Story Reader / 叙事余録 / ER13 織り奏でる緒言 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ER13-9 叫び

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クソッ!何とかしろって!

もしかして……もし彼女が……

残念ですが、すでに……

声が脈絡もなくあちこちで響き渡り、彼女はいきなりもがき始めた

残念だ、もう死んでいる。もう助からない。もう失われた

なぜだろう、どうして彼女は誰ひとり救えなかったのだろう。年老いた裁縫師も、ロスウォットも……

ブラット、イシス、ライラ……そしてエレノアまでもが、彼女を置いて去っていく

彼女はただ現実の宣告を黙々と聞いているしかない。叫びたくても、やり直したくても、脳内の苦痛はまるで眩い電球が次々と炸裂し続けるように、ひと時も止まってはくれない

打つ手はもうないのか

マインドビーコン汚染のリスクは冒せん

彼女をスカラベ小隊に異動させたのは、間違いだったか……

スカラベ小隊の休憩室

スカラベ小隊の休憩室

V、私は、スカラベ小隊にシュエットは向いていないと思います

シヴァはスカラベ小隊の休憩室に飛び込んでくると、椅子を引いて大声で言いながら腰を下ろした

八咫はコミック本に目を落とし、ヴァレリアは端末から顔を上げた

彼女は明らかに死にたがっているのに、それを自身が認識していない

……

八咫

え、何

これ、どーすりゃいいんだろ……新しいスカラベ小隊はできたばっかりで、もう解散寸前ってこと?

私が読んでた漫画、あんまし参考にならなそう……

緊急会議で急に呼び出されたヴァレリアは、去る前に八咫に目配せをした

八咫はプンプンと怒っているシヴァをぐいっと押すようにして着席させると、冷蔵庫から缶飲料を取り出して放り投げた

何よこれ?私、電解液疑似酒は飲まないんだけど

ミント味発酵果汁電解液、期間限定だよ

シヴァは返事よりも速くプシュッと缶のプルタブを開け、八咫はヒヤヒヤしながら彼女が一気に飲み干すのを見守った

……で?シュエットと何が?

もう言ったでしょ、彼女は死にたがってるの

スカラベは肝心要の守りで、秘密道具。死に急ぐ隊員とは一緒にやっていけない

彼女は死への道を決めちゃってる。いつでも自分を諦めて捨てて、消し去ることができるみたいに

でもアンタ、無理やりにでも彼女に生きる道を指し示したんでしょ

……

先に言っておくけど、今回の状況をまた再現できるとは思えない

ひとりで大量の異合生物の中から生き延び、彼女は私の指示をまるで……機械のように正確にこなしたわ

それってイイことなんじゃないの?

いいこと?どこが?彼女には少しの迷いも、疑念も、恐怖も、厭怠もなかったわ。もし知らない人が見れば、AIが機体を乗っ取ったかと思うわよ、あんなの

計画外の敵が現れたから彼女に即時撤退を命じたのに、彼女が任務は粛清だと言って……

ちょっと待って、アンタたちがやったのは普通の支援粛清任務でしょ?どうして無数の異合生物なんか現れたんだよ?

むしろ訊きたいわよ。私たちは最後の1秒で輸送機に乗れたけど、まだ死にたくないパイロットに、危うく敵性体の群れの中に置き去りにされるところだった

八咫は苦笑いを浮かべたが、シヴァはすぐに話を続けた

彼女の精神状態は極めて不安定で、つい今噴き出しそうなマグマだったかと思えば、次の瞬間には静寂の塩の海に戻るの

まっさか。言う通りなら、シュエットはとっくに意識海の偏移を起こしてるじゃん

シヴァは真剣な面持ちで手の中の缶を握り潰し、例の妙な第六感の初動モーションを発動した

嫌な予感がする

それを聞いたスカラベ小隊の隊長は問題の深刻さを痛感し、大変な事態であると感じ取った

……Vに注意するように言っておく

シヴァが言っていた事態が、その後のスカラベ小隊の任務中に再び出来した

おい!シュエット!戻んなって、私たちは特化機体を持つグレイレイヴンじゃないんだから!

