数時間後、「地上防衛軍」キャンプの側――
銃を構え、数十m先の赤い光に狙いを定めて、息を止める――そして発射
ギギギィ……
や……やった!当たった!
男性は遠くで倒れた侵蝕体を見て、こっそり拳を握った
なに遊んでるの!隣のやつに気付いてないの!?
女性の言葉で、握った拳がほどかれた
肩越しに黒光りする銃が突き出てきた。男性は慌てて耳を塞いで伏せ、後ろのスナイパーライフルを構える女性に場所を譲った
早く弾を充填して!やつらが最後の集団よ!しくじらないでよね!
わかってるよ!
男性は横に転がって、女性の救援のもとで、素早く弾を充填した
……よし!やってやる!!
女性の銃弾が全て発射され切った時、ちょうど男性の補充が完了した
狙いを定める必要はない。その方向に弾丸を浴びせればいい――
もういい!十分よ!あの侵蝕体どもはもう動かなくなった!このままじゃ臨時拠点の物資まで使い果たしちゃうじゃない!
銃声後に耳ではなく頭が先に痛くなるとは、男性はまったく思っていなかった
女性メンバーに頭を強く叩かれた衝撃で、引き金から手が離れた。今撃った方向を見ると、砂埃がおさまった場所にはいくつかの侵蝕体の死骸が転がっているだけだった
勝った……俺たちの勝利だ……
はいはい、勝ちよ勝ち。喜んだりお祝いしたいなら今の内よ。こんな侵蝕体の集団、ここのキャンプでは数え切れないほど見てきたわ。今後、好きなだけ叫べるわよ
物資を回収するのが先ね、その後で皆に報告しに行こう
女性は遠くに向けて口をとがらせて指し示した。あれが「地上防衛軍」のキャンプ、ふたりが護衛隊として守っている場所だ
しかし、ふたりは先にキャンプに戻る前に、侵蝕体が倒れた方向へ向かった。そこには、護衛隊である彼らの臨時キャンプがあり、中にはまだ物資が残っている
女性は侵蝕体に無造作に破壊されたテントを片付け、中の物資を確認すると、安堵したように頷いた
よかったよかった、あまり砂もついてないし、払えばまだ食べられそうね
おいおい、大丈夫か、砂のついたパンを拾って食べるって?
ちょっと見せてみろ、これは俺が……
ちょっと、横取りしないで。食べ物が欲しかったら、自分の分を食べてよ。私が知らないと思ってるの?一昨日、あんたは薄汚いところで拾った物を食べてたでしょ
キャンプの蓄えはもう残り僅かだわ。大事に取っておかないと、皆いずれ餓死してしまう
ちぇっ……
何も言い返せないと思ったのか、彼は銃をしまうとキャンプの方へと体の向きを変えた。口をとがらせて、話題を変える
これで片付けも終わった、もう侵蝕体はいないのか?
もう反応はないわね
なら、さっさと片付けて帰ろうぜ。他の方面の護衛隊も危機信号を発していないし、もう大丈夫だろう
とりあえず、一件落着ね。キャンプ長から、侵蝕体がかなり大型だから注意するようにって言われたけど、杞憂だったわね
だろ、そんなことあるはずないんだ。あのワタナベってやつ、辺境を越えたところの侵蝕体が危険だとか言って、人を怖がらせるのが上手いだけだ
空中庭園の構造体らしいが、被害妄想で戯言を言ってるとしか……
か、か、かかか……
何が言いたいのよ、どもったりして……
ああああ……
女性の声も次第に小さくなっていく
自分たちのキャンプの方向を見た。本来なら、テントと「人類は必ず勝つ」と書かれた滑稽な旗が見える。目を凝らせば、フルーツが天日干しされているのも見えるだろう
しかし今、それらが全てなぎ倒され、代わりに巨大な鉄の塊が立っていた。四角い鉄のボディが不気味に存在している
その塊はゆっくりと動いて、鉄の腕を振り上げ――
キャンプ目がけて、振り下ろした
大型の機械体……これって……
それ以上、女性の言葉は続かなかった。突然、聞き覚えのある声が響いてきたからだ
た……助けてくれ!!!
まるで砂丘が崩壊するような光景だった。初めに小さな叫び声がいくつか聞こえ、次いでいくつも、崩れた砂の中から湧き上がるような慟哭が響く
慟哭の中に、時折、銃声が混じる。崩壊したキャンプで銃口が火を噴くのが見える。巨大な鉄の塊に弾丸が当たっても、砂埃のようなもので鉄の塊はびくともしない
ぼ、防衛線を突破した敵がいるのか?早く戻って応援を――
何が応援よ!行ったところで何の役にも立たないわ!無駄死にするだけよ……
女性は男性の襟元を掴み、キャンプへ向かおうとする彼を地面に押さえつけた
彼女は遠くから呆然と眺めた。多くの仲間がいるキャンプが、巨大な機械体によって蹴散らされ、抵抗する人々は砂のように高く舞い上げられ、地面に叩きつけられる――
――そして、その手で人間が握り潰されている
指定位置に到着!予定通り目標を救援します!
目標の侵蝕された大型機械体は現在移動中!
