大型機械体を無事に解体したあと、破壊されたキャンプは残されたままになっていた
テントも調理器具も武器も、修復不可能だ。かつて多くの人々の命をつないできた貴重な道具が、今は砂の中に横たわり、風にさらされ砂に埋もれる日を待つばかりだ
しかし、それらはその日を迎える前に、強制的に砂に埋められようとしていた
地面にしゃがみこんだ少年が、切羽詰まった様子で、砂をすくっては捨て、またすくっては捨てている。まるで砂に埋もれた何かを見つけようとしているようだ
ウォーレン
背後からワタナベが自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。しかし、少年はシャベルを持った手を止めなかった
……何?
お前に謝りに来た
先ほどは少し言いすぎた
そう、もういいよ
少年は軽く返事をして、砂を掘ることに再び集中した。ワタナベは少年の後ろに立ち、じっとそこで彼を見ていた
しばらくすると、先に少年が沈黙に耐えられなくなった
……訊かないんだね、皆、あなたのキャンプに集まっているのに、どうして僕だけここにいるのか?って
訊かない、お前にはお前の理由があると信じているから
……あなたは他の大人とは違うね、あなたは他の誰よりもはるかに誠実だ
ありがとう
なら、ウォーレン、お前も私に対して、もう少し素直になってみないか?
何だよ、そんな回りくどい言い方して
わかった、また草を採ってきてほしいんだろ?砂漠で見つけるのが難しくて、特定の病気の薬にもなって、他にもいろいろあるって、キャンプの医者が全員言ってる……
そうじゃない。お前の父親のことだ
シャベルを握る少年の手が止まった
お前が私に反論した時、「自分の信念に背く」かどうかを問うた
お前はかつて、自分自身に嘘をつき、そして自分の心に嘘をつく大人に会ったことがある、そうだな?
何を根拠に、そんなことを言うの?
まるで僕のことをよくわかっているみたいに、明らかに、だってあなたは……
明らかに、お前のことを何も知らないくせに、とでも?
知られざる過去や秘密は誰にでもあるものだ。もし私の推測が間違っているなら、改めて陳謝しよう
だが少なくとも、その秘密のために、今も毎晩ひとりで泣くお前を、私は見たくない
僕は、泣いてなんか……
絶対に……
父さん、父さん、一体、外で何があったの……
怖い……僕、怖いよ……
大丈夫……大丈夫だ、ウォーレン……父さんはここにいる
父さんが……お前を守る
ほら、父さんが側にいるから。怖い時は父さんにくっついて眠るといい
……
……あなたは何かを隠してるわね。空中庭園の通知が届いた日から、ひとりでお酒を飲んでばかり……このままでは体を壊すわ
あなただけが選ばれた、そうなのね
長年一緒にいるのよ、あなたの心の内は、手に取るようにわかるわ
大丈夫よ、行ってきて
息子のこと……何も心配しなくていいのよ
本当よ、何も心配することはないわ。彼らは地上に残る研究者のための収容所を準備してくれる、私たちも、ちゃんと行くところがあるから
心配なんて……しなくて……
……
父さん、どこに行くの?
……
ほら、ウォーレン、父さんの服を引っ張らないで。父さんはね、ちょっとお仕事で遠出をするの
父さんは、僕たちと一緒じゃないの?
大丈夫よ、私たち家族はきっとまた会えるから……
いつの日か、また会える……
……
風で舞い上がった黄砂が、ワタナベとウォーレンに降り注いだ。黄砂は少年の頬を叩き、目を刺した
お前は……頑張ってきたんだな
去っていく父親に対し、お前は憤りや怒りを覚えただろう、だが同時に……期待もあったはずだ
今も、そのわずかな期待があるからこそ、お前と母親は支え合ってきた
ウォーレンは歯を食いしばり、何も言わなかった。ワタナベがひと握りの草を取り出すまでは
これはお前が言っていた草、ルンジー草だ
フローサは砂草アレルギーだな。しかし、砂漠で生活している今、砂草も貴重なエネルギー源だ
お前は……おそらく父親から植物学を学んでいたんだろう。フローサのアレルギー反応がルンジー草で和らぐことを知っていた
探検隊と一緒に、靴が擦り切れるほど歩いて、遠くまで行ってこの植物を採ってきた、そうだろう?
