薄暗い輸送機のキャビン。ニコラは目の前にある手術カプセルのガラス面に、指先で軽く触れた。ガラスの向こうには、ルシアが静かに横たわっている
輸送機のパイロットがキャビンに入ってきて、ニコラに向かって敬礼した。パイロットの背中から外の光が強烈に差し込んでおり、表情を確認することはできない
報告します。ルシア及び手術カプセルの搭載が完了、いつでも出発できます。……あの、どうなさいましたか?
なんでもない。最終準備が整い次第、出発しろ
そう言ってニコラは、キャビン上方のモニターを確認した
……時間がない、急げ
はっ!
パイロットはコックピット向かって走り去り、ニコラもキャビンを出て地上に降り立った。ニコラの背後で、キャビンのドアが徐々に降りてゆく
ドアは完全に閉まり、輸送機は緩やかに上昇し始めた。降着装置が収容され、代わりに淡青色の炎が噴射される。輸送機の高度は上がり続け、やがてニコラの視界から消えた
入れ違うように、厚い化学防護服をまとった兵士がニコラに駆け寄ってきた
報告!049区3時方向に新たな侵蝕体反応です。ただちに前線へお戻りを
わかった、すぐに行こう
輸送機ではパイロットふたりが操作コマンドを入力している。やがて、「オートパイロットモード」の起動通知音が鳴ると、ひとりが大きく息を吐いてコンソールに突伏した
ふぅ……ここのところずっと049区でバタバタしてたからな。ようやく空中庭園へ戻る任務だ
まったくだ。帰ったらF.T.L.バーにでも行って、1杯引っ掛けようぜ
警告、地表からエネルギー波が接近。警告、地表からエネルギー波が接近
突然の警告が呑気な会話を遮った。ふたりは大急ぎでタッチパネルを操作し、外の様子をメインモニターに投影する
おい、なんだこれは!?
モニターに現れたのは、直径6mはあろうかという真紅の光の柱だった。赤色の電流を帯びている。その鮮烈な色は……高濃度のパニシングが含まれていることを示していた
操縦席のパイロットが方向転換しようと操縦桿に触れたその瞬間、赤色の光の柱は輸送機を貫いた
巨大な爆発音が炸裂し、コックピットは非常灯の赤一色に染まった。窓の外の景色から、輸送機が地面に向かって真っ逆さまに墜ちているのがわかる
バカな……俺たちは電離層まで上がってたんだぞ……こんな超遠距離を攻撃できる侵蝕体なんて……!
操縦席のパイロットは墜落速度を緩めようと、右手で操縦桿を力いっぱい押し込む。そして左手で通信機を掴み、ありったけの大声で叫んだ
こちら輸送機1068号、支援要請!輸送機1068号墜落中!繰り返す、支援を……
——
地上の廃墟に、ロランとガブリエルが立っている。ガブリエルの身体は大量のガスを噴出しており、身にまとうコートの隙間から、その身体を駆け巡る赤い電流が確認できる
ガブリエルの周辺の廃墟は平地と化し、足下の大地に亀裂が入っていた
一撃必殺大当たり!さすが、ガブリエルさんのロケット砲は大した性能だね
ふん……
それじゃあ、僕がもうひとりのお嬢さんを連れて帰ろうか
笑みを浮かべてひらりと飛び降りたロランは、まるで散歩するかのような軽い足取りで墜落した輸送機へと歩き出した……