八咫はすでに遠くへ行ってしまった青い背中を見つめながら、残されたシヴァと顔を見合わせた。シヴァは、ほら見たことかといわんばかりの表情だ

誰かさん、先を越されたわよ

V、どーしよ?

敵が多すぎる、私とシヴァがここに残るから、あなたはシュエットを連れ戻して

八咫、気をつけて

果てしなく続く似たような風景の中、シュエットは目の前の敵を追いかけているうちに、恐らく迷ってしまっていた

あの困惑と戸惑いの状態から落ち着いたあと、シュエットはついに任務をどう終わらせるかに固執するのをやめ、代わりに一定間隔で均一的な憂鬱へと沈んでいった

彼女はゆっくりと、抗う術もなく沈み込む。少しずつ沈んでいく流砂の泥沼に呑まれるようにして

彼女はこの場所を知っていた、あるいはかつてここに来たことがあった。このような経験は珍しくはないが、地上であっても十分に不安を感じさせるものだった

普通は皆、これを見て見ぬふりをし、記憶の中で忘れ去られた断片だとして扱う。あるいは神秘主義の影響から、何らかの精神的な霊感体験だと思い込む者もいる

既視感

彼女はここの敵を何度も倒した

まだ活動していた最後の侵蝕構造体が、彼女の力強い一撃で轟然と倒れ、口からは相変わらず意味不明な指令を発し続けた

「新世界」……「新世界」へ……

エデンⅢ型植民艦、この壮大な詐欺は揺らぎ始め、砕けた石や残骸が次々と剥がれ落ち、もはやその偽装を支えきれなくなっているようだ

シュエットは素早く塵が落ち着いた内部を駆け抜け、散らばった石の中で、視界に見慣れた金色をちらりと捉えた

あなたを縛っていたものは……ついに消えました

彼女は自分だけに聞こえる声でひそかに呟いた

目標の死亡を確認しました。後は資料を持って撤退するだけ……

突然、巨大な石が上方から落ちてきて、空中でホログラムプロジェクターにぶつかってそれを無数の瓦礫に解体した

彼女が動こうとしたその時、紫黒色の日傘が後方から飛び出し、この思いがけない豪雨を遮ると、くるりと回転して持ち主の手元に戻った

……!

理想主義に惑わされたあの世代は楽観主義の幻想を抱いていた。人類の技術進歩が必ず、人類の道徳面においても急速な向上をもたらすと信じていたの

でも、私たちのような消耗品が、常に口にする「平和と進歩」を完全に消し去ることができるかしら?

詩のような嘲笑の口調、それはシュエットにとってあまりに懐かしいものだった。彼女はいつだってより多くのことを知っている一方、その知識を軽蔑し嫌悪していた

もし誰もが1発の砲弾でこの世界から完全に消えるのなら、物語を語る意味なんてないわよね。私は死ぬわけにはいかないし、素敵な物語も逃したくないの

じゃあ、もし私自身がその砲弾を撃てるのだとしたら……

これ以上素晴らしいことはないと思わない?

アハハ、アハハハハハハハハハッ!

リリスは顔に手を当てて大笑いし出した。彼女は常に自らの束縛されない自由を誇示している

エレノア……

目の前の構造体は、あの馴染み深いため息によって突然高笑いするのをやめた。そして振り返った時には、あのどこか儚くて優雅な、優しいお嬢様の姿に変わっていた

彼女たちはお互いによくわかっていた。これは生活の中で、日常における最も初歩的な演技にすぎない

彼女は舞台も、観客も気にしたことがない

昇格者は手袋を脱ぎ、面倒な儀礼を放り出して、ただゆっくりと月光のように白く輝く両手を差し出した。露わになった機械関節で、構造の歯車が密接に噛み合っている

じゃあ、エレノアのために私につく?

シュエットは震えを抑え、息苦しさを覚えた

もう迷わないと思っていた彼女の思考は、大きな鋭い鋏で暴力的に切り裂かれ、抉り取られ、ゴミ山に投げ捨てられたかのようだ

永遠に私の協力者として、何も考えずにいるのはどう?

