちは構造体だから、機体を交換すればいいだけですから

情報と……破片のサンプル……

全部渡しました

自分がついた嘘をより本当らしくしようと、セレーナはもう一度繰り返した

心配しないでください。全部、引き渡しました

もう救えなくても、せめて無念を残すことなく逝かせてあげたい

ああ……

彼の手はぶるぶると震え出した

その瞬間、セレーナは彼がすでに彼女の嘘を見破ったことがわかった

だがふたりは互いに沈黙を保った

ありがとう……

……感謝されることなんてひとつもありません。むしろあの時助けてくださって……ありがとうございます

隊長は必死に首を横に振っている

君の隊員が……セレーナと呼んだ時……

私はどこかで……会ったことがあるような気がした……

空中庭園のオペラハウス……だろ?

覚えている……君はあそこで……オペラを上演していた

ある一幕で……使われた伴奏、君自らがアカペラで歌ったアリア……その声を……どこかで聞いたような気がしていたんだ……

ただあの時は……人間だったはず……なぜ構造体になったのか……すぐに君だとわからなかった

過去のことを見知らぬ人に明かされるのは想定外だった。セレーナは愕然として、恥ずかしそうに口を開いた

話すまでもない過去です……

いや……そんなことはない……はっきり覚えている

主人公が死ぬ前の……レクイエム

彼がそう言った瞬間、彼女は再び心の中に封印したあの時に引き戻された

前線の世界が空中庭園のように秩序正しく動くと思っているのか?君が演出したあの壮大な追悼会なんか、前線では絶対にありえないことだ

弔辞を読んで、葬送曲を奏でる?ハッ、生きている構造体たちの泣き声を聞く暇もないのに、死者を慰める時間なんかあるもんか

死者は多すぎて、夜に消える星くずのように誰も彼らの名前など覚えていない。彼らが倒れた場所すら知らない

ひとりの兵士の死のためにレクイエムを捧げるなど、幼稚で馬鹿げた行為だ――あの兵士はそう彼女に言ったのだ

セレーナはかつての自分の無知を恥ずかしく思い、それ以降、その言葉は彼女の心につきまとう悪夢となった

何のために歌を書き、台本を書き、歌うのか。また何のために戦うのか?

セレーナは知らなかった

どうなのだろう?今になって、この構造体隊長もいまわの際に、彼女の無邪気さを非難するつもなのだろうか?

あの時、あの兵士と対面していた時と同じように、彼女は唇を固く結び、目をぎゅっと閉じて自分への最後の審判を待っていた

だが隊長の話は違う方向へと行った

あの時まで……私は……死ねば……もう終わりだと思っていた。構造体は壊れて鉄屑となり……誰にも覚えていてもらえない

私は……誰も……その死を気にしていないと思っていた……だが……君は歌を捧げた……

セレーナは唖然として聞いている

あれは……私がこれまでの人生の中で聞いた……一番美しい声だった……

セレーナはその瞬間、隊長との会話を続けたくなくなった

あれは愚かな演出だった。オペラでは重要な人物の死の際、アリアを使って感情表現をする。ただただ拙劣で、独りよがりの追悼曲だった

もう話さないで。あれはただ……

ただ、私の独善的で無邪気な幻想にすぎなかったんです――この言葉を口に出す前に、隊長が言った

あれは……とても無邪気だった

だが……あれは本当に……本当に……

……美しかった

もし全てが……本当にあんな風だったら……よかったのに

本当に……申し訳ない、我々の……必死さが足りなかった

だから君のような……人が、こんな場所に来て……こんな目に……遭うんだ

私に……あの時の歌を……もう一度……歌ってくれないか?

……

光栄です……

彼女の涙はついにこぼれ落ち、彼女は相手の壊れた手の甲に口づけをした

今まで得られなかった答え、長い間自分を悩ませてきた自分への猜疑

まさかこの時、このような状況で、同じ兵士という立場の人から――

――再び嵐のような救いを得ようとは

これは私が今まで受け取った中で、最大の名誉です……隊長

構造体の発声モジュールは人間の喉と異なるため、アリアの出だしは少しつまずいてしまった

だがすぐにコツを掴んできた

どのようにすれば美しく発声できるのか。それはセレーナの魂に刻まれた本能だった

セレーナはいつまでも歌い続けた

長く長く……

涙が完全に乾いてしまうまで