救援部隊は予定通りに救援作業を!誘導部隊は誘導任務を開始せよ!
女性の後ろにある砂丘に大きな影が現れた。太陽の光の反射で、その影の腕が振り下ろされるのが見えた。その直後、影の背後から炎が吹き出し、巨体を包みこんだ
その炎によって巨大な鉄の塊がダメージを受けることはなかったが、何度も噴射される炎は巨体の注意を引き、その影は男性の方に向きなおった
巨大な影がこちらに向かって1歩踏み出す
2歩、3歩
あ……ああ……逃げろ……早く逃げ……
ドォォォォン!
……?
その時、砂漠に現れた巨大な炎が巨体の動きを止めた
砂丘の上にあった人影は身を屈め、素早く砂丘を滑り降りると、男性メンバーの力の抜けた腕を取って、無理矢理立ち上がらせた
慌てるな、我々は今、あの大型機械体を少しずつ解体している!
あの旗が見えるか?あそこへ行け!そこで我々の仲間が救援する!
数時間前、ワタナベのキャンプ――
侵蝕体を道案内?まるで絶望した人間が最後に言うような言葉ですね。きっとレオンたちが言い出しっぺでしょう
確かに言い出したのは彼らだが、最終的に決断したのは、我々のキャンプにいる全員だ
その全員って私もですか?それなら、私のことを本当に理解してくださってる。賛成です、あの状況を見ていると、そろそろ賭けに出ないといつ何が起こるかわからない
それで、作戦は?
我々が練った作戦は、こいつを爆破することだ
あの大型機械体は砂漠の中に潜伏していて、すぐにでも侵蝕される可能性がある。侵蝕体が接近している今、手荒な手段を使ってでも、この問題を解決しなくては
だから、あえて危険に晒すんだ。その方がひとりひとりを説得するよりも手っ取り早い
作戦開始は大型機械体が動き出した時だ。残念だが、彼らには荷作りする時間はないだろう。キャンプ内に彼らの大切な荷物がないことを願う他ないな
あの大型機械体を侵蝕させるつもりなんですか?
IUSL工兵機械に防塵機能はない。砂の下で起動はできても、機能は完全ではないだろう。今となってはただ、脅威でしかない代物だ。しかし、彼らのキャンプはその上にある
結局我々が練った作戦は、一度侵蝕させ、実体とその弱点をあらわにし、それから解体することだ
もちろん、相手方キャンプの誰かを死なせたり傷つけたりしてはならない。それがこの作戦の大前提だ。そこで、救援部隊を編成して救助にあたる
肝心の解体道具だが、スマが得意とする火薬を用いる
爆薬?私のにはある程度威力がありますけど、相手は機械装置でしょ。どんなに大きな爆薬でも一度では無理ですよ。急所を的確に爆破できるなら話は別ですが
さすがだな。我々は機械体の急所がわかっている。なぜなら、専門家がいるからな
おい、ザッカリー、こちらへ
あ、はい、リーダー
ワタナベが振り返って叫ぶと、それに反応して青年兵士が返事をした。腕いっぱいに図面を抱え、少し怯えた様子で近付いてくる
あの……リーダー、俺をお呼びで?
まだ紹介していなかったな、こちらはザッカリー。旧第75駐屯地の兵器研究員だ。ザッカリー、こちらがスマ。第24号精鋭部隊の解体工兵だ
は、はい……こんにちは、あなたがスマさんですか?……リーダーからあなたのことを聞いたことがあります、へへ……
彼は、IUSL工兵機械の設計者でもある
設計者?このタイプの機械に関する技術を持ってる人はそう多くないはず。あなた本来は……
空中庭園に……は、はい……でも行かなかったんです、少し理由がありまして……
あ、あれ、違う、リーダー、言わないって言ったじゃないですか、やめてくださいよ……
この任務の技術的な分野はお前とスマが一緒に執行するんだ。身分を明かしておいた方がやりやすいだろう
それに、遅かれ早かれわかることだ。キャンプでお前が噂になっているのを知ってるか?
これはチャンスだ。やつらに教えてやれ、自分には能力があるんだということをな
は、はい……必ず任務を完遂します
じゃあ、スマと作戦の詳細を詰めてくれ、後で他の兵士に確認に来させる
まずはあの機械体を地雷まで誘導して、エネルギーを消耗させてから、弱点を一気に攻める。誘導ルートに関しては、私が誘導部隊に確認して、後でお前らに知らせる
ワタナベはふたりに手を振ると、小走りでキャンプの武器庫へ向かった。中から何人かの雄叫びが聞こえてきた。おそらくこれから始まる戦闘に向けて気合を入れているのだろう
……
大型機械体の誘導に成功!急所を狙い撃ちして解体準備に入る!
ザッカリーの号令の下、巨体が次々と炎に包まれていく
大丈夫、大丈夫、今回は必ず成功する。俺には経験があるんだ
鉄の巨体が炎に巻かれて立ち去ると、小さく背中を丸めた人々がそこかしこから次々に出てきて、兵士が切り拓いた道を埋め尽くした
慌てるな!こちらの誘導に従え!残った侵蝕体に注意!
全員に告ぐ!第3次救出作戦を開始する!
はい!