悲哀?哀愁?自責?悔恨?絶望?憤怒?失望?詰問?当惑?希望?決裂? 選択?

選択?

選択?

選択?

無数の感情がただ通りすぎていき、彼女の心には整理できないもつれた空白だけが残された

だから彼女はあの時、返答もできず、表情すら変えられなかった

夜の色が次第に濃くなり、「エデン」の仮想の空は忠実に夕暮れを再現していた。ひとつの影がもうひとつの影にゆっくりと近付き、抱きしめるかのように静かに両手を広げた

私は仲間であれ敵であれ、どんな立場でも構わないと思っていたわ。でも結局、やっぱりもういいかなって

そう、私たちはもう……別れを告げている

何も考えずに、ただ私についてくればよかったのに

植物や昆虫が光を追うみたいに、空の月を追いかけるのも……人としてごく自然なことじゃない?

命令がなければ、あなたはどう動けばいいかさえわからないのだから

いえ!違うわ!私はずっとあなたを探していた、エレノア。誰かに命令されたわけじゃない

あなたはただ、またひとりで自分の心の弱さと向き合うのが嫌なだけでしょう

心の……弱さ。その刺されたような痛みに、赤い花が咲き、そっと彼女に語りかけてきた

そうなの?

……

心に従ったからこそ、私はあなたについていくことを選んだのよ

あなたはかつて幼い私を導き、深淵と闇から連れ出してくれた……

彼女の目の前が徐々に明るくなり、口にした言葉が長年押し込めてきた心の重荷を解き放っていった

この体がどんな意思を持つのか、あなた自身さえも知らない

あなたは他人の指示に従うことに慣れすぎて、自分が本当に従っているのはずっと自分自身の意思だということに気付いていない

あなたは結局、異物なのよ。主旋律と調和せず不協和音をなす。まだわからないの?

低い身分、薄汚れた過去……黒野に数多いる、裏の影武者と同じね

彼らに犠牲を強いられれば、あなたはあの巨大な碑の名簿に載る。献身を求められれば、あなたは自我を手ずから葬るだけ。誰も心からあなたの気持ちを気にしてくれはしない

あなたは永遠に自我を持たない協力者としてしか存在できない。目的も帰る場所もないただの野良犬……

私はあなたのことをずっと気にしていた……!

でもあなたは別れの言葉ひとつも言わず、私の目の前から消えた……

彼女は、自分が再び両脚を手に入れたことで、相手にも前へ進む自由をもたらすはずだと信じていた

シュエットは相手の顔をじっと見つめた。彼女はかつてひと針、ひと針と、相手の魂の形を縫いつけようとしていた

ただ、相手の紫色の瞳に、彼女は映っていなかった

私は、無価値な野良犬なんかじゃない……

ましてや……あなたが真っ先に見捨てるなんて……!

広げた両手は徐々に閉じられ、まるで1曲のダンスが終わっていくかのようだ

そう、なるほどね

でもね、世界という名の塔の頂点は、もともと片方の靴の踵くらいしか収まらないほどに狭いのよ

リリスは彼女の側をすれ違いざまに、パチンと指を鳴らした

シュエットは身動きが取れず、その魔法じみた暗示に縛られたようになっていた

次の瞬間、彼女は傘の先端が自分の腹部から突然突き出るのを目の当たりにした――少し前に彼女の目の前で死んだ、あの構造体とまったく同じように

結末はすでに決まっている

シュエットはこの瞬間、ついに悲しくもそれに気付いたのだ。激痛とともに意識海が津波や土砂崩れのように乱れ、感知システムが一斉に警報を鳴らし、絶望的な闇が包み込む

あなたに贈る、お別れのプレゼントよ

最後に命令しておくわね――もう二度と会いに来ないで

自分以外の誰かの糸が触手のように入り込み、壊れた記憶と再構築された幻境を一時的に縫い合わせていく

やがてその力は消え、糸は氷雪のように溶けて切れ、赤い彼岸花となって散っていった

あの時、こう言えたらよかったのにね

もう……後悔しないように

名も知らない少女が優しく囁きかけた。景色が潮のように後ろへと引いていき、シュエットは突然はっきりと、この体験がまるごと消え去ろうとしていることに気付いた

あなたが……次に見るのはいい夢でありますように

ヴァレリア

起きて、シュエット。目を覚ます時間よ

シュエットが目を開けた時、目の前に広がっていた景色はアジサイ人工島ではなく、一面に広がる黄砂だった

動力アームで彼女を担いだ八咫が、信号が示す集合地点へと風圧に逆らいながら1歩ずつ、必死に歩いていた

私……どうしてここに

任務は?

は?こんな時に任務?まずは、敵の群れから引っ張り出してやった私に感謝すべきじゃない?

ごめんなさい

……ありがとう

さっき……夢でも見てたの?

……

シュエットは必死に思い出そうとしたが、短い呼吸を繰り返すことしかできない

夢……かな?あまり覚えていないの

あー、これがシヴァの言ってた、さっきまでマグマ、次の瞬間には死海ってやつ?

……シヴァ?

弾薬も銃も全部なくなっている……シュエットは無意識のうちに、まず身の周りの武器を確認していた。八咫の言葉はまだよく理解できていない

あのスピ崩れ……いや、シヴァはアンタのこと、すごく心配してるんだよ

シュエットを動力アームから下ろすと、八咫はため息をついて前を歩き出した

シュエットの脳裏に、眉根を寄せて自分を見ていたシヴァの怒気をはらんだ表情が浮かぶ。彼女の額の「目」は、微かに緑色に光っていた

あれが……心配?彼女はどう反応していいかわからなかった

今回の任務ではスカラベはあくまで保険だった。ケルベロス小隊がすでに本当の目標をロックオンしてる

私たちはVと合流しに行くとこだよ

ふたりは無言のまま前後に並んで歩き、八咫は彼女のために風を一部遮ってくれているようだった

私の機体には砂の濾過装置があるからさ。空中庭園の軍部が昔、地上任務で痛い目にあった賜物だよね

足のデザインには減圧機能もあって、そっちの機体みたいに重量で黄砂に沈んだりしない。適合させるためにはかなりの鍛錬を積んだけどね……

短髪の構造体はぎこちなく話の流れを変え続け、ようやくずっと溜めていたであろう言葉を告げた

アンタがどんな地獄の鍛錬をしたいのか知らないけどさ――

戦闘能力がどんなに優れていても、そんな行動をしてたら他の隊員まで危険に巻き込むんだ

……

ごめんなさい、助けに来る人がいるとは考えてなくて

はあ?

助けに来るに決まってんじゃん!アンタあの時、ほとんど赤潮に呑まれかけだったんだよ!

私ごと攻撃すればよかった。手榴弾か高出力のパルス銃で。任務の達成には囮だって必要不可欠でしょう

……

八咫はふつふつと怒りを沸騰させている

アンタって、どうしてそう――死にたいの?

黄砂が舞う中で突然、異変が起きた。無数の異合生物が地中から這い出てきたのだ。八咫の最後の言葉は、地面に向かって力強く叩きつけられた拳によって爆ぜた

シュエットはマスクをつけ、黄砂の中の熱源を嗅ぎながら移動を始めた。残りの武器もすでに変形して展開し、厳重に待ち構えている

やがて彼女に飛びかかってきた異合生物は涎を垂らしながら、鋭利な武器を前に完全に真っぷたつにされた

……

なぜなら……私は死を選ぶ自由すら……持っていないから

ひたすら任務を完了……

ひたすら斬り続ける

ずっと後になって、スカラベ小隊の隊長はようやく理解した。これら全てが示しているのは、シュエットはずっと潜在的で秘められた苦痛を蓄積していたという事実だ

浮浪児から裁縫師、メイドからスパイ、粛清部隊からスカラベ……彼女は最初から最後まで誰も自分など気にかけていない、自分は透明人間のような存在だと思っていた

もし前時代の医療なら、医師によって炭酸リチウムかハロペリドールが処方されていただろう

構造体に関してはどうだっただろう?その意識海の症状については、ほとんどまともに直視も、重視もされない

最後には深海に沈み、まるで忘れ去られた船の残骸のように細菌や錆にまみれて、静かに時間と闇へと完全に呑み込まれるのみだ

あなたも同じでしょう?前回のアジサイ島の作戦で……

もう二度と目覚めなくてもいいと……そう考えたことはない?

