173号都市·聖十字教会正門外、11月3日10:29
よお、ラフト!今日はお前がパトロール担当か?教会の外で何見てるんだ?
トビーか。そうだよ、あんたが怪我で休んで以来、ここらのパトロールは全部俺がやってる
そうかそうか、お疲れさん!ほら、やるよ。先輩からの労いだ
そう言うと、トビーは懐から軍事携帯食を1パック取り出し、ラフトに渡した
誰が先輩だよ。その手に持ってるのは全部、教会への補給品か?
バレたか、へへ
ったく、ケイヴのおっさんときたら……普段ならまだしも、休養中のあんたをこき使うとはね……
いいんだって。リハビリみたいなもんだろ?
そんなことより、今日は礼拝の日じゃないよな?なんでこんなに騒がしいんだ?
結構前からだな。あの修道女が来てからは、ずっとこうだ
修道女?
ああ、クザス雪原の生き残りだよ。連れてきた部隊は修道女だけをここに残して、他の生存者と一緒に南に行っちまった
ああ、知ってるぜ!あのナイフ使いの隊長、強そうだったよな。まぁ、僕の弓には敵わないと思うけど。へへ
トビーは左手の補給ボックスを胸の高さまで持ち上げ、右手で弦を引くポーズをとる。そして遠くに狙いを定めて、口で「シュンッシュンッ」と矢を放つ音を演出する
あんた、本当にじっとしてられないんだな……
人は成長あるのみ、だ。そうじゃないと、皆を守れないだろ?
はいはい。で、話の続きだが、修道女は確か……ビアンカ、とかいってな
ビアンカ……最近よく聞く名前だな
トビーは手の動きを止め、最近耳にした話を思い起こした
聞いた?あの新しく来た修道女の話。色々トラブルを起こした挙げ句、放逐同然でこの教会に送り込まれたらしいわよ
……育ての親の神父を殺したとも聞いたわ
おお、神よ!
まさか、教会で育った修道女がそんな風になるなんて……いえ、きっと「魔女」だったのね……
ふん。反論のひとつもないってことは、間違いなく心当たりがあるんだわ
ちょっと、誰か来たわよ
……
なあ、最近姿を見ないやつが多いよな?ついこの間までここにいたホームレスも、消えちまった
そういえばこの前、新入りの修道女と一緒にいるのを見たぞ。まさか……
確かに、あのビアンカってやつが来てから、行方不明が増えた気がするな
なら、あいつの仕業に違いない!町から追い出そうぜ!じゃなきゃ、おちおち寝てもいられない
だな。なんで兵隊はあの修道女を捕まえないんだ?税金泥棒じゃないか!
まあ、贅沢のひとつもできないようじゃ、誰も兵隊になんか入らないだろ。あ、トビーは例外だけどな
ああ、このご時世、あいつみたいな善良なやつは本当珍しいよ
シーッ、あの女が来た。ほら、行くぞ
……
……雪原で、自分を育ててくれた神父(Father)を殺したって聞いたぞ
ラフトの言葉がトビーを現実に引き戻した。ラフトの視線の先には、ひとりきりで佇む金髪の少女がいる
うーん……なにかの誤解なんじゃないか。冷たそうではあるけど、悪人には見えないぜ?
ふん、そう思ってるのはあんただけだよ
トビーはビアンカに向けて手を振った。教会にいた人々は一斉にトビーを見やる
任務中だし、もう行かないと。ひとつ忠告しておくが、余計な親切心を抱くなよ。あの修道女とは関わらない方がいい
トビーが言葉を返す前に、彼に気づいた人々が集まってきた
トビー!来てくれたのか!
レオン神父、こんにちは!今週の物資をお届けに来ましたよ、どうぞご確認を
トビーは地面に置いた補給ボックスのスクリーンを、左手で軽くタップした
補給ボックスの四面が展開し、中に詰め込まれていた生活物資があらわになる
ご苦労さま。ケイヴのやつ、また物ぐさをしおって。君たちの隊長から聞いたが、休養中だそうじゃないか。大丈夫なのかね?
傷はもうだいぶよくなってますから。ご心配どうも、神父さん
久しぶりだなトビー。この前の防衛戦で怪我したんだろ?皆、心配してたんだぞ
平気平気、大した怪我じゃないし。ほら見てよ、もう元通りさ!
トビーは左手で髪をかき上げると、右手で背中の弓を取り出した。彼が格好つけたポーズを取ると笑い声が上がり、人々の暗かった顔が少し明るくなった
元気そうでひと安心だ!さあ、これ以上トビーの邪魔をしてはいかん。ひとりずつ物資を受け取っておくれ
神父が手を叩きながら言い、トビーを取り囲んでいた人々は慣れたようすで列を作り始めた
人々は補給ボックスの前で祈ると、自分の分の物資を持って離れる。物資の配布は整然と進んでいった
トビーは列の最後尾に立っているビアンカに気づいた。物資を受け取るつもりがなさそうな彼女のために、補給ボックスからひとり分の物資を取り出し、列を回り込んで近づく
こんにちは。体調が優れないんですか?はい、あなたの分の物資です
それと、この花もどうぞ。とてもお似合いだと思ったので
トビーは物資をビアンカに差し出した。物資の入ったケースの上には、純白の百合の花が置かれている
結構です。ご厚意感謝します
えっ、ダメですよ。食べることが一番大切なんですよ!そ……
トビーが続けようとした言葉は、突如割り込んできた女性に阻止された
トビー、放っておきましょう。本人がいらないと言うならいいじゃない
君は……最低限の礼儀も知らないのかね?
そうだよ。トビー、あっちに行こう
いや、待ってよ。僕は……
悪いなトビー、あの修道女はいつもこんな感じなんだ。あまり話さない方がいいぞ。そうだ、最近この辺りで失踪者が出たって聞いたぞ
俺も聞いた。心配だな……お前も気をつけてな
自身を案じる人々を前に、トビーはこれ以上ビアンカに話しかけられなくなった
心配いらない、僕が皆を守る。それこそ、僕ら軍人の使命だからな!