……
僕は……
詳しくは知らないんだ。ただ、母さんはこの草を食べると気分が悪くならないって。もう悪夢を見てほしくないんだよ。以前のキャンプでは寝る時間もあまりなくて……
アレルギーによる軽度の循環障害に加え、睡眠不足。これが何年も続いたら、どんなに屈強な大人でも耐えられなくなる
だが、彼女は持ちこたえた
彼女を支えてきたのはお前だ。彼女のために薬草を探し、健康を心配し、安全のためなら集団のリーダーと直接対峙することも厭わなかった
やり方は少々荒削りかもしれないが、それでも……お前にはとてつもない勇気がある。よくやったな、ウォーレン
僕は……
幼い子供は目を覆った
まるで表情を見られまいとするように、彼は静かにうつむいた
ここは日差しが強いから、体の水分が奪われやすい
ワタナベはさっとオーバーコートを脱いで、ウォーレンを頭からすっぽりと覆った。ウォーレンはとっさにコートをどけようとしたが、ワタナベはウォーレンの頭ごと抱きかかえた
キャンプは砂漠のど真ん中にあり、日差しは強くてまぶしい。もしかするとお前の中には、明るい太陽に照らされたくない感情が渦巻いているかもしれない
でも今は、お前を守ってくれるものがある。感情を吐き出してもいいんだ
コートの中から、ひっ、ひっく、と細い声が聞こえてきた。断続的に、止まることなく。長年、封じ込めてきた涙を、沈黙の中で全て流してしまおうとするかのように
ワタナベは何も言わなかった。慰めもせず約束もせず、長い間、ただ彼の頭を抱えていた。コートに覆われた小さな頭をそっと手で包んで、泣き声が収まるのを待っている
数分後に泣き声がやむと、ワタナベはコートをそっと剥いだ。再び太陽を見たウォーレンの目はもう濡れておらず、涙の跡が少し残っているだけだった
日避けはもう必要ないな
……うん
それなら、後で母親に胸の内を話しておくんだな
え?けど、僕、どうやって……
これは私からじゃない、ザッカリーというやつからの提案なんだ
おい、こっちに来たらどうだ
えっと、へへへ……は、はい、来ました
何度か卑屈な笑い声を発したあと、防弾車の影に隠れていた兵士がこそこそと出てきた
あ、あれだ、坊主、今日はなかなかいい天気だよな、へへ……
子供の前で何だ、背中を丸めるな、常に手本となる行動を取れ!
あ、そうか……は、はい
ワタナベに喝を入れられたザッカリーは、顔をこすりながら気持ちを整え、満面の薄ら笑いを消した
手本といわれても……何を言うべきなのか……ただ、その、この子に俺の話を聞かせればいいんですかね?
……俺は物資を増やそうと戦ってて……兄貴が昏睡状態になってから、どれだけの年月が経ったかわからない。言いたいことがたくさんあったけど、もう何も伝えられないんだ
俺はあんなに兄貴に可愛いがってもらったのに、自分の気持ちを……恥ずかしくて口にしなかった。兄貴があんな風になった今、もう伝えたくても……伝えられない……
キャンプのスマ姐さんが教えてくれたんだけど、伝えたいことはその人が生きてる内に伝えておけって……そうだよな?
ああ、俺は何を言ってるんだろう、兄貴はまだ生きているんだけど。生きている時に、えっと……ええっと……
まだ一緒にいるんだ、チャンスがある内に言っておくべきだ
砂の中に消え入りそうなザッカリーのためらった声を聞いて、ワタナベは助け船を出すように、話を引き取った
ザッカリーがいつも言うんだ。兄が起きたら、自分はもう重荷じゃない、ともに支え合える存在だと伝えたいとな。そう言う時のザッカリーはとても誇らしい笑顔をする
私は皆のそういう笑顔が見たい。このキャンプにいる皆が集まって、自分の力を発揮することで、キャンプは存続しているんだ
お前がこのキャンプにいるのは、母親についてきた子供だからじゃない。お前の野生植物の知識や探求心は才能だ。それが誰に由来するものであっても、役に立つ稀有な力だ
お前には才能がある。堂々と母親に自分の気持ちを伝えたらどうだ。自分はもう大きくなった、これ以上、母さんの足手まといにはならない。そう彼女に伝えるんだ
別れは突然やって来ることもある。たとえ平穏な世の中であっても、たとえ双方が生きていたとしても、人は別々の道を歩むこともある
もし、ある日突然、お前と連絡が取れなくなったら、お前の心の内を知らない母親は……お前という存在を取り戻すために、自責と苦痛に苛まれる日々を送るかもしれない
だから一緒にいる間に、伝えるべきことは伝えておく方がいい。どんな時でも互いの心の内を知って、理解しておくに越したことはない
あ、そう、それです、リーダーの言う通りです
僕……うん、わかった
ウォーレンは、理解したというように、ゆっくりと頷いた
おーい――ザッカリーのやつ、どこ行った――早く手伝ってほしいのに――
遠く離れたところからの仲間の呼びかけに、ザッカリーは驚いて、慌てて振り返った
おっと、もうこんな時間だ、キャンプに戻らないと!
ザッカリーは慌ただしく走り去った。頭を覆うコートをワタナベに返したウォーレンは、彼に一礼した。そして、キャンプに向かって、小さな1歩を踏み出した
彼らにはそれぞれ、会いたい人がいる
ふぅ……
砂漠の中でひとりになったワタナベは、リラックスして、肩を回した
午後の太陽が傾き始めると、急に風と砂嵐が強くなり、顔やコートに吹きつけてくる
彼は1歩足を出して、考えた
食料……技術……軍需……これらは、将来いつか解決する問題だろう。今日、ようやくその1歩を踏み出した
食料問題を解決できれば、貴重な資源が手に入る。そのためには、やはり更に協力者を探さなければならない。また、技術を復活させる環境も維持しなければならない
そう、私たちがこれまでやってきたのと同じように
私たちはこの道を歩んでいく。この荒れ果てた大地で穏やかに暮らす日が来るまで……その時、我々は一緒に歩んできた皆のことを、ひとりひとり思い出すだろう
そうだ、その時には、この集団に名前をつけておくか……銘記者……どうも妙だな
だんだんと歩くペースが落ちていく
どういった名前にするべきだろうか?うむ……
そして、彼はぴたっと足を止めた
そうか、そうだ――