幻想の中で生きてればそりゃラクだけどさ……

でも私は幻想から抜け出したんだ

もうたくさんの人に、そして自分自身に約束した。現実と向き合うって

……

誰もがあなたのようになれるわけじゃない

そりゃそうよ。誰もが生まれつき何か、心に残滓みたいなモンを抱えてるんだもん

シュエットの記憶が突然ざわめき、電流信号が大脳皮質のむず痒さを模倣し出す。彼女は自分のあの小さな金属片、滑らかで体温を伝えてくれる「残滓」を思い出していた

私はたくさんの人から導かれたり、助けられたりして、一歩一歩今日まで歩んできたんだ

八咫は深く息を吸い、出力が高すぎて熱くなった両手を胸の前で広げた

もし彼女たちがいなかったら……もし私がずっと幻想の中にいたら、きっと今の自分にはなれなかったと思う

シュエットは、前方の八咫が砂嵐の騒音の中で小さく歌を口ずさんでいるのに気付いた

この旋律……先ほど聴いたような気がする

もう行け、今度こそ本当のさよならだ

急げ!俺サマのブレイブも一緒に、思いっ切りぶっこめや!

よかった……逃げられたんだね

だから八咫ちゃん……どうか自分を責めないで

夢の中で、ある人は士官に昇進し、ある人は英雄になった。軍服を脱ぎ捨てて平凡な日々を過ごす人もいたよ……

そして八咫ちゃんは、御園学院にいた

最高の夢が過去にあるなんてダメ……未来にあるべきだよ

途切れ途切れの校歌のメロディが、次々と現れる敵によって唐突に止まった

サソリ型の異合生物?アンタら……本ッ当に最悪……!

徊閃機体が放った夜途貫は、この地を覆っていた渦巻く風圧を力任せに引き裂き、空を雷雨の真っただ中のくすんだ青色に染め上げた

敵の群れに一瞬、小さな途切れ目ができたが、すぐに再び集まってひとつの塊を形成した

戦況が長引くにつれて、ふたりは再び潮のような異合生物の波に呑み込まれ、危機的状況に陥っていく

マズい!

大型の異合生物と対峙した彼女は、横目でシュエットが負傷しているのを捉えた。循環液にまみれた彼女はざわめく泥沼に完全に吸収され、必然的に動作が遅くなっている

ますます多くの異合生物が地中から飛び出し、興奮した雄叫びを上げながらシュエットの周囲をしかと囲み、彼女をともに流砂の牢獄へと引きずり込もうとした

私は……どうなっても……いいから……

あなたは、行って……!

青い髪の構造体は力いっぱい武器を投げつけ、八咫の動きを牽制していた異合生物の額に鋭利な刃を精確に突き刺した。やがて彼女の半身は突然沈み込み、黄砂の中に埋もれた

ハァ……ハァ……

なんでよ……またこうなっちまって……

動力アームが短時間の冷却とエネルギーチャージに入ると、八咫は荒い呼吸を続けながら、その本能だけで防御姿勢をとっていた

何度瞬きしても、目の前が霞んだままだ。サソリ型の異合生物が尾の針を高く掲げていた

こら、八咫、サボるな。いつか役に立つかもしれんだろ?前に回路改造のやり方を暗記させたが、結局あれだって役に立った

ダルいなあ、アンタができればそれでいいじゃん?

嫌な予感がするんだよ

たまたま俺がいないとか、ありえるだろ?

もういいって、うるさいな。あのスピ崩れじゃあるまいし、自分で自分を予言でもしてんの?

俺は隊長だからな、うるさくて結構だ。さあ、走るぞ

走ってどうすんの?

走らないと、俺たちの誇り高きVコーチがまたお前に20セットのハイニーを追加するぞ

彼女は慌てて追いかけた

なっ――!

白線が引かれたトラックには、金色の夕暮れの光が満ちていた

八咫は常々、スカラベのロゴが描かれたリーダーの襷は不格好だと思っていたが、走り出した隊長の風にたなびく襷は尽きせぬ清流のようで、非常に美しかった

シュトロールは突然ゆっくりと止まり、夕日の下、そのがっしりとした体が長い影を落としていた

シュトロールを追い去った八咫は振り返り、困惑した目を向けた

彼女は前進をやめ、その場で足踏みしながら隊長が追いつくのを待っていた

八咫、俺はここまでだ

今日どーしたの、こんなちょっとでもう疲れた?

そうだな、疲れちまった

俺はここまでなんだ

彼は自分の体にかけていた襷を外した。それは、陸上部の誇りだ

でもお前は進み続けろ、八咫

男は真剣な表情で襷を八咫の肩にポンと叩きつけた

隊長として、スカラベを率いて、皆を引っ張って走り続けるんだ

ハハッ、俺に感謝したくなったら、甘い物をたくさん持ってきてくれればいいぞ

男はやがて漆黒のシルエットとなり、その輪郭が徐々にぼやけて消えていった

八咫は視線を再び目の前に伸びるトラックに向けた

ほらみろ、幽霊になってもアンタは私の耳元でブツブツしゃべってそうって言った通りだ

今、彼女を助けてやってくれ

V……これが私を隊長にした理由なの……

友よ走れ!全ての悩みを置き去りに!

彼女にはまだ言いたいことも、吐き出したかった感情もたくさんあったが、口を開く代わりに歩みを進め、前へ走り続けた

ああ……

わあああああああ――!

彼女は大声で叫んで拳を振り上げ、攻撃を繰り出してかつての幻影を次々と追い払った

繰り出す拳が影となり、彼女は青い構造体が消えた渦の中心に飛び込むと、必死に手を伸ばした

――夢は覚めるからイイんだよっ!

徊閃機体が警報を鳴らし、砂が絶えず周囲から滑り落ちていく中で、八咫はなおも出力を上げた

必死に現実に立ち向かおうとしてんのに、ぼんやり酔わせる夢で鍛錬のチャンスを奪うなんて、本当にいいことなの?

今度は自分が、私が、冷静に誰かの前を歩く存在になるんだ

シュトロール、私は自分がアンタと同じくらい上手くやれるかどうかはわからないけど……

彼女の両手がようやく仲間をしっかりと掴み、ふたりとも沈降していくのが止まった。動力アームユニットは必死に耐え、もう中央から断裂しそうになっている

でもこれが、私の選択なんだよ!

再び光明を見るまでの時間は、短くも長くも感じられた

青い髪の構造体は必死にボロボロの体を起こした

……敵襲が……終わった?

あちこちに敵の残骸が周囲に散らばり、そう遠くない場所で短髪の構造体が地面に跪いて、機械の手でゆっくりと彼女にVサインを送ってきた

もう誰も失うもんか。アンタもだよ、シュエット

1回でも2回でも……回数制限はナシだ

私は必ずアンタを助けに来る

扉が目の前で無慈悲に閉ざされ、皆は冷たい扉の向こうで待機することしかできない

1回、2回、似たようなシチュエーションが繰り返された

症状は人間の脳死と同じです。スカラベ小隊の隊員シュエットは……もう……

バカ言うなよ!

八咫は詰め寄ったが、シヴァがそれを制止した

症状が同じだとして、意識海は?

リンクを完全に拒否しています

彼女の体に致命的な外傷はない……新しい機体が影響を受けている原因ということは?旧機体に戻すことは可能なの?

このような状況では……ほとんど夢物語に近いです

……ちょっと連絡してくる!

短髪の構造体は力なくガラスを叩くだけで、暗い機器に映る1本の直線を見つめることしかできなかった

おい……

シュエット!目を覚ませってば!

……

シュエット……