その日……
背後の侵蝕体の声が聞こえなくなるまで、ソフィアは走り続けた
やがて、ほのかに灯りが漏れる車両に到達すると、最後の力を振り絞って中へと飛び込んだ
助けて……平民車両……に……侵……蝕…………
……体が……
状況は?
全て片づきました。整備部隊に生き残りがいないのが幸いでしたね。しかし、騒ぎが大きくなりすぎました。完全に隠すことは難しいでしょう
もし、「あの方」に知られたら……
フン……知られたら何だというのだ?
それは……「あの方」に従うべからずと命じられたのは、あなた様でしょう……
恐らく、武力行使までは至らないにしても、あなた様の面従腹背は周知の事実。何らかの圧力はかけてくるでしょう
お前には関係のないことだ。もとより、私は歴代のエミールにお仕えしてきた身。銃の持ち方も知らないあの娘にできることなど、知れている
それより……
何でしょう?
先日、私の生誕日を祝う宴に転がり込んできたあの小娘は……どうなった?
衆目の手前、捨て置くわけにもいかず……医者の手配をいたしました
下半身がもう手の施しようがないありさまで、あと2日ももたないだろうとのこと……
ゆえに、わざわざ口を封じるには及びません
いや、違う
何としてでも、生き永らえさせろ
……なんですと?
またとない「怨恨」の種だ。しっかり育てなければもったいない
まさか、つまり……
準備しろ。急げ、時間を無駄にはできん
たまには、王座にふんぞり返る「指導者」とやらに道理を教えてやらなければ
やるべきことは、わかっているな?
必要な設備と資材を揃えるのは骨折りだった。しかも、4時間以内に、だぞ……
もしこれで、失敗でもしたら……
ええ、ええ。十分に承知しております
ですからどうか、妻子には……
ふん、それはお前たち次第だな
「ヒース」様は必ず約束を守られる!
わかりました……
では、始めます……構造体改造手術の準備を
……
Ta置換プログラム準備、NECMO接続、心肺置換……
強心剤、基準値を投与。臓器置換手術を開始します
なるほど、これが173号都市の技術というわけか
いえ。それだけではありません。我々は「あの時」の経験を踏まえ、空中庭園の構造体残骸から得た技術による補完も行いました
おしゃべりはこの辺で……そろそろ骨格置換に入りますので。おい、早く来てくれ!ひとりじゃ運べない!
ああ、すぐ行く!
……バイタル安定、二次「心臓」とTa「小脳」も正常に機能しています
……成功しました
……
おそらく、こいつが侵蝕体の包囲を突破できたのは、大勢が命懸けで援護したからだろう
その身に受けた情と同等以上の恨みが爆発してくれればいいのだが……ククク……
それでは、我々はこれで……
さっさと行け、お前たちの仕事は終わりだ
あ、ありがとうございます!
次は、この怨恨の種を「開花」させる……最高のタイミングを考えねばな
数カ月後
ソフィア?いるか?
……はい
これは?
今月の補給と、メンテナンス作業に必要な資材だ
……多すぎる
お前はあの整備部隊の唯一の生き残りなんだ、大切にしないとな
新しい整備部隊の候補生研修は終わったし、もう皆、車両を点検できる
本当によくやった。まさかかつての「ハイエナ」が貴族車両の個室に住み、整備部隊の候補生を訓練する日が来るとは
……
全ては「ヒース」様の温情だ。ゆめゆめ忘れるなよ
わかってる。いつでも「ヒース」様に恩返しできる
おや?本当かな?
うん
では、ちょうどいい。少しだけ……内部情報を教えてやろう
?
自分で読め
精巧な造りの封筒が、そっとソフィアの前に投げられた
そろそろ戻るとしよう。今日私と会ったことは、誰にも知られてはならんぞ
……
ソフィアは自室に戻り、封筒を開けた
残酷な指導者アディレ·ジャミラ·エミールは、我らが王権の礎を全面的に破壊するつもりだ
ジャミラはあの時増援を拒み、君がいた車両を爆破する命令を下した
アディレ·ジャミラ·エミールに、アディレの指導者としての資格はもはやない。無慈悲な命を下し、実行を強制した時に、彼女は全アディレの敵と成り果てた
一刻も早く、崇高なる使命を成し遂げてほしい。先頭車両に侵入し、極悪非道の悪魔であるアディレ·ジャミラ·エミールを殺すのだ
我々と同じ恨みを持つ君は、この重要な使命を任せるにふさわしい。君の構造体の身体も、この時のためのものだ
使命を全うし、アディレ·ジャミラ·エミールを殺せば、君は自身が望む生活を手に入れ、アディレは永遠の平和を手に入れることができるのだ
ヒース
……なるほど
手紙は、機械アームによってビリビリに引き裂かれた
わかった、やる
「ヒース」様のためにも、自